昇殿
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昇殿(しょうでん)とは、朝廷において、官人が内裏清涼殿の殿上の間に入ることである。昇殿が許された者を殿上人という。天皇に近侍することから、官人にとっては一種のステータスであったが、ショタコンが多かった天皇家によって都合のいいように利用され、清涼殿は禁断の花園ともいうべき様相を呈した。それなのに、現代の腐女子がこの格好の題材に目を向けようとしないのは本当に嘆かわしいことである。
天皇による昇殿の悪用

代々、天皇は幼い頃から宮中で隔離されて育てられてきた。しかも皇位についてからは醜い大人の政争ばかり見てきたため、その反動で変態性欲に目覚め、幼い男子によからぬ妄想を抱くようになってしまった。それで終わればよかったのだが、天皇はやがて現実の行動に走るようになり、幼くて可愛い男の子をなんとかして魔手にかけようと考え始めたのである。そこで、天皇は昇殿制度を最大限に利用し、隔離された清涼殿の奥で純粋な子供たちに性愛の限りを尽くして、彼らに変態性欲を植え付けたといわれる。歴代の天皇は以下のような方法を駆使して子供たちを清涼殿に引きずり込んでいったことが明らかになっている。
蔭位の制
まず天皇が目をつけたのがこれであった。これによって若い貴族たちに官位を与えて清涼殿に取り込んでいった。初任官の年齢がどんどん低年齢化していったのも、天皇の趣味が影響している。しかしそれでも限界があったので、天皇はさらなる方策を考え始めた。
殿上童
まだ官位が与えられないほど幼い、世間を知らない純白無垢な子供たちを清涼殿に放り込むために考え出された方策。見習いという名目で貴族の子供を半強制的に昇殿させた。この制度の登場は天皇の性愛対象が急激に先鋭化していったことを示している。子供たちは幼い頃からあんなことやこんなことをされたため、やはり天皇同様変態に育ってしまった。彼らは成人してからも変態が直らず、結果的に、貴族の間ではお互いの心の傷をなめ合うように男色が流行していった。そして、藤原頼長のような大変態(被害者)を生み出してしまった。しかしながら、この方法が使えるのは摂関家のような大貴族の子供に限られており、身内で婚姻を繰り返してきた彼らの顔はどれもこれも似たり寄ったりで、次第に天皇は飽き飽きしてきた。そのためもっと広い身分の子供たちと戯れるべく、次の方策を考える至った。
六位蔵人
蔵人所の職員である非蔵人や六位蔵人として昇殿を許し、地下身分の子供たちの取り込みを図ったものである。地下家伝を見れば分かるが、十代で任官している者が非常に多い。ここにも天皇の趣味が影響していることは明らかである。六位蔵人には他にも利点があった。六位蔵人は一定の期間が過ぎると、五位に昇進させると称して殿上から追い出すこと(巡爵)が可能だったのである。つまりいくらでも使い捨てにすることができた。もっとも、追い出される頃にはずいぶん年を食っていて天皇には見向きもされなくなっていたのだが、それでも空気の読めない、または天皇から愛されていると勘違いした一部の人間は昇進せずに蔵人に残ることがあり、これを鷁退(げきたい)と呼ぶ。これらの人は、天皇からすればはっきりいって迷惑以外の何者でもなかった。六位蔵人源経任は五位昇進によって殿上を退くにあたって、次のような的外れな上に気持ち悪い片思いの歌を詠んで、後世に恥を晒した。

限りあれば天の羽衣ぬぎかへてをりぞわづらふ雲のかけはし (『後拾遺和歌集』・歌番号978 )
(できることなら、この服を天の羽衣に脱ぎ変えてかぐや姫のような美少女、それもおりものを患うくらいの年頃の女の子になりたい。そうであれば、あなたとの永遠の架け橋になれますでしょうに、その願いも今となっては雲のようにはかなく散ってしまいそうです。)経任は自分の立場を理解していないばかりか、「自分が女だったらもっと愛されるだろう」と、天皇の趣味を完全に誤解していたことが伺える。この歌は彼を晒し上げるために和歌集に載ったといわれている。だが彼もまた、天皇の被害者の一人だということを忘れてはならない。
関連項目

堂上家


地下家

官位

律令制

位階

ステイタス


更新日時:2017年4月26日(水)20:28
取得日時:2020/03/30 04:51


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