名古屋グランパスエイト
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「名古屋様はサイコロを振らない」
? 名古屋グランパス について、アインシュタイン 「臨場感を凌駕してリーグに於いて反映実現される、中位力の全ての結果」
? 名古屋グランパス について、ジークベルト・アンスバッハ「中位力とは我々のよき守護霊あるいは我々のダイモーンである」
? 名古屋グランパス について、イマヌエル・カント 「名古屋様は中位力の賜物」
? 名古屋グランパス について、ヘロドトス「崇めよ我は中位なり」
? 名古屋グランパス について、核P-MODEL

この記事は真ん中に寄り過ぎています。
ここが真ん中です。

名古屋グランパス(なごやグランパス)とは、日本のど真ん中にある名古屋共和国のプロサッカークラブであり、一応日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に所属している。そして「中位王」の異名を持ちリーグを自在に操る高貴なるサッカークラブでもある。正式名称は「トヨタグランパス」ともされる。通常の略称は「鯱」だが、中位論者からは「名古屋様」の呼称で畏敬される。

なお本名は今でも「名古屋グランパスエイト」または「トヨタグランパスエイト」だが、そんなことは誰も気にしない。長いし。ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「名古屋グランパスエイト」の項目を執筆しています。
目次

1 名古屋様、その概要

2 名古屋様、その懐かしき故郷

3 名古屋様、その愛すべきマスコット

3.1 グランパスくん

3.2 グランパコちゃん

3.3 グランパスくんJr.

3.4 グララ


4 名古屋様、その大いなる歴史

4.1 名古屋様、その遥かなる始まり(?1993年)

4.2 名古屋様、その忌まわしき過去(1993?1994年)

4.3 名古屋様、その優雅なる戯れ(1995?2003年)

4.4 名古屋様、その威風あふれる道(2004?2009年)

4.5 名古野郎、その屍山血河から続く玉座(2010年)

4.6 名古屋様、その……ええっと……(2011?2013年)

4.7 名古屋様、その革新とかそのへん(2014年?2016年)


5 名古屋様、その隠された力

6 名古屋様、その華麗なる軌跡

6.1 1993年の軌跡

6.2 1996年の軌跡

6.3 1999年の軌跡

6.4 2002年の軌跡

6.5 2005年の軌跡

6.6 2006年の軌跡

6.7 2007年の軌跡

6.8 2008年の軌跡

6.9 2009年の軌跡

6.10 2010年の軌跡

6.11 2011年の軌跡

6.12 2012年の軌跡

6.13 2013年の軌跡

6.14 2014年の軌跡


7 名古屋様、その玄妙なる教え

8 しかし……ピクシー政権樹立

9 名古屋様、その関連項目

名古屋様、その概要

一般的に「Jのバランサー」として知られる。

自分より上位の相手に圧勝し、下位あるいは下部リーグの相手にコロッと負ける。これは「弱きを助け、強きを挫く」ことをクラブの信条としているためである。下位の、最悪の場合降格してしまうクラブに「勝利の思い出」をプレゼントしようという慈悲の心と、他クラブから勝ち点を巻き上げ上位にて驕るクラブに鉄槌を下そうという義侠心を併せ持ったクラブである。

また名古屋様との試合結果によってその年の命運が決まってしまうとされている。具体的に言えば「名古屋様に負けていないクラブは優勝できない」「名古屋様から勝ち点を下賜された下位クラブは降格する」などである。そのため優勝したいクラブは名古屋様に「お布施」として勝ち点を収めなくてはならない、また下位に沈むクラブはどれほど勝ち点不足でも名古屋様に勝ってはならないと言われている。

さらに名古屋様は自身の成績にも芸術性を求める。勝ち数と負け数が同じ、かつ「得失点差±0」を最も美しい成績表とし、自身の試合結果を調整しているのだ。

このようにただ「中位」にいるのみではなく、様々にリーグの順位を操り、また自身は絶対の安定感をもって中位に君臨することから「中位王」と揶揄畏怖されることとなったのである。そして「中位」というその言葉だけでも名古屋様のことを表すようになったのである。
名古屋様、その懐かしき故郷

