箱根
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…大涌谷 初秋の大涌谷。涌き上がる噴煙は死の香り。 の大涌谷。凍死は、最も安らかに死ねる方法のひとつであるという。

早雲山駅を出発してから数分ほど経つと、それまで一面に木が生い茂っていた風景が、突然、右図のような一種の荒涼さをもつ風景に一変する。ここが、大涌谷(おおわくだに)である。箱根火山が休火山ではなく、紛れも無い活火山であることを、最も如実に示している場所のうちのひとつである。画像では噴煙が出ているが、これは、いま流行の硫化水素であり、当然ながら、許容量を超えて吸えばに至る。

江戸時代までは、自ら死の境地を味わうため、あるいは(断食などを経ずに)手っ取り早く即身仏になるためなどの理由で、この地を訪れてそのまま命を落とす者が後を絶たなかった。また、前述のように富士よりも当地のほうが江戸から近いため、青木ヶ原よりも大涌谷のほうが死者数が多い年もあったという。
ただでさえこのような荒涼とした風景に、多数の腐乱死体や白骨死体が散らばっている様は、とてもこの世のものとは思えず、そのためこの谷はしばしば「地獄谷」とも呼ばれていた。また、自ら死を選ぶなど、何かに惑(まど)わされているに違いないとする考え方から、当時の文書などでは「わく」に「惑う」という字を当てて「大惑谷」とする表記も散見される(地名史学の分野では、「大涌谷」と「大惑谷」のどちらが先に用いられていたのかについては、現在でも研究の決着をみていない)。

現在では、ロープウェーの大涌谷駅から、噴煙が上がっている場所まで僅か数分で歩いてゆくことができる。勿論、それは硫化水素の濃度が低いとき限定であり、高いときはそもそもロープウェーや路線バスの運行自体が取り止めになる(ロープウェーの駅であるという特性上、駅を気密的に封鎖することが不可能なため)。

但し、立ち入りが可能とされている状態であっても、生命が惜しければ手ぶらでここを訪れるべきではない。最低限、マスクの類は必要であろう。硫化水素への耐性には個人差があり、誰もが大丈夫だとは限らないからだ。他の観光客が全員平気そうにしているなかで、一人だけ猛烈な吐き気に襲われて体調を崩す、なんてことがあるかも知れない。本記事の執筆者も、まさか自分だけが硫化水素への耐性が弱いとは全く思っていなかった。いやあ、生きていて良かったなあ……。

なお、耐性の有無は、大涌谷の土産物である「黒玉子」によってある程度測ることができる。黒玉子とは、大涌谷で湧いている温泉で茹でて作ったゆで卵の商品名で、硫黄を始めとする様々な暗黒物質によって鶏卵が汚染されており、強烈な硫黄臭――違うものも混ざっているのかも知れないが――を放っている。大涌谷駅そばにある観光センターなどで販売されているので、まずはこの玉子を鼻や口などに近づけたりしてみて、それで気分が悪くなるようであれば噴煙地には近づかないほうが良い。

(ちなみに、この「黒玉子」は一応食用だそうなのだが、このような事情で本記事にはその味や食感を記述することができない。もしもあなたに、アンサイクロペディアのために生命を賭する覚悟があるのなら、ぜひこの黒玉子を食べて、その真実の姿をここに ⇒加筆してほしい。)
芦ノ湖と箱根海賊 芦ノ湖をゆく海賊船。

大涌谷駅から再びロープウェイに乗り、暫くすると芦ノ湖(あしのこ)が見えてくる。

神奈川県最大の湖である芦ノ湖は、地質学的には、箱根火山の噴火に伴う地形変動などによってできたカルデラ湖である。長年にわたって箱根海賊(はこねかいぞく)を名乗る海賊たちに支配されている(「湖なのに“海の賊”なの?」と質問すると、あなたの貴重な生命が奪われる場合があるので注意)が、湖という閉ざされた陸水であり、対抗勢力にあたるものが存在しないためか、彼らはすっかり平和ボケしてしまっている。海賊船に大砲が設(しつら)えられていたり、船員が全員拳銃を持っていたりなど、海賊として最低限の武装は怠っていないものの、武力を背景に対抗勢力や一般庶民などから金品を奪うような活動は、現在では殆ど行われなくなっている。

