グレナダ
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スペインの都市「グラナダ」とは異なります。
グレナダ
Grenada


国旗)(国章
国の標語:The Land, The People, The Light
(英語: 国土、国民、光)国歌グレナダ万歳

公用語英語
首都セントジョージズ
最大の都市セントジョージズ
政府
女王エリザベス2世
総督セシル・ラ・グレネード
首相キース・ミッチェル

面積
総計344km2201位
水面積率極僅か

人口
総計(2010年104,487人(180位
人口密度304人/km2

GDP(自国通貨表示)
合計(2008年)17億[1]東カリブ・ドル(EC$)

GDP (MER)
合計(2008年)6億[1]ドル(168位

GDP (PPP)
合計(2008年)12億[1]ドル(169位
1人あたり10,842[1]ドル

独立
 - 日付イギリスより
1974年2月7日
通貨東カリブ・ドル(EC$) (XEC)
時間帯UTC -4(DST:なし)
ISO 3166-1GD / GRD
ccTLD.gd
国際電話番号1-473

グレナダ(英語: Grenada)は、カリブ海小アンティル諸島南部に位置する英連邦王国の一国たる立憲君主制国家である。イギリス連邦加盟国でもある。島国であり、海を隔てて北にセントビンセントおよびグレナディーン諸島、北東にバルバドス、南にトリニダード・トバゴベネズエラが存在する。首都はセントジョージズ

グレナディーン諸島の一部にグレナダ領グレナディーン諸島として、カリアク島プティト・マルティニーク島などの島々を領有している。1983年に起きたクーデター後の混乱時にアメリカ合衆国東カリブ諸国機構(OECS)によるグレナダ侵攻があり、国際的な注目を集めた。


目次

1 国名

2 歴史

2.1 先コロンブス期

2.2 植民地時代

2.3 独立以降


3 政治

4 軍事

5 地方行政区分

6 地理

6.1 主要都市


7 経済

7.1 交通


8 国民

9 文化

9.1 祝祭日


10 著名な出身者

11 脚註

12 参考文献

13 関連項目

14 外部リンク


国名

正式名称は英語で、Grenada( /????ne?.d?/ グラネイダ  聞く[ヘルプ/ファイル] )。

日本語の表記は、グレナダ。

コロンブスはコンセプシオン(Concepcion)と名づけた。現在の名前はスペイングラナダにちなむ名と思われるが、誰がいつこの名をつけたのかは正確にはわからない。

セントビンセント・グレナディーングレナディーン諸島も同語源である。

2016年11月24日、正式な国名をグレナダ、カリアクおよびプティ・マルティニーク (Grenada, Carriacou and Petite Martinique) に変更するための憲法改正の国民投票が実施されたが、反対多数で否決された[2]
歴史
先コロンブス期

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植民地時代

1498年 クリストファー・コロンブスにより発見される。

1650年 フランスが植民地化。

1674年 フランス人が定住を始める。先住民を大量虐殺したと言われている。

1714年 フランスは、カカオ綿花コーヒーを栽培した。プランテーションで労働する奴隷はアフリカから輸入した人々で、彼らの3分の2は過酷な労働条件のために死亡したとされる。

1762年 英国がフランスに代わって植民地化。

1783年 ヴェルサイユ条約によって正式に英国の領土になる。

1950年 普通選挙導入。

1967年 自治政府が生まれる。労働党が選挙に勝ち、独立を宣言。

独立以降グレナダに展開するアメリカ軍(グレナダ侵攻

1974年 英連邦王国として英国から独立。エリック・ゲイリーが首相に就任。

1979年ソ連キューバ派のニュージュエル運動(NJM)を率いるモーリス・ビショップがゲーリー首相の外遊中に無血クーデターを起こし、首相に就任。人民革命政府を樹立した。革命政府によってキューバとの関係が強化される。


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