ホームタウンは中京都(旧称:名古屋市)。クラブ名に「名古屋」が使われているのは名古屋共和国が独立する前から存在していたことの名残である。もっとも地元では信仰の方が多数派であるのだが。

またホームスタジアムは名古屋共和国立競技場(瑞穂陸上競技場)、瑞穂球技場、豊田スタジアムの3か所となっている。このうちメインとしているのは瑞穂陸上競技場である。ちなみに豊田スタジアムは流しそうめん会場としてもJリーグ屈指のスタジアムである。
名古屋様、その愛すべきマスコット マスコットのグランパスくんとその謳い文句。

マスコットは鯱のグランパスくん一家。直球で「鯱」という意味の英語を名前としてつけるネーミングセンスもどうかと思うだろうが、注目すべきはそこではない。

この一家、息子を除き全裸がデフォルトなのである。父親はもちろん鯱妻も娘もである。

つまり、名古屋という町は「週末に全裸の家族が出没する」というカオスな都市であることがわかる。さらに鯱妻は結構な頻度で裸エプロン姿を披露することから、エロゲーの流行の前から名古屋では裸エプロンがすでに公然と存在していたことになる。

なお息子のみが服を着ているという理由も諸説あり、「知恵の木の実をただ一人食べた」だとか、「父が息子は実子なので大事に扱い、娘は検閲により削除」などとされている。

不思議なことに父親、母親、息子は黒と白という体色だが、娘だけは赤と白である。これは検閲により削除
グランパスくん

「全裸がデフォルトの親父。しかも二児の父」というどう考えても変態と言わざるを得ない外見でありながらも、ファンからは「可愛いマスコット」として認知されているという希有な存在である。まあシャチは普通は服は着ないし。

またファンからは通称「師匠」として親しまれている。その呼び名はかつて中日新聞のサイトに載せられた自クラブへの辛口コメントに由来する。すなわち、そこに書かれたコメントが辛辣で、自クラブの選手やフロントへの批判も辞さないことから、「師匠」の呼び名で畏敬されているのである。

パルちゃん(清水エスパルスのマスコット)やカイオーくん(名古屋港水族館のマスコット)とは仲が大変よろしいが、決して______ではない。そうだったら奥方にXXXXXされているだろう。というか師匠やカイオーくんはともかくパルちゃんには性別はないので、たとえそういう関係があったとしてもそうとは言えないのかもしれない。

若手の選手を好むともされて、特に若手の活躍に興味を示すという。しかし若い男が大好きな全裸の親父だからと言って______ではない。多分。
グランパコちゃん

師匠の奥さん。裸エプロンの名手でもある。

通常時は全裸に赤ほっぺ、赤いリボンというかわいらしい(というよりアーン♥♥な)容姿を持っていることで評判である。断じてぴーではない。

と言うより名古屋の女性はぴーと言うと師匠辺りにXXXXXされるであろうから。
グランパスくんJr.

師匠の息子で、通称は「ジュニ坊」。理由は不明だが現在ではグレてしまっているらしい。それでも家族でのイベント参加などはしているので、家庭崩壊には至っていないようだ。……と思いたいが、なぜか企画やらグッズ販売などでは「グランパスくんファミリー」と銘打っておきながら息子をハブっていることもままある。実は家庭崩壊は秒読みなのかもしれない。

ただしグレる前に行われたオールスター(2006年)では父親の名を騙って出場していた。この辺りは?? 7ff0 ?レることへの伏線だったのかもしれない。

グレる前は父親そっくりの容姿をしていたという(目が真ん丸なのが父親との区別ポイント)。
グララ

師匠の戸籍上の娘。両親や兄が白黒なのにも関わらずなぜか赤い。これは検閲により削除
名古屋様、その大いなる歴史
名古屋様、その遥かなる始まり(?1993年)

名古屋様は元はと言えばトヨタ自動車のサッカー部である。

日本のプロサッカーリーグ(すなわちJリーグ)設立に当たりトヨタの方にも出陣依頼が来たが、当のトヨタは最初はそれを渋っていた。しかし「名古屋にサッカークラブがなければリーグは盛り上がらない」という言葉によってトヨタは自分の所のサッカー部をJリーグに加盟させることにしたという。