海賊船も、現在は本来の用途では余り使わなくなっている? 575e ??め、観光客を乗せて見物料(乗船料)を取るようにしたところ、折からの海賊ブームもあって盛況となり、現在では海賊達にとって最も主要な収入源となっている。また、他に、芦ノ湖周辺の土産物屋なども、大半は海賊たちによって運営されているか、もしくは商人ギルドが海賊たちと手を結んで共存共栄を図っている。

彼らの収入は“真っ当な観光業”にほぼ依存している。箱根海賊の正統な末裔を名乗ってはいるが、海賊としての実態はもはやあって無いようなものなのだ。

箱根海賊がいつ頃から芦ノ湖を支配していたのかは、はっきりしていない。アンサイクロペディアの「海賊」の記事では、海賊そのものは紀元前から存在したと説明されているが、個々の海賊については未だ研究が進んでおらず、また箱根海賊自身も正確な系図を有していないため、その開祖を知ることはできないのが実情である。但し、寛文10年(慶應マイナス195年)に、芦ノ湖から山向こうの駿河国駿東郡深良村(現在の静岡県裾野市)への疏水(用水路)を建造する際に、箱根海賊が深良村の住民に対し水利権料を要求したとの記録があるため、少なくともこの頃には既に箱根海賊は存在しており、また一定の勢力をもって芦ノ湖を支配していたと考えられている。

ところで、芦ノ湖からは、海から船が溯上できそうなほどの大きなは流れ出ておらず、またそのような水路も存在しない。にも関わらず、何故か、箱根海賊は、巨大な海賊船を複数有している。これは、どういうことだろうか?

勿論、このような巨大な海賊船を作れるような造船工場は、この芦ノ湖には存在しない。そもそも、湖畔には旅籠か土産物屋か森林しか、いや、箱根町全体に目を向けてみても、工場といっても土産物や工芸品・食料品などを作っている小さなものしか無く、造船のような重工業の工場は存在しないのだ。
また、遠くの造船工場などで作って陸送したとも考えられない。そのような巨大な船舶を陸送できるような好条件の道路など、芦ノ湖には通じていないのだ。あんな大きな船を積んだトレーラーが、函嶺洞門や乙女峠トンネルをどうやってくぐるのか、あるいは、箱根新道や椿ラインや箱根峠などの九十九折のカーブを、一体どうやって曲がるのか、どう考えても不可能な話である。

しかし、種を明かせば、何ということは無い。この海賊船は、箱根細工職人によって作られたのである。
箱根細工と海賊船 ヨセギ(断面図)。自然はしばしば、自らを幾何学的に形作る。例えば、雪の結晶がそうであるように。

箱根細工(はこねざいく)とは、寄木細工(よせぎざいく)とも呼ばれる、箱根町の伝統工芸品の一種である。よく土産物店などで販売されている、「秘密箱」と呼ばれる仕掛けつき小物入れが代表的なものであるが、箪笥や鏡台、あるいは駕籠や船舶などのような大きなものも寄木細工によって作られることがある。

寄木細工に用いられるヨセギ(寄木、学名Complexio arbor)とは、右図のように特殊な幾何学模様の断面をもつ、箱根などの一部地域にしか生えていない樹木である。色が異なっているひとつひとつの部分が、異なる生物学的性質を有しており、また、各部分は互いに膠(にかわ)で圧着されたかのように強固に繋がっている。“コルク材が強固さを増したもの”と捉えていただければイメージしやすいだろう[2]。ある種の合金が、元々の金属よりも高い能力をもつことがあるように、寄木もまた普通の樹木には無い耐性を持っており、水は勿論のこと、炎や強酸などにも、自然界で発生する程度のものであれば充分耐えることができるとされる。外見上は普通の針葉樹と区別がつかず、切り倒すかサンプル調査をしないと、ある木がヨセギであるかどうかについては判断できない。

