名鉄名古屋本線
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名鉄名古屋本線(めいてつなごやほんせん)は、岐阜県岐阜市にある加納駅と名古屋共和国豊川市にある伊奈駅を結ぶ路線である。なお、運行形態的に名鉄名古屋本線に準ずる名鉄岐阜駅?加納駅と、伊奈駅?豊橋駅についても述べる。ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「名鉄名古屋本線」の項目を執筆しています。長文が読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「 ⇒名鉄名古屋本線」の項目を執筆しています。
目次

1 路線概要

1.1 本線の成り立ち(パッチワーク線ができるまで)

1.2 総括・東海道本線との勝負


2 歴史

3 運行種別・運行形態

3.1 ミュースカイ

3.2 快速特急

3.3 特急

3.4 快速急行

3.5 急行

3.6 準急

3.7 普通

3.8 終電の時間

3.8.1 名駅から

3.8.2 中部国際空港から



4 各方面との確執

4.1 東海旅客鉄道との確執

4.2 岐阜県(岐阜市)との確執

4.3 近鉄との確執


5 関連項目

路線概要

名鉄名古屋本線は、名古屋鉄道の中核を担う路線である。とはいえ、全区間が倒壊と並走しているために影が薄く、また、その路線の形成過程を皮肉り、パッチワーク線とも呼ばれる。唯一本線らしい点が接続路線の多さである。名鉄内では各務原線竹鼻線尾西線、津島線、犬山線常滑線三河線西尾線豊川線と接続、他会社ではJR東海道新幹線、(高山本線)、東海道本線中央本線関西本線飯田線地下鉄東山線桜通線名城線、名港線、近鉄名古屋線あおなみ線愛知環状鉄道、豊橋鉄道渥美線、東田本線と接続している。

沿線の主要都市としては長良共和国岐阜市名古屋共和国一宮市名古屋市安城市岡崎市が挙げられる。
本線の成り立ち(パッチワーク線ができるまで)

ここでは主に、本線の形成過程、前身の会社及びその他の路線概要について説明する。

名鉄岐阜?加納
世間では
名鉄岐阜駅が始点として認識されているが、倒壊旅客鉄道に占領され、岐阜の商店街同様に乗客はほぼ0人の状態で発車する。なので加納駅が実質の始点である。名鉄岐阜?加納間の単線を複線化しないのかとの声もあるが、客がいない状況では無駄な公共工事と批判されるのは明白なので複線化には至っていない。倒壊はちゃんと複線化の用地を提供しているのに。この単線区間から見える街並みを観光名所にしようと岐阜市の圧力で高架下に関所をもうけている。ただし、肝心の景色はあまりよろしくない。下り(岐阜到着の列車)は大抵関所で待たされることになるので、もし減速(ほとんど一時停車)せずに到着できたらラッキーと言えよう。もっとも、あまりに減速しないと検閲により削除となるので気をつけること。なお、この区間には屋根の陥没した家が多数みられるが、これらはパノラマカーがダンプカーをぶっ飛ばした痕跡である。

加納?笠松
本線始発駅にして、名鉄全体でも三本の指に入る利用者の少なさを誇る加納駅を出て、急カーブを過ぎるとようやく本線としての顔を見せ始める。とはいえ、笠松までは美濃電気軌道が前身なので、制限速度もそれほど高くない。しかしこれは、あくまでも「元軌道線」だからであって、決して岐阜市が検閲により削除だからではない。

笠松?名鉄一宮
名岐間で最も遅く開通したのが、名岐鉄道によって建設されたこの区間である。その理由は、岐阜県側が検閲により削除していたわけではなく、木曽川に橋を架けることでの費用対効果の目途が立つのに時間がかかったためである。橋に莫大な投資をする分、「途中までは省線と並走する」「なるべく直線にする」「そして最短距離で結ぶ」を徹底し、現在の路線になった。その甲斐あって、同区間は本線の中でもかなり線形がよい。名鉄で初めてロングレール化したのもこの区間であり、先人たちの知恵と努力が結ばれた結果と言えよう。

