島津義弘
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島津 義弘(しまづ よしひろ、シーマンヅー・ジ・オーガ)は戦国時代のサムライ格闘家である。通称、「鬼島津」「島津製作所」。その戦闘力はひよこ陛下直属の近衛軍でも手も足も出ない程で、超サイヤ人に匹敵するとも言われ、ジャンプのスーパーインフレにも余裕でついていける恐るべき男、いやである。何せ秀吉が行った検閲により削除において検閲により削除の戦いで20万もの検閲により削除を一人で粉砕し、かつ検閲により削除検閲により削除して検閲により削除したほどである。


鬼島津が通った後にはペンペン草一つ生えてこない。


しかしそんな彼でも目の前でたまねぎを微塵切りにされると泣いてしまう。鬼の目にも涙とはこのことである。
人物

島津家の家訓として、勝つ為には鋏み討ち、騙し討ち、脇の下コチョコチョ、カンチョーなどなんでもありである。しかし彼らは個人個人の戦闘力もスカウターが0,5秒でブッ壊れるほど高かった。もはや53万なんてレベルじゃない。その中でも義弘の戦闘力は…鬼としかいいようがない。関ヶ原の合戦では「後ろではなく前に退却する」という前代未聞の事をやってのけ、しかも見事に退却を成功させた。尚後ろに退却した連中は宇喜多秀家を除いて全員捕縛された。そんな輝かしい武功を持つ義弘だが、検閲により削除によりハングル圏ではその名前はタブーとされている。おそらく秀吉がどこかで行った検閲により削除において大検閲により削除して検閲により削除までしてしまったせいであろう。おかげで大河ドラマの主人公になれない、というかむしろそれ以前に存在自体がNHK的には検閲により削除級の絶対的タブー。さらに言うと鬼が大河ドラマの主人公などになってはあまりに怖すぎてプロ市民やお子さんたちが泣いてしまうだろう。

様々な武器の使い手で、確認されている限りでは斬鉄剣や斬魔剣に加えて打ち出の小槌を使っていたと伝わる。その剛勇ははるか異世界の神々にも嘱目され後にエインフェリアとして天界に召喚されたと言われている。

武将としては折り紙つきの鬼島津も、息子である島津忠恒(悪い家久)の育成に激しく失敗し「DQN四天王、南の家久」「薩摩のDQN王」「DQNな方の家久」などと言われる大変なネタ武将に成長させてしまった。

その一方で、礼儀正しさも鬼、いやネ申の域である。例の「後ろではなく前に退却する」を実行する直前には、戦争中であるにもかかわらず、敵の総大将である徳川家康に使いを送り、「武運つたなく負けたので、これから退却します。一応、そのことを伝えておきます」と知らせている。礼儀正しい人というものを見たことのなかった徳川家康は(当たり前さ。人じゃなくて鬼なんだから。見たことなくて当然だよ)、びっくらこいてぎっくり腰になったんだってさ。
関連項目ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「島津義弘」の項目を執筆しています。

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李舜臣


更新日時:2018年2月19日(月)10:29
取得日時:2019/09/17 23:26


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出典: 八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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