平維盛
[Uncyclopedia|▼Menu]
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「平維盛」の項目を執筆しています。

平 維盛 (たいら の これもり、保元2年 (1157年) - 寿永3年3月28日 (1184年5月10日)?) は、平安時代末期の武将。平重盛の庶長子。桜梅少将と呼ばれるほどの眉目秀麗であり光源氏の再来と呼ばれた美男子、と伝わっているが、おにゃのこだったのではないかと女性説を唱える史家も多い(大半が腐女子だが)。維盛の性別を巡る論争は長きに渡って繰り広げられてきたが、有職故実に精通した碩学本居宣長が、間を取ってニューハーフという事にしようと判断を下したため今ではニューハーフ、あるいはふたなり説が濃厚となっている。男にせよ女にせよカマにせよ、平家一と言われるほどの美貌に違いはなく、男女問わず劣情を促せ、積極的なアプローチを受けていた。むしろこんな可愛い子が女の子のわけがない、ハァハァ。
生涯

維盛の母親は不詳であり、売春婦、或いは重盛が保元の乱の最中性欲を持て余して襲ってしまった名も無き一般市民の女性ではないか言われる。そのような身の上ゆえか、維盛は肩身の狭い思いをしていたようである。だが父重盛にとっては愛おしい愛息であることに違いなく、何よりその美しい容貌は重盛の劣情を大いに促せ、維盛は齢3歳にして性欲を抑制しきれなくなった父重盛から肉棒を押し込まれ、初めてのオルガスムスを体験する。父重盛が松殿基房との間に引き起こした殿下乗合事件は通説では資盛が基房の部下に非礼を働いて暴行を受けたことが原因とされているが、実際には維盛が基房の部下にトイレ(ハッテン場)に連れ込まれて輪姦されていたことが重盛の逆鱗に触れたのではないかと推察される。

しかし、掘られてばかりの維盛はやがて受けばかりではなく攻めに転じたいという反骨精神を抱き、平家の役に立ちたい願望も相まって進んで戦地に赴くようになり、数々の武功を重ねてついには平家の嫡男として立てられる。もっとも、その武功と言うのはもっぱら戦場で性欲の溜まった武者達の欲望を一身に引き受けることであった。すなわち維盛は従軍慰安婦的な役割を果たしていたのである。

維盛の尻を狙う輩は男ばかりではなかった。平家や朝廷の女性達からも維盛は執拗に行為を迫られており、資盛らの母親である重盛の正妻もその一人であった。彼女が維盛が嫡男となる事を許容したのも、この正妻が維盛を好いていたからだと言われる。

しかし掘られてばかりの毎日に維盛の精神は休まらず、安息を求めた彼は家を飛び出してしまう。そして船出して四国に向かったが、その際に嵐に逢って船は難破。そのショックで記憶喪失になってしまう。だがそれが幸いしたのか、突如仮面ライダーとしての能力に目覚め、大活躍する。1年ほどの活躍の末ようやく記憶が戻り、平家一門へと帰参する。

平家一門へと帰参した維盛に与えられた任務は、JA共済の営業活動であった。当初はいわゆる下半身営業で成功を収めていたものの、農水省による厳しい監査が入ってこの裏技を封じられてしまったため、営業成績はどん底に落ち込む事になる。結果として再び鬱病が再発し、仮面ライダーとしての能力も失ってしまう(この点は「鍛えてますから」が口癖で、音撃戦士としての鍛錬を欠かさなかった平重衡との比較から、維盛が激しく非難される所以である)。平家の嫡男としての地位も平宗盛に奪われてしまう。

重盛の死後平宗盛が平家棟梁となると、宗盛は権力に物を言わせ、維盛に富士川の戦いで負けた罰と称してお仕置きと言う名の騎乗プレイを行い、また後白河法皇などからも散々な辱めを受け、心身ともに汚された維盛は元来の鬱病に加えて激しく情緒不安定となり、精神に異常をきたして失踪、やがては高野山山中で入水自殺してしまう。その悲劇は後に琵琶法師の口を通して喧伝されたと言うが、維盛は実は生存しており、この琵琶法師こそが維盛ではないかと推測されている。しかし絶世の美青年である維盛がやつれた干し柿のような琵琶法師になるなど有り得ないと否定の声が強かったため、維盛生存伝説はそれ程膾炙しなかった。

笛の名手としても有名で、戦場では麗しい音色を奏でて士気を鼓舞していたが、富士川の戦いではこの笛の音に群がってきた大量の水鳥に維盛が拉致されてしまい平家軍は大混乱に陥り、敗走のきっかけを作ってしまった。また同人誌などでは笛の達人と言う人物像が悪用されもっぱらフェラチオばかりやらされている。
メンヘラ

維盛はメンヘラとして有名である。維盛はイケメンだったが、弟の資盛もイケメンであったことに加え、維盛は母親が平家と敵対して殺された藤原成親の妹だったので、立場がものっすごく悪くなっていた。政治的な地盤の不安定に加え、血統も良く格好もイケメンの資盛に人々の人気は集中し、維盛は馬鹿にされていた。おまけに知能の面でも資盛に維盛は負けていた。

同じイケメンでも、環境に恵まれより知性のある資盛の方が維盛よりイケメンに見えるのは自明である。親父の重盛が亡くなると維盛の理解者はますます減り、維盛は精神を病んでメンヘラ化してしまった。

更新日時:2015年6月12日(金)10:52
取得日時:2018/05/24 05:12


記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション
Wikipediaで表示
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしUncyclopedia

Size:5662 Bytes
出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:FIRTREE