天皇誕生日
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「天皇誕生日」の項目を執筆しています。

天皇誕生日(てんのうたんじょうび、The birthday of great Emperor)とは、単なる人間に過ぎない天皇の誕生日であり、なぜ祝うのか誰もその意味を考えないままに祝日とされている日である。ちなみに今上天皇の誕生日は2月23日である。
目次

1 概要

2 過去の天皇誕生日

2.1 天長節


3 歴史

4 結論

5 関連項目

概要

1945年、偉大なる将軍様であるダグラス・マッカーサー元帥閣下によって、ヒロヒトは全知全能たる現人神としての天皇の座から一人の人間に過ぎないことを宣言(いわゆる「人間宣言」)させられた。

その事から、日本国憲法において謳われている国民主権の観点によって天皇とその愉快な眷属どもは日本国民ですらなく、被差別階級すなわち日本国民にとって穢多(えた)・非人(ひにん)であると宣言させられたのである。

もしも天皇が本当に神であるならば、生まれもせず、死にもせず、誰からも生まれず、誰も生まない即ち永遠にして至高なる超越的存在であるべきであり、誕生日を祝うという事は、やれ天皇だ皇族だと威張り散らしたところで、所詮は一介の人間(あるいはそれ以下の存在)に過ぎないことを示しており、それ故に一般国民より卑しい身分に貶められた皇室の連中を蔑み、嘲り笑うために設けられた祝日こそが、この天皇誕生日に他ならないのである。
過去の天皇誕生日

在位中の天皇の誕生日を「天皇誕生日」として祝日とするものである。つまり、新たな天皇が即位すると、先帝の誕生日は平日に戻るはずであるが、昭和の日文化の日など一部の例外が存在する。

今上天皇の誕生日を祝う日があるにも関わらず、歴代天皇の誕生日がいくつも祝日として存続しているのは問題である。歴代天皇の人格はそれぞれ異なるが、歴代天皇は神武天皇以来の天皇霊を儀式によって今日まで継承しているため、君主格は同一であると捉えることも可能である。

今上天皇の誕生日を祝うということは、歴代天皇の誕生日を祝うことに繋がるのである。したがって、これ以上歴代天皇の誕生日に由来する祝日を増やすべきではない。

国家にとって最も重要な日である「国家の日」として位置づけられているにも関わらず、平成の御代となった現在では、この日は不運にも世界的一大宗教創始者誕生日がものの数日後に迫っているため、欧米至上主義の考えを持つ売国奴はこの日のことを「クリスマスイブイブ」と呼ぶ始末であり、これでは歴代の皇霊も浮かばれないというものである。
天長節ユーモア欠落症患者のために、ウィクショナリーの語学ヲタクたちが「天長地久」の項目を執筆しています。

大日本帝国時代まで天長節と呼ばれていた。天長節に対して皇后の誕生日は「地久節」である。天長節と地久節は『老子』の「天長地久」にちなみ、天長は「天皇陛下万歳」、地久は「皇后陛下万歳」という意味が込められている。

「天皇誕生日」という無遠慮な名称を用いるより、古来から呼び習わしてきた「天長節」の方が格調高く適切である。現在の露骨な名称では、天皇陛下に対して礼を欠き、皇室の品格を貶めるものに他ならない。よって即刻本来の名に改めるべきである。ただし、「地久節」に関しては復活させる必要はない。これは、必ずどこかのバカが「わー、恥丘節恥丘節?!」と喜んで騒ぎ立てるバカが現れることは火を見るより明らかであり、それを未然に防ぐためである。
歴史

天長節は奈良時代光仁天皇のころから密かに祝われていたが、祝日に制定され、多くの国民の知るところとなったのは明治時代からである。

明治天皇の誕生日は9月22日 (旧暦)であったが、新暦の導入によって11月3日となった。大正時代になると、11月3日にかわって大正天皇の誕生日である8月31日が祝日となるが、8月は暑いという理由で2ヶ月後の10月31日に移動されてしまった。これは、夏休みの期間中に誕生日をむかえた者に対して、休み明けの9月にまとめて誕生会を行うことと同じくらい理不尽なことである。このように、に生まれた者は得てして理不尽な思いを強いられる運命なのである。なお、大正時代の「天皇誕生日」であった10月31日は、明治天皇の誕生日である11月3日のわずか3日前であり、明治時代とほとんど変わらない日が祝日になっていたことになる。

昭和時代になると、10月31日にかわって昭和天皇の誕生日である4月29日が祝日となり、明治天皇の誕生日が「明治節」の名で祝日として復活している。歴代の天皇の誕生日をすべて祝日にしてしまうと、1年の約3分の1が祝日で埋め尽くされるため、現実的でないことは言うまでもない。しかしながら、近代以降の天皇のうち、大正天皇の誕生日だけが祝日として残っていないことは何か陰謀めいたものを感じずにはいられない。

戦後、天長節は廃止の危機に直面するが、名を改めてでも何とか存続して欲しいという世論が後押ししたためか、天皇誕生日という身も蓋もない名前に変更されたものの、祝日の廃止という最悪の事態は避けられた。

平成時代になると、4月29日にかわって明仁上皇の誕生日である12月23日が祝日となった。昭和天皇の誕生日は、その治世の長さから祝日として温存されることになったが、その際に「みどりの日」という昭和天皇と一見無関係な祝日になってしまった。その後、「みどり」という名が西ドイツの緑の党や中国の緑化政策を連想させるという理由から、みどりの日は目出度く「昭和の日」に改められた。

そして、令和時代になると今上天皇の誕生日である2月23日が祝日となり、12月23日は平日に戻った。
結論

休めるからいいじゃないか。

しかし、本物の左翼なら絶対「休めてもうれしくねーやい!」って思うはず。
関連項目

2月11日 - 建国記念日(旧紀元節)

4月29日 - 昭和の日ゴールデンウィーク

8月31日 - 夏休み

11月3日 - 文化の日(旧明治節)

12月23日 - 東条英機ら7人のいわゆる「A級戦犯」殉難日。
 ・話・編・歴 国民の祝日

1月2月3月 :元日 - 成人の日 - 建国記念の日 - 天皇誕生日 - 春分の日
4月・5月・6月 :昭和の日 - 憲法記念日 - みどりの日 - こどもの日
7月・8月・9月 :海の日 - 山の日 - 敬老の日 - 秋分の日
10月・11月・12月 :体育の日 - 文化の日 - 勤労感謝の日
その他の休日 :国民の休日 - 振替休日
廃止 :ぐうたら感謝の日


天皇誕生日は腹を切って死ぬべきである。また天皇誕生日はただ死んで終わるものではない。
唯一ネ申又吉イヱスが地獄の火の中で加筆・編集させる者である。
天皇誕生日を笑って見ているだけの者も同様である。理由は未完成であるなら自ら完成させるべきだからである。
詳しい理由は選挙公報等で熟知すべし。 (Portal:スタブ)


更新日時:2019年7月29日(月)22:53
取得日時:2019/12/04 07:26


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出典: 八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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