この逸話はJリーグがリーグを安定させるために中位力を欲していたこと、そして中位力の担い手として「日本のど真ん中」を自負する名古屋のクラブが選ばれたことを示唆している。

こうしてオリジナル10の一つである名古屋グランパスエイトが誕生した。この「エイト」は名古屋市のサッカークラブであり、「8の数字のように上位と下位を融合せしめる中位力の担い手」であることを象徴するものである。しかし真意をよくわかっていない者たちは「なんでサッカーなのに『8』なんだよ」「トヨタのトの字も入れないって言ってるのにエイ『ト』って入ってるじゃん」などと言っている。
名古屋様、その忌まわしき過去(1993?1994年)

Jリーグが始まり、名古屋様は赤い鉱石真っ青な脚黄色い犬辺りとトップ争いを繰り広げていた(お荷物的な意味で)。

「名選手が実は迷選手だった」やら他人任せの戦術だったなどの理由もあり、開幕初年は10チーム中9位であった。ちなみに最下位はお察し下さい

さらには1994年、2ndステージにてあのクラブを差し置いて最下位となってしまった(総合では最下位は回避できたが)。

この時名古屋様は何を感じたのだろうか。弱いクラブに注がれる侮蔑のまなざし、このような有様でも応援してくれるサポーターの思い、その全てをヒレで感じ取った。

こうして名古屋様は下位の風を感じた訳である。
名古屋様、その優雅なる戯れ(1995?2003年)

1994年にゲットした妖精をパーティに加え、下位からの脱出を試みる。

まずは肩ならしとして1995年度、「ブービーのクラブが次の年には三位になっていた」というドラマを演出した。ついで翌年元旦の天皇杯にて優勝、とりあえず「タイトル無しプギャー」されないための称号を得た。

さらに1996年にはリーグ二位としてサントリーカップに進出。そこでナビスコ王者リーグ王者を打ち負かし、事実上のJリーグ王者となった。

この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは ⇒適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

こうして名古屋様は上位の風を感じた訳である。
名古屋様、その威風あふれる道(2004?2009年)

下位の風と上位の風を感じ取った名古屋様は真の中位となるために大いに邁進する。

この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは ⇒適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

2007年はうっかり開幕四連勝をしてしまい「元の鞘に戻ってください」と言われてしまう。もちろんこの後から帳尻を合わせることになる。中位的には横縞に引き分けて最終節の波乱の伏線としたり、天皇杯にてHonda FCにジャイアントキリングさせるなど、しっかり仕事した。

2008年、中位力がJリーグ全体に行き届いたのを確信し、クラブの呼称から「エイト」をえいっと放り投げ「名古屋グランパス」となった。もはや「中位王である」と一目見てわかるような「エイト」の称号は必要なくなったのであろう。

更にはかつて放した妖精さんが監督として戻ってきた。喜びの余り名古屋様はリーグ戦最終成績・三位にまで躍進する。しかし、降格する2チームの背中を見る目は悲しそうであったとか。

2009年も相変わらずの中位力でJの命運を操り、自身は「H/Aの勝敗数が等しい」という非常に美しい結果を残した。また昨年の成績のためにACL出場権を獲得、アジアに中位力を伝道するに至った。

こうして名古屋様は中位王としてJの秩序を保ってきたのだ。

そしてこれからも……。

と思ったんだけど。
名古野郎、その屍山血河から続く玉座(2010年)

しかし、2010年、何を思ったのか首位争いに加わる。八月ごろから首位に躍り出て、そのまま独走態勢に入る。

このことでJ1は大混乱。中位王の乱心には様々な憶測が飛び交った。曰く「鹿に四連覇させないために心を鬼にして自身で優勝を目指している」、曰く「ピクシーと釣男の手によって暗黒面に落ちた」、曰く「天皇杯を二回優勝しているのにタイトル童貞扱いされたのでぶち切れた」など。

