中京都(ちゅうきょうと)とは、名古屋共和国の首都である。旧名は名古屋市(なごやし)。ベトナムのサイゴン市改めたホーチミン市と同様に、今なお旧名で呼ぶ人が多い都市でもある。 「中京」という名は、自分が日本列島の中央だと思っている事から自称した物である。しかし、元々首都であり昔から繋がりの深い京都市の中京区
目次
1 名称
2 言語
3 市歌
4 歴史
5 気候
6 地域
6.1 行政区
6.2 地域特性
6.3 名古屋城
6.4 地下迷宮
6.5 名駅
6.6 栄
6.7 大須
6.8 霊峰
7 交通
7.1 名古屋走り
8 教育・就職
9 生活
10 名古屋打ち
11 パクリ
12 食性
13 関連項目
名称
なお「京」や「都」を名乗っているものの、実質的にはトヨタと霞ヶ関、そしてJR火災の直轄地である。名古屋駅前の高層ビルなどがそれを象徴している。 全ての名古屋共和国民は、日本国民から見ると猫が鳴いているような声で話している。しかし名古屋国民は、日本に移動すると流暢な日本語を話し、名古屋語
言語
近年、有名になった名古屋語に「やっとかめ(八十日目)だなも」がある。これは既に周知のとおり、日本語の意味は「久しぶりジャン」であるが、あくまでもお上品な方々の言葉であり、俺らみたいな下町っ子は使わない。使ってはいけない。
なお、これら言語を「縮尺された日本」だと評する向きもある。
市歌
「名古屋はええよ!やっとかめ」
名古屋の自虐感を、逆手にとって東京や大阪に対する優位性とすべく作詞作曲されたものであり、今なお市民から注目を浴びる存在となっている。もっとも、他国人の前では歌うことは無いが。
「 ⇒わが名古屋」
これは名古屋市の市歌であるが、知名度は低い。
歴史と伊勢の神宮が反乱を起こさないよう監視する為に、豊臣秀吉の出身地に名古屋城を建設し、清須からついでに街を移転して城下町を作り上げ、和歌山・彦根・安濃津・福井・姫路と同じく、「京都に近い江戸の側近」として江戸時代を送った。…これが真の歴史である。
しかし、ギガゾンビと同じ時間犯罪者・地理犯罪者である名古屋人が書いた歴史書『金鯱の夢』(集英社)は、以下の通りに記されている。名古屋城の建設者は豊臣秀吉の嫡男で、名古屋幕府初代将軍の豊臣秀正であるといい、秀正が傅役福島正則とともに清洲からこの地に都を遷すべく、プランニングを行った。そして、西暦1615年の江戸夏の陣に於いて、秀正の舅であった徳川家康は豊臣秀正に滅ぼされ、名古屋幕府が樹立された。名古屋幕府は一般的に江戸時代(厳密には名古屋時代)とされている時代を統治し、名古屋語は日本の共通語であり、名古屋は日本国の首都であった。
京都のタイムパトロール隊は、名古屋のギガゾンビを亜空間破壊罪で逮捕し、『金鯱の夢』を発禁と焚書の刑にした。これで泡を吹いた名古屋の小説家たちは、大好きな京都に旅行したり、本業のユーモア小説の執筆に忙しかったり、龍群の軍師も兼任している為に龍群の調子が悪いときには殆ど執筆を停止するなど、あまりやる気が無いようである。
気候沿岸とあって気候は南畿内(津、新宮、奈良、大台ケ原など)と同一であり、台風銀座である。これらの水害では多くの家・車・堀川のヘドロが流されるほどで、これを中京都民は「名古屋911テロ」や「元祖911テロ」と呼ぶ。
地域
行政区 中京都の地図。
赤:名城カリスマ区・黄:特別区・藤:一般区
元々は一般的な区(現:一般区)のみで分けられていたが、独立に伴い周囲との雰囲気が極端に異なる地域として新たに「特別区」が設けられた。なお特別区名は全て「地域名+カタカナ」の組み合わせである。同時に一般区も、位置の明確化や呼称の利便性を図り、分割・合併・改称された。また、旧尾張旭市、甚目寺町、大治町、七宝町は中京都との結びつきが強かったため、中京都に編入された。