変身_(カフカ)
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『変身』(へんしん)は、フランツ・カフカ(1883年7月4日?1924年6月3日)により1915年に発表された小説である。
目次

1 作者について

2 作品の概要

2.1 不条理・実存について


3 登場人物

4 ストーリー

4.1 物語の側面


5 作品発表後の反応

6 書き出し

7 後世に与えた影響

7.1 その1

7.2 その2

7.3 その3

7.4 その4


8 作者による作品の感想

9 関連項目

作者について

作者であるフランツ・カフカは現在、チェコ人の代表的作家として認識されている。しかし、執筆当時、チェコはオーストリア・ハンガリー帝国の一地方であったので、当時の表現によるならばオーストリア人になる(その後、1918年にオーストリア・ハンガリー帝国は解体され、カフカも新しい国家であるチェコスロバキア人になる)。そのくせ、この作品はドイツ語 1fd1 で書かれているため、ドイツ文学の代表的な作品に分類されている。さらに、付け加えるならカフカはユダヤ人の世界的な作家でもある。最終的にチェコ人作家カフカが確定したのは、1993年、死んでから70年近く経ってのこととなる。いかにぐちゃぐちゃな社会情勢であったかは推して知るべし。

さらに、カフカ自身、生まれてからずっと父親との確執が続き、公務員として独り立ちした後も母親からの影響が長く続いたことなど、この作品を執筆した当時、本人としては社会的にも家庭的にも変身したくてたまらない状況であった。
作品の概要

ごくありふれた非日常と障害者の動きを事細かに描写した報告調文章が特徴。物語の最初の文章で「虫」に変身するため、読者に訴えかける効率の点において、多くの作品の追随を許さない。といっても、物語自体さほど驚くような内容ではなく、朝起きたら障害者になっていて、家族から「虫」呼ばわりされた挙句、自分をいなかったことにされて、最後は晴れ晴れとピクニックに行く、ただそれだけの話である。地球滅亡まで後何日だの、あの娘のハートをゲットだの、北極の氷が溶けるだのいう話はまるで存在せず、単に身体障害者になっただけの話なので、後の文学者も何のためらいもなく不条理文学、実存主義文学、障害者差別文学の代表的作品に分類している。

また、作品自体、100ページ足らずの小品であるため、夏休みの読書感想文に最適なのも現代に生き残っている大きな要因といえる。ただし、当たり前のことだが現代の少年少女にとっての変身はヒーローだったり魔法だったりの妄想ワールド&商業ワールドが主体であるため、そのあまりにも自分の価値観からかけ離れている変身にショックを受ける人間も多い。ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「変身 (カフカ)」の項目を執筆しています。
不条理・実存について

文学における不条理とは、常識に反した高度な笑いを意味し、実存とは、そこにあるという意味する。つまりこの作品は、意味が分からないけどそこにあるものを描いた作品であり、後の超芸術トマソンなどに通じる、「意味が分からないからこそ何かしら笑える芸風」を切り開いた記念碑的作品といえる。ただし、この文章に恐怖を感じる人間も多く、人によってはこの作品をホラー小説に分類することもある。それは、この作品では欧米の作品においてちょくちょく顔を出すとかいう存在をまったく無視しているため、信仰に厚い人間にとって、何も説明のないこのような状況は、神罰や悪魔の所行などの恐怖を催すものであるためである。もっとも、こんな設定に一匙、神のお導きだの、悪魔の仕業だの宗教色を入れたとたん、あっという間に妄想色の濃いアレな作品となってしまう。

なお、作品発表から90年後、不条理も実存も超えて様々な変身が跳梁跋扈するカオスを生み出したことについての責任はカフカにはない。その責任は手塚のほうの虫にある。
登場人物

