フローリアン (FLORIAN) は、いすゞ自動車が1967年から1982年まで製産・販売した中型乗用車である。 いすゞ・フローリアン フローリアンは既存モデルの大衆車であるベレットのやや上級の中型車として企画されたもので、競合モデルにコロナやブルーバードを想定した、ミドルクラスのファミリーカーである。 営業力の弱さと欧州的なデザインがユーザー受けしなかったこと、更に開発費の不足からモデルチェンジの機会を逸し、根本改良のないまま15年間も長期生産されたことから、商業的には不成功なモデルであった。 形式名は1600cc車がPA20、1800cc車がPA30、ディーゼルモデルはPAD30で、バンはそれぞれの数字の後にVがつく。当初の開発コードから、ショー発表時に117サルーンとされたことからもわかるように、117クーペとは姉妹車の関係にあたり、両車はシャシを共有する。また、本車のスタイリングは、イタリアのカロッツェリア・ギアに依頼されている。 車体は4ドアセダンと5ドアライトバンの2種類。発表当時は、当時の他車種と比較すれば背が高いロングキャビン型の設計で、流麗なラインを持つ居住性に優れたセダンとして、一定の評価を受けている。ことに、6ライト型の側窓処理は日本車らしからぬ個性があった。これはリアドアウインドウのサッシ上辺をなるべく水平にすることで、後端を高くし、後席の乗降性、特に高島田姿の女性に配慮した設計とするためにも必要であった。しかし、ドア開口部自体はそれほど大きくない。 1982年までの長期に渡り、途中2回のマイナーチェンジのみで製造が続けられたため、末期はモデルとしての陳腐化が著しく、社用車、タクシー、教習車といった業務用としての需要がほとんどだった。 このため、117クーペの倍近い生産台数がありながら現存稼動車は極端に少ないが、オーバーデコレーションで存在感あるデザインとなったシリーズ2 ( S II ) については、一時期旧車愛好家の間でそのキッチュさが再評価されたが、それが若年層にも注目されるきっかけとなり、多くがカスタムカーのベースとなり、一気に現存数を減らしている。 15年間の総生産台数は145,836台(うちバン42,625台、いすゞ自動車ウェブサイトより)。 「フローリアン」とはオーストリア皇帝の純白の愛馬の名前で、さらにその名は聖人フロリアヌスに由来する。この馬は「バンビ」で知られる児童文学作家フェーリクス・ザルテンの作品「皇帝の馬フローリアン」にも登場する。派生車種である117クーペが唐獅子のエンブレムをフロントグリルに持つのは、ジウジアーロが東洋を象徴するものとして唐獅子を選択し、エンブレムをデザインしたものであるが、本車の後期型(SU)の一部が馬のエンブレムを付けるのは車名由来によるものである。 駆動方式は当時一般的な後輪駆動。エンジンやグレード設定についてはいくつかあり、下記を参照。また、各代にはライトバンの設定もある。 サスペンションは、先行するべレットが四輪独立懸架であるのに対し(Bタイプを除く)、本車は前輪がダブルウィッシュボーン + コイルスプリング、後輪がリジッドアクスル + リーフスプリング 、さらにリサーキュレーテッドボール式ステアリングギアという、非常にコンベンショナルな仕様で、技術的には明らかな後退に見える。
目次
1 概要
2 車名の由来
3 機構
4 歴史
4.1 プロトタイプ
4.2 初期型(1967年?1969年)
4.3 中期型(1970年?1976年)
4.4 後期型(1977年?1982年)
5 関連項目
6 外部リンク
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概要
フロント(後期型)リア (中期型)
乗車定員5人
ボディタイプ4ドアセダン
5ドアライトバン
エンジンG180型 1.8L 115ps/5800rpm
駆動方式FR
サスペンション前:ダブルウィッシュボーン
後:リジッド・リーフ
全長4430mm
全幅1620mm
全高1445mm
ホイールベース2500mm
車両重量1345kg
最高速度175km/h
備考最終型のデータ
先代いすゞ・ベレル
後継いすゞ・アスカ
-自動車のスペック表-
車名の由来
機構
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◇暇つぶし何某◇
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Smilegreen