現在、ヨセギはワシントン条約の附属書IIにリストアップされており、これに基き日本でも種の保存法によって、ヨセギの使用には農林水産省の許諾が必要であると定められている。が、箱根町の箱根細工職人のギルドは、その全てが箱根海賊の庇護のもとにおかれているので、実際的には種の保存法の規定は全く気にせずに箱根細工の製作・販売を行っている(勿論、日本の一般的な林業者と同じように、毎年の消費量についてギルド内で独自の基準を設け、ヨセギが涸渇しないようには注意を払っている)。ギルドはその見返りに、箱根海賊の求めに応じて、船舶や必要な物資を箱根細工で製作しては提供しているのである。

勿論、現代において多数の人間を乗せて使用するための船舶であるから、モーターやスクリューなどは他のメーカーから調達したものを用いている(ちなみに、上図にあるマストや帆は伝統に則って設えられているだけで、現在では単なる飾りとしての意味しかもたない)ほか、内装にもヨセギ以外の材質が多く使われている。しかし、船体そのものは、箱根細工の職人たちによって、芦ノ湖の湖畔で作られたのである。これが、芦ノ湖にこのような巨大な船舶がある理由である。

海賊船に乗ると、壁面や床などが確かに木製であり、その材料がヨセギであることは一見してわかるようになっている。

余談だが、船内の売店では、350mlのペットボトルの緑茶が180円、350mlの缶ビール(アサヒスーパードライ)が380円となっている。このような暴利を設定しているあたり、この海賊船を運行しているのが確かに海賊であることを示していると言えるだろう。
箱根関所 箱根関所。一般観光客の立ち入りも可能である。

ロープウェイの終点である桃源台駅(桃源台港)は、芦ノ湖の北端になる。ここから海賊船に乗り(これも通行手形で乗ることができる)、30?50分ほどかけて芦ノ湖を北から南へと縦断すると、箱根町港(はこねまちこう)に到着する。ここから数分ほど歩くと、箱根町全体のあらゆる面に重大な影響を及ぼしている箱根関所(はこねせきしょ)がある。

箱根関所は、その名の通り、元々関所であった。日本史の授業などで、「箱根関所では“入り鉄砲”と“出女”が重点的に取り締まられた」と覚えさせられた方も多いことだろう。勿論、前述のように、現代では関所制度は廃止されていることになっているため、観光客や旅行者の身体検査・所持品検査などは、警備上特に緊急の必要がある場合を除いて、原則として行われていない。現在の箱根関所の主な役割は、以下の3つである。

関銭の各事業者への適切な分配

箱根町を小田急藩が永続的に支配し続けるために必要な情報の収集

関所という史蹟を観光名所のひとつとして一般に公開する

関所の役人たちは、皆一様に優しく、観光客にも丁寧に応対してくれる(他藩の間諜と判明した場合を除く)。とても、“関所破り”を犯した者たちを通算6名も磔刑に処したのと同じ系譜を汲んでいるとは思えない和やかさである。江戸時代の人々が、現在の箱根関所の穏やかな空気を見たら、きっと驚くのではないだろうか。

但し、元和5年(慶應マイナス246年)に箱根関所が設けられてから、慶應5年に公的な関所制度の廃止が布告されるまでの約250年間で、関所破りがたった6名しかいないとは、少なすぎるとの指摘もある。これは、「薮入り」という制度が原因である。

「関所破り」は、故意に関所以外の場所を通過して藩境を越えようとした者に対する罪であり、磔刑以外の処罰はあり得なかった。一方、「薮入り」とは、故意ではなく、誤って(過失により)関所以外の場所を通過して藩境を越えようとしてしまった者に対する罪であり、通常は没収や追放などの軽い処罰(生命を奪うことに比べれば軽い、というだけの意味だが)が科されていた。

