シュルレアリスム
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シュルレアリスム(: surrealisme[1]: surrealism[2])は、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱した思想活動。一般的には芸術の形態、主張の一つとして理解されている。日本語で超現実主義と訳されている。シュルレアリスムの芸術家をシュルレアリスト(: surrealiste)と呼ぶ。

日本ではフランス語と英語の発音が混同され「シュールレアリスム」、「シュールリアリスム」、「シュールレアリズム」、「シュールリアリズム」、「シュルレアリズム」、「シュルリアリズム」、「シュルリアリスム」といったバリエーションがあり、日本語のカタカナ表記においては様々である。
「シュール」は「非現実的」「現実離れ」の意味によく使われる。1970年代前後に「シュール」が日本の広告媒体で頻繁に使用された例がある。いずれにせよシュルレアリスム自体とは意味が異なる。

上記のように、日本語のシュールの用法、または「超現実」という日本語訳によって現実と完全に隔離された非現実を表現することと誤解されることが多い。 シュルレアリスムという名詞自体は詩人ギョーム・アポリネールの作品から引用された造語の固有名詞である。


目次

1 概要

2 絵画・写真

3 シュルレアリスム絵画の系譜

4 その他シュルレアリスムの画家

5 シュルレアリスムと評価される写真作品を制作した作家

6 日本におけるシュルレアリスム

6.1 俗語としてのシュルレアリスム


7 研究

8 技法など

9 関連文献

10 脚注

11 関連項目

12 外部リンク


概要

芸術運動のシュルレアリスムでは、その多くが現実を無視したかのような世界を絵画や文学で描き、まるで夢の中を覘いているような独特の非現実感は見る者に混乱、不可思議さをもたらす。

芸術運動としてのシュルレアリスムのはじまりは、シュルレアリスム宣言が発せられた1924年であるが(なお、それ以前でも、アルフレート・クービン(Alfred Kubin)などシュルレアリスム的な作品は存在する)、その終わりには諸説ある。例えば、第二次世界大戦が終わった1945年までとする説、シュルレアリスム運動のリーダーであり「帝王」であったアンドレ・ブルトン (Andre Breton, 1896年-1966年)が他界した1966年までとする説があり、さらには、ブルトンの死以降も続いていたとする説もある。また、第二次世界大戦以降も続いていたという説の中には、大きく分けて、第二次世界大戦以前の運動に参加した者の戦後の活動のみをシュルレアリスムと認める説と、戦後に活動を開始した者も含める説の2つがある。後者の説については、いわゆる幻想絵画との境界線につき、さらにいろいろな説がある。

シュルレアリスムは、思想的にはジークムント・フロイト精神分析の強い影響下に、視覚的にはジョルジョ・デ・キリコ形而上絵画作品の影響下にあり、個人の意識よりも、無意識や集団の意識、偶然などを重視した。このことは、シュルレアリスムで取られるオートマティスム(自動筆記)やデペイズマンコラージュなど偶然性を利用し主観を排除した技法や手法と、深い関係にあると考えられることが多い。

シュルレアリスムを先導したのは詩人である。アンドレ・ブルトンはもちろんのこと、ルイ・アラゴンフィリップ・スーポーロベール・デスノスポール・エリュアール、ベンジャマン・ペレ、アントナン・アルトールネ・シャールジャック・プレヴェールレイモン・クノーなど一度はかじるものという時代の雰囲気だったといえる。

なお、ダダとシュルレアリスムの関係であるが、ダダに参加していた多くの作家がシュルレアリスムに移っているという事実からもうかがえるように、既成の秩序や常識等に対する反抗心という点においては、思想的に接続している。

日本におけるシュルレアリスムの詩人として有名な人物に瀧口修造がいる。瀧口は美術では池田龍雄、音楽では武満徹と親交をもっていたが、まだまだ日本のシュルレアリスムが語られる機会は少ない。
絵画・写真

シュルレアリスムに属する主たる画家としては、マックス・エルンストサルバドール・ダリルネ・マグリットイヴ・タンギーポール・デルヴォーエドガー・エンデ などがいる。ダリはルイス・ブニュエルのシュルレアリスムの代表的映画で、二人が実際に見た夢をモチーフにした『アンダルシアの犬』(1928年)にも参加している。ピカソも後にシュルレアリスムに傾倒している。

ダダにも参加しているシュルレアリスム写真家画家オブジェ作家として、実験映画も作っているマン・レイ(Man Ray, 1890年-1976年)も挙げられる。画家でもある写真家のアンリ・カルティエ=ブレッソンもこの頃シュルレアリスムの影響を受けているとも言われる(後には構成主義の影響も見られる)。ドイツ出身のハンス・ベルメールも自身の手による球体関節人形を撮影した写真集を1934年に発表し、ブルトンらパリのシュルレアリストに高い評価を得た。

シュルレアリスム絵画には大きく二つの画風がある。
自動筆記やデペイズマン、コラージュなどを使い、自意識が介在できない状況下で絵画を描くことで、無意識の世界を表現しようとした画家たち。彼らの絵画は具象的な形態がなくさまざまな記号的イメージにあふれ、抽象画に近づいてゆくことになる。マックス・エルンスト、ジョアン・ミロアンドレ・マッソンら。

不条理な世界、事物のありえない組み合わせなどを写実的に描いた画家たち。や無意識下でしか起こりえない奇妙な世界が描かれたが、彼らの絵の中に出てくる人物や風景はあくまで具象的であった。サルバドール・ダリ、ルネ・マグリットら。

無意識を偶然性の強い手法で造形化するというエルンストらの実験的な手法は美術関係者に大きな影響を与え、後に抽象表現主義などに受け継がれた。一方、奇妙な世界を写実的に描くダリやマグリットらは、見るものに強い混乱を起こす内容と、対照的に親しみやすい写実的な画風から一躍人気作家となった。特にダリはアメリカで大人気を博し、後にかつてのシュルレアリスム関係者から『ドルの亡者』と非難されるに至った。

一般的にシュルレアリスムの中で知名度の高いものは後者であり、後に続くイラストレーターや広告美術によって多くの模倣が行われているほか、「シュール」という言葉の表すものの起源となっているとも考えられる。

ドイツにおいては、シュルレアリスムは、芸術都市ミュンヘンを中心に展開されたが、ナチスはこれを頽廃芸術として嫌い、弾圧を受けることになる。
シュルレアリスム絵画の系譜運命の三女神 フランシスコ・デ・ゴヤ 1819-1823Pablo de Valladolid ディエゴ・ベラスケス 1632-1635快楽の園』地獄の部分 16世紀 ヒエロニムス・ボス第五の封印 エル・グレコ 1608-1614バベルの塔 Pieter Bruegel 1563


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