細川政元
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「細川政元」の項目を執筆しています。

細川 政元(ほそかわ まさもと)は室町時代の人物。当時の政府、室町幕府のすっごいエライ役職である「管領」を代々世襲で受け継いできた「細川家」の当主。エロゲーを筆頭にサブカルチャー大好きな所謂オタクで、当時の征夷大将軍足利義尚をそっちの道に引きずり込んでその人生を破滅させた大罪人。

戦国時代応仁の乱の荒廃を要因として発生した時代と言われているが、本当の要因を作ったのはこの男である。本物のキチガイであり、なおかつガチホモ。彼のキチガイぶりの前では織田信長さえ霞んで見える。ただし傍流の子孫である細川忠興とはいい勝負が出来るかもしれない。
目次

1 生涯

2 評価・人気

3 人物

4 政元と童貞

生涯

応仁の乱を引き起こした一人、細川勝元の子として生まれる。小さい頃からR-18の垣根を飛び越えエロゲやネトゲばかりやっていた。だが、政元の凄いところはサブカルに没頭するだけのキモオタではなく、(政治の道具として)メインカルチャーにも精通し、政治家としても小さい頃から並外れた才覚を発揮していたことである。

かの織田信長は地動説をガリレオ・ガリレイよりもはるか昔に理解したと言われているが、細川政元は、何と3歳で「この星は丸い」と断言したと言われる。

ただし、信長が若干の科学的根拠に基づき発言したのとは違い、政元は「我が細川家の家紋は九曜、太陽を象った丸い球の周りを9個の球が回っている、そして周りに球を従え燦然と輝く我が細川の家紋は太陽を由来としており、これはこの星が太陽の周りを回る小さい球の一つである証左である」と放言してのけた。事実、太陽系の惑星は冥王星大人の事情で外されるまで9つだったのである。政元は見事真理を看破していた。しかし身も蓋もない言い方をすれば彼の当てずっぽうがたまたま的中していただけである。

根拠は滅茶苦茶だが概ね間違っていない。当時の人間には理解されなかったが、なんだかすごいことを言っているぞ!と感嘆した親バカの親父細川勝元は彼に「聡明丸」なるDQNネームを名付ける。

成長した政元は将軍足利義尚を補佐し、彼にネトゲを教えてネトゲ廃人の道に引きずり込む。ネトゲ廃人となった義尚は昼夜逆転の生活を送り、早死にする。その後、政元は関東に本拠地を構える足利本家の傍流である足利政知の息子、清晃(後の足利義澄)を将軍にしようとする。これに対して、義尚の毒親こと日野富子は足利義材(後の足利義稙)を推挙する。

なぜ義澄を推挙したか、理由は簡単であり、オタクだったからである。政元と清晃は一緒に同人誌を発行したことのあるほどの仲であった。政元は「義材という名前は遅筆ばかりしている作家を彷彿とさせて縁起が悪い。小説だからいくら遅筆でも構わないがまつりごとが一向に遅々として進まないのは致命的」などとイチャモンを付けて妨害したが、日野富子が金の力で諸侯を買収して無理矢理義材を将軍に据える。この時富子をバックアップしたのが畠山政長である。政長と富子は応仁の乱で東軍西軍に分かれて争った関係で、それがこうも何もなかったかのように結託するのはあまりに節操がなさすぎる。きっと姦通しているに違いない、そう考えた政元はデマを流しまくったが、成功しなかった。

後継者を巡る政争に敗れた政元はふてくされてひきこもりエロゲ三昧の生活を送る。しかし、ある日「妙案」を思いつき実行に移す。妙案と言ってもただのクーデターのプランである。

ところがこれがビックリするほど簡単に成功、畠山政長は追い詰められて自害、義材も幽閉される。このクーデターの折、政元は自分で作った巨大な8体のロボットを使役したと言われる。それゆえ圧倒的な戦力で畠山政長らを駆逐できたのである。このロボット達については史料は希薄なことが理由で研究がまだ進んでいないが、最も戦果を挙げたロボットが「天のゼオライマー」、通称「冥王」と呼ばれる名前であったため、このクーデターは後の世に「冥王の政変」あるいは「冥王計画ゼオライマー」と呼ばれることとなる。