名鉄一宮?国府宮
一宮から国府宮を建設したのは、尾西鉄道(正式名称は尾西鐡道爆走團)という名の暴走族である。もともと蒸気機関車と鉄道馬車を乗りまわすために、一宮駅を拠点に放射状に路線を作っていたが、中村区の名古屋駅を目指して国府宮まで伸ばしたところで旧名古屋鉄道につかまり、解散式が行われた(路線は旧名鉄が引き継ぎ)。このとき走り屋から足を洗ったものは織機族を形成し、今日の毛織王国を築いた。走り屋を諦めきれなかったものはマスコンからオート三輪のハンドルに持ち替え、市営バスを立ち上げた。

国府宮?新清洲
前述の国府宮までの路線と、後述の新清洲までの路線を、旧名古屋鉄道が、やはり「最短ルート」で結んだのがこの区間である。あまりにも開放的で爽快感あふれる区間なので、時々自動車も間違えて走るようだが、この区間は特急も相当スピードを出しているので、ぶつかると検閲により削除状態になり、ぴーという結末をもたらすので絶対にしないこと!

須ケ口?枇杷島分岐点
名岐間で最も古いのがこの区間である。名古屋電気鉄道が、ターミナルから尾張中西部の清洲や新川、津島などを結ぼうと建設していた路線を、旧名古屋鉄道に丸投げ譲渡した。この区間は現在十分ボトルネックと言えるが、当の名古屋電気鉄道の人たちは、まさか自分たちの路線が名古屋と岐阜を結ぶ路線の一部になるとはつゆも思っていなかったはずなので、彼らに罪はない。

枇杷島分岐点?名鉄名古屋
カーブが多い。もともと押切町でストップしていたものを、何を血迷ったのか名古屋駅、それも地下に乗り入れるようにしたのがこの区間である。この区間は現名古屋鉄道によって建設された。そのため、カーブが多い。犬山線をまるで何事もなかったかのように迎え入れる。そしてカーブが多い。地下区間もカーブが多い。結局、カーブが多い。

名鉄名古屋?神宮前
上下1000本の列車をさばく大動脈は、意外にも本線では最も遅い1944年9月に、現名古屋鉄道下で開通した。しかしながら、終戦間際で物資、特に鉄などの金属が不足している中での開通となると、怪しい。怪しすぎる。秘密結社か何かと関係しているのかもしれないが、本当のことを書くtくぁwせdrftgyふじこlp

神宮前?平井信号場
神宮前から平井信号場までは、愛知電気鉄道という全く違う系統の会社が建設した。全線にわたって旧東海道をなぞるように走っている。神宮前からは、笠寺、鳴海、有松、知立といった旧来からの市街地を縫うように走っている。そのため、東海道本線と比べて、西三河まではあまり線形がよいわけではない。知立から西岡崎(岡崎公園前)までは市街地区間とは異なり、ほとんど真っすぐである。東岡崎を出ると、ほとんど山間部ともいえる区間に入る。ヘアピンカーブはもちろん、ダートや洗い堰など、かつての旅人の苦労をそのまま味わうことができる。藤川、赤坂の宿場町を過ぎると、一転して伊奈まで10kmに及ぶ直線が伸びる。しかしながら、どちらも超がつくほどのど田舎でないと実現不可能であり、かつこの区間のみ2010年現在、データイムの普通列車が2本/hであることから、本線に含まれないことが多い。利用状況を見ても、蒲郡に大きく舵を切った国鉄の勝利は明白である。ただし、岡崎、豊橋の両駅は除く。このように、一貫して名古屋と岡崎、そして吉田を結ぶことに専念した愛電だが、致命傷を二つも負ってしまう。一つ目は「知立問題」である。鳴海方面と岡崎方面から知立に向かって路線建設を進めた結果、知立駅付近で南北に500mほどズレてしまった。現在でもこのS字カーブは高速化に向けての制約になっている。二つ目は、企業規模を超えた路線拡大である。基本的に吸収合併で大きくなった名岐鉄道が無借金経営だったのに対し、自社で路線建設を進めた愛電は負債がかさみ、まさに青息吐息であった。

