横浜正捕手大戦
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ウィキペディア専門家気取りたちも「横浜正捕手大戦」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

横浜正捕手大戦(よこはませいほしゅたいせん、THE YOKOHAMA POSITIVE CATCHER WAR)とは、プロ野球界で最下位に沈む横浜ベイスターズの中で毎年行われる熾烈な正捕手争いの戦いである。
目次

1 概要

2 ルール

3 第一次横浜正捕手大戦

4 第二次横浜正捕手大戦

5 第三次横浜正捕手大戦

6 現在のプレーヤー

7 第三次大戦で敗れた主な戦死者

8 最後に

9 関連項目

概要

横浜ベイスターズは一時期を除き長年低迷している。その原因は、投手だということが言われているが、正確には捕手なのであった。正捕手争いの戦いの歴史の始まりは20年前にも遡る。時は、大洋ホエールズ時代。チームは長年Bクラスに沈んでいた。そんな時、正捕手であった若菜嘉晴が1988年オフ、市川和正との併用から首脳陣批判を展開し、「俺は世渡り上手じゃない」と発言し、舌禍事件を起こす。翌年、1989年に日本ハムにトレードされることになった。これにより、正捕手がいなくなった球団は第一次横浜正捕手大戦を開戦させた。このときの監督は古葉竹識だったが、まさか大戦がこんなにも長く続くとはだれも予想出来なかった。
ルール

球団の正捕手がトレードやFAで移籍したらスタート。

その後、残された捕手陣が一つのポジションを争う。

出場試合や評論家に正捕手と認められれば、大戦は一時休戦。

以上の繰り返しである。

第一次横浜正捕手大戦
開戦
長年正捕手であった若菜嘉晴が起用法をめぐり、首脳陣と対立。その後、日本ハムへトレードとなったため、1989年、第一次横浜正捕手大戦が開戦。
経過

1989年(監督:古葉竹識)
若菜移籍まで追いつめた市川和正がほぼ独走。ハーフスイングをごまかす「忍者打法」や、際どい内角球をデッドボールと主張するトリックプレーを数多く実践し、時には審判の目をも欺くことから「球界の詐欺師」の異名をとった。同様にトリックプレーの達人として知られた達川光男とは「東の市川、西の達川」とまで言われるようになった。
1990年(監督:須藤豊

この年で、市川の独走により休戦になるかと思いきや、監督の須藤豊は、高卒2年目の谷繁元信、西武時代一軍起用無しで開幕直前のトレードで来た秋元宏作を起用。市川は第三捕手に追いつめられる。
1991年(監督:須藤豊)
谷繁82試合、秋元81試合、市川23試合と市川は完全に出場機会を失ってしまい、谷繁と秋元との一騎打ちの戦いが続く。
1992年(監督:須藤豊→江尻亮監督代行)
開幕早々に休養のため須藤は辞任し、江尻亮チーフコーチが監督代行となる。江尻は守備重視の秋元を主に起用し、谷繁の出場機会を剥奪した。そして、この年を最後に市川が引退。初の脱落者となった。
1993年(監督:近藤昭仁)
球団名が横浜ベイスターズへと変更。この年、大矢明彦がバッテリーコーチに就任した。大矢の指導により、リードの覚えが悪くパンパースとまで言われた谷繁のリードを含めた守備が成長。それに伴って打撃面も向上し正捕手の座を獲得。これにより、第一次横浜正捕手大戦は谷繁元信が勝利で終戦。
第二次横浜正捕手大戦
開戦
2001年オフ、谷繁は自己最多のシーズン20本塁打を打ち、その年のオフにFA宣言を行う。当初はメジャーリーグへの移籍を目指していたが、条件面等で折り合わず、
中日ドラゴンズへ移籍。これにより、2002年から第二次横浜正捕手大戦が開戦。
経過