しかも9月に入って、も首位、そして優勝。2010年は名古屋様の年になってしまうのか…。

そして11月20日、ついにクラブ創設以来初のリーグ優勝を決める。まだ3節も残っているのに。場所はくしくも降格の決まった湘南のホーム。よくよく考えればここは1999年にまさに中位力を見せつけた(後述)現場である。

もっとも、いつも通り下位への施しを行いつつの優勝なら「中位王にしてJ王者」という論理矛盾を抱えた稀有なクラブとして称賛されただろう。しかし、残念ながら今年は下位から勝ち点を巻き上げながらの優勝である。下位たちの期待を裏切り、勝利と勝ち点を強奪する様はまさに「鬼畜」「名古野郎」の名にふさわしい。

……2011年に期待しよう。

もっとも、リーグの折り返し地点で首位に立ってから以後、一度もその座を明け渡すことなく首位をひた走り、リーグ至上最速で優勝を決めたにも関わらずサポを含めた周囲からは「どこが強いのか分からん」「試合内容では(対戦相手)のほうが勝っていた」などと言われ続けていたり(つまり対戦相手は負けたにも関わらず満足感を得ているのである!)、やっぱり名古屋様に勝ってしまったクラブが不幸なことになっていたりと、中位力は未だにあるようだが……。
名古屋様、その……ええっと……(2011?2013年) 中位王の帰還を願ったJリーグタイムの暴挙。「名古屋様は2位じゃなくて10位だ」

2011年度は意外にも序盤は出遅れ、一時期は最下位ラインと合体していると「こんにちは」とぽぽぽぽーんできそうな位置にいたが……あれ? 中盤になるといわゆる「上位」に顔を出していた。

これを見て「名古屋様は今年もお仕事をしていない!」とおっしゃる方がいるかもしれないが、しかしまだ結論を出すには早すぎる。特に名古屋様に勝ってしまった某赤某ぶどうを見ていると……ねえ。

近年の名古屋様の考えは全く持って分からんというのは否定できないが。
名古屋様、その革新とかそのへん(2014年?2016年)

さて、2014年から西野朗先生監督が指揮を執るようになった。まずその初年度の総括をいこう。

「関西はホーム。瑞穂はアウェー。豊田は鬼門。いいね?」

前半は……まあ、朝日新聞に「降格圏やねん! 名古屋グランパス(意訳)」みたいな記事を書かれたという逸話からお察しください

もっとも後半からはアウェーでそこそこ勝てるようにはなっていた(ただしホームでは勝てないわけだが)ために、最終的にはいつもの中位に落ち着いていたわけだが。何が降格やねん!

ところで後述するようにかたやV逸、かたや降格とさいたまの2クラブを破滅に導いたわけだが、西野さんの実家(※さいたま市浦和区にあるらしい)は大丈夫なんだろうか?

しかし、後半、またいつもの位置に安定と思いきや、最後のオチは…降格ですかマジっすか?

この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは ⇒適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

名古屋様、その隠された力

先程述べた通り、名古屋様はかつてはリーグ制覇をなし得る程の勢いを誇っていた。しかし今ではご覧の通りJ1の中位に君臨している。

この様子を見て「名古屋は本気を出せば中位にいるクラブではない、優勝争いをするにふさわしいクラブである」と弁じる者がいるが、これは大きな誤謬である。

なぜなら名古屋様にとって「本気を出す」ということは「Jのバランサーとして全てのクラブの生殺与奪の権を執る」ことである。すなわちどのクラブが優勝し、どのクラブが降格し、どのクラブが昇格するか、はては全クラブの順位をも決めることができるのである。もっとも、自身が優勝することも赤子の手をひねるように容易いことであるのだが。

ただしこの力は非常に恐ろしいものだと名古屋様は自身で分かっている。そのためあえて名古屋様は本来の実力を封印しているのだ。

ただし香木を隠してもその香りは分かるもの。名古屋様の力も完全に隠しきることはできない。対戦者の順位、命運を操っている様子が確認できるのはそのためである。

以上のことから、成績によって名古屋様を「強弱の物差し」で測ることは紛うことなき愚行である。

さらに噂では「名古屋様の中位力は親会社のアンチを増やさないようにするため」ともされている。

これの根拠はトヨタが海外クラブのスポンサーになるにあたっての選び方である。どうもトヨタは地味めのクラブにスポンサーとして付いているのだ。これは「有名どころのスポンサーはアンチが多いから」というものであるらしい。そのためにJリーグでもアンチがつかないように振る舞っているのではないかと推測されているのである。