平井信号場?豊橋
不要な方向幕まず、平井信号場とは、三河国の吉田宿を代々仕切る旧家である平井家によって運営されている信号場である。この先は飯田線と名鉄名古屋本線の併用区間なので、危険防止のために信号場の運営がなされているが、信号・転轍はJR優先、名鉄側のみ減速信号が表示されるといった不可解な点もあり、平井家と国鉄・JRとの癒着が指摘されているが、今のところ公式な発表はない。なお、すでにご存じだと思われるが、この区間は旧豊川鉄道が単線で建設したところに、旧愛電がさらに単線を足してできている。つまり上り線のみが名鉄のもので実質単線区間である。名鉄はホーム1本のみ、入線は6本/hまでに制限され普通列車が一切発着しない異様な光景となっているが、急行は超空気輸送で普通列車を走らせてもいわずもがなな状態なので、完全複線化して線路容量を増やす必要性は薄い。ゆえに倒壊に客が取られ始める前の名鉄黄金期も含め完全複線化に具体的な進展は一切ない。
総括・東海道本線との勝負

当時の、正確には東海道新幹線開業までは、国鉄は東京・大阪間をいかに早く結ぶかということばかり考えており、とりあえず豊橋、蒲郡、岡崎、刈谷、一宮、岐阜、大垣といった中堅都市を通ってみたものの、それらの都市と名古屋を結ぶというところに重点を置くことは、事実上不可能に近かった。一方の名鉄は、岐阜?名古屋でも、枇杷島分岐点付近の最高速度が20km/hの時代でも、本数・時間ともに優位であり、名古屋?豊橋に至っては圧勝であった。

しかし、国鉄末期の80年代には名岐間で時間において国鉄が逆転し、90年代には現在の快速4本・普通4本が確立され、名豊間も十分太刀打ちできるようになってしまった。2006年には、それまで3?4両編成だった快速をほぼ終日6両以上にし、急行の減車を進める名鉄との差を鮮明にした。

2005年以降、名鉄が空港線と名駅の2本立てに路線変更すると、JRは豊橋駅から1時間に7本の快速を走らせたり、夕方ラッシュ時に快速を10分間隔にしたりと、あらゆる「反則技」を駆使し、2008年12月、ついに岐阜地区において名鉄を降伏させた。

速度については、名鉄は1997年の岐阜?豊橋71分、JRは2008年の岐阜?豊橋65分をピークに、それぞれ81分、73分とかなりの余分時間がとられた。特に名豊間では名鉄が再逆転し2分速くなるなど、まだまだ泥試合は終わりそうにない。
歴史 2b8a

この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

運行種別・運行形態

2010年現在運行されている種別を示す。運行区間についてはデータイムについて、枇杷島分岐点?神宮前、及びそれより短い区間のみ該当するものは省略する。
ミュースカイ

本線では、名鉄岐阜から神宮前までを走り、その後中部国際空港まで一気に加速して大空に飛び立つ種別である。使用車両は2000系であり、カーブでも高速で走ることができる車体傾斜装置を備え付けた最新鋭の戦力ながら、名古屋・岐阜間を上り27分、下り28分でちんたら走るという体たらくである。最速種別とは名ばかりである。更には本線(犬山線も)では車体傾斜装置を使わない、というか使えないというやる気の無さも見られる。μチケットというポケモンカードを入手しなければ乗車できないが、ダイヤが祭り状態になるとポケモンカードを買わされなくても乗車することができる。利用者が少なすぎて若干ディスられている。

運行区間

岐阜?神宮前(?中部国際空港):上下毎時1本(朝夕のみ。昼間時間帯は名古屋発着)


快速特急 新安城通過

昼間は岐阜・名古屋を28分、名古屋・豊橋を49分、全区間を79分で結ぶ種別である。快速区間は一宮以南のみ。08年改正で致命的に遅くなったが、若干速くなった。快速特急の最速時代は同区間を71分で結んでいた。JRと並走している新木曽川→一宮は見栄を張って無駄に高速運転している。名鉄の看板列車なので1000・1200系が多いが、まれに2200系などのハズレが来ることもある。

11年3月の改正で、ついに笠松・新木曽川に全停車するようになり、豊川稲荷発ではあるが美合・本宿に停車するやつも登場した。更に、特急停車駅ですらない伊奈に停車するものも登場した。したがって、特急との確実な違いは「新安城通過」のみである。つまり、本線西部では何も違いがない。