主人公。本名、グレゴール・ザムザ。がんばれば空を飛べることに気づかないのは、作者の境遇のせいである。
グレーテ・ザムザ
グレゴールの妹。バイオリニストを目指している。最初にザムザの介護をかってでるも、途中で挫折する。しかし、そのことをきっかけに、それまで家の中では役立たずだった自分に大きな自信を持つようになる。もっとも、単純に、兄の世話をする妹ならともかく、人間大の
Gの世話をする妹という描写に、安易な萌えという感覚は存在しがたい。
父親
アル中で無職のダメ中年でも、人生は変えられることを力強く示した。りんごを武器に錯乱した息子と対決する。
母親
息子への愛とGへの嫌悪を天秤にかけられた悲劇の女性。ただし、一瞬で嫌悪が勝ってしまったことは、彼女の負 2613 い目となる。
ザムザの上司
ある日の朝、仕事に来なかった部下を家まで迎えに来た親切な上司。そして、最初に逃げ出した人物。そして、二度と帰ってくることはなかった。
メイド
複数人登場。最後のメイドの豪傑っぷりは、世のメイド属性の考えを破壊するに十分すぎるほどである。ていうか、こっちのメイドのほうが現実に近いんだな、これが。「馬糞虫さん、こっちに来ておくれ」とは、この作品随一の名言である。
三人組の紳士
実質、働き手がいなくなったザムザ家が、収入確保のために間借りさせることになった三人組。その後、貴重な現金収入に安堵する家族を悲劇に叩き落す。ただし、悪いのは彼らじゃない。部屋の鍵を忘れたアイツだ。
ストーリー

旅行セールスマンのグレゴール・ザムザは、ある朝目を覚ますと、自分がGKBRになっていることに気づく。

この作品では、主人公のザムザが醜く役立たずな虫になってしまうことによって引き起こされる、本人とその家族の苦悩、そしてそのどん底から少しずつ手を取り合って家族だけ抜け出していく様子が淡々と書かれている。当初、家族は蜚?になったザムザを嫌悪するが、変身前の彼への愛とGへの忌避の二律背反する感情に深く苦しむ。ザムザ本人も家族への愛情と自分の運命に苦しむが、そのうちどーでもよくなっていく。なぜなら、動き回る一匹の御器齧は自分自身の不快な動きを見ることはないのだから。徐々に自分の世界にこもり、自己中心的な考えに固執するようになっていくザムザ。そして、彼が精一杯の自己主張をした日を境にして、家族は自分達だけで生活を再構築することを選ぶ。

以前のザムザは家族思いの優しい性格で、アル中で無職の父親の分まで働き、いずれは音楽をたしなむ妹を学校に入れてあげたいと思うなど、善良で真面目な一サラリーマンであった。しかしひとたび変身するやいなや、その家族との関係は根本から覆ってしまう。父親は、人間、ああなってはいけないと銀行に再就職、息子はもう居なくなったことにして無理やりに家を人に貸し、妹も母親もバイトに精を出すようになる。そして、献身的に家族に尽くしたザムザはいつの間にか全く不要な存在になってしまう。

まるで、まじめな息子が新興宗教にはまっていたことがばれたかのように。

もしくは、教えに疑問を抱いた創価学会会員の息子のように。

その後、家族によってGと化したザムザの世話をするためのメイドが雇われた後、この物語は自然な結末へ向かって突き進んでいくことになる。なお、実際にカフカも当時急速に広がっていたシオニズムと書いてユダヤ原理主義と読むカルト思想に触れており、彼の死語、彼の作品を世界に広めた友人の一人は、その道の権威にまで上り詰めている。
物語の側面

この作品における主人公ザムザは、作者であるカフカ自身を反映させたものとされる。もし、バッタ男のほうだったら、この作品は厨二病扱いされただけで終わったものと思われる。

あえて彼奴を選んだ精神状況に、後の文学者たちは興味津々、いっぱい研究書を執筆しまくったもんさ。
作品発表後の反応

このような形で第一次大戦前の不穏な空気を描いたことにより、カフカは一部の新進気鋭の作家たちに絶賛を受けることになる。しかし、その発表当時は特に作品が売れるということもなく、新しい変な作家が世の中に現れたぐらいの扱いしか受けていない。それが第二次大戦後に爆発的に読まれるようになった原因は、はっきり言って戦争に負けちまった連中の心情にマッチしていたからだ。特に、ドイツ語を使用する連中にとって、いろんな意味で身につまされる思いのつまった作品である。幸いなことに、カフカは作中に一言も人種を示す要素を含めていないため、ドイツ人はドイツ人なり、ユダヤ人はユダヤ人なりに変身という要素を自己に投影したものと思われる。残念なことに、カフカ自身は、自分の作品が有名になる前に、肺を患って死去している。死ぬまで、母親の干渉から逃れることはできなかった。
書き出し

