ティムール
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「ティムール」のその他の用法については「ティムール (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ティムール
?????
ティムール朝初代君主
1380年頃に描かれたと考えられているティムールの肖像画[1]
在位1370年 - 1405年
戴冠1370年4月10日、於バルフ
出生 (1336-04-08) 1336年4月8日/4月9日[2]
ホージャ・イルガル村
死去 (1405-02-18) 1405年2月18日(68歳没)
オトラル
埋葬1405年2月23日
サマルカンドグーリ・アミール廟
配偶者別記
子女別記
王家バルラス
王朝ティムール朝
父親アミール・タラガイ
母親タキナ・ハトゥン
宗教イスラム教スンナ派
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ティムール(ペルシア語: ?????‎ T?m?r/Taym?r, 1336年4月8日 - 1405年2月18日)は、中央アジアモンゴルテュルク系軍事指導者で、ティムール朝の建国者(在位:1370年4月10日 - 1405年2月18日)。

中世アジアを代表する軍事的天才と評価され[3]中央アジアから西アジアにかけてかつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設した[4]。しばしば征服した都市で大規模な破壊と虐殺を行う一方、首都のサマルカンドと故郷のキシュ(現在のシャフリサブス歴史地区)で建設事業を行う二面性を持ち合わせていた[5]
目次

1 名前と称号

2 生涯

2.1 若年期

2.2 ティムールの台頭

2.3 モグーリスタン・ハン国との戦い

2.4 フサインとの決別

2.5 モグーリスタン、ホラズムへの遠征

2.6 ペルシアへの遠征

2.7 三年戦役

2.8 トクタミシュとの戦い

2.9 五年戦役

2.10 インド遠征

2.11 七年戦役

2.12 オスマン帝国との対決

2.13 最期


3 人物像

3.1 身体的特徴

3.2 性格

3.3 ティムールとチェス


4 イスラームの信仰

5 征服地での残虐行為

6 サマルカンドの開発

7 伝記史料

8 ヨーロッパ人が見たティムール

9 禁断の棺

10 ウズベキスタン共和国におけるティムールの評価

11 家族

11.1 父母

11.2 后妃

11.3 王子

11.4 王女


12 脚注

12.1 注釈

12.2 出典


13 参考文献

14 関連項目

名前と称号 ティムール朝の支配領域

「ティムール」という表記はアラビア文字の綴りに由来し[6]ペルシア語による綴りに基づいて「ティームール」とも表記される。ペルシア語では「跛者のティムール」を意味する「タメルラング」「ティムーリ・ラング」「ティムール・イ・ラング」(T?m?r-i Lang)とも呼ばれ、ペルシア語名のT?m?r-i Langが英語に転訛したタメルラン(Tamerlane)の名前でも知られている[7][8]。「跛者のティムール(T?m?r-i Lang)」の渾名はヨーロッパ世界でも普及し、タメルランのほかにタマレイン(Tamerlane)、タンバレイン(Tamburlaine)といった名前で呼ばれている[8]。また、この名は中世モンゴル語では Temur、現代ウズベク語では Temur であり、「テムル」とも表記される。『明史』などの漢語史料では「帖木児」と表記される。

語義は「」を意味し[9][10][11]、この名を持つテュルク系、モンゴル系の人物は少なくなかった。ティムール自身、一時はトゥグルク・ティムールの許におり、また、その覇道の最中で他の「ティムール」という名を持つ男達と何度か敵対している(ティムール・メリク、ティムール・タシュなど)。

ティムールはチンギス・ハーンの子孫ではなかったために生涯「ハン」の称号を名乗らず[4][12][13]、「キュレゲン(グルガン、ハンの婿)」「アミール(長、司令官)」の称号を名乗った[14][15]。ティムールが鋳造した貨幣にはチャガタイ家のハンの名前と共にキュレゲンの称号が刻まれ、モスクの金曜礼拝でもハンの名前とキュレゲンの称号がフトバに入れて唱えられた[13]。彼が没してからおよそ20年後、ティムール朝で編纂された史書『ザファル・ナーマ』で彼が生前名乗らなかった「ハーガーン(ハン)」「スルターン」の称号が追贈された[16]

史家が著した年代記では、ティムールは「サーヒブ・キラーン(サーヒブ・ギラーン、Sahib Qiran、「幸運な二つの星が交わるとき生まれた支配者」[17]、「吉兆の合(吉兆の星である金星と木星が太陽と重なる天文現象)の支配者」[18]、「星座の支配者」[19])」の雅号で呼ばれている。その歴史家のうち、ヤズディー(英語版)はティムールとともにアレクサンドロス3世を、ニザーム・アッディーン・シャーミー(英語版)はチンギス・ハーンとティムールの孫ウマルを「サーヒブ・キラーン」として称している[20]


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