運行区間

岐阜→豊橋:上りのみ毎時2本

豊橋→名古屋(→新鵜沼):下りのみ毎時2本


特急

昼間は岐阜・名古屋を28分、名古屋・豊橋を53分、全区間を81?84分で結ぶ種別である。快速特急と大差ない速さなのは検閲により削除。過去の最速は75分。快速特急は豊橋行きしかないが、特急は豊川稲荷、伊奈、国府、東岡崎、西尾を発着駅とするものも確認されている。特急型車両なら割と何でも使うが、空港がらみは2200系統が用いられる。なお特急以上の種別は、途中の種別変更は行われない。

11年3月より快速特急は笠松・新木曽川に全停車するが、特急は一部が通過するという変態運用である。また、岐阜行きの1本だけ須ヶ口停車がついに登場した。さらに、全車一般車特急も再登場するなどやりたい放題である。

運行区間

岐阜?神宮前(?中部国際空港):上下毎時2本

(新鵜沼→)名古屋→豊橋:上りのみ毎時2本

豊橋→岐阜:下りのみ毎時2本


快速急行

現在走っている快速急行は、3代目と4代目に該当するものである。
初代(高速)現在の特急に当たる種別(ただし座席指定券は不要)。特別停車大乱発時代に1本が2代目になり残りは絶滅。

2代目(快急)平成5年ごろを中心に生息していた種別。7時30分に岐阜を出発して東岡崎に至る列車(前述の初代の生き残り)と、金山?常滑・知多半田の普通を一宮まで強引に伸ばしたものがあった。特に後者は、快速大増発で大幅流出の続く一宮駅ユーザーを食い止めようと考案されたが、そんな小手先だけの策ではどうにもならず間もなく消滅。前者は2003年のダイヤ改正で特急に生まれ変わり、豊橋まで出張するようになった。

3代目(快速急行)空港線開業に合わせ、「特別停車のない急行」をカテゴライズしたのが、この快速急行である。本線についていえば、終日設定されていたが、2008年12月の栄生駅ターミナル化計画で、朝ラッシュ以降はすべて急行となってしまった。また、豊橋方面からの快速急行は亡くなった無くなった。

4代目(全車一般車)特急空港発着の特急を、快速急行にしたものである。特別車が不要だったり、運用的に使えないときのピンチヒッターだが、全車一般特急との違いは全くわからない。

以上を総括すると、要は不要不急な種別であり、なくなっても誰も気にしない。
急行

名鉄本線だけでなく、全体的に腐るほど走っている種別である。朝は言うまでもないが、昼間も恒常的に種別を変更し、乗客を混乱させる。さらに時間帯によって停車駅を変えたり、勝手に停まったりするので、乗客からすればいい迷惑である。しかしながら、こんなにも複雑怪奇な運行をしているにも関わらず、誤停車や誤通過がほとんど起きないのは特筆すべきである。もっとも急行に神経をすり減らしているためか、普通の誤通過はたまに起きる。急行とはいえ急いでいるそぶりは全く見せない。このことをスジが寝ているというが、もちろん運転士は寝ていない。

使用車両及び両数は、豊橋行きは3000系列のみで6両中心(昼間は4両もあり)、豊川稲荷行きは3000系列か6000系列中心で昼間は4両中心、吉良吉田行きは5000系か6000系列中心で4両編成である。腐るほど走っていたが、空港線開業後は特急との勢力争いに負けたり、空気を運ぶのが面倒になったりして、特に岐阜駅発着の便を中心に減ってきている。? 7ffa ?たそれに伴い、特別停車も絶賛増加中である。

運行区間(急行の区間のみ)

岐阜?豊橋:上下毎時2本

一宮?豊川稲荷:上下毎時2本

(名古屋以北準急?)名古屋?新安城(?吉良吉田):上下毎時2本(平日昼間は名古屋以北普通)


準急

急行と準急の間というよりも、普通の補完、時間調整という側面が強い。よって、速さは普通並みである。遅さが災いし、平日はかなりディスられている。6000系列が多い。

運行区間(準急区間のみ)

