ナラティブセラピー
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ナラティブセラピー
治療法
MeSHD062525
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ナラティブセラピー(物語療法、英語: Narrative therapy)とは、社会構成主義ポストモダンの影響を受けて練磨されつつある精神療法の一種である。治療者とクライエントの対等性を旨とし、クライエントの自主性に任せて自由に記憶を語らせることによって、単なる症状の除去から人生観の転換に至るまで、幅広い改善を起こさせることを目的とするもの。PTSDアダルトサヴァイヴァーの治療に広く用いられる。


目次

1 歴史

1.1 発祥

1.2 定式化

1.3 発展


2 方法

2.1 第1段階:安全確保と自己管理

2.1.1 症状の管理

2.1.1.1 症状の再帰性と再犠牲者化

2.1.1.2 再帰性と再犠牲者化

2.1.1.3 安全な場の確保


2.1.2 行動修正

2.1.3 犠牲者自己の認知


2.2 第2段階:外傷体験の統合

2.2.1 過去の開示

2.2.2 体験の統合

2.2.3 サヴァイヴァー自己の獲得


2.3 第3段階:人間関係の再構築

2.3.1 安全感の再確認

2.3.2 サヴァイヴァー自己の超越

2.3.3 親密性の獲得

2.3.4 信頼と信頼感の獲得

2.3.5 個性的自己の獲得



3 理論的特徴と批判

3.1 ナラティブベイスドと社会構成主義

3.2 物語とセラピー

3.3 治療者と被治療者の平等


4 関連項目

5 参考文献


歴史
発祥

起源としては、「精神的に苦しんでいる人の話を聴いてあげる」というかたちで、精神療法として正式に名づけられるよりも先に、古くから人間社会のなかで自然に存在したと思われる。
定式化

定式化された精神療法としては、19世紀末のジークムント・フロイトによるお話し療法除反応自由連想法、また同時代のブロイアーによるカタルシス療法などが創成期のものである。

一般には、自由連想法こそがナラティブセラピーの原点のように考えられているきらいもあるが、治療者の誘導よりも患者の主体性と意思が尊重される点では、お話し療法や、のちのユング派の分析心理学などに近いとも言える。むしろ、クライエントが自発的な心構えを準備してセラピーに臨み、能動的想像法の要素も色濃い「体験を回想し物語る」という行為は、20世紀前半に入ってフロイト派精神分析に、ユング派分析心理学がたぶんに融合して生成してきたと考えるべきである。
発展

20世紀後半に入って、アメリカにおいてベトナム戦争後のASD被害者や、家庭内暴力性的虐待を受けた被害者のPTSD治療の技法として、またアルコール依存症をはじめとした各種の嗜癖に悩む人々の自助グループのミーティングなどにおいて、さらにポストモダニズムなどを背景とした新しい医学思想の流れを汲みながら家族療法の分野から出ていた概念として、飛躍的に展開と発達を遂げ現在にいたる。
方法

この療法は次の三つの段階を経て行なわれる。
第1段階:安全確保と自己管理

最初の段階の治療テーマは「症状の管理」、「行動修正」、「犠牲者自己の認知」と要約される。
症状の管理
症状の再帰性と再犠牲者化

ほかの疾患と異なり、外傷被害の深刻な特徴は、症状の再帰性である。すなわち、いったん被害を受けると、そこへ立ち返り、その被害を上塗りしたり拡大したりしてしまう性質である。これは、本人が自ら再帰する場合もあれば、周囲の者が再帰するようにしむける場合もある。後者の場合、「しむける者」に悪意があるとは限らない。「本人のためを思って」、単なる無知ゆえにそうしてしまう場合のほうが解決は遠のくのである。

いずれにせよ、外傷体験が生じた「場」には、再帰という現象がついてまわる。
再帰性と再犠牲者化

クライエントは心的外傷を体験した者であるから、後遺症として、ふつうの健常人だったら何ら問題でないどころか、快い刺激に感じるかもしれない、日々の生活からやってくるさまざまな刺激を、自分を襲う刃のように感じている。それは自分に話しかけてくる人の声や姿、響いてくる電車の音、温かい太陽の光に至るまで、そういう可能性がある。

健常人が快く感じているこれらの刺激を、ASDやPTSDなどの外傷被害者も同じように快く感じていると、健常人が勝手に考えて、そういう社会の場へ引きずり出そうとすると、さらに症状を悪くするのみである。これは、再犠牲者化 (Revictimization) といい、外傷被害というものが本質的に再帰性という特徴を持っているからに他ならない。

近年、人道的にも社会的にも正しく聞こえる「ひきこもりを救え」といったスローガンのもとに、ひきこもり者などを無理やりひきこもっている場所から引きずり出し、社会へ押し出して様子を観察し、その「成功」の模様を報道するといった企画が、マスコミを初めとして各地で隆盛してきた。

ひきこもり者は自意識が強く、客体優位(自分がしたいことよりも、目の前の他人がしたいことを優先して行なってしまう行動障害・人間関係障害)の傾向を持っているので、他者の目(マスコミのカメラはその最たるものである)があるところでは一見、その企画によって「みごと、ひきこもりを脱した」かのように行動しおおせる。しかしその後、人々の目が去ったところで鬱的な症状を加速させたり、何の前触れもなく自殺してしまったりする。それは、この再犠牲者化、再帰性のためである。

また、そういった結末までは人々は観察しないし、マスコミも報道しない。あるいは「被験者のその後の自殺」そのものは報じることはあっても、その企画との因果関係は論じない。そのため、あたかも企画が人道的に成功であったような印象を大衆に与え、さらにそういう企画が増えていく。これもまた、逆の方向での再帰性である。
安全な場の確保

上記のように、外傷被害者は押し寄せる日々のさまざまな刺激に圧倒されて、症状に打ちのめされている。周囲の親密な他者からのケアでさえ、敵意に満ちた攻撃と考え、自らの内なる攻撃性を強めてしまう。その攻撃性が最も向けられるのは自分自身であり、その結果リストカット摂食障害、アルコールや薬物の乱用といった嗜癖行動鬱病自殺などを招く。

このように自責性(攻撃性が自分に向けられていくこと)が高まってくると、ストレスや刺激のない平穏な時間こそ、最も危険な時間へと変わる。なぜならば、自己との対面を強いられ、おのれの無力感と空虚感にさらされるからである。こういうときには上記の述べた自傷行為への欲求が高まり、自殺念慮が強まる。

こういう状態で治療につながったクライエントに施す第一の処理は、彼らの内面に立ち入ることではない。不眠、食欲不振、過食、鬱、パニック発作など現在進行形で悩んでいる症状の緩和や、自分の部屋から追い立てられている、家族の者に虐待されている、などの現実的な生活課題の処理に手を貸すことである。

補助的に向精神薬などの投与も必要な場合も多いが、こうした初期の患者に必要なのは、彼らの持っている社会的コンテクストに即して、治療を進めることができる「安全な場」へ移すことであり、また、患者本人も「ここは今までとは違う安全な場なのだ」と感じられるようにすることである。

たとえば配偶者からの暴力におびえている外傷被害者であれば、「もうここまでは絶対に配偶者は追ってこない」と補償できるシェルターへ移送することがこの過程に相当する。それは、ひとり治療者のみならず広くソーシャル・ワークの仕事となる。

この種のソーシャル・ワークの中で、公的な援助資源に関する情報を与えたり、被虐待者のためのシェルター(shelter)や代弁者や支援者(advocate)を紹介したりする必要も生じてくることがある。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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