近代に入ると、イスラム教を奉じる大帝国であるはずのオスマン帝国がキリスト教徒のヨーロッパの前に弱体化していく様を目の当たりにしたムスリムの人々の中から、現状を改革して預言者ムハンマドの時代の「正しい」イスラム教へと回帰しようとする運動が起こる。現在のサウジアラビアに起こったワッハーブ派を端緒とするこの運動は、イスラーム復興
と総称される潮流へと発展しており、多くの過激かつ教条的なムスリムを生み出した。一方で順調にリベラル思想を身につけイスラムの改革を行う人々も多数出現し、イスラームは前近代にも増して多様な実態を持つことになった。詳細は「イスラム教と他宗教との関係」を参照
イスラームは先行したユダヤ教、キリスト教等から大きな影響を受け、またシーク教やバハーイー教の成立に大きな役割を果たした。 ユダヤ教はアブラハム系3宗教の根本ともいえる宗教であり、ユダヤ教に対しても強い影響を与えた。この信仰はユダヤ教やキリスト教への延長線上にあるものとして捕らえており、旧約聖書の基となったと言われている。イスラームの立法的側面は、ユダヤ教がそれを受け継ぎ簡素化させたものであるとされる。 ユダヤ教にはクルアーンの指導者たちが預言者として記されており、旧約聖書の事跡はムハンマドより解釈したものも記されている。 キリスト教もまたイスラームに強い影響を与えた。ムハンマドはナザレのイエスを使徒であり預言者であるとしており、クルアーンにも新約聖書に由来するイエスの物語が記されている。また、ムハンマドに啓示を与えた天使ガブリエルは、キリスト教においてマリアに受胎告知を行った大天使と同一と考えられている。ただしキリスト教主流派と違い、クルアーンではイエスは単なる人間であり、神の子ではないと明言されているもキリストを愛することも認めている。 キリスト教徒もまた、「啓典の民」としてクルアーンに記されている。 シーク教は中世から近世にかけて、インドにおけるイスラーム神秘思想とヒンドゥー教のバクティ信仰が相互浸透をした結果生まれた一神教であり、ヒンドゥー教・仏教・ジャイナ教などインド系宗教の特質とともに、アブラハム系の宗教の特色も備えている。 バハーイー教はイスラーム教の預言者ムハンマドの外孫フサインの子孫(サイイド)であるとされるセイイェド・アリー・モハンマドによって開かれた宗教バーブ教を母体とし、その弟子バハウッラーによって創始された宗教である。バハーイー教はそもそもイスラーム教12イマーム派から生まれた宗教であり、その思想や戒律にはイスラームの強い影響が見られる。 イスラームの保守層からして、バハーイー教徒は「背教者」「異端」であり、すさまじい憎悪を浴びている。多くのイスラーム教国でバハーイー教は圧迫されており、とりわけ発祥の地イランではイスラーム共和制の名の下に弾圧されている。バハーイー教の信者は無神論者などと同様、憲法でその存在を承認されておらず、信仰が発覚した場合投獄され最悪の場合死刑に処される。 イスラム教徒が多数派の国、あるいは無視できない規模の少数民族である国に、また欧米などの先進国におけるイスラム教徒の移民やその子孫が起こす宗教問題など現在議論されている問題をここで述べる。またイスラム教徒が多数派の国でも国の実権を握る軍部(トルコやアルジェリア)や政党(バアス党)などがシャリーアを施行していない場合はこれらの国はイスラーム国家ではない。またイスラム教徒が多数派でなくとも一部の州で多数派を形成する場合はシャリーアがその州だけ適応される場合がある。 イスラームの項目でもあるように、「イスラム教は宗教的理念のみならず、民間の慣習や政治に深く関わっている。そのため、政教分離を特徴とするシステムとイスラーム的なシステムは相矛盾する」という主張がある。これは伝統的社会秩序を維持したい保守派ムスリムによって主張されることが多い。そのためどの程度折り合いをつけるかが、20世紀以来のイスラーム社会の大きな問題となってきた。 多くの国は、政教分離原則と保守的イスラムの間で融和を図ろうとしているが、こうした姿勢自体に対する反発もある。いわゆる「イスラム原理主義」、あるいは政治的運動としてのイスラーム主義は、こうした改革に反対し、可能な限り保守的イスラームの伝統、クルアーンの教えにのっとらねばならないと主張する。しかし、世界経済の進展や、国際社会に対する欧米諸国の力の圧倒的な優位のもとではイスラーム主義的な主張は多くの困難を抱えている。 この考え方をとっている例として、イランイスラム共和国やアフガニスタンのターリバーンが挙げられるが、イランイスラム共和国はこういった主張を暴力等で行おうという考えは無く、イラン革命時も非暴力的な思想をもって行われたし、イスラム体制になってからも他国に戦争を仕掛けたことは一度もない。むしろ、革命前まで国王によるアメリカの傀儡政権であったイランが革命によってイスラムの路線をとったことで、アメリカの代理としてイラクのサダム・フセインが侵略戦争を仕掛けた。 また、中東戦争など、ムスリムが大多数を占める国々に対する欧米諸国の介入を目にして、欧米のキリスト教社会がイスラーム社会を圧迫し、蹂躙していると構図でとらえるムスリムは多い。にもかかわらず、イスラーム諸国は国際的な発言力が大きいとはいえないし、イスラーム諸国の中に強い影響力を持つエジプトやサウジアラビアなどが親米・欧米協調路線をとっているため、イスラーム諸国はしばしばイスラーム社会が「被害者」となる情勢に対して無力である。これらのことが、イスラーム社会の多くの民衆に反欧米感情とともに、自国政府の「同胞の危機に対する無力」に対する失望・不満を鬱積させることになっていて、暴力によって欧米社会の圧力を排除しようとする過激派(アルカーイダ、ジェマ・イスラミアなど)の誕生のひとつの要因になっている、との見方もある。 イスラム教国に於ける、若しくはイスラム教国以外でもムスリムで構成される社会に於ける人権侵害などはしばしば反イスラーム主義的傾向を持つ立場の人々からイスラーム自体の欠陥として攻撃されることがある。また、アッバース朝の時代にほぼ固まったイスラーム法を遵守する結果、その後の社会情勢の変化に対する柔軟な対応を欠くようになったという主張も根強い[12]。 指摘される人権侵害は、非ムスリム男性とムスリム女性の結婚の妨害[13]、強制改宗[14]、人体の切断を伴うハッド刑、非ムスリムのイスラーム圏での待遇[15]、離教の妨害[16]、同性愛者への差別[17]などである。
ユダヤ教との関係
キリスト教との関係
シーク教との関係
バハーイー教との関係
現代のイスラム教を巡る諸問題
政治的問題
現代国際社会の普遍的価値観との相克
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Oak