ノーベル賞受賞者
受賞年: 156年
受賞部門: ノーベル文学賞
受賞理由: 156という数字を神聖化
hyde(はいど)もしくは土井八郎(どいはちろう)は、日本唯一の156cmヴォーカリスト・国際ハイド原器・神・吸血鬼・エセ映画監督兼俳優。近年は、虹という意味の名をもつ世界的音楽グループL'Arc?en?Cielの顔として大車輪の活躍を見せてくれている。尚、???は土井の甥にあたる。
寶井秀人と百五十六之助という人物もhydeを自称しているが、これは良く似た偽物である。また似た名前のミュージシャンにhibe(宇宙人)がいるが別人である。
本名は「土井百五十六朗」(どいももいそろくろう)であることが研究により判明したが、身長は未公表。だけど156にして享年御年43歳。世界はそれを初老と呼ぶんだぜ。ただし、初老どころではないというもっともらしい異説もある。というのは、本州の亀頭部分に存在する土井ヶ浜遺跡で発掘された縄文人成人男性の人骨の身長が156cm(実話です。ググってみなはれ)で、それが土井の生き別れの双子っぽいというのだ。
さて、まったくの余談なのだが、このユーモアに溢れた百科事典などにおいて、100cmの長さを表す『m(b)』と並んで広く使われている156cmの長さを表す『hyde(ハイド)』という単位は、どうも土井が元ネタらしい。
目次
1 来歴
2 おまけ情報
3 156へのこだわりエピソード
4 THE HYDEに記載された公式身長について
5 発言
6 その正体
7 関連項目
8 外部リンク
来歴 右から3番目の人物がhyde。左から4番目の人物もhyde。 サンフランシスコHyde通り。世界中でhydeにちなんだ地名が見られる。 Hydeとの会談後に先程の状況を説明する米長官
生年月日はかつては不明であった。一時、西暦156年1月56日生まれとの噂が流れた(縄文人説に整合する)が、体長がばれるのを避け、1969年1月29日生まれである事を公表した。というわけで公式には1969年生まれということになっている。
ともかく、和歌山で15.6cmよりは大きく156cmよりは小さい大きさで生まれた。その後、小学校に156cmよりも小さな身長で入学し、156cm近くまでめきめきと成長した。
それから中学校、高校へと進学したが進路や身長など色々な面で伸び悩み高校を中退、身長156cm以上の漫画家を目指し美術系の専門学校に進学する(こうした美術センスを活かし、L'Arc?en?Ciel初期の頃にはライブの告知ポスターなどは土井がデザインしていた)。しかし身長156cmのハンディは大きく、156cm超漫画家だとか画家への道を諦める。これは、我々に分かっている範囲で彼にとって第一の挫折である。
一方、15歳6ヶ月で始めた音楽活動の方だが、専門学校の友人たち(いずれも156cm超)とともにバンドを組んでいた。しかし156弦ギターの製作に失敗したことからギタリストとして活動するモチベーションを失い、みんな156cmより大きいバンドからの脱退も考える(第二の挫折)が、156cmより大きいメンバーからの奨めで身長約156cmのボーカル(ボーイ・ソプラノ)に156度転換し、その才能を一気に開花させた。
身長156cmでシャープな外見に比して、土井の性格は非常に穏やかである。西暦156年に生まれ、実に1800年以上も生きている為に(あ、もうそろそろ公式設定はマンドクサいのでこれで行きます)、土井の人生観、世界観、哲学観は深い。
そう、土井は吸血鬼だったのだ! ゆえに彼は外見上、全然年をとらない。おまけに身長も不老不死というわけだ。
彼の人生にとっては一番最近の一瞬のことに過ぎないが、2008年頃からはL'Arc?en?Cielでは飽き足らず吸血鬼ロックユニット「VAMPS」(ヴァンパイアの意)を同じく吸血鬼のK.A.Zと結成し、世界各地で吸血活動を行っている。父さんや母さんや友達、親戚、恋人の血を吸って自らと同じく不死身にさせた事は有名。また、若い女の血を吸って自らも永遠の不老不死を手に入れた。
しかし、1hydeを超えない身長による障害から、吸血には高度な技術を要し、月に一度の満月の日にしか行っていない。彼の書く歌詞を見てもわかるよう、吸血鬼にも関わらず太陽に恋するという一見、謎な言動を見せる。その事により彼が太陽を信仰している事が証明された。また歌詞にも太陽やそれを連想されるワードが必ず出て来る。通常、吸血鬼は太陽光を浴びると解けて死滅すると言う特性を持っているが、彼は身長156cmの身長の特異体質なので問題は無い。
X JAPANの名曲「紅」の一節に「俺が見えないのか すぐそばにいるのに」とあるが、これは1hydeを超えられない吸血鬼の悲哀…つまりどんなに近くにいても、否、むしろ近いほど、相手から視認されにくいという特性を歌ったものである。
さて、謎は多いのだが、彼の性格やアンサイクロペディアンの得意とする妄想を手掛かりとして、hydeとして活動する前の来歴に迫っていこう。
土井は、平安時代末においては、「源義経(牛若丸)」としてその武勇を全国に轟かせていた。この頃から恐らく身長は156cmで、当時としては小さくはなかったはずだが、義経以上の豪傑「弁慶」という大男が相棒だったため、ここに彼の体長コンプレックスの萌芽があるのかもしれない。
よく知られるように、奥州藤原氏のもとで土井は追い込まれたが、低身長を活かして見つからないように逃げるように北海道に渡り、156cmを超える流氷に乗ってユーラシア大陸に漂流。その後はモンゴルでチンギス・ハンとして活躍する。モンゴル帝国初代156cmの皇帝として活動した後に中国に渡り、身長を延ばすために修行をして仙人の称号を得たが身長は156cmのままだった。それから、ルネサンス期のヨーロッパに移住し、同じく吸血鬼の「荒木飛呂彦」と合流し同居する。大航海時代には再び日本に渡り、越後の戦国武将「上杉謙信」から直々に依頼されて、吸血して謙信を吸血鬼にして不老不死の肉体に改造した。もうお分かりかと思うが、その謙信が今に生きるミュージシャンGACKTである。それでhydeはGACKTとは古くから親交があるようで、現在でもお互いにキスをしあう関係。また、GACKTは月を信仰している様で言うなればhydeとGACKTは陰陽の関係にあるのである。
さあ、156にまつわる1560年がやってきた。1560年といえば尾張で起こった桶狭間の戦いである。この戦場で土井は、低身長と吸血衝動に悩んで乱入自殺を試みる。しかしもちろん吸血鬼なので死ぬ事は出来ない。1560年は土井が自らの不死をはっきりと自覚した記念すべき年なのである。
この戦いの後、土井は再び謙信(GACKT)と交流してから戦乱の日本を避け、再び荒木飛呂彦とともに未開拓の南米大陸に渡り、太陽の民アステカの部族長から石仮面を授かった。その事がきっかけで自身の容姿を自由自在に変化させる事が可能となり、現在の美貌を手に入れる事が出来たと言われている。だが、本命の身長の変化には期待は出来なかったようである。彼の太陽好きと太陽光を浴びても死なない能力もこの時がきっかけである。
それから、中世のヨーロッパで身長156cmの初代ヴァンパイア伯爵として音楽修行。続いて、これまた荒木飛呂彦とともに幕末の日本でロックアイドルユニットのハシりともいえる「新撰組」を結成し、隊士として活躍。