国鉄201系電車
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国鉄201系

201系電車は、国鉄で初めて電機子チョッパ制御を採用した通勤型電車である。ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「国鉄201系電車」の項目を執筆しています。
目次

1 開発の背景

2 軽装車

3 東日本・人口調整目的での運用

4 東日本車の最期

5 西日本・改造

6 出典

7 関連項目

開発の背景

当時、通勤型電車としては101系・103系電車が広く用いられていたが、オイルショックが起こり、クイズに正解しなかった乗客が椅子ごとぐるぐる回転したり、果ては椅子ごと燃やされるなどの問題が発生した。

[1]

このため、省エネルギー性能が高く、既に地下鉄や大手私鉄などで採用例が増加していた、とにかくノイズがやかましい新形式を設計、中央線系統にて運用を開始した。

電機子チョッパ制御は当時最新型であり、新性能化をめんどくさがっていた国鉄にしては珍しく、可能な限り長年使うための設計が施されていた。しかし、力行時および減速時に、「プーーーーーーー」という、夏の夜うとうとしだした頃にどこからともなく飛んで来る蚊みたいな音を立てるため、そして保守的にもめんどくさい機械であったため採用例は多くない。これらのことから東日本旅客鉄道では、本系列は耐用年数を残しているはずだが、置き換えによる廃車が進められている。

この電機子チョッパの音は、一般人には一様でおもしろくもなんともなくただやかましいだけなので、VVVFインバーターのような観賞価値はみじんもないとされる。しかしある鉄道宗教人の中には0番台と100番台の電機子チョッパの音が異なるという。

また一部のファンからは神の車体として拝められている。[2]
軽装車

上記のような装備その他もろもろを採用した結果、本系列はやたらと高くつく通勤電車になった。このためベンチレータの素材や窓の構造を変更し、台車のバネ・側面車番などを代替品使用でみみっちくケチってみたら、いくばくか安くなった。これが軽装車である。乗る分には初期の量産車とさして変わらない。しかし201系を崇める人が軽装車に乗ると発狂する。らしい。
東日本・人口調整目的での運用

この頃、沿線人口は急増し、某区には左翼系住民が大量に集積するなど、沿線の過密化が問題となっていた。

このため、沿線住民の増えすぎた人口を黄泉の国に移民させるようになった。既に四半世紀が過ぎ、一定の効果を得た。頑丈なスカートと車体、人々を旅に誘うオレンジバーミリオン一色塗りの派手な塗装、さらに神経を逆なでする沿線の発車ベル、そして移民らのとにかく走ルンですにだけはヤラレたくないという願望から、次 2bcb 々と人生の敗者を黄泉の国に送り込んだ。人々は、自らの行為に恐怖した…。[3]

なかでも、新宿駅で発生した、女子高生54名による集団自殺は、世間に大きな衝撃を与えた。これについては、のちに映画化[4]されている。

首都圏でかなりの成果をあげたが、度重なる移民との衝撃から車体が金属疲労を起こしており、彼らも黄泉の国へと移民するべく、はるばる長野へそれも自力で回送されている。またその中に僚友が急にいなくなったことによりショックを受け軽装車30両(6編成)が自力回送ができなくなりその後死に神に取り付けられて強制的に北長野へ回送されている。なお黄泉の国の名所は立体交差化が進み、次は賽ノ河原となりつつある。

なお、長野へ行きたくないとダダをこねたサハ201が1両いたが、こいつは反逆罪で処刑対象とされたために編成から外され、関東の某所で廃車予定のEF81の激突を食らって死亡した。あわれなるかな。

機器が同一の203系をVVVFにし、発生品で本系列を活かそうという案がレールファンの間で浮かんでいたが、203系側がイヤじゃボケと認めなかったため立ち消えになっている。[要出典]
東日本車の最期

束日本中古車センターでは、通勤輸送及び鼠園、メッセ、お馬さん輸送の過酷さに真っ青になりながら運用されていたが、塩害などの影響によって205系もろともだめだめな後継者に潰され、ドナドナされた。また、まんなかとおるはちゅうおうせんの子も、武蔵小金井駅の高架化の完成で用なしになり、壮大なる告別式にて鉄オタの餌食とされながら引退した。 これをもって東日本からは当系列が消滅した。…はずだったが、どうやら豊田に老兵が一匹放置されてるようだ。
西日本・改造

ご存知の通りJR西日本はびんぼーで、かつ特急型車両や転換クロスシートの近郊形車両の製造を優先しているため通勤形車両を新たに造る余力を残していない。そのため国鉄から引き継いだ224両(7連×32)すべてを老朽・事故廃車など1両もなく活かしてきた。この224両すべてを吹田工場で新車にみせかける改造を施工し、8連16本を環状線に、6連16本を大和路線に配置することにした。東日本ではもはや使い物にならないほどボロくなったとの理由で処分の対象とされている201系だが、両路線の通勤型電車は「昭和の遺物」と揶揄されている103系ばかり走っていることと、前述の新車偽装工事(体質改善工事ともいう)を受けているため、両路線では201系ですら新車っぽい扱いを受けていた。しかし、電機子チョッパの音は健在で、実はボロイというのがばればれである。環状線の仲間はドアを3枚に統一するため先輩ともども駆逐されることになり、10本は編成を短くして奈良に転出、大和路線やおおさか東線で今後もこき使うようだ。しかし残りの6本は転出することもなく、吹田工場で重機の餌になってしまった。
出典^ 「トレインエミュレータ中央線」 - 向実谷(怨愕館)
^ http://www.youtube.com/watch?v=85JTxR0OleU&feature=related
^ 「頑駄無軌道線の25年」 ? 富野大喜利(巷談社)
^ 「自殺サークル」 ? 2002年、脚本・監督:園子温、配給:オメガ・プロジェクト

関連項目

阪神8000系電車 - 愛称「国鉄201系電車もどき」

グモ

レールガン

桃井はるこ - 最後の勇姿が拝める貴重な資料画像「Chuo Line」の制作主。iTunes Storeで売ってるよ。


この項目「国鉄201系電車」は、執筆者自身は結構気に入っていますが、どう見てもクソの山です、本当にありがとうございました。ダチョウ倶楽部に訴えられないうちにとっとととりかえることをお勧めします。 (Portal:スタブ)


更新日時:2019年7月18日(木)21:26
取得日時:2019/10/19 16:53


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