カナダ自由党
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カナダ政党カナダ自由党
:Liberal Party of Canada
:Parti liberal du Canada
党首ジャスティン・トルドー
成立年月日1867年7月1日
本部所在地オンタリオ州オタワ
庶民院議席数184 / 338   (54%)(2015年10月)
元老院議席数21 / 105   (20%)(2016年4月)
政治的思想・立場中道派 / 中道左派
自由主義
社会自由主義
公式サイト ⇒Liberal Party of Canada
シンボル赤
国際組織自由主義インターナショナル
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カナダ自由党(カナダじゆうとう、英語:Liberal Party of Canada、フランス語:Parti liberal du Canada)は、カナダ自由主義社会自由主義)、中道左派政党自由主義インターナショナル加盟政党である。創設は1861年。現在の党首はジャスティン・トルドー。口語ではホイッグ党とも呼ばれる。


目次

1 概要

2 党史

3 政策

4 歴代党首

5 総選挙における党勢推移

6 脚注

7 外部リンク


概要

中道右派政党であるカナダ進歩保守党(現在はカナダ保守党)と共にカナダにおける二大政党制の一翼を担ってきた。オンタリオ州ブリティッシュ・コロンビア州オタワガティノー首都圏、ケベック州モントリオール等、都市部を基盤としている。近代カナダの歴史の中でも最も政権を担ってきた政党であり、20世紀は先進国の間では最長となる69年間与党として国家運営に君臨してきたなど、"natural governing party"とも言われる。
党史

1867年に結成された。1873年にアレキサンダー・マッケンジーが首相となって以来、大半の期間を政権与党として活動してきた。特に1968年に首相となったピエール・トルドー(首相在任:1968年 - 1979年,1980年 - 1984年)は長期政権を維持し、1971年の「多文化主義宣言」による公用語の英仏二カ国語化など、多文化国家カナダの原型を作り上げた。

トルドー退任後に行われた、1984年の総選挙では進歩保守党のブライアン・マルルーニーに政権の座を奪われ、10年近く野党となったが1993年の総選挙で大勝し(この時ライバルの進歩保守党は、たった2議席しか獲得できないという壊滅的敗北を喫した)、ジャン・クレティエンポール・マーティンと2006年まで続けて政権を担った。

しかし2004年2月、クレティエン政権時代における公的補助金に関するスキャンダル[1]が会計検査院によって暴露されたことで支持率が急落、直後に行われた総選挙では第一党こそ維持したものの過半数を失い少数与党となった。そして2006年の総選挙で敗北し、保守党に政権を明け渡し野党に転落した。2008年10月14日総選挙でも改選前95議席から77議席に議席を減らし、保守党の勝利を許す結果に終わった。2011年の総選挙ではさらに議席を34議席に減らし、党首のイグナティエフも落選するなど結党以来最悪の惨敗で、野党第一党の座を新民主党に譲る結果となった。選挙後、ボブ・レイが暫定党首に就任し、体制の立て直しを図ることになった[2]

2013年4月に行われた党首選挙で、ピエール・トルドー元首相の息子であるジャスティン・トルドーが投票者の80%の支持を得て、党首に選出された[3]。トルドーが党首に選出されてから自由党に対する支持は増加し、世論調査において与党である保守党を上回って首位となった[4][5]

2015年カナダ総選挙では、大幅に議席を伸ばして単独過半数となる184議席を獲得。約10年ぶりに政権を奪回した[6]
政策

中道右派政党のカナダ保守党に対して、自由党は自由主義インターナショナルに所属しているものの、中道左派政党とされている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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