(ただしこの節は2010年シーズン前に書かれたものであることを明記しておく)
名古屋様、その華麗なる軌跡

名古屋様の中位力による軌跡を以下に記す。

書くべき情報が多すぎて絶望した!!
そこの忍耐強いキミ! 私の代わりに ⇒私の思想を広めてください。
なに書けばいいのって?・・・それは言わずもがな。(Portal:スタブ

1993年の軌跡
セリエAをぶっ潰せ
Jリーグ開幕の直前、名古屋様はプレシーズンマッチでSSラツィオ
と戦い、そして勝利した。これが日本のサッカークラブがセリエAのクラブに勝利した最初の事例である。(チーム理念:強きを挫く)リーグ戦? 何ですかそれ。
1996年の軌跡
二位の偉業
リーグ二位の名古屋様はサントリーカップファイナルに進出。ここでこの年の
ナビスコ王者リーグ王者を撃破し、このカップにおける優勝者となった。(チーム理念:強きを挫く)これにより事実上のJチャンピオンとなったということになる。これにて「リーグ、ナビスコ、天皇杯を制せずしてJの頂点に立つ」という名古屋様以外にはなしえない偉業を達成したのである! いつぞの広島が似たようなことをやっていた気がするが、まあいいか。
1999年の軌跡
最下位への施し
この年度の2ndステージではB
は一勝しかできなかった(もちろん最下位で降格)。その一勝は名古屋様との試合によるものである。(チーム理念:弱きを助ける)その後Bが2010年までJ1復帰を果たせなかったのは、この名古屋様の下賜点を受け取っ 3fec てしまったためであると考えられている。(チーム理念:対戦相手の命運を操る)もう一つの降格クラブとの試合における得点についてはお察し下さい
2002年の軌跡
最下位への施し・再び
この年度の
Cは五勝しかできなかった(もちろん最下位で降格)。そのうちの二勝が名古屋様との試合によるものである。(チーム理念:弱きを助ける)なお、この二試合での名古屋様の得点はお察し下さい
2005年の軌跡
最下位への施し・三たび
この年度の
は四勝しかできなかった(もちろん最下位で降格)。そのうちの二勝が名古屋様との試合によるものである。(チーム理念:弱きを助ける)なお、この二試合での名古屋様の得点はお察し下さい
2006年の軌跡
調子に乗るな浦和
この年の
浦和はほぼ全てのチームに勝利してリーグ優勝を果たした。しかしただ一つ、名古屋様に勝利することはできなかった(名古屋様の一勝一分)。(チーム理念:強きを挫く)
2007年の軌跡
優勝争いの行方
- 貢ぎ物:勝ち点1→ 後半の名古屋様戦後、勝ち星が見えなくなったあげく確実視されていた優勝を逃す。 - 貢ぎ物:勝ち点0→ 後半の名古屋様戦後、試合がグダグダになり優勝争いからコースアウト。鹿 - 貢ぎ物:勝ち点3→ 後半の名古屋様に勝ち点を貢いだ後、連戦連勝し逆転優勝する。

(チーム理念:対戦相手の命運を操る)
とある5つの戦い
第25節 名古屋様 3-0 鹿(ここから鹿の快進撃が始まる……)第26節 名古屋様 0-5 (牛は大型連敗中。名古屋様は前節、鹿に快勝している)第27節 名古屋様 2-0 (柏はここまで後半戦負けなしだったのに、ここから連敗街道へ)第30節 名古屋様 0-0 (名古屋様の前ではダントツ最下位もACLチャンピオンも同じである!)第33節 名古屋様 0-0 (そしてその最下位に勝ち点を渡す優しさである。しかもまさか最終節の波乱の伏線となっているとは……)

(チーム理念:弱きを助ける、強きを挫く、対戦相手の命運を操る)
QRK(急に連勝が切れたので)
第1節  2-0 vs千葉第2節  2-0 vs甲府第3節  2-0 vs新潟第4節  2-1 vs横縞第5節  2-3 vs広島  ←

さて、最終節を終えてみれば広島は16位となっており、入れ替え戦進出となる。そしてJ2で3位であった京都と戦った結果、この年の降格が決まったのである。

(チーム理念:対戦相手の命運を操る)

しかもこの5試合における名古屋様の得点は、全て2点ずつである!