当時の箱根関所の役人達は、この「薮入り」をうまく活用したのである。関所破りが余りにも大量に発生してしまうようだと、その関所の役人達が資質を疑われてしまうため、実際には故意による関所破りであっても、薮入り――即ち、“意図的に関所破りをしようとしたのではなく、道に迷ったなどの過失によるものである”と看做して扱っていたのだ。自らの保身に走った役人の不埒であるとも言えるが、地元では“温情”とか“お目溢(こぼ)し”として捉えられている。現在の関所役人の優しさも、おそらくはこの流れを汲むものなのであろう。ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「関数 (数学)」の項目を執筆しています。

なお、この箱根関は、「関東」「関西」の語源となっている。箱根関から東側だから関東と呼ばれ、北陸・東北地方を除く関八州が一般に関東地方となる。なので「沼津は関東」は誤り。この理屈に則れば、静岡浜松名古屋京都も、それどころか姫路岡山も関西ということになるはずだが・・・。

実際、逢坂関から西側だけを関西と呼べばよいので誰も気にしない。ちなみにジョウト地方には京都以西もほぼ含まれ、毎年夏になるとポケモンスタンプラリーが開催され、一般客の迷惑も顧みず駅構内を疾走し豪快なドリフトを決める大きなお友達の姿がみられる。また、箱根を古くは「函根」(旧字体で凾根)と書いたため、東北地方には険しさを箱根に例えた「大峠函嶺越」なる峠があったりする。よって、地名においては「関」=「函」と考えてよい。しかし数学分野で「関数」を「函数」と書くのはダメです。
箱根旧街道 箱根旧街道。晴天の日中であっても懐中電灯が必要な暗さである。

関所の近くには、昔の街道の面影を今に残す“杉並木”や“石畳”などがある。この記事の冒頭に掲げた鳥居忱&滝廉太郎のコンビにより、「暗くて全然歩けねーよww昼だろ今w 道は細いは苔で滑るは、それ何て死亡フラグ?」と歌われたように、晴れていても右図のように真っ暗である。

地面には石畳が敷かれているが、苔生(こけむ)してしまっており、大変に滑りやすい。滑って転んで提灯を壊してしまったら、もうそこから歩けなくなってしまうのだ。昔の人の旅は大変だったのだなあと思ってしまうが、現代でも懐中電灯が壊れてしまえば同じ状態に陥るのである。

このあたりは、かつては普通の山道であり、木が生い茂って鬱蒼とはしていたものの、晴天であれば決して歩けないほどの暗さではなかった。が、18世紀中ごろ(詳細年代不詳)に、関所破りの多発に業を煮やした関所役人が、ちょうど関所を通ろうとした祈祷師に依頼して、関所破りが多発していた藩境地帯を“”で満たし、昼間でも提灯無しでは通り抜けられないようにしたのである。その後、“闇”は時代を経るに従って少しずつ移動していってしまい、現在では旧街道の一部を覆ってしまっているのだ。そのような闇の中で苔が繁殖できるのかどうか疑問は残るが、これも普通の苔ではなく、何らかの突然変異を起こしたものなのではないかと考えられている。

ともあれ、このような危険な道は、充分な準備をしていない限りは通ろうとすべきではない。ほぼ並行して普通の道路(コンクリート舗装済)も通っており、そちらは闇には覆われていないので、観光客はこちらを歩きながら、傍らに蠢く“闇”を見物する程度に留めるべきだろう。
元箱根と「紋章」

関所から1km強ほど湖畔を歩く(バス便や渡し舟もある)と、元箱根港(もとはこねこう)に着く。ここまでで、小田原駅を出発してから最低でも6時間程度は経過しており、また、充分に関銭の元は取れている筈である。そろそろ日が傾いてきたので、帰路につくことにしよう。

