阪神電気鉄道(はんしんでんきてつどう)は、大阪府大阪市及び兵庫県尼崎市・西宮市・芦屋市・神戸市南部にレールを敷く、日本の鉄道事業者。または、その鉄道そのものを指す。通称は「阪神(電車)」、大阪と神戸を結んでいる事に由来する。
“日本のベルリンの壁”(阪神間各都市における国道43号線のこと)の南側に暮らす、熱い阪神タイガースファンが主に利用する。
阪神タイガースの親会社であるが、知名度において完全に逆転され、図示するなら、タイガース > 甲子園 > 六甲颪 > トラッキー > 阪神電鉄 > 阪急電鉄 > 六甲のおいしい水 > 阪急ブレーブス > 井戸敏三兵庫県知事 である。
かつてはおけいはんを除く、阪神電鉄・半休電鉄・難解電鉄・近江鉄道と近畿大手私鉄の4社もがプロ野球球団を保有していたが、現在も球団を保有しているのは阪神電鉄のみである。
目次
1 阪神電車の特徴
2 歴史
3 路線
4 車両形状
5 主な運用車両
6 これから・・・
7 サイドビジネス
8 その他
9 脚注
10 関連項目
阪神電車の特徴
阪神電車は、主にTOKIOをはじめとした人間と競争するために作成されており、そのために以下のような特徴を備えている。
人間がばててしまわない程度の短区間を走る。
ジェット機のような素晴らしいスピードダッシュを誇る。
さらにカール・ルイスをも上回る加速性能を誇る。
しかも決してドーピングをしていない!子猫すら吸わずにこのスピード!
歴史
1905年、既存の国鉄東海道本線が阪神間の主要街である尼崎・西宮を全く無視する形で通っていたことから、「路面電車なのに快速運転(暴走)することが可能」な規格で並行路線を敷設して代替とし、国鉄(=日本)から客を奪い取ることを目論んで現在の本線を開業させたのが創始である。当然、国からは猛烈に敵視される存在となった。
阪神ではその後、支線もいくらか開業させるなど発展を続けていたが、1920年に阪急電鉄が進出してきたことで陰りが見え始めた。前述したとおり、古くからの市街地は阪神が既に押さえていたが、阪急は新たな市街地を開発して乗客を増加させており、阪神の意義が危ぶまれるようになってきた。阪急に「沿線が高級」と先に名乗られてしまったことから、阪神では対抗する言葉を失った。また、沿線が既に開発されていたため阪急のような乗客の急増も見られず、京都方面へ進出することも出来なかったため、阪急に対して劣等感を抱いている。
そのため、「伝統」をテーマに阪神では地道な営業を続ける一方、甲子園と呼ばれる一大聖地を切開いて防戦をした。阪神国道と呼ばれる国道2号のバス権益を、当初阪急との折半にしていたのを、阪神のみのものとすることに成功させたりもしている。
しかし、JR西日本の進出でその地位も危うくなり、「伝統」の産物である甲子園などの保有優良土地に目をつけた村上ファンドの襲撃もあって、2006年には遂に阪急王国の軍門へ下ることを決断した。
路線
隣の駅がホームから見えるほど小刻みに駅が作られている。例えば大阪(梅田)?西宮間ではJR西日本の途中駅数は4(昭和期までは神崎駅→現 尼崎駅 の1つのみ)、阪急電鉄は6つに対し、阪神では15(戦前は17)もある。最早路面電車といっても過言でない。実際そうだった。
普通しか止まらない駅では、隣駅まで歩いて特急に乗るものもいるという。これは沿線の住民が阪急沿線と違い、ドケチであることを示している。
上で路面電車といっても過言ではないと述べたが、昭和50年までは実際に路面電車があった。また、現在の本線も昭和52年まで路面電車扱いだった。一人前に鉄道として認められるのに、これだけ時間を要したのは、駅間距離のせいといって過言でない。
また明治期、尼崎や西宮のような市街地を忠実に縫うように線路を引いたため、京阪電気鉄道と同じくやたらにカーブが多い。「ヘビ」とか「カーブ式会社」と呼ばれる所以である。特に阪急・JR西日本ファンからは、このことを思いっきり馬鹿にされている。自称「高規格」の阪急と阪神間の所要時間は余り変わりないのに。
本線:大阪梅田 - 福島 - 尼崎 - 武庫川 - 甲子園 - 今津 - 西宮 - 芦屋 - 魚崎 - 住吉 - 御影 - 春日野道 - 神戸三宮 - 神戸元町( →明石・姫路)
阪神なんば線:(奈良→ )難波- 西九条 - 尼崎
武庫川線:武庫川 - 武庫川団地
近隣の阪急・京阪・近鉄・南海などと比較すると、総路線距離がかなり短い。大手私鉄では相鉄に次ぐ小ささである。昔存在した路面電車を社のイメージを変えるべく全て消してしまったためであるが、おかげで規模が小さくなり発展性が見込めず、最終的に阪急へのっとられる羽目になった。