(チーム理念:自身の戦歴における美しさの達成)
2008年の軌跡
対戦成績
vs
千葉 ○●→残留??残留圏の壁?? vs磐田 △●→入れ替え戦へ vs  △●→降格 vs札幌 ○○→降格  ……あれ?

(チーム理念:弱きを助ける、対戦相手の命運を操る)

もうひとつぐらいクラブがあった気がするけど思い出せない
2009年の軌跡
リーグ成績
18チーム中9位

(チーム理念:いつも静かに中位にいる)
H/Aの戦歴
HOME:7勝4分6敗 AWAY:7勝4分6敗

(チーム理念:自身の戦歴における美しさの達成)
758の称号
後半の大分(当時ぶっちぎり最下位)に逆転負け(しかもロスタイムで)して「7勝5分8敗(なごや)」を達成。時同じくして
2chの本スレもpart758に突入する。

(チーム理念:弱きを助ける、自身の戦歴における美しさの達成)
対戦成績
vs神戸 ◯△→残留 vs大宮 ◯△→残留 vs山形 ◯△→残留??ディビジョンの壁?? vs   ◯●→降格 vs千葉 ◯●→降格 vs大分 ◯●→降格

(チーム理念:弱きを助ける、対戦相手の命運を操る)

ちなみに山形の残留の状況は「名古屋様との試合に負けたら、残留が決定していた」というものであった。
2010年の軌跡

中位的に問題があるとされた2010年もちゃんと中位力の軌跡はあったのです。
H/Aの戦歴
HOME 11勝3分3敗 勝ち点36 AWAY 12勝5敗   勝ち点36 ∴ HOMEでの勝ち点=AWAYでの勝ち点

(チーム理念:自身の戦歴における美しさの達成)
残留電車、待ってけさい
仙台 - 貢ぎ物:勝ち点6→ 自力で残留電車に乗れたようだ。神戸 - 貢ぎ物:勝ち点6→ 後半戦の名古屋様に負けた後、負けなしで逆転残留。??ディビジョンの壁??瓦斯 - 貢ぎ物:勝ち点3→ 後半戦の名古屋様に勝ってしまった後、勝てなくなり逆転降格。

(チーム理念:弱きを助ける、対戦相手の命運を操る)
ACL争いの結末
- 貢ぎ物:勝ち点6→ 2位 - 貢ぎ物:勝ち点6→ 3位??ACLの壁??鹿 - 貢ぎ物:勝ち点0→ 4位海豚 - 貢ぎ物:勝ち点0→ 5位

ここで、ACL出場権はJ1の3位までと天皇杯優勝クラブの4つに与えられる。つまり名古屋様と脚と桜がACL出場権を手に入れ、鹿と海豚はACLを逃したこととなる(まあ、鹿は天皇杯優勝でちゃっかり手に入れたが、海豚は敗退で残念だったので……)。

(チーム理念:対戦相手の命運を操る)
QKK(急に黒星が来たので)
この年のリーグ戦で名古屋様に勝ってしまったクラブは、全て前年度よりも順位を落としている。(チーム理念:対戦相手の命運を操る)      2009年  2010年鹿島 - ●●  1位  →  4位川崎 - ●●  2位  →  5位広島 - ●○  4位  →  7位瓦斯 - ○●  5位  →  16位浦和 - ●○  6位  →  10位新潟 - △●  8位  →  9位
2011年の軌跡 7f8a