2002年(監督:森祇晶→黒江透修代行)
当初、谷繁と入れ替わる形の金銭トレードで中日から横浜に来た中村武志が捕手として多くの試合に出場。しかし、この年記録的な低迷により(最終勝率.363)、森がシーズン終了を待たずして休養を余儀なくされたため、正捕手は不在という形で大戦は続行。
2003年(監督:山下大輔
西武から中嶋聡が加入。これにより、大戦はさらに激しくなるかと思いきや待望の生え抜き監督、ピッカリ大ちゃんの方針が若手重視・攻撃重視だったため、若手の相川亮二を多く起用。中村は古巣中日に1試合6盗塁を許すなど肩の衰えは顕著で、打撃でも2003年の11本塁打以外は目立った活躍もなかった。中嶋は開幕戦こそ先発マスクを被ったものの、故障もあり結果を残せないままオフに北海道日本ハムファイターズへ金銭トレード。しかし、大ちゃん采配はことごとく空回りし、勝率も前年を下回る.324を記録。まだ正捕手は不在という形で大戦は続行。
2004年(監督:山下大輔)
2003年からバッテリーコーチに就任した福田功が相川に対し、スローイングなど捕手としての基礎技術からの指導を行った。この指導が実を結び、相川のリードに成長をもたらすこととなった。そして相川はアテネオリンピックの野球日本代表の一員としても銅メダルを獲得。帰国後も好調な打撃を発揮。中村の不振もあり、相川は100試合以上(102試合)に出場し、正捕手の座をつかむ。中村はシーズン終了後に新規参入した東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。これにより、第二次横浜正捕手大戦は相川亮二が勝利で終戦。
第三次横浜正捕手大戦
開戦
2008年オフ、相川はメジャーリーグへの移籍をめざしてFA権を行使したが、折り合わずに
東京ヤクルトスワローズに移籍。これにより、正捕手がまたいなくなったので開戦。
経過

2009年(監督:大矢明彦→田代富雄代行)
この年はこれまでの大戦の中でも最も激戦であった。FAで阪神から加入した野口寿浩が正捕手候補筆頭だったが、相次ぐパスボールや10回以上にも渡る許盗塁など、年齢による体力の衰えからか結果を出すことができなかった。チームの不振も重なり、ルーキーの細山田武史が正捕手に抜擢され、野口は4月後半には脱落。このシーズンは細山田が88試合に出場。武山真吾が49試合、新沼慎二が34試合、斉藤俊雄(現・オリックスバファローズ)が20試合、野口寿浩が17試合、黒羽根利規が10試合であり、6人の捕手がスタメンマスクを被るという激戦になった。
2010年(監督:尾花高夫)
斉藤がトレードで千葉ロッテマリーンズに移籍。代わりにそのロッテからFAで橋本将が加入。今度こそ、正捕手確定かと思われたが、盗塁阻止率があまりにも酷く、リード面でも尾花監督に苦言を呈されたあげく、右肋骨骨折で脱落43試合の出場に終わった。代わりに出場した武山が脱落期間中に結果を残し、そのまま95試合出場。しかし、打率が.187と酷い結果に終わった。新沼27試合、細山田19、黒羽根17試合だった。また、先述の野口がこの年に戦力外通告を受けている。
2011年 (監督:尾花高夫)
FA権を行使した埼玉西武ライオンズの細川亨を中華街作戦で落とそうとするも、ソフトバンクホークスの破格の年棒提示の前にあえなく撃沈。武山を使うも外一辺倒のチキンリードで投手陣は炎上。首脳陣の評価もガタ落ちしその後控えの細山田、新沼を使い、武山は横須賀行きへ。しかし、細山田はとにかくバットに当たらず、新沼はとにかくランナーを刺せず。そこで、黒羽根が昇格。そして、新沼が怪我で抹消。細山田、黒羽根という他球団に比べると目も当てられないような捕手陣。残ったのは黒星ばかりであった。しかし、終盤になりこの二人がなんとホームランを放つ。来年が全く読めない横浜捕手陣、どうなるのか。最終的に武山46試合、細山田84試合、黒羽根・新沼45試合という結果に。結局、橋本は戦力外になってしまった。また、オフに武山がトレードで西武に移籍、ドラフト2位で高卒の高城を獲得した。
2012年 (監督:中畑清)
親会社がDeNAとなり、監督も中畑清に変わるなど首脳陣が一新。年末には鶴岡一成がFAで復帰したが、開幕マスクに抜擢されたのは黒羽根利規。しかし、盗塁阻止率4割超と期待通りの強肩を発揮するものの、打率が1割台前半と捕手としてもあんまりな不振でチームも低迷。変わって鶴岡の出番が増えるが肩の衰えを隠せない上、打率も黒羽根より高いとはいえ2割に満たず。帯に短し襷に長しな2人の捕手を割って来たのが、なんと高卒新人の城俊人。初スタメンとなったヤクルト戦を完封勝利に導くと強肩と強気なリードが買われ一気に出番を増やし、8月中旬にはスタメンに定着。シーズン終了まで大きく経験を積んだ。最終結果は鶴岡102試合、黒羽根61試合、高城45試合、新沼4試合。その新沼もオフに戦力外→コーチ就任となり正捕手争いは完全に絞られた形に。
2013年 (監督:中畑清)
対抗馬とみられた黒羽根の出遅れや前年の流れを受け、高城俊人が球団初となる10代開幕マスク。春先にはサヨナラ打を放つなどファンの間では大戦終結への期待感が高まったが、前年の黒羽根のリプレイかと思わせるような打率1割前半の低空飛行。一方、二軍で着実に結果を残していた俊足捕手西森将司が支配下登録を勝ち取り一軍昇格即代打適時打即降格。なお、その後再昇格を果たすが代打代走での出場にとどまり、マスクをかぶることはなかった。間隙を突いて鶴岡がドヤ顔で謎長打を連発し復権。三嶋など若手への指導的起用や高城の登録抹消もあり、7月中旬からほぼ鶴岡の独壇場となった。しかしながらその鶴岡もベテラン故、疲れからか8月以降肝心の打撃が低調に。そこで出てきたのは7月以降西森との2番手捕手扱いになっていた黒羽根。チーム3度目となる7点差逆転勝ちのドサクサにまぎれて1HR含む猛打賞の固め打ちをするとスタメンマスクが増加。以降鶴岡黒羽根体制で閉幕となった。最終結果は鶴岡108試合、高城51試合、黒羽根30試合。前年の契約更改で大減俸を突き付けられた細山田は2軍での満塁弾もむなしく、育成の松下と共に戦力外となった。ドラフトでは3位で嶺井博希を獲得。また、黒羽根の背番号9への変更が発表された。最後は失速したものの、CS争いに絡み6年振りの最下位脱出と光も見えてきたベイスターズ。迷走を重ねた第三次横浜正捕手大戦も決着間近か。
2014年 (監督:中畑清)
新年最初のニュースは、2013年最多マスクの鶴岡が謎の久保FA人的補償28人リスト漏れだった。当初、若手投手を指名予定だった阪神は予想外の展開に急遽方針を転換して鶴岡は阪神行き。それでも開幕10試合で打率3割を維持し打撃が開花した黒羽根がついに正捕手定着かと思われた矢先、黒羽根が死球を受け骨折し登録抹消。高城、西森、つる岡という数年前を彷彿とさせる暗黒捕手陣となった。しかし、黒羽根が復帰し結局正捕手に定着。また、ルーキー嶺井がサヨナラプロ初安打を放つなど明るいニュースもあった。最終的に黒羽根109試合、高城48試合、つる岡24試合、西森12試合、嶺井10試合。これにより、第三次横浜正捕手大戦は打率.264をマークした黒羽根が勝利で終戦するかと思われた。
2015年 (監督:中畑清)
前年台頭した黒羽根が開幕スタメンを得るも直近2年間は夢だったのかと思わせるほどの低打率(1割台)に陥り、4月半ばには何故か打撃で頭角を現し出した高城と先発マスク時に8割前後という驚異の勝率を誇る嶺井の併用へと移行する。5月半ばには勝率は依然として高いものの打率が2割台前半で安定していた嶺井が見限られ、高城の独壇場となる。7月になると6月の先発マスク時勝率が1割ジャスト(1勝のち1分挟む9連敗)というとんでも記録を残した高城に代わって同月のチーム4勝中3勝(3敗)を拾った黒羽根が中心になるが、打率が相変わらず2割未満にとどまり、月末からは高城・嶺井併用に至る。高城の打撃がついに外野に飛ばないようになると意外な粘りと長打力を見せるようになった嶺井に固定され、先行していた黒羽根・高城を猛追し、120試合終了時点で3捕手が先発マスク40試合ずつで並ぶという空前絶後の激戦を演出することとなった。その後は嶺井が勢いそのままに正捕手大戦を制するかに見えたが141試合目にサヨナラパスボールを記録し(さすがの中畑監督もギブアップ宣言)、翌142試合目は黒羽根に先発マスクを奪われるなど、決着はまだ先のようである。また、この年のチーム暴投68は日本記録タイ(セワースト新)となり、責任をとらされるかたちで新沼コーチがフロントに転身した。
2016年 (監督: 2180 アレックス・ラミレス)
ルーキーなのに既婚でベテラン臭がする戸柱がオープン戦で守備打撃と活躍。同じくオープン戦で結果を残した高城を山口専用機としてキープしつつ、球団初の新人開幕マスク達成を皮切りに、山口先発試合以外で常時マスクを被り続けた。監督や評論家からリードを含めたディフェンス面を褒められることも多く、夏場に疲れを見せた場面もあったが、124試合出場と球団初のCS進出に大きく貢献。また、シーズン出番のほとんど無かった嶺井がCSセカンドステージ進出を決定づける一族の誇りタイムリーで存在感を示した一方、昨年まで正捕手大戦の一翼を担った黒羽根は三浦大輔引退試合を含め出番が全くない苦しいシーズンとなった。正捕手大戦の終戦も近づいているように思えるが、(捕手に限らず)近年2年続けて活躍できた選手が限られる横浜なだけに予断は許さない状況である。
2017年 (監督:アレックス・ラミレス)
キャンプでの故障が心配された戸柱、オフに手術した高城や前年勝負強さをみせた嶺井が開幕1軍。開幕から程なくして、WBCアメリカラウンドから帰国する気配の見えない日本の4番を上回るペースで打点を稼ぐ戸柱と、検閲により削除のFA流出で相方を失ったものの、天地がひっくり返っても暴行事件など起こすことなど考えられない童顔の持ち主専属捕手高城の2人体制となり、ついに長かった大戦も終焉に向かうと思われたが、5月半ばには嶺井が再度戦線復帰し、対左投手時にスタメンマスクを被る機会が増え始める。その嶺井が異様なまでに勝ち運に恵まれるようになると、対左投手時に限らず戸柱とバッテリーを組んで結果が出なくなった投手とのコンビも増え始め、ついには武山・細山田時代を彷彿させるファンをも巻き込んでの大戦争へと発展した。なお、西森にも後塵を拝すほど1軍での出番のなくなった黒羽根がシーズン中に日本ハムにトレードされたことで、TBS時代に出場経験のある捕手がいなくなり、DeNA時代の選手による正捕手大戦となっている。
2018年 (監督:アレックス・ラミレス)
開幕マスクを被った戸柱が初回に3失点しないと死んじゃう病に掛かり、恋人不在の高城共々ベンチと横須賀を行き来する日々を送るのを尻目に、昨季終盤と同様に嶺井が大半の試合で出場することとなった。その嶺井は勝率6割、失点率3.40というあわや1人ノーノー級の打撃の不振を補って余りある好成績を残し、大戦に幕を下ろしかけた。足の短さが災いして5月20日に投手ゴロで太ももを痛めて抹消されるも、10日あまりで復活してファンの心配は杞憂に終わったはずだった。ところが、まるでDJ博士の手術に失敗したかのごとく、復帰早々4試合連続6失点以上3被弾以上という戸柱でも成し遂げていない偉業を達成すると、ASまでの1か月半で失点率6.07、4勝10敗と大不振に陥る。代わりに出場が増えた高城も、6月27日に嶺井が着火した阪神打線にガソリン抱えて飛び込むという奇行を披露。更に4日後の専属パートナーとの試合でも2度に渡り大爆発を引き起こすと嶺井中心に戻る。再びベンチウォーマーと化した高城は、なんと7月9日に2ラン以上打つと死んじゃう病患者と共にオリックスに放出される。代わりにやってきたのは福良に嫌われて2軍暮らしだったB9・GG同時受賞捕手伊藤光だった。その伊藤は移籍後1週間にはスタメン出場し、大半の投手の球を試合で初めて受けるという苦行にも関わらず、組んだ投手がもう嶺井は嫌と言わんばかりに軒並み絶賛し、打撃でも戸柱・嶺井を凌駕した。しかし勝率が伴わなかったこともあり、投手の意向は無視され嶺井との併用が続いた。一方の嶺井も5失点以上しないと死んじゃう病に掛かり、8月3日には代打にウィーランドが送られるという屈辱的采配を振るわれファン・解説者を巻き込む大論争となる。伊藤の定着で今度こそ終戦を迎えるのか、屈辱をバネにした嶺井らが巻き返しを図るのか、はたまたOPS 5.000という異次元成績でシーズンを終えた山本がごぼう抜きをするのか、まだまだ目が離せそうもない。
現在のプレーヤー2018年現在。この項目での評価はABCDEFGの七段階。アルファベットはAに近いほど高い能力を誇る。ただし、このランク付けは横浜球団内でのものであることにご留意いただきたい。監督と世間の項目はそれぞれの評価である。




戸柱恭孝10

打撃守備肩力監督世間
DCCDC
2015年ドラフト4巡目で社会人卒で入団。キャッチング・リード面で評価を受け1年目からレギュラーを掴み取る。前年球史に残る68個もの暴投数をほぼ半減させたのも戸柱の定着が一員であろう。また、2017年は特に前半戦で打点を荒稼ぎし、打点乞食という側面も見せた。しかしリードが弱気になっており、後半は信頼を落として嶺井に活躍の場を奪われる。愛称はハマの金剛力士像。永遠番長、三浦大輔引退を受け最後の大洋戦? 1453 ?との声も

伊藤光29

打撃守備肩力監督世間
CCCAA
2018年シーズン中に白崎&高城とのトレードで赤間とともに入団。オールスター明けからは早速スタメンとして起用され、守備打撃と活躍し、ファンからは「イケメン正捕手」「打てる小林」と呼ばれ愛されている。実績だけだと、過去のどんぐりたちとは格が違うような成績を残している。名前は「ヒカル」なので星の煌めきを感じる選手でもある。

嶺井博希39

打撃守備肩力監督世間
FDDBC
2013年ドラフト3位で入団。ハスキーボイスとプロ初安打がサヨナラヒット、CS突破のタイムリーなど勝負強い打撃が売り。2015年後半、壮絶な譲り合いの末打力でレギュラー格の座を得たが、パスボール含め守備面で不安を露呈。2016年は戸柱正捕手体制下において出番は限られたが、CS1stステージにて一族誇りの決勝打を放ち、インパクトを残した。2017年は怪我で出遅れたものの、戸柱が評価を落としたため後半からは普通にスタメン起用されることが多くなった。しかしヤフオクドームで迎えた日本シリーズ第6戦、延長11回裏二死12塁の場面で前進守備の外野の前にヒットを打たれ、両ひざついてホームベースの後ろに立ち尽くすシーズン最大にして最後のやらかしを披露。来年以降に不安を残しまだまだ正捕手大戦が終わらないことをファンに知らしめた。

佐野恵太44

打撃守備肩力監督世間
DF?EF
2016年ドラフト入団した打力が自慢の内野手。一塁しか守れなかったためキャンプでは外野に挑戦して開幕1軍に勝ち取るがさほど打てず2軍落ち、1軍での出場機会を得るため捕手大戦に名乗りを上げた。結局2017年中の再昇格こそならなかったが、学生時代の経験もあって捕球はなかなかいいらしい。

西森将司66

打撃守備肩力監督世間
FDEFF
2011年育成ドラフト2位で入団。2013年に支配下登録。プロ入り後スイッチヒッターに転向。身体能力は高く、俊足強肩。リードはやや単調との噂も。2013年にスタメン捕手として初起用されゴールキーパーを思わすようジャンプキャッチなどなかなかの守備力を見せたが打てなさすぎて打率が.045と横浜の市外局番になってしまいそのまま登録抹消。その後も1軍ではほぼ代走からの起用と異色の起用が続いていたが2017年に黒羽根がトレードされたことにより2軍の捕手事情が悪化、1軍に行けない状態が続くが2軍では無双した。しかしその間に代走する捕手のポジションを高城に奪われている。

山本祐大50

打撃守備肩力監督世間
EEEFF
前年の佐野同様12球団で最後の支配下指名となったが独立リーグを1年経験しただけの19歳。2軍での首脳陣の評価は高く中心捕手として起用されている。初出場となった5月25日のヤクルト戦では無事1イニングを0点に抑え、初打席となった8月19日の広島戦では球団史上初の新人初打席代打本塁打を記録するなど、ファンに大きな期待を寄せられている。
第三次大戦で敗れた主な戦死者[ 2ad7 編集]

細山田武史36

打撃守備肩力監督世間
EBECC
暗黒真っ只中に武山細山田時代としてしのぎを削った。弱肩を補うリードと在籍後年は中日吉見キラーといわれる意外性の良さを発揮するもDeNA体制以降は出番なく、13年オフに戦力外。ソフトバンク育成を経て社会人野球に身を投じた。

新沼慎二29

打撃守備肩力監督世間
DDECD
ベイスターズのドラフト史上レアな競合当たりくじドラフト選手(なお、外したヤクルトは五十嵐亮太を指名)。谷繁や相川鶴岡時代の中、スイッチ転向したりなどでしか存在感はなかったが田代代行以降、意外性のある打撃と選手会長に推される人望で存在感を発揮。2012年に「たいした選手じゃない」と中畑監督に言われながら現役引退。その後コーチ就任も、ポロポロ捕手陣の原因と言われたりした。でも2015年オフにフロント入りしたのに2018年から現場に戻って来たりしてなんか扱いがよくわからない。

鶴岡一成57(10)

打撃守備肩力監督世間
CCDCC
第二次大戦以降相川の2番手捕手として活躍も、08年途中に偽村田こと真田とのトレードで退団。巨人でも阿部の2番手捕手として活躍するも、DeNA体制となったのを機にFAで復帰。復帰2年目の2013年は持ち前の打力と、三嶋等若手投手を叱咤激励する姿に評価されていたが、翌2014年にまさかの人的補償で阪神へ移籍。ここでも藤浪の教育係などを務め、2016年に現役を退いた。その後、ロッテのコーチを経て、2019年にコーチとしてベイスターズに復帰。

岡賢二郎57

打撃守備肩力監督世間
FEEGF
2010年ドラフト8位で愛媛マンダリンパイレーツから入団。2010年の愛媛での成績は45試合に出場し、89打数16安打で打率.180・1本塁打・10打点。肩がウリらしい。日体大→愛媛マンダリンパイレーツ (2010)で23歳。2011年は二軍のスタメンを獲得するも翌年高校No.1と呼ばれる高城に二軍のスタメンマスクを明け渡してしまい、その後降格してきた黒羽根さらに育成の西森までにスタメンマスクを取られ肩身が狭そう。2014年は黒羽根の怪我の影響でプロ三年目にして初の一軍出場そしてスタメン起用、なかなかの打撃センスを見せるが肩が弱く正捕手として定着とまではいかなかった。2015年限りで引退、チームサポーターへ転身。2018年から二軍バッテリーコーチ補佐兼育成コーチという長い肩書を手に入れて現場に戻ってきた新沼の補佐をすることに。ついでに二軍打撃コーチとして柳田や中日行ってた一輝が二人して就任しているが、二軍コーチだからって現役の時も二軍だった連中を寄せ集めて大丈夫か。

