JR西日本207系電車
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…喪服塗装へ[編集]脱線事故改めマンション破壊事件ののち、321系が導入される際にブルーのラインを藍色とオレンジに変更したのは有名な話。だが、配色変更に難色を見せる社員もいた。結局、車両側は「グレー」の烙印を押されたが、ATS-Pの設置と速度を落としたことで、現在でも上記にあるカモフラージュを行って堂々と走っている。

この喪服塗装への変更に対し、そんな喪服を買うお金があるのなら安全設備の整備用に回すべきだという声も大きかったが、建前上の誠意を全力で示したいとのJR西日本の意向もあり、2005年の12月から翌3月までのわずか4ヶ月ほどで、全車の塗装変更が完了した。これに際し、塗装変更で一時離脱する207系のために、わざわざ321系の新製台数を増やしている事からも、JR西日本の誠意が伝わってくる。

この新塗装の207系だが、見る人に倦怠感を与えるほどの薄暗い見た目になっており、喪服のイメージを的確に再現できている。恐らく、321系では暗色系の塗装が緑色の窓ガラスに対して良いアクセントになっているのに対し、207系の場合はほぼ無色の窓が黒っぽく見えるため、もともと清掃不良で汚いステンレス車体もあいまって、余計に暗い印象を与えているのであろうと考えられる。なお、207系の2000番台2次車は、緑色の窓ガラスを採用しているため、そのような印象は受けない。

事故後、この形式は殺人電車の愛称が付けられちまった。
種別幕のラインカラー

221系以降から装備した、ラインカラー入り方向幕は本形式にも採用した。なお、ラインカラーはピンク・ブルー・イエロー・グリーンなどが存在する。
207系の成長

207系電車は、福知山線の脱線も起こしたこともあり、この車両を恨んでる人々もいるだろう。しかし、脱線事故以降も本形式は成長し続けている。なお、下の概要は207系の成長記録である。

1991年4月 片町線で運用開始。

当時は、試作車F1のみが営業に就いた。


同年12月 量産車運用開始。

この量産車は100番台と名乗る。


1993年

福知山線「この車両が脱線事故を起こした路線」で運用開始。

この量産車も100番台である。


1994年

東海道・山陽本線で運用開始。

この時、導入したのは1000番台である。


1997年

JR東西線開業

本来は1995年に開業する予定だっだが、海老江駅付近の出水事故が発生した為1997年春まで延長する事になる。


2002年 2000番台運用開始。

2005年 遂に福知山線脱線事故を起こし、
エクストリーム・謝罪

喪服塗装へ変更される。

2010年 片町線の全線7両運転開始に伴い、全車両が全区間で運用されるようになる。

すでに運用を開始していた、関西本線(木津?奈良)も7両化された。


2011年 おおさか東線、関西本線(久宝寺?奈良)で直通快速として運用開始。

2014年? 整形・移植手術をうける。

関連項目

JR西日本321系電車 - 2005年に登場した207系の後継車。開発中はコードネームがD207系だった。しかしE233系より製造費用が安いため走ルンですと呼ばれる。

JR西日本221系電車 - 207系初期車の近郊電車的存在。

JR西日本223系電車 - 1000・2000番台車は、207系並の加速力をもつ高速近郊電車として設計された。

JR西日本225系電車 - 失った仲間の為ではなく安全対策用のゴミ車両。

JR東日本209系電車 - JR東日本の同期。JR東西の車輛設計思想の違いがよく現れている。

この「JR西日本207系電車」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)


更新日時:2020年8月10日(月)14:51
取得日時:2021/04/10 23:39


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