(須ケ口以西普通?)須ケ口?名古屋(?名古屋以南急行):上下毎時2本(平日昼間はなし)

(名古屋以北普通?)名古屋?豊明:上下毎時2本(平日昼間はなし)


普通

どこでも走っている。退避時間が長い。どんな車両でも普通になれる。退避時間が長いがドアカットをしっかりやってくれない。一度に3本通過をやり過ごすこともある。そのため退避時間が長い。豊橋駅には行けない。やっぱり退避時間が長い。もともと毎時2本が基本仕様で、1990年ごろまでは岐阜?笠松と東枇杷島?豊明のみが毎時4本であったが、2003年までに一宮?須ケ口、新木曽川?一宮、笠松?新木曽川、豊明?東岡崎と順次拡大した。結局、退避時間が長い。実際退避時間が長いだけで、退避時間を除けば急行(のようなもの。特に岐阜方面は原付と遜色ない速さなので。)と同じくらい頑張って走る。急行や特急より速く走ることもあるが、退避時間が長いので退避している間にいろんなモノにヌかれていく。

運行区間(普通区間のみ)

岐阜?須ケ口:上下毎時4本

(佐屋?)須ケ口?名古屋?(名古屋以南準急):上下毎時2本

(犬山・岩倉?)東枇杷島?東岡崎:上下毎時4本

東岡崎?伊奈:上下毎時2本


終電の時間
名駅から

名古屋以南は、東岡崎までは比較的終電は遅いが、なぜか富士松と一ツ木では一番早い電車に乗らないといけない。東岡崎より僻地豊橋方面は、あろうことか豊橋(と小田渕)が最も早く、名古屋の最終は22時台の22時43分である。これはJRより1時間早く、まさに公開レイプである。その次に早いのは普通駅(となぜか本宿)であるが、次のワンマン運転予定区間なのでまぁ仕方ないだろう。

名古屋以北は一部の普通駅ではほんの少し早いが、大体の駅で最終電車を利用できる。スピードがえっらいおっせーので、23時台のダイヤが充実しているのはいいことだろう。
中部国際空港から

名駅からとほとんど変わらないので割愛。
各方面との確執
東海旅客鉄道との確執

東海旅客鉄道とは、因縁の対決を演じている。
岐阜駅前の単線区間東海道本線の高架が邪魔で単線区間が残ってしまっているが、これは後述のとおり岐阜による嫌がらせであり、東海旅客鉄道はちゃんと複線スペースを確保しているので、これは都市伝説である。

西枇杷島駅乗っ取り西枇杷島駅はかつては利用者も3000人/日ほどの、旧西枇杷島町を代表する駅だったが、これまた東海道本線の高架が邪魔でホーム有効長が実質2両、列車停車時以外立ち入り禁止の貧弱な駅であった。現在は隣の二ツ杁がその役目を負っているため、西枇杷島は信号場になる恐怖と闘いながらの運営である。

名古屋駅乗っ取り中部国際空港開港に伴う空港線開業に際し、名鉄は二つの計画を密かに練っていた。一つ目が「名古屋駅拡大計画」である。これは、枇杷島分岐?金山の複々線化であるが、東海旅客鉄道が発足した瞬間にJRセントラルタワーズの建設をされてしまい、計画は失敗に終わった。

名鉄豊橋駅計画中部国際空港開港に伴う空港線開業に際し、名鉄は二つの計画を密かに練っていた。二つ目が「名鉄豊橋駅建設計画」である。すでに述べたとおり、豊橋駅はJR豊橋駅の3番線を間借りしている状態であり、また毎時6本までという入線制約を強いられている。名鉄側は空港線開業を前に、豊橋駅での発着枠増加と伊奈以南の120km/h運転実施を要請したが、どちらも「安全上の問題があるので」と断られた。そこで浮上したのが名鉄豊橋駅と豊橋鉄道新豊橋駅の統合計画である。しかしながら、東海旅客鉄道は、「新駅建設なら即刻快速の130km/h運転を実施する。わかっとるやろうな?」という姑息で大人気ないやり方を使って阻止。結局のところ豊橋?神宮前?中部国際空港というロングランはそれほど需要の高いものでもなかったので、現在のところ「名鉄豊橋駅計画」はなかったことになっている。一方のJR側も、JR酉日本が
チキンレースに失敗して以降は130km/h化の話はなかったことにしている。ついでに、名鉄はJR管轄の船町、下地には意地でもとめないようだ。