勿論、日帰りせずに、箱根町に数多くある旅籠のどこかで泊まっても良い。普通はここに着くまでに、既に数百人の客引きの勧誘に遭っている筈だから、断れずに宿泊の予約をさせられてしまっていることも充分考えられる。彼らの大半は「通行手形は明日も使えるのよ! 泊まっていらっしゃいよ」と言うのだ。やはり冒頭で述べたような癒着がきっとあるのだろう。

元箱根港からは、ここまでと逆の順序を辿って帰っても良いし、また箱根湯本駅や小田原駅など周辺各地への直通バスもある。

ところで、ここまで私たちが使用してきた交通機関は、全て小田急藩の支配下あるいは提携関係にあるものである。西武藩が支配しているのは伊豆箱根バスという紛らわしい名称のバスのみであり、これを利用せずとも箱根町の観光には差し支えないのだ。 小田急藩の鳳凰の紋章。

但し、当然ながら、小田急藩発行の通行手形は伊豆箱根バスでは使えないため、うっかり間違えて乗ってしまい処分されてしまうことの無いよう、充分な注意が必要である。小田急藩関係の交通機関には鳳凰の紋章、西武藩関係の交通機関には獅子の紋章が、必ず車体のどこか目に付くところに掲げられているので、乗車前に紋章を確認するのが確実? 2399 ?ろう。

元箱根港の傍らにも、獅子の紋章を掲げたバスが通るバス停があるが、これには近づくべきではない。鳳凰の紋章を掲げたバスに乗って、箱根町を後にすることにしよう。
その他

今回辿った経路から外れてしまった地区のうち、主要な2つについて簡単に記しておく。
畑宿 畑宿の一般的な住居。こちらは上述の海賊船とは異なり、装飾があまり施されておらず、一見して木製であることがわかる。傍らのバス停まで木製である。

箱根湯本駅から元箱根港に行くには、上述したような経路のほかに、地図上ではほぼ直線に近い経路での路線バスがある。この路線バスが通っているのが旧東海道であり、そのちょうど中間点あたりにある集落が、畑宿(はたじゅく)である。

現在でこそ、箱根細工の職人は芦ノ湖畔や箱根湯本などにも住んでいるが、もともと箱根細工は、この畑宿が発祥の地である。現在も数多くの職人が住んで――というよりは、交番や消防などの僅かな公僕を除けば、全世帯が、箱根細工の職人を最低1名以上有しているのだ。また、前述の箱根細工職人ギルドの本部(畑宿寄木会館)も、この畑宿に置かれている。

右図のように、集落内の建物も、その多くがヨセギを用いた箱根細工によって作られている。箱根細工の小物などの販売店も多数あるほか、畑宿寄木会館では箱根細工の歴史を学んだり製作を体験することもできる。しかし、これらの街並みを眺めるだけでも、この山あいの集落を訪れる価値は充分にあるだろう。
仙石原

戦国仙石原(せんごくはら)は、箱根町の北端にある地区である。御殿場方面から乙女峠(おとめとうげ)を越えて来た場合は、箱根町の玄関口にあたる。

様々な施設や観光名所があるが、その代表的なものは、東横インが運営している「内観研修所」であろう。東横インの運営するホテルでは、全ての客室に必ず「内観」(ないかん)についての資料冊子が置かれている。東横インに泊まったことがある者は、誰もが必ずこの冊子を一度は手に取り、「内観」を体験したという新聞記者の談話を読んで、様々なことを考えさせられている筈だ。 内観研修所の内部(『忘れていた心の宝と出会える本』(三木善彦/東横イン箱根国立公園内観研修所)より転載)。この部屋で1週間過ごしたら、きっと、生まれ変われそうな気がする。

