アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール
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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロペス、第二姓(母方の)はオブラドールです。
ロペス・オブラドール

アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(Andres Manuel Lopez Obrador, AMLO, 1953年11月13日 - )は、メキシコの中道左派または左翼政党民主革命党(PRD)に所属する政治家である。通称はイニシャルであるAMLO(アムロ)。2018年12月1日に同国大統領に就任予定。
歩み

1953年タバスコ州生まれ、首都メキシコシティメキシコ国立自治大学(UNAM)卒業、1970年代に当時の支配政党制度的革命党(PRI)に入党し、1976年詩人上院議員のカルロス・ペリセールの選挙運動に参加したことから政界入りする。

タバスコ州の先住民チョンタルパ族の支援活動や首都メキシコ市の消費者教育の促進運動を経て、1988年にクアウテモク・カルデナス大統領候補の民主化運動に参加してPRIを離党し、国民民主戦線(FDN)からタバスコ州知事に立候補したが落選した。

1989年、FDNが民主革命党(PRD)に改名すると、タバスコ州委員長に就任、1996年には全国委員長に就任。2000年メキシコシティ市長に当選し、以後中央政府のフォックス大統領と激しく対立するも、メキシコ市住民の圧倒的な支持を集める。

2006年の大統領選に出馬を表明し、選挙準備のため2005年7月メキシコ市長を辞任した。個人的人気がきわめて高く、大統領当選が最有力視されていたが、選挙直前にフォックス大統領を罵倒した言葉が批判を浴びてやや支持率を落とし、2006年7月2日に行われた大統領選挙において、得票率35.3%あまり、わずか0.6ポイント足らずの僅差で対立候補フェリペ・カルデロン国民行動党<PAN>)に敗れた。2012年7月の大統領選挙にもPRDの候補として出馬したが、PRIのペニャニエト候補に8%以上の差をつけられて敗北した[1]

2018年7月1日投開票の大統領選挙ではPRDから分裂して結成された国民再生運動(Morena)の候補として出馬[2]。本格的な選挙運動が開始される直前の3月末に行われた世論調査では支持率で2位の候補の大差をつけており[3]、本戦でも過半数を超える票を獲得し勝利した[4]。12月1日就任予定。
脚注^“メキシコの制度的革命党が大統領選勝利を宣言、政権交代へ”. ロイター. (2012年7月2日). ⇒http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYE86101D20120702 2012年7月3日閲覧。 
^ “メキシコ、与党と新興左派野党が大統領候補を指名”. ロイター. (2018年2月19日). https://jp.reuters.com/article/mexico-election-idJPKCN1G300J 2018年4月5日閲覧。 
^ “メキシコ大統領選、左派ロペス・オブラドール氏支持拡大=世論調査”. ロイター. (2018年4月2日). https://jp.reuters.com/article/mexico-election-poll-idJPKCN1H90JO 2018年4月5日閲覧。 
^“メキシコで左派大統領誕生へ 対立候補が敗北宣言”. BBC News. BBC. (2018年7月1日). ⇒http://www.bbc.com/japanese/44678849 2018年7月2日閲覧。 

外部リンク

公式サイト(スペイン語)

ウィキメディア・コモンズには、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールに関連するメディアがあります。


更新日時:2018年7月4日(水)11:57
取得日時:2018/07/19 01:43


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