ハイパーテキスト
ご協力下さい!!
★暇つぶし何某★

[Wikipedia|▼Menu]
Hypertext Editing System (HES) IBM 2250 ディスプレイ・コンソール ? ブラウン大学、1969年

ハイパーテキスト (hypertext) とは、複数の文書テキスト)を相互に関連付け、結び付ける仕組みで ある。「テキストを超える」という意味から"hyper-"(?を超えた) "text"(文書)と名付けられた。テキスト間を結びつける参照のことをハイパーリンクと言う。ハイパーテキストを組織化することについての限界(特にその線形性)を克服しようとするものである。 ハイパーテキストによる文書は静的(前もって準備され格納されている)または動的に(ユーザの入力に応じて)生成される。よって、うまく作られたハイパーテキストシステムは、メニューコマンドラインなどの、他のユーザインタフェースパラダイムの能力を包含しており、それらを置き換えることができる。クロスリファレンスを含む静的な文書群と、対話的なアプリケーションの両方を実現するのに使える。文書やアプリケーションはローカルでもインターネットのようなコンピュータネットワーク環境でも利用できる。最も有名なハイパーテキストの実装はWorld Wide Webである。

ハイパーテキストという語は広く使われているが、実際にはハイパーメディアと呼んだほうが適切な場合も多い。


目次

1 歴史

1.1 前史

1.2 Memex

1.3 初期

1.4 様々なアプリケーション

1.5 World Wide Web


2 実装

3 学術会議

4 関連項目

5 参考資料

6 外部リンク


歴史
前史

ハイパーテキストの前兆は、様々な種類のリファレンス辞書百科事典)で使われる単純なテクニックに見られる。用語に添えられた小さな文字でその用語についての(同じリファレンス内の)記事や項目を示すものである。用語の前に指差しの絵記号が ?このように、または矢印が ?このように 来ることもある。そのような手動のクロスリファレンスのほかにも、文書に注釈を組み込む様々な実験的手法があった。その最も有名な例はタルムードである。

ハイパーテキストの核心は、情報オーバーロード問題の扱いである。以下に述べる人物は皆、情報の中に人間性が埋もれてしまっているという認識を強く持っていた。意思決定者は誤った判断を繰り返し、科学者たちは研究を重複させることが、あまりにも多い。メンデルの研究の再発見がその例である。

20世紀の初め、先見の明のある2人の人物がクロスリファレンスの問題に挑み、労働集約的な力任せの方法に基づく提案をした。ポール・オトレは、すべての文書はインデックスカードに記録された固有の語句に分解できるはずだという "Monographic Principle" に基づく、ハイパーテキストの元ともいえるコンセプトを提案した。1930年代、H・G・ウェルズは書籍という線形な型には収まらない情報を蓄積する『世界の頭脳』の創設を提案した。しかしながら費用の理由から、どちらの提案も成功することはなかった。
Memex詳細は「Memex」を参照

したがって、ハイパーテキストの真の歴史が始まったのは1945年ということになる。この年、ヴァネヴァー・ブッシュが The Atlantic Monthly誌に ⇒As We May Think(『人の思考のように』)という論文を書き、彼がMemexと呼んだ未来のデバイスについて述べた。Memexは機械的な机で、マイクロフィルムの拡張可能なアーカイブと接続されており、図書館からや書き物などのどんな種類の文書でも表示することができ、さらにあるページから参照されているページへと参照を辿っていくことができる。彼の言う「全く新しい形の百科事典; Wholly new forms of encyclopedia」は今日のコンピュータインターネットを予見したものだといえる。

ほとんどの専門家はMemexを真のハイパーテキストシステムだとは考えていない。しかし、ハイパーテキストの歴史はMemexから始まった。なぜなら、As We May Think は一般にハイパーテキストの発明者と称される2人のアメリカ人に直接の影響と着想を与えたからである。それはテッド・ネルソンダグラス・エンゲルバートである。
初期

ネルソンは「ハイパーテキスト」と「ハイパーメディア」という語を1965年に作り、ブラウン大学の Andries van Dam の指導の下で1968年Hypertext Editing Systemを開発した。

エンゲルバートは1962年スタンフォード研究所NLSシステムの開発を始めた。しかし、資金や人材、設備の確保の遅れのため、その核となる機能が完成したのは1968年のことだった。その年、エンゲルバートはハイパーテキストインタフェース(と初の実用的なGUI)のデモを公衆の前で初めておこなった。このデモはその革新性から "The Mother of All Demos"(「すべてのデモの母」)と呼ばれる。


◇ピンチです!◇
◇暇つぶし何某◇

[次ページ]
[記事の検索]
[おまかせリスト]
[ブックマーク登録]
[mixiチェック!]
[Twitterに投稿]
[オプション/リンク一覧]
[話題のニュース]
[列車運行情報]
[暇つぶしWikipedia]

Size:21 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE