森繁久彌
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「見送ってもらうことがボクの夢でした。」
? 森繁久彌 について、
加藤清史郎

森繁久彌または森繁久弥(もりしげひさや、1913年5月4日-2009年11月10日)とは、功績、実力、逸話などをあわせると日本随一の芸人である。であった。 その功績を称え、紙幣の肖像に採用される
目次

1 概要

2 生涯

3 逸話

4 映像

5 駄文

6 関連項目

概要ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「森繁久彌」の項目を執筆しています。

化け物。この一言に尽きる。過去の映像作品の発掘が進んだ昨今において、再度評価がされた芸の持ち主である。もっとも、若い頃の芸を再評価される以前から、すでに老境の芸も異常だったため、単に動ける森繁やっぱすげえ、という当たり前な結論に達する存在でもあった。

なお、イカの寄生虫であるアニサキスの恐ろしさを語る上で、いつも必ず話題に上がる被害者であった。イカを生食して食ったら、見事に当たって手術で腹を開いたという話は、アニサキスを知っている人間ならば必ず一度は耳にしたことがあるほどである。
生涯

簡潔に。大阪府枚方市に生まれる。早稲田大学に進学し、軍事教練が嫌で中退。その結果、早稲田の中退者は出世するという伝説の端緒に数えられる。その後、演劇の道に進み、当時すでに天下をとっていた芸人古川ロッパの劇団に入団。その力を認められる。しかし、戦争が激しくなると退団。NHKにアナウンサーとして入社している。その理由が、徴兵されたくないことと、海外に行きたいということから。

結果、日ソ間で激戦が繰り広げられることになる満州国に飛ばされるが、そこで、後世に伝えられる2人の偉大な芸人との知己を得る。五代目古今亭志ん生と6代目三遊亭円生に、その実力を認められ、酒をおごったりおごったりおごったり、さらには酔っ払った志ん生を部屋にまで運んだりしている。しかし、最前線での仕事柄、命に関わる任務も数多く、戦意高揚のために最前線で戦っている兵士の生の声を聞きに取材を行ったり、ソ連兵がごちゃまんといる国境でのスパイ活動まがいの謀略放送も行っている。見つかれば当然銃殺。もっとも、中には変な仕事も存在し、満州の狼の鳴き声を録音するなどといった知的な仕事も行っている。ちなみに、その当時の仕事を書いた文章が、戦中の教科書に掲載されていたりもする。

まぁ、後はウィキでも読むか、名著「森繁自伝」でも読んでください。
逸話

まず、語りの力が鬼。同じ化け物である立川談志も、その一番好きな芸人の筆頭に挙げているのは、ひとえにその語りの力である。声質の強弱、間、リズム、リズム、リズム、とにかくリズム。俳優の身でありながら数々のヒット曲を出しているのは、曲にのせて語るという、歌うではなく、語るという技術を歌にまで応用できるほどものすごいからである。彼にとっては単に声が出ているだけではなく、声を出していない状態ですら、語るという技術の一部である。これらは、演劇の世界やNHKのアナウンサーとしての経験、さらには数多くの映画作品の中で培われた得がたい能力である。

演技力。これは、普通の大俳優と同じである。上手い。心底上手い。それだけである。背中で魅せる。しぐさ、表情、姿勢ともども、一流中の一流である。ただし、日本の俳優史においてはその上を行く変人奇人の逸話は多い。そのため、演技に関しては島田正吾のほうがずっと上と見ていい。しかし、一部演劇通の世界に埋没していった島田に比べ、森繁は最後まで大衆へ大衆へと提供し続けたことに違った意味があった。

芸。至高。昭和の芸能界には、酒席における最高の芸として森繁のエロ話と美空ひばりのエロ歌が2強を誇ったとされている。また、最高の相方であった三木のり平との掛け合いは、伝説とも言えるレベルの高さであり、演出家久世光彦による彼の芸談集「大遺言書」に詳しい。なお、22歳も若い久世のほうが彼よりも先に2006年に亡くなっている。

存在感。表す言葉がない。とりあえず、戦前から芸暦を重ねた人間が21世紀になってまだこのような話の節々にのぼる時点で奇跡である。戦後すぐさま映画の世界で頭角を現すと、創生期のテレビ業界で一気にトップに踊りでて、その後は芸能界の先頭でいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも存在しつづけていた。

死。とりあえず、不死身と呼ばれている。いた。今回、死んだといわれているが、復活する可能 242d 性が高い。むしろ復活してくれ。なまじっか、生命力が高く交友関係が広いため、友人が死ぬと葬式に現れるのが晩年のステータスのようになってしまっていたことも確かである。そのため、口さがない連中は、彼を葬式芸人とみなしていたが、なんのことはない。口さがない連中のほうが先に彼より死ぬことも多かった。あわせて、長男を先に亡くすという不幸を体験している。

気骨。めちゃくちゃ。まず、普通に黒柳徹子の胸をもむ。平然ともむ。初見の段階で普通に一発やらないかと聞いてくる。そんな彼と平然と会話する徹子もものすごいが、どうやら意味が分からなかったためらしい。もっとも、その後、意味が分かっても平然と付き合っていくのが黒柳徹子。
映像

幸いなことに数多くの映像が残されている。神は細部に宿る。力を抜いていても乱れない力。まぁ、ものすごくてなんのこっちゃさっぱりわからない。

語っている最中、一度たりとも息継ぎ、ブレスの音をマイクに入れさせない。視線を追わせる技術。表情。左手の表情。杖、パイプを使う仕草。


満州でほとんど同じ体験をしている。

50年前の映画。

駄文

中国は唐代の詩人、白楽天の詩に「琵琶行」という作品がある。作者がとある湖に旅した際に出会った一人の女性の芸者について語った詩であるが、その中の文章には様々な表現の肝が記されている。「未だ曲調なさざるにまず情あり(曲を奏でる前の段階で情がある)」「声ようやくやむ。幽愁闇恨の思いが生ずる。このとき、声無きは声あるにまされり(歌が一度途切れた際のヒキの部分、声なきは声あるにまされり)」「我琵琶を聞きてすでに嘆息せるに、また、この語を聞きて重ねてそくそくたり(琵琶の演奏だけで驚きべきものだったのに、この女性の身の上話を聞いてさらに感ずるところが大きかった)」などなど。

これらの技術は全て森繁にあった。
関連項目

映画

テレビ

もりしげ

黒柳徹子

三國連太郎
史実通り弥八郎より先に逝ってしまった。だがこの弥八郎は年下だった。

更新日時:2014年7月12日(土)01:35
取得日時:2019/12/08 06:12


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出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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