岐阜県(岐阜市)との確執

名古屋共和国が東京を嫌悪しているように、岐阜もまた名古屋のことを猛烈に嫌っている。

ことの始まりは、名岐鉄道と愛知電気鉄道の合併話が浮上したことに始まる。すでに述べたとおりであるが、この合併は愛知電気鉄道の救済が目的の、事実上の吸収合併であったので、新しい社名も「東海鉄道」と岐阜にも一応の配慮を見せた形で落ち着くはずだった。ところが、新会社発足を目前に名岐社長の跡田直一が病死、愛電の藍川清成が社長に就任すると状況は一変、徹底的に名岐色を排除し、社名も名古屋鉄道としてしまった。

合併時は1935年と戦時中ということもあり表立った混乱はなかったが、1944年に東西線の直通が実現し、西部線の昇圧が計画されると、岐阜側は「岡崎、安城などの大したことのない町に行く筋合いはない」と猛反発し、直通列車の運行は終戦後の1948年まで待つこととなった。

また、路面電車も名古屋鉄道体制下になってからは猛烈に毛嫌いし(本稿では割愛)、新岐阜駅が名鉄岐阜駅に改称されると、路面電車を駆逐することと全ての岐阜バス一般便をJR岐阜駅に集約(敵の敵は味方理論)することに成功した。現在でも岐阜バスターミナルやJR岐阜高架事業や裏金作りには投資を惜しまないが、名鉄線の高架事業に対しては「金がない」の一点張りである。
近鉄との確執

近鉄とは、鉄道会社を通じての伊勢神宮と熱田神宮の陣取りゲーム的な意味の確執である。もはや神々の遊びとも言える。新岐阜(伊奈波神社)、新一宮(真清田神社)、国府宮(大国霊神社)、神宮前(熱田神宮)、知立(知立神社)、津(偕楽神社)、伊勢市(伊勢神宮)、鳥羽(賀多神社)などを結ぶ特急が多数設定されたが、伊勢湾台風で近鉄名古屋線が水没、標準軌化されたことで消滅した。
関連項目

名古屋鉄道

名古屋共和国

倒壊旅客鉄道

岐阜市


 ・話・編・歴 東海地方鉄道

JR東海 東海道新幹線 - 中央新幹線 |  CD  飯田線 -  CJ  関西本線 - 紀勢本線 -  CB  御殿場線 -  CG  高山本線 -  CE  武豊線 -  CF  中央本線 -  CA  東海道本線 (新垂井線) - 美濃赤坂線 - 名松線 - 岡多線
JR東日本 JT伊東線 - JT東海道線
私鉄(大手) 近畿日本鉄道( E  名古屋線) - 養老鉄道 - 伊賀鉄道 - 四日市あすなろう鉄道
名古屋鉄道( IY  犬山線 -  KG  各務原線 -  KM  小牧線 -  KC  河和線知多新線 -

 ST  瀬戸線 -  TH  竹鼻線・羽島線 -  CH  築港線 -  TK  豊川線 -  TA  常滑線・空港線 -  TT  豊田線 -  NH  名古屋本線 -  GN  西尾線蒲郡線 -  HM  広見線 -  TB  ・ BS  尾西線 -  MY  ・ MU  三河線
私鉄(公営) 名古屋市営地下鉄(K●上飯田線 - S●桜通線 - T●鶴舞線 - H●東山線 - M●名城線
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私鉄(中小) IZ伊豆急行線 - IS●修善寺線 - 大井川鐵道 -  S  静岡鉄道 - 東海交通事業城北線 - 藤枝焼津間軌道会社
北海道 | 東北 | 関東 | 甲信越 | 北陸 | 東海 | 近畿 | 中国・四国 | 九州

更新日時:2019年7月24日(水)18:59
取得日時:2019/11/23 01:11


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