グレゴール・ザムザがある朝、なにか不安な夢から目を覚ますと、自分がベッドで巨大な虫に変わっていることに気づいた(中略)鎧のように固い背中、アーチのように膨らんだ褐色の腹、腹の上には幾本かの筋、仰向けになった彼にはたくさんの足がぴくぴく動いているのが見える、足はひどくか細い…。
ここまで詳細に書かれているのにどこかのページみたいに甲虫と言い張られても困る。とはいえ、『たくさんの足』からすると昆虫の範疇からは外れる気もするが
後世に与えた影響
その1

この物語は、それまで神話や伝説でしか目にする事のなかった変身という題材を、いきなり現実の世界で表したことに大いなる意義がある。昔話などにあるような変身は、鳥や犬、牛など、人間にとってごく当たり前な動物がほとんどだったが、この作品のように白い壁にいると褐色のシミに見えるアレが対象となる変身はそれまでの作品の範疇を超えていた。そのため、欧米のSF作品に、元人間であった怪物、ウルトラマンで言? 2307 ?ところのジャミラに当たる存在が無尽蔵に出てくるきっかけになった。

また、変身そのものに対する壁を極端に下げたことも大きい。それまで、一握りの英雄や神様にだけに許された特権が、一般人にも当たり前に起こるという特異な状況は、80年後、コスチュームプレイとして花開くことになる。ただし、変身の質を鑑みると・・・その大量に群れて練り歩く様はGよりももっと恐ろしい何かについてを喚起させる。まるで、地雷原を人海戦術で超えていく人民解放軍、もしくは、次々と海へ飛び込んでいくレミングス・・・少なくとも、「赤信号みんなで渡れば怖くない」なんていうレベルじゃあない。集団で「俺は人間をやめるぞジョジョー!!」と宣言されると、人間の思考能力の大部分は停止しちまう。助けてくれ!やつらが、やつらがやってくる!!

なお、一サラリーマンがGに変身した悲劇のように、コスプレにも、イベントが終われば数多くのヒーローヒロインオタク一般人に変身するという不の側面がある。
その2

この物語は、介護地獄に陥った家族の悲哀も忠実に描き出している。一家の大黒柱が一夜にして虫以下の存在になる悲劇は現実でも数多く見受けられる。また、同じように虫化した家族に、一家の大黒柱が巻き込まれるという状況もまざまざと見せつけている。その結果、犠牲的博愛精神を持った人間がいかにもろく打ちのめされていくかを考えると、経験者は涙なしには読めないかもしれない。
その3

一匹の虫以下の存在が部屋から一歩も出ないで家族に迷惑をかけて自分ではどうすることもできずにただただ世話をされる。いなくなった瞬間、家族は悲しみもせず、むしろほっとする存在。現代でも散見される事例である。
その4

2008年8月現在、青年向けのマンガ誌「A-ZERO」において、世界の名作を大胆に改変!などというあおり文句で漫画化され、連載されている。主人公は父親、メイドは今風、虫の表現はモンスターになっている。当初、原作を大胆にも改編し、虫の姿を出さずに連載を始めたが、直後に無理矢理に原作通りにストーリーを併せる形で進んでいる。改変のあまりのひどさに、横やりが入った可能性が高い。また、内容以上に重要な面白さについてだが、世界的文学作品の漫画化についての一例として、マンガの神様と言われる手塚治虫ですら、世界の名作(しかもよりにもよって、罪と罰)を漫画化したとき、ページ数という制約があったにせよ面白さで負けている。いわんや、意味のないことが一番の意味であるこの作品おや。
作者による作品の感想

「ひどい作品だ。書いてるときに出張に行かなかったら、もうちょっといい作品ができた」なお、書いた後、作品発表まで3年かかっていることは気にしてはいけない。
関連項目

コスチュームプレイ

仮面ライダー

介護

NEET


執筆コンテスト
本項は第6回執筆コンテストに出品されました。


更新日時:2016年1月5日(火)17:38
取得日時:2019/08/08 10:50


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出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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