かくして清晃を将軍に据えた政元、清晃は晴れて11代将軍足利義澄となる。政元は事実上日本の最高権力者となった。

ところが細川政元、政治よりサブカルの方が大事であった。引きこもってネトゲ三昧、オナニーばかりしていた。しかも彼がプレイし、オナニーのオカズにしていたエロゲーはただのエロゲーではない、ホモゲ―であった。細川政元はホモであった。武田信玄織田信長のようなバイセクシャルではない。本物のガチホモであった。

男が好きで好きでたまらない政元は、いろんなところから美少年をかき集めハーレムを築き上げ、彼らを側近として出世させてあげた。その結果秩序は乱れに乱れ、出世は血筋でも家格でも能力でもなく政元のチンポで決まると言われるほど。風紀も秩序も紊乱を極め、日本史上稀に見るカオスな乱世となった。

ガチホモである政元は女が大嫌いで一人? 4a7f ??して寄せ付けなかった。当然、子供を作れなかった。その為側近達はせめて養子を設けて後継ぎにするべきと提案、政元もこれを承諾する。しかし政元、「養子を迎える」と言う行為を「後継ぎを作る」ではなく「美少年を漁って自分のものにする」ものだと勘違いしていた。結果、そこらじゅうを吟味した末、彼の眼鏡にかなった美少年を3人も養子に迎えた。当然、後継者争いが勃発した。

だがそんな騒動を尻目に政元は相変わらずサブカルに没頭する生活を送っていた。この頃コスプレを覚えてそれにハマりだしたことが当時の公家の日記に書かれている。そしてついに、養子の一人である細川澄之とその愉快な仲間たちにクーデターを起こされて彼は暗殺された。なお風呂場でくつろいでいるところを暗殺されたというのが定説になっているようだが実際はゲイバーでホモセックスの最中に、アナルにチンポをぶち込んでいた相手が実は刺客で、そいつにチンポを切り落とされて暗殺されたそうである。合掌。
評価・人気

ただでさえ脆弱だった室町の秩序を滅茶苦茶にした人間なのであまり評価は高くない。加えてセクシャルマイノリティだったためホモに対する風当たりが強くなった近世以降は人気は落ちるどころかその存在さえ忘れ去られていった。

しかし、彼が中央政権を滅茶苦茶にして形骸化させたおかげで、多くの戦国大名は自分が日本の覇者になるチャンスを獲得した。もっとも多くの戦国大名はそんなチャンスがあったにも拘わらず地方の王者でいられればそれでいいや程度に考えていた。そんな中俺が日本の覇者になってやると立ち上がったのが織田信長である。

つまり、信長にとって細川政元は恩人である。なぜなら、彼が天下人になるチャンスを与えてやったからである。師匠である斎藤道三なんかよりも深い恩がある。信長は細川一族である細川藤孝細川忠興を厚遇したがそれは彼が天下人になれたのは細川政元のおかげだからと自覚していたからである。

現代において、織田信長は様々な斬新な政策を行った英雄などと称賛されているが、実はその政策の殆どが細川政元が構想していたもの(後三好長慶の構想も若干混ざってる)をそのまま真似しただけである。つまり信長はトレースをしただけのパクり魔に過ぎない。信長は、政元の末裔である細川昭元から、政元の政治に関する要諦が書かれたノートを献上され、そこに書かれた通りにやったところ、見事に畿内の政治を円滑に行うことに成功したのである。

信長は政元に感謝し、その末裔である昭元に自分の妹であるお犬の方を娶らせている。
人物

コスプレ好きな政元は高町なのは鹿目まどかなど所謂「魔法少女」のコスプレを特に好んだ。そのため「魔法将軍」という異名で呼ばれた。加えて男とセックスするのが大好きだったので、実は女なんじゃないか、いやふたなりなのではないか、という疑惑が生まれ「半将軍」とも呼ばれた。半将軍の「半」は当然ふたなりを意味する言葉である。
政元と童貞

政元はガチホモだったので童貞だと勘違いされることが多い。そのためモテない男子達にとっては英雄である。しかし政元は美男子であり男にモテまくっていた。そして若い頃からホモセックスしまくっていた。全然童貞ではない

しかしながら政元を童貞の英雄とする風潮は日本中に浸透している。童貞のまま30歳になると魔法使いになれるという風聞があるがこの風聞の源泉は政元である。そう、彼が魔法少女のコスプレを好み魔法将軍と呼ばれていたからである。

更新日時:2014年8月17日(日)19:46
取得日時:2019/07/22 22:51


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