バリ島
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州都デンパサール州都デンパサール
バリでは高層建築が厳しく規制されているため、州都でも青空が一面に広がる

州都デンパサールは、現地社会の商業中心地域であり、現地住民の通うショッピング・モール(バリ・モール、マタハリなど)、市場(手工芸品、織物市場のパサール・クンバサリや中央食品市場のパサール・バドゥンなど)、レストラン、公園が数多くある。その他、バリ州国立博物館やププタン広場などの観光地もある。

ウブド、山岳地帯ウブドのホテル

他方で、山側へ向かえば、山側のリゾート地域としてのバリ島の姿を見ることができる。その代表がウブドである。この「芸術の村」はオランダ植民地時代から知られており、今日では、質の高いバリ舞踊やバリ・アート、バティック等の染色技術、竹製の製品等、伝統的な文化や民芸品の数々を目にすることができる。ウブド南部には、木彫の村マスも栄えている。

こうした山あいの地域では、物質文明・近代文明のしがらみに疲れた西洋人や日本人が長期滞在しバリの文化を学んで行くケースも多く、数ヵ月から数年バリに滞在する者たちの中には、絵画音楽彫刻ダンスなどを学び、さらには独自の芸術的な活動を始める人々も見られる。ウブドには、ダルム・アグン寺院の位置するモンキーフォレストや、ネカ美術館などの美術館も建てられている。

そして、バトゥール山のそびえるバリ中部の山岳地帯は、キンタマーニ高原ブラタン湖、タンブリンガン湖やジャティルウィの棚田など、バリ島の自然の骨格が表れた地域となっている。

島東部、北部チャンディダサ

また、島の東部、北部の海岸地帯でも、1970年代以降ビーチ・リゾートとして静かに開発が進んでいる地域がある。代表的なのは、バリ島東部のチャンディダサ、アメッド、バリ島北部のロヴィナ・ビーチ、バリ島北西部のプムトゥランなどである。これらの地域は、スキューバダイビングシュノーケリングのスポットとして有名な海辺が複数ある。その中で、バリ島東部のトランベンでは、日本軍の攻撃によって座礁したアメリカの輸送船リバティ号が、その後の火山噴火で海底に沈んでおり、ダイバーの間では非常によく知られている。

また、バリ島東部にはアグン山およびブサキ寺院が、島北部には、旧都シガラジャの港町も位置している。

交通
島外との交通ングラ・ライ国際空港

バリ島の玄関口であるイ・グスティ・ングラ・ライ国際空港(デンパサール空港)が島南部(クタのすぐ南)に位置しており、ジャカルタ成田シンガポールシドニーロンドンなどの各地と航空路が結ばれている。開港当時は国策によりバリ島への直行便がなかったが、やがて解禁され、多くの観光客はこの直行便やジャカルタ経由便を利用するようになった。またインドネシアの島々を結ぶ国内線フライトの便数も多い。

海路については、ジャワ島(ギリマヌク - クタパン)、ロンボク島パダンバイ、ベノア - レンバル港)、レンボンガン島ほかインドネシアの各島とフェリーで接続されており、便数も多い。インドネシア東部諸島へは長距離航路の船も運航されている。
島内交通ベモ

島内には鉄道が走っていないため、ほとんどの移動は自動車を用いることになる。

バリ島の道路事情については、まず、 ほぼ海岸に沿って主要地域を結びながら1周する道路がある。内陸部では、特に島の大部を占める南斜面の河川が南北に深く谷を刻んでいるため、それにしたがって道路が南北に走っているが、東西に走る道路はあまりない。村と村を結ぶ道路や、村内の各地域を結ぶ道路はほぼ舗装されており、自動車の通行に問題はない。なお、デンパサールにはアジアハイウェイ2号線の起点があり、海路でジャワ島方面に至る。