「内観」とは、他者から完全に隔絶された監獄環境のなかに7日間滞在し、そこで自分や自分の身の回りの人々などについて、様々なことを改めて考えて思い出すことにより復讐の念を新たにすることで、結果的に自分の人生に悪影響を与えた人物を抹殺する決意をすることにより人生を死刑と転生によりリフレッシュさせる、という精神修養法である。別に東横インが考案したわけではなく、古くから主に邪宗門などによって、箱根などの人里離れた山中に籠ることによって行われていた手法なのだが、東横インの会長が「内観」によって人生を大きく狂わ変えさせられたことから、自前で専用の施設を設けるに至ったのだそうである。会長には、きっと、身体障害者の知人が多かったのだろう。
普段、“自己との戦い”をあまりしていない人にとっては重要な効果を産み出すことができるが、普段から“記事の執筆”という行為によって自己や他者と戦っている我々アンサイクロペディアンには、余り必要の無い修養法である。

ともあれ、7日間を無事乗り切った人間は、自分のなかにある種の変化を起こしたうえで、研修所を後にするのである。


ところが。


昔なら、仙石原には山林や薄(すすき)の野原が広がっているだけであり、心を乱すものなど全くといって良いほど存在しなかった。

しかし現在の仙石原には、他にも、空の星になってしまった戦没者の遺体や遺骨を展示している追悼施設「星の王子さまミュージアム」や、醜い人間がどのようにその醜さを覆い隠してきたのかについて研究・展示している「ポーラ美術館」など、様々な観光施設があり、箱根町の他の地域と同じように、多数の観光客がこの地を訪れている。そして、修養を終えた人々は、俗世間の観光客に混じって、路線バス等に乗って帰路に着くのである。騒がしいバスの中で1時間も過ごせば、7日間で得たものは、当然雲散霧消してしまい――。

決して箱根にとって害なす施設ではないのだが、もう、箱根のような観光地ではなく、新たに別の山深い隔絶された土地を見つけて、移転するべきではないだろうか。そうでないと、せっかくの「内観」の成果が死んでしまう。これではまるで、秘密箱の中に入れたまま取り出せなくなってしまった雲助団子ではないか……。
イベント等

箱根町では、毎日のように様々なイベントが発生しているが、そのなかでも特に有名なのが「箱根駅伝」と「箱根大名行列」である。
箱根駅伝(はこねえきづたい)
毎年1月に行われている、
箱根登山鉄道の兄貴登用試験である。元々は単なる一企業の採用試験でしか無かったのだが、「小田原駅から元箱根港まで1人でひた走る」「元箱根港から桃源台まで泳ぐ」「桃源台から仙石原・乙女峠を経由して御殿場まで自転車で走る」という、トライアスロンも真っ青のエクストリームスポーツっぷりが一般にも好評となり、現在ではテレビ中継もされるほどの一大イベントとなっている。勿論、これはかつての修験者の修行内容を、試験用に? 11d9 ??レンジしルール化したものである。挑戦者は箱根登山鉄道などの各駅を経由し、駅員や乗客・沿線住民などからの激励を受ける慣例となっているため、「各駅を伝ってゆく」という意味から「駅伝」と呼ばれるようになったという。何故か大学生の挑戦者が多く、また、完全走破者は大企業のスポーツ部などからのスカウトを受け、多くが箱根登山鉄道の採用を辞退して他社に行ってしまう。このため、現在では採用試験としての意義は薄れてしまっている。また、鉄道運行の機械化により兄貴の活躍の場は着実に狭められつつあるため、箱根登山鉄道では、「箱根駅伝」について特許を取得し、民間団体によって競技を開催させ、その特許料による収入を得る方向での検討を進めている(慶應155年現在)。 箱根湯本駅。慶應154年の箱根大名行列で、“人智を超えた破壊者”によって駅舎が破壊されたため、現在復旧(というか新築)工事が行われている。生存者がいないため、破壊者の正体は現在もなお不明のままである。
箱根大名行列(はこねだいみょうぎょうれつ)
箱根町では、何故か毎年11月頃に24時間だけ時空連続体の混乱が発生し、過去あるいは未来から様々な人間や事物がやってきたり、逆に現代の人間が他の時代に飛ばされてしまうという現象が発生している。このため、現代から離れたくない住民は、この時期になると箱根町から一時的に逃げ出すのだが、近年では逆に、珍しいものが見られるとしてわざわざ箱根町に足を踏み入れる命知らずの観光客も多い。この現象は、かつては「時震」とか「時患(ときわずらい)」などと呼ばれていたが、慶應71年には大名行列によって国道が占拠され、武士が周囲の人間を無礼者として切り付けるなどの混乱が発生したことから、「箱根大名行列事件」として全国的に有名になった。この名称が定着し、現在でも「箱根大名行列」と呼ばれている。勿論、毎回そのような面白いものが見られるとは限らないが。現象のメカニズムについては未だ解明されていないが、箱根旧街道を覆う闇(上述)が出現した頃から発生するようになったことから、この闇が単なる闇ではなく、何らかの時間的な変調を引き起こしているのではないかと推定されている。
脚注^ ちなみに、下側(南側)の残り半分のうち、東側4分の1が真鶴町、残りの西側4分の3が湯河原町である。
^ これは、あくまでも読者の理解を助けるための例示である。コルク材とヨセギとの間に何らかの生物学的な繋がりがあるかどうかについては 149a 、現在のところ全く明らかになっていない。