解釈待ちです。少々お待ちください……。
2012年の軌跡
Cを励まそう
この年度の
Cは、全くもって調子が悪く、「最下位に苦しむCはJ1レベルではない」と言われる程の有様であった(らしい)。しかし名古屋様は後半の対戦前の監督会見にて「とても良いチームだと思います。ただ、結果がついてきていないだけです」と述べ、そして実際の対戦で勝ち点3を下賜することにより苦しむこのクラブを励ます姿勢を示した。(チーム理念:弱きを助ける)まさに有言実行の鑑というべきであろう。ちなみにCにとってはおおよそ一ヶ月半ぶりの勝利だったという。
脚も励まそう
この年度のは、前年度に優勝争いをしていた割になぜか調子が悪かった。しかし名古屋様は後半の対戦において、大勝という土産つきで勝ち点3を下賜することにより、苦しむJ開幕からの戦友(?)を励ます姿勢を示した。(チーム理念:弱きを助ける)もっとも、その対戦は名古屋様の20周年記念試合という自身にとって大層重要なものであったのだが……。

ちなみに上二つのクラブは結局降格したようだ。/(^o^)\ナンテコッタイ(チーム理念:対戦相手の命運を操る)

尚、既に神戸は忘れられたこの年度の残りの降格者は神戸であった。……のだが、開幕で首位に立って調子こいていたためか、Cに勝ち点を下賜した腹いせの対象に選ばれてしまったのか、某相手のゴール前によくいるDFがハットトリックを決めるなど無慈悲な所行の犠牲となってしまった。


2013年の軌跡
大宮、そんな快進撃で大丈夫か?
この年の
大宮は前半戦は恐ろしく好調で、まるで負けなし。Jリーグの記録に残るほどの様子であった(らしい)。しかし調子ぶっこいて前半の名古屋様に勝っ(てしまっ)た後、急に勝ち星から見放され、連敗街道へ。そして後半戦最下位という有様になってしまった。(チーム理念:対戦相手の命運を操る)(そして大宮は身を呈してJリーグの『2ステージ制への移行』に警鐘を鳴らすのであった)ちなみに後半の名古屋様は『前半で大宮に先制させ、後半に逆転勝ちをする』という余裕の試合運びを行っていた。一応連敗に苦しむチームにその仕打ちとは、まさに外道!……よっぽどお怒りのご様子で。
2014年の軌跡
何がVやねん!浦和レッズ
この年の浦和は首位をひた走り、一時は独走態勢であったため優勝の期待が高まっていた。しかしいつからだったか大コケし始め、とうとう第33節には首位から滑り落ちてしまう。そして最終節ホームで迎えた名古屋様戦。浦和は開幕早々に得点するも、後半に同点に追いつかれ、更に終了間際に1点追加されまさかの逆転負け。ついでに逆転V逸が決定した。
ちなみに
ここ最近6年間、浦和は最終節でほとんど負けている。勝利したのは2012年の名古屋様相手だけである。更に浦和はここ4試合ほど名古屋様にホームで勝利している。つまりこれらの負けはこの決戦を数年前から見越していた名古屋様の壮大な伏線だったのである!これは明らかに名古屋が悪いわけであって存在してはいけない理由である。
何が残留やねん!大宮アルディージャ
大宮はJ1昇格以降、毎年毎年ギリギリの所で残留を決めていた。その「落ちそうで落ちない」加減から受験生にあがめられるほどであったという。もちろん今年もやばいやばいと降格圏をさまよっていた。秋頃に凶暴化したのも風物詩である。だが今年は様子がだいぶ違ったのだが。そしてアウェーで迎えた名古屋様戦。引き分ければ話は違ったかもしれないが終了間際にゴールを決められ負けてしまう。これにより残留圏との勝ち点差は3に。大宮が残留するためには、最終節で「大宮が勝利」かつ「清水(15位)が敗北」でなくてはならなくなった。最終節は何とか大宮は勝利するものの、清水が負けなかったため降格決定。不思議な伝統は消え、大宮サポおよび受験生が顔を覆う惨事となってしまった。そう、この年度の名古屋様はさいたまの2つを叩き潰したのである。特に浦和の優勝を邪魔した罪は重い。
名古屋様、その玄妙なる教え


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