中産階級以下の現地住民の主たる交通手段は、オートバイベモである。また、オジェと呼ばれるバイク・タクシーや、ドッカルと呼ばれるポニー馬車も一部地域では見られる。

長距離移動の場合には、主要地域間のみバスが運行しており、運賃はベモよりも安いもののエアコンはない。また、ある地域から別の地域へ移動するためには、大抵の場合、デンパサールのターミナルを介さなければならない。そこで、観光客向けに島内の観光地を結ぶ冷房付きのシャトルバスが毎日数本運行されている他、ベモを1日単位でチャーターするという手段もある。また、南部の主要観光地であるデンパサール、クタ、サヌール、ヌサドゥア周辺ではメーター付きタクシーが走っており、近距離であれば最もリーズナブルな移動手段(初乗り運賃、約50円)である。

医療事情

医療施設は次の通り[61]

SOSメディカ・クリニック-バリ(観光客向け)

BIMC(観光客向け)

サングラ国立総合病院

私立カシイブ病院

救急車は有料で走行距離に応じて1000円 - 3600円程度を支払う[61]
治安と犯罪
観光客に対する犯罪クタのサンセット

欧米やオーストラリアと比べてもバリ島の治安は良好であるが、観光地では観光客を狙った犯罪が数多く発生しており、主にクタレギャンの海辺のバーなどでの詐欺を始めとして、一般観光客の金を狙った盗みや詐欺が後を絶たない[62]。主な手口は、いかさま賭博、パンク強盗、ひったくり、強引な物売り(三つ編みやマニキュア等のサービスの押しつけ)、麻薬及び禁制品の販売[63]などである。なお、麻薬に関しては、現地において寛容的な文化が醸成されているわけではなく、2013年にはコカインを持ち込み逮捕されたイギリス人女性に対して、死刑判決が出ていることに留意すべきである[64]。また、「ビーチボーイ」などと呼ばれるジゴロ[65]による日本人女性を狙ったナンパ行動やさらには性犯罪も多数発生しており、2003年には事態を重く見た日本領事館が地元警察に対して捜査の徹底を申し入れている[66]

これらの犯罪は、バリ人の仕業であると解釈されがちであるが、実際のところ、バリ島の観光客目当てに周辺の島からやってくる出稼ぎの若者によるものであることが多いとされており、多くのバリ人は被害者意識を持っている[67]。また、以上の犯罪は、経済面での金銭的価値観が異なる観光客の金回りの良さ[68]が助長している可能性もある。

日本では、このような背景もあってか、バリ島を犯罪や出会いの場としてネガティブにとらえた報道が1990年代の一時期にみられた。例えば、『週刊新潮』(1995年9月7日号)の「『バリ島の妻』となった日本人女性二百人の生活」では、日本人女性がバリでセックス・ハントを行い、その結果、バリ人との結婚が急増しているが、「楽園」の夢が醒めたバリでの実際の結婚生活は必ずしも幸せなものになっていないなどと報じられた。これは現地日本人社会で大きな反発を呼び、バリ日本人会を通じて正式な抗議がなされるまでに至った[69]
現地社会の対応

こうした問題に対して、1999年以降の分権化を背景として、バリ州政府も観光収入を確保するため、地域社会と警察の連携を進めるなど、治安の維持に力を入れている[70]。とりわけ、慣習村(デサ・アダット)の自警団(プチャラン)がバリ州条例によって法的正統性が付され、警察との連携が進められている[71]。こうして治安の面でも、伝統的な慣習(アダット)と近代行政(ディナス)の区分が融解をみせている[72]。とりわけこの動きは、爆弾テロ事件後に顕著に現れ始め、バリの「伝統」文化の鼓舞が、「悪」の排除を目指すという政治社会的な意味を有するようになっている[73]
クロボカン刑務所

島内にはクロボカン刑務所がある。定員の3倍もの受刑者が収監される劣悪な環境にあるため、しばしば受刑者らによる暴動が発生する。2012年2月の暴動では、受刑者らが刑務所を占拠し、刑務官が撤退を余儀なくされる騒ぎとなった[74]


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