アメリカ航空宇宙局
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座標: 北緯38度52分59秒 西経77度0分59秒 / 北緯38.88306度 西経77.01639度 / 38.88306; -77.01639

アメリカ航空宇宙局
National Aeronautics and Space Administration
NASAのロゴマーク
組織の概要
設立年月日1958年7月29日
継承前組織

国家航空宇宙諮問委員会

管轄アメリカ合衆国政府
本部所在地ワシントンD.C.
北緯38度52分59秒 西経77度0分59秒 / 北緯38.88306度 西経77.01639度 / 38.88306; -77.01639
人員17,900人
年間予算180億ドル(2015年度)
行政官

ジェームズ・ブライデンスタイン[1](長官)

ウェブサイトnasa.gov

アメリカ航空宇宙局(アメリカこうくううちゅうきょく、英語: National Aeronautics and Space Administration, NASA)は、アメリカ合衆国政府内における宇宙開発に関わる計画を担当する連邦機関である。1958年7月29日、国家航空宇宙法 (National Aeronautics and Space Act) に基づき、先行の国家航空宇宙諮問委員会 (National Advisory Committee for Aeronautics, NACA) を発展的に解消する形で設立された。正式に活動を始めたのは同年10月1日のことであった。

NASAはアメリカの宇宙開発における国家的努力をそれ以前よりもさらに充実させ、アポロ計画における人類初の月面着陸スカイラブ計画における長期宇宙滞在、さらに宇宙往還機スペースシャトルなどを実現させた。現在は国際宇宙ステーション (International Space Station, ISS) の運用支援、オリオン宇宙船スペース・ローンチ・システム商業乗員輸送などの開発と監督を行なっている。

宇宙開発に加えてNASAが帯びている重要な任務は、宇宙空間の平和目的あるいは軍事目的における長期間の探査である。人工衛星を使用した地球自体への探査、無人探査機を使用した太陽系の探査、進行中の冥王星探査機ニュー・ホライズンズ (New Horizons) のような太陽系外縁部の探査、さらにはハッブル宇宙望遠鏡などを使用した、ビッグ・バンを初めとする宇宙全体への探査などが主な役割となっている。2006年2月に発表されたNASAの到達目標は、「宇宙空間の開拓、科学的発見、そして最新鋭機の開発において、常に先駆者たれ」であった。
目次

1 歴史

1.1 宇宙開発競争

1.2 NACA時代

1.3 NASAの発足

1.4 マーキュリー計画

1.5 ジェミニ計画

1.6 アポロ計画

1.7 スカイラブ計画

1.8 アポロ・ソユーズテスト計画

1.9 スペースシャトルの時代


2 NASAの宇宙飛行計画

2.1 火星探査


3 NASAの科学研究

3.1 オゾン層破壊

3.2 塩湖の蒸発およびエネルギー管理

3.3 地球科学事業


4 NASAの将来

4.1 将来に向けた声明

4.2 コンステレーション計画


5 長官

6 施設

6.1 研究施設

6.2 実験施設

6.3 組立および発射施設

6.4 深宇宙通信網

6.5 娯楽博物施設


7 航空機

8 表彰および勲章

9 関係法令

10 脚注

11 関連項目

12 外部リンク

歴史
宇宙開発競争

1957年10月4日ソビエト連邦が人類史上初の人工衛星スプートニク1号を成功させたことにより、アメリカ国民は自国の宇宙開発技術がいかに貧弱であるかという事実を思い知らされた(スプートニク・ショック)。議会はアメリカの安全保障および技術の先駆性が脅威にさらされていることを警告し、政府は直ちに何らかの行動をとるよう促した。これを受け、時のアイゼンハワー大統領およびその側近は対応策を慎重に検討し、数ヶ月にわたって討議を重ねた結果、非軍事目的の宇宙活動を実施するためには陸海空軍などが独自に宇宙開発を進める状態を改め指揮系統を一元化するべきだとの結論に達し、国防高等研究計画局 (Advanced Research Projects Agency, ARPA) も同時に創設されることとなった。 NACAのマーク
NACA時代「アメリカ航空諮問委員会」も参照

1957年末から1958年初頭にかけ、NACA(国家航空宇宙諮問委員会)はそれまで同委員会が果たしてきたような役割を非軍事の新設の機関に委譲する方法についての検討を始め、またその概念を精査するためにいくつかの委員会を立ち上げた。1958年1月12日、NACAはガイフォード・スティーヴァー (Guyford Stever) を議長とする「宇宙技術特別委員会」を設立した。スティーヴァーの委員会は、第二次世界大戦後にアメリカの市民権を獲得したヴェルナー・フォン・ブラウンをリーダーとするアメリカ陸軍弾道ミサイル局の「宇宙ロケット開発グループ」から提案された、巨大ロケット開発計画を諮問する任務も帯びていた。1958年1月14日、NACA長官ヒュー・ドライデンは「宇宙技術のための国家的調査計画」を発表し、以下のように述べた。

「我が国の威信および軍事的な必要性の両面から考えれば、今回の挑戦(スプートニク)に見舞われた、宇宙征服のための調査および開発の計画を精力的に推し進めることは、緊急かつ重要な課題である。(中略)そのため、非軍事的な国家機関によって科学的な調査が行われるべきだとの提案がなされた。(中略)NACAは宇宙開発技術で主導権を取ることにより、その成果を急速に拡大し延長する能力がある。」

1958年1月31日午後10時48分(アメリカ東部標準時)、エクスプローラー1号国際衛星識別符号 "1958α" を与えられている)が発射され、アメリカ初の人工衛星となった。


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