デモ活動
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2005年9月24日に行われたワシントンD.C.での反戦デモ。横断幕には「ブッシュ、チェイニー、イラクカトリーナ――インテリジェント・デザインはその位にしとけ」と書かれている。

デモ活動(デモかつどう、英語: demonstration, street protest)は、ある特定の意思・主張をもった人々が集まり、集団でその意思・主張を他に示す行為である。「デモ」とはデモンストレーションの略であり、示威運動[1]、示威行為、あるいは単にデモとも呼ばれる。その活動内容によってデモ行進、デモ集会ともいう。
目次

1 概要

2 デモ活動の要素

2.1 主張

2.2 時と場所

2.3 デモの非暴力と暴力


3 日本でのデモ

4 アメリカ合衆国

4.1 ワシントン大行進

4.2 15ドルのための闘い

4.3 #NeverAgain


5 韓国のデモ

6 脚注

7 関連項目

概要 国会議事堂を取り囲むデモ (1960年6月)

デモ活動は、公の場で集団で自分達の意思や主張を示す行為である。事実上の責任者や決定者がいる施設の前で行われることもある。集団の主張が他の人が認知できるようにプラカードなどを掲げたり、マイクやスピーカーで演説をする場合もある。「デモ行進」のように徒歩で一定区間を移動しながら行われるものもみられる。大きなものでは数万人から百万人の規模が参加する一種の集会のようなものもあれば、その一方で参加人数はともかくとして、非常に遠距離(都市間など)を移動しながら主張を掲げ続ける場合もある。主張されるテーマは、政治経済社会に対するものなど多岐に渡り、それらは個人的な主張から、社会問題を示して世間にアピールすることを目的とするものまで、さまざまである。

日本において20世紀末以降、一般に見られるものでは、たいていは自分たちの主張が書かれたプラカードを掲げ路上を行進するなどの内容で、広く公衆にその意思・主張を表示するデモ行進であるが、自動車歩行者の往来に用いられる道路を一時的にせよ占有することもある場合は、多くの都道府県条例では所轄警察署から事前の許可を受けなければならず、法治国家の内ではいくつかの守るべき点もあり、無許可のデモ活動は取締りを受ける場合もある(後述)。

また暴動に発展する可能性を警戒して、警察が監視することがある。日本でも、1960年代の安保闘争日本の学生運動が盛んに行われていた当時はデモ活動から暴動に発展する事態もしばしば発生した。なお、政治的主張をデモ活動で掲げることをそもそも禁止する国・地域もある。

一般にそのデモに参加する人が多ければ多いほど、そのデモの世論に働きかける力は大きいといえるが、社会不満が大衆に鬱積している状況下では、任意の参加を認める場合に次第に集団が膨れ上がって、無秩序に集まった結果として暴動に発展する傾向も強い。このため国や地域によってはデモをする場合、事前に参加人数などや活動の目的・移動経路の細かい届け出が必要な場合もある。

なお、開催日時と場所によっては渋滞などを引き起こすことがあり、通行人や周辺住民などにとって非常に迷惑になるため反感を買うこともある。
デモ活動の要素

デモ活動では、特に目立ったトラブルもなく、社会の注目を集められれば一応の成果といえる[誰?]。更に加えてそれら主張が周囲に認識され、それらが他人にも受け入れられたのであれば、目的を果たしたといえる[誰?]。
主張

主張は、そのデモ活動を行う集団にもよってまちまちである。しかしあからさまに反社会的な主張は、これを見た者の怒りないし不快感や冷笑を得ることはあっても、受け入れられることはない。例えるなら「人種差別を合法化せよ」という主張をすることがこれに当たる。

また、主張と行動の内容に不一致が見られると、これも同様に不信感を被ることもある。例えば環境保護はたいていの場合においてほかの支持を得やすいテーマだが、この主張を掲げながら活動し終わった後がごみだらけだという場合は、台無しになる。自然保護活動に際しては、ただ集団で主張を掲げるというだけではなく、主張を掲げつつ集団で所定区間のごみを拾う活動を行う団体もしばしば見られる。

また主張が一方的であるとか、独善的な場合も同様である。例えば銃社会の問題が深刻な地域で、自衛のために銃が必要だとして、銃の所持と販売の更なる容認・緩和、つまり銃規制撤廃を訴えた場合がこれに相当するだろう。

このため、多くの場合では他人に示した場合に賛同が得られるか、あるいは賛同されないまでも拒絶もされないものを示し、またそれらのテーマに沿ったアピール方法を選択し、主張を示すにしても一定の注意が払われ、常識的に妥当な理由が示される。

こういったデモ活動において掲げるテーマが選ばれたケースとしては、1991年には日本で暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)の制定に絡んで暴力団員を含む支持者団体がデモ活動したケースもあるが、この際には「憲法で保障された結社の自由を侵害する」や「暴力団構成員にも家庭があるが行動を禁止されると子供を養えない」など、別の視点・理由によるものや同情を呼ぼうとした主張が掲げられた。結局、同法は「暴力団が集団として存在すること」ではなく「違法な行為で市民生活を妨害したり金品を得ること」を規制する性格の法律であったため、違憲問題に関しては合憲との判断が成されている。
時と場所

デモを成功させるのには、それが行われる時と場所が重要である。誰も見ていないところで、誰もいない時間にいくらデモをしても意味がなく[2]、より効果的に行うために適した日・時間としては、デモの参加者が集まりやすく他人にも示しやすい休日が選ばれることが多い。

またよりデモを意義あるものにするため、例えば反核運動では8月6日(→広島市への原子爆弾投下)を、イラク戦争を非難するのに3月20日(米英連合軍が侵攻した日)を、原子力撤廃を訴えるのに3月11日(→東日本大震災福島第一原子力発電所事故)を、反ロシアを訴えるのに8月9日満州ソ連軍が侵攻した日で反ソ連デー)を選ぶなど、デモに関係する記念日を選ぶことがある(10月21日の「国際反戦デー」関連は有名だった)。また場所は、大人数を収容できる広場やその行進に適した道幅の広い大通りが選ばれる。また、デモに関係する土地施設の前で行われることも多く、例えば所定の国の政府政策に抗議するために、その国の在外公館前でデモを行うなどがみられる。

しかし、ただ人通りが多い場所や日時を選べばよいというものではない。交通量の多い通りのいくらかの車線を封鎖したり、普段から混雑する広場や歩行者専用道路を用いてデモを行うということは、多くの人に自らの主張を伝えられる一方、渋滞や混雑などで直接的な不利益を被った者は不快感を、そして時には主張そのものに反感を覚え、さらには直接的な衝突に発展することもある。これを回避するため、治安当局はデモの主催者に開催場所や日時の変更を指導したり、許可を降ろさないこともあり、デモ隊には多数の警察官警備に当たることがある。
デモの非暴力と暴力 中国の人権問題に関するデモ


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