関連項目ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「通行手形 (箱根町)」の項目を執筆しています。

東京箱根間往復大学駅伝競走 - 東京から箱根までタスキを繋ぐ、陸上競技マニアの大学生たちの祭典。そんな下らないことやってる暇があったら、勉強するか他の遊びをしていたほうが余程有意義なのではないだろうか。箱根には電車とバスで行けば済む話であるし、そのほうがきっと楽しいだろう。

御殿場プレミアムアウトレット - 箱根町の隣の静岡県御殿場市にあるアウトレットモール。距離的にも近く、御殿場市には駅や東名高速道路のインターチェンジもあることから、ここに寄ってから箱根町を訪れる観光客も少なくない。
箱根町で、明らかに土産物ではない日用品や衣料品などを大量に持ち、息を切らしながら辛そうに観光をしている者がいたら、彼らはアウトレットに寄ってきたとみて間違いない。この後の観光のことを考えず、前後の見境なく買物をするからこうなるのだ。自業自得である。

第3新東京市 - 箱根町に建設が予定されている、東京に代わる“新たな首都”の通称。しかし、箱根大名行列においては既に未来人も多く出現しているにも関わらず、彼らが一様に「まだ日本の首都は東京のままだ」と発言していることから、第3新東京市は永遠に完成しないのではないかと地元では考えられている。

最後に

ここまで、「観光」という観点から箱根町について説明してきたが、如何だっただろうか。

冒頭でも述べたように、箱根町では様々な時代や文化が混淆している。それは単に、古き良き時代の流れを留めているというだけではなく、危険なものもあれば、人間の黒歴史に踏み込んでしまうようなものもまた残っている。更に、2つの藩と海賊の存在が、一種の治外法権じみた状況を作り出しており、そこへ異なる時代からの干渉が起こったりなど、ある種のカオスに包まれていると言って良い。

しかしそれでも、大概の危険は、時期を外したり、危険とされる場所に近づかないなどの注意を払うことにより回避することができる。また、もしあなたが善良な一般の観光客であれば、箱根を訪れると、誰もが暖かく迎えてくれる(海賊や関所役人でさえも!)ことに、きっと驚くだろう。空気は(一部を除けば)綺麗で、自然も豊かで、温泉もあり、観光名所? 15ac ?どは全部見たら何日かかるかわからないほどだ。


この記事をお読みになった方が、箱根町を訪れてみようという気になって下されば、幸いである。(他藩の間諜を除く。)


この項目「箱根町」には、執筆者が大真面目に書いた可能性もありますが、今はまだ周知の事実しかありません。嘘を追加するか、ウィキペディアに転載して下さるボランティアを求めています。(Portal:スタブ)
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出典: フリー誤報百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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