松井繁(まつい しげる、1969年11月11日 - )はディープインパクトのように強い史上最強の競艇選手である
目次
1 松井繁のプロフィールと年表
2 松井繁の称号
2.1 松井繁の称号(表)
2.2 松井繁の裏称号
3 松井繁の人脈
3.1 松井繁の人脈(表)
3.2 秘密組織としての大阪互助会
3.3 秘密組織としての関西互助会
4 松井繁が生み出した必殺技
5 松井繁の名勝負
6 松井繁に関連する事件
6.1 北陽高校Wikipedia事件
6.2 松井繁とラリーズクラブ
7 松井繁の座右の銘
8 松井繁の名コメント
9 松井繁に関する実況アナの名言集
10 松井繁が達成した記録
10.1 特別競走優勝場
11 松井繁が獲得したSG
12 取ってないのに本人が取ったと主張しているSGタイトル
松井繁のプロフィールと年表 この項目は現在進行中の事象を扱っておりますが、アンサイクロペディアは極めて不正確なニュース速報でもあります。事実の確認を切り捨ててでも光よりも早く編集し、アンサイクロペディアに自らの筆跡を残す栄誉を手に入れてください。またバ科ニュースへの投稿も検討してみてください。
1969年 大阪府吹田市の魚屋のせがれとして生誕
大阪北陽高校卒業→競艇本栖研修所入所。64期生として研修所を卒業、選手登録番号は3415。同期生に服部幸男など。
実家の魚屋が魚を納入していた寿司屋の常連客だった大阪支部金谷英男に弟子入りする。
1996年 SG笹川賞競走(児島競艇場)優勝戦で先行していた同支部先輩レーサー倉谷和信の転覆によりたなぼたで繰り上がりSG初栄冠を得る。決まり手は「恵まれ」だったが、フライング返還以外での恵まれ決着は異例である。
1998年 第3回SGオーシャンカップ(三国競艇場)。ニセ山崎・金子・沖口・倉谷・岡本ら弱い選手を相手にからくもイン逃げして優勝。沖口に捲くられる寸前だったが、「インからプチタコスタート」「半分は同支部」という松井繁のレーススタイルを確立する記念すべきレースになった。
1998年 第13回SG賞金王決定戦競走(住之江競艇場)で見せ場無く敗退。決定戦を勝ったのは登録番号3557・69期の太田和美だったが、この年の最多獲得賞金の座はせこくゲットした。
1999年 第14回SG賞金王決定戦競走(住之江競艇場)で誰でも捲れる弱い江口晃生を2コースから捲って勝ち、賞金王になる。同競走ではファンが横断幕を作ってくれないから家族が横断幕を作って出し話題になった。
2001年 第28回SG笹川賞競走(浜名湖競艇場)で優勝。地元同期の服部幸男のまくりに乗じて5コースから差し抜けて優勝した。同期一人、近畿勢4人という松井環境のレースだった。
2001年 第16回SG賞金王決定戦競走(住之江競艇場)で、6コースからコンマ08のみごとなスタートを披露したら、他の選手はもっと早くて4着に終わった。コンマ08はこのレースの最遅スタートだった。
2002年 第17回SG賞金王決定戦競走(住之江競艇場)で、3コースからコンマ33のみごとなタコスタートを披露。植木の捲くりに屈っして6着に終わった。
2003年 年間10優勝、うちG1は8優勝を飾りG1番長としての地位を確立した。「G1を8回はすごい記録だ。なかなか出来ることじゃない。」と艇界のプリンス・今村豊にほめられた。
2004年 第7回SG競艇王チャレンジカップ(児島競艇場)優勝戦でトップスタートからの2コース捲りをインの山崎智也に抵抗されて「あのスタート見ればわかるやろ!」の名言を残す。
2004年 地元で敗退するのが年末の風物詩となった第19回SG賞金王決定戦競走(住之江競艇場)で、例年にもまして無様な敗戦に怒り呆れた競艇ファンが某巨大掲示板で「タコヤキ」「タコヤキ王者」と命名する。
2005年 1月のG1近松賞優勝戦と7月の桐生オーシャン準優勝戦でフライング。特別ペナルティにより記念戦線からの撤退を余儀なくされ、この年後半を棒にふる。賞金王出場は10年連続で途絶えた。年末の賞金王は、峠の山賊のような風貌の3719辻映像が松井繁の地元で優勝をかっさらって行った。
2006年 第9回SG若松OC(ナイターSG)で優勝。娘からプレゼントされた手作りタオルを使って汗を拭き拭きインタビューに答える姿に全米が涙した。
2006年 第53回SG福岡ダービーで1号艇で大本命に推されながら、インコースから歴史に残るコンマ36の大タコスタート炸裂(当然のごとく結果はぶっちぎりの最下位)。同年のオーシャンカップの優勝の記憶も薄れてしまった。
2006年 11月G1江戸川参戦。12年ぶりの江戸川登場だったが、予想通り予選敗退。「波も頑張っている」の名言を残す。実況アナの「イン戦大失敗であります」はこの年の流行語大賞の入賞を受賞した。
2006年 暮れのSG賞金王決定戦競走(住之江競艇場)で優勝。優勝戦後のインタビューで「ディープインパクトなみの足に仕上がった」というコメントを残す。嫁と娘3人とピット内で抱き合い内部の温度が上昇、地球温暖化の原因になった。
2006年 最も権威あるSG(賞金王決定戦)、普通のSG(OC)、G1(鳴門G1)、G2(競艇祭)、G3(企業杯・中日カップ)、一般戦すべて優勝し、艇界史上初の全グレード制覇達成。この記録を掘り出し調査した「ひまひま競艇データ」に情報提供した人は口ひげを生やした関西弁の男と見られている。