武山真吾61

打撃守備肩力監督世間
EDBDD
ドラフト10巡目から細山田とのレギュラー争いを繰り広げた強肩捕手。2010年春は打撃好調で、本人希望である中村武志の応援歌を引き継いだが、金的負傷の辺りから打撃が急降下。また、解説者からは守備面での苦言をたびたび呈されていた。TBS時代終焉と共に放出。以降西武・中日と渡り歩いており、現役を続けている。

ケビン・モスカテル115

打撃守備肩力監督世間
?????
2013年育成契約した謎のベネズエラ人。時間をかけて育成する方針であったはずだが2014年オフにひっそりと退団

黒羽根利規9(59)

打撃守備肩力監督世間
DDADD
2005年ドラフト3巡目で高卒で入団。地元出身で番長三浦とのエピソードと球界屈指の強肩がウリ。2011年捕手陣最後の希望として昇格。2012年開幕マスクを被るもやはりひ弱な打撃で8月には二軍落ち。2013年は右肘炎症で痛恨の出遅れも、夏場以降2度の狂い咲き効果で(打席が少ないとはいえ)打率.250以上でシーズンを終えた。2014年は開幕マスク。2013年に開花した打撃と持ち前の強肩で結果を残すも、デットボールで離脱。復帰後も打撃と守備はほとんど衰えず、109試合出場し正捕手の座を獲得したかに見えたが、2015年に打撃不振からレギュラー陥落すると、翌2016年は一転して1軍出場機会を失うと、2017年ついに日本ハムへのトレードとなった。経験(出場試合数)は一番であったが、右打ち縛りと思わせるような打撃と年々増えていくポロりが弱点だった。

高城俊人29

打撃守備肩力監督世間
FDCCC
2011年ドラフト2位で入団。名前の読み方は『たかじょう しゅうと』開幕早々に2軍のスタメンを奪取し経験を重ねると、7月には1軍に昇格され、谷繁以来となる高卒新人スタメンに抜擢された後、あれよあれよと出番を増やし8月後半からは8割方スタメン起用オフには谷繁と共に自主トレを行い迎えた2013年は開幕スタメンに自身初のサヨナラ打と期待は一層高まったが、1割前半と苦しんだ打撃面を鍛える為、7月以降は横須賀暮らしとなった。2014年以降、2番手捕手として使われることが多くなる。2015年にプロ初ホーマー、2016年はどすこい専用兼2番手捕手として1軍に帯同したが、肝心要の山口がFA移籍してしまった。2017年はルーキー濱口遥大専属キャッチャー兼代走兼3番手捕手というポジションを獲得。シーズン初出場を代走で飾り、また抜群の相性で濱口は2桁勝利を達成した。しかしオリックスにトレードで放出されてしまった。

網谷圭将100

打撃守備肩力監督世間
EFECD
2015年育成ドラフト1巡目で高卒で入団。ラミレス監督からは育成指名らしからぬ高評価っぷりを見せる次代の正捕手候補。しかし2017年には内野手としても育てられる方針が決まったらしく、2軍での捕手としての起用が減った。2018年オフに戦力外通告。2019年からは社会人野球のヤマハ硬式野球部でやきうを続けている。

亀井塔生102

打撃守備肩力監督世間
?????
2014年育成ドラフトで入団。育成3年目勝負の年となり、フロントからキャラ変を求められている模様。2018年オフに戦力外通告。
最後に

捕手は、育てるまでに時間がかかる。
関連項目

横浜DeNAベイスターズ

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出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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