スキー
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アルペンスキー技術パラレルターン

スキー(: skiing)とは、2枚もしくは1枚の専用の板を、両足に履き、雪上をより素早く降りるための移動手段として用いられている。 語源はノルウェー語で「薄い板」を指す「スキー」から。


目次

1 概要

2 歴史

2.1 日本への伝来


3 必要な用具

4 アルペンスキー技術

5 スキー競技

6 関連団体

7 陸上用スキー

8 脚注

9 参考文献

10 関連項目

11 外部リンク


概要

元々は狩人が獲物を追って雪の山野を移動する手段であったが、19世紀中頃からノルウェー南部のテレマルク (Telemark) 地方を中心にスポーツや、登山者の山麓での移動手段や、西洋のアルプス地方の弓術と組み合わせた戦の技術(対して、東洋は弓術と馬術)として進化を遂げた。 スキー自体を楽しむ人々が増えるにつれスキーの練習に適した斜面のある山麓に練習場(ゲレンデ)ができ、本来の目的から独立したスポーツ・レジャーの場としてスキー場と呼ばれるようになった。 日本では積雪期にも宿屋が営業する温泉地に愛好者が集まりやがてスキー場として発展した(山形県の五色温泉や長野県の野沢温泉がその奔り)。

ヨーロッパのアルプス地方で普及したアルペンスキーを楽しむ人が多いが、クロスカントリースキーテレマークスキーのような、アルペンスキーより先にスカンジナビア半島で発展したノルディックスキーも同じく人気がある。

1本の専用の板に正面を向いた状態で両足を揃えて固定するものに関しては「モノスキー」を参照。
歴史

スキーの歴史は古くスカンジナビア半島では、紀元前2500年ごろの壁画に狩りをする人達のスキーを履いた姿が描かれているのが確認されている。また、10世紀から11世紀にかけて、ヴァイキングがスキーを軍用に用いたという記録が残っている。

1825年にテレマルク地方に生まれたソンドレ・ノルハイム(ノルウェー語版、ノルウェー語(ニーノシュク)版、英語版)によって「歩く、飛ぶ、滑る」といった現代まで残るスキー技術がスポーツとして確立され、1860年代には、スキー板とスキー靴を固定するビンディングが考案される。これが近代ノルディックスキーの始まりである。1879年には、ノルウェーのオスロにて、初の大規模なスキー大会が開催された。

1907年、ハンネス・シュナイダー (Johannes Schneider) によって、オーストリアサンクト・アントンなどにスキー学校が設立される。シュナイダーによって、アルプスの急峻な山々の滑降に対応したシュテムなどの技術が体系化された。これは「リリエンフェルター・シーラウフ・テヒニック」と呼ばれ、アルペンスキーの根源となるものである。また、踵を固定して滑降時の安定を図る、リリエンフェルト・ビンディングも考案された。

1924年フランスシャモニーにて国際スキー連盟(FIS)が結成される。同年、初の冬季オリンピック大会(シャモニーオリンピック)が開催される。この大会ではクロスカントリースキーノルディック複合スキージャンプがスキー競技として採用されている。アルペン競技は第4回のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック1936年)から採用されている。

1990年代後半、カービングスキーやショートスキーなど、ターンのしやすい板が普及。


2010年頃からは、バックカントリーの人気の高まりから、トップ側が反り上がったロッカーと呼ばれる技術を用いた板が広まってきた。
日本への伝来

日本におけるスキーの伝来は明治時代後期の1890年代からだが、1911年(明治44年)1月12日新潟県中頸城郡高田町(現在の新潟県上越市)において、オーストリア陸軍少佐(オーストリア=ハンガリー帝国時代)のテオドール・エドレル・フォン・レルヒが陸軍第13師団歩兵第58連隊の営庭を利用し、堀内文次郎連隊長や鶴見宜信大尉らスキー専修員に技術を伝授したことが、日本に於ける本格的なスキー普及の第一歩とされている。


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