人間失格
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「人間失格」の項目を執筆しています。

人間失格(にんげんしっかく)とは、日本の作家・太宰治の作品である。「その男の写真を三葉、見たことがある」という書き出しは有名。雑誌連載時の背景および内容から、本書は太宰治の遺書であるという解釈が一般的だが、近年になってこれは日本の未来を描いた予言書であるとの見方が強まってきた。

 20世紀末より関連作品が相次いで登場しており、これらと区別する為、太宰治による人間失格は特に「原典・人間失格」と呼ばれる。

野島伸司によってドラマ化されている。


警告:以下の文章にはネタバレ、いわゆるスポイラーが含まれています。これにより記事はより空気力学的に洗練され、その結果としてより高速で疾走できるようになります。もしあなたが、セブルス・スネイプは二重スパイであり裏切っていないことや、生命宇宙そして万物についての究極の疑問の答えは42であることや、綾波レイは何人もいることや、ギラタクルの正体はキルアの兄のイルミ・ゾルディックであることや、飛雄馬の左腕の筋は酷使のすえに断裂してしまうことや、オセロットは暗示によってリキッドに乗っ取られていたふりをしていたことや、飛鳥五郎殺しの犯人は総統Dであることや、「先生」は「私」が父親の病気のため里帰りしている時に自殺して遺書を郵送してくることや、ウィキペディアアンサイクロペディアのパロディであることを知らないのであれば、充分注意して、救急箱を手放さないようにしてください。 人間失格の表紙。
目次

1 内容

1.1 文学作品としての「人間失格」

1.1.1 第一の手記

1.1.2 第二の手記

1.1.3 第三の手記


1.2 予言書としての「人間失格」

1.2.1 第一の予言

1.2.2 第二の予言

1.2.3 第三の予言



2 予言書としての総括

3 関連作品

内容

 「人間失格」は「大庭葉蔵」(本名 零崎人識)なる男性が自らの半生を語った形で記述されており、幼年期から26歳までの人生を「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」と三部に分割し描いている。語っているのは「大庭葉蔵」となっているが、その半生には太宰治自身の経験が反映されており、その語り口は自虐に富んでいる。 こうした本書自身の性格に加え、雑誌連載中に太宰治が自殺してしまったことから、この作品は太宰治の遺書であると見做されてきた。

 しかし、20世紀末にブギーポップが負け犬を使役してサーカスを繰り広げている最中、華麗に技を決めても自分に思いを寄せていたピエロが目の前で落下しても表情を変えることが無かった空中ブランコの少女炎の魔女が赤い方のキャンディ的被害を被ってトリップ、レティクル座の花園で死んだじーちゃんや犬のポチやあのひとを見ながらこう呟いた。あれはブギーポップがやった。そう思っていた。だが違った。太宰だ。結局のところ。

 この発言を聞いた周囲の反応は「たわいない妄想さ、ただでさえあの子嘘吐き」という冷めた意見が大半だったが、中には「嘘でも夢でもいいじゃない、ああ幸せ」という声も聞かれる。なお、この歴史的な事件の模様は、日本のバンド「 3ffb 筋肉少女帯」が「レティクル座の花園」として音源化している。

 サーカス構成員の反応を他所に、世間ではこの言葉で太宰治作品の再評価が始まった。とりわけ、かねてより「この作品には名曲「鳥の詩」が似合わない、これはすなわち自虐の詩では無いのではないか」「鳥の詩と聴いて飛行機雲が真っ先に出てくる輩は、「笑いさざめく様なあなたといた頃」を過ごせる筈がないNEET」という意見のあった本書は特に注目された。こうした意見も、当時はあまりに細々とした声であったが、この発言から本書で起こる様々な事象を現在に当てはめる神々の指紋的プロセスにより多数の合致点が判明、予言書としての高い評価を得るに至った。

 本書は21世紀初頭にあっても、累計発行部数を600万部を超えるなど、時代を超えて多くの人に愛されている。これは「大庭葉蔵=太宰治」としての半生記として、あるいは自虐的かつ破滅的なその内容に惹かれて、夏休みの宿題で読書感想文のネタにされているので仕方なく、等の旧来からの購買動機も然る事ながら、近年では予言書としての記述に興味を持って購入する層も加わり、今後も更なる発行部数の伸びが期待されている。以下に物語のネタバレが含まれます。
文学作品としての「人間失格」

 幼少期から始まっている他人への不安を懐柔しようとするも、事あるごとに絶望を深め、結果自分は廃人となってしまう。協調の手段としての「お道化」に疲れ、不安から逃れる為に逃避を続けた自分は、幸福も不幸も無く時間はただ過ぎていくのだと悟る。
第一の手記

 「恥の多い生涯を送って来ました」で始まる。物心が付いた頃から小学校までの、他人に対する恐怖を描いている。

醜く騙し合いながらも清く明るく朗らかに生きている、そんな「他人」をおかしいと思う自分は、他人との関わり方に苦心する。

その結果、道化(ドナルド・マクドナルド)として他人と接することを選択するが、自分の心を殺して道化を演じること自体が他人を騙していることであることを理解しており、ますます苦悩は深まる。

第二の手記

 書き出しは長いので割愛。中学校から高等学校在学までの、故郷から遠く離れた地での堕落と破滅のはじまりを描いている。

中学でも相変わらず道化を演じていた自分は、貧弱で愚図な「竹一」(本名夜神月)には自分の「正体」がばれているのではないかと凍り付く。竹一を懐柔することに成功した自分は、「おまえはハンヴァーガーに惚れられる」「おまえは偉いねらーになる」という二つの予言を授けられる。

また、彼に見せられた黒い表紙のノートにいたく感激を受け、「ぼくも、書くよ。自分の名前を、書くよ。」と言うものの、「大場葉蔵」は道化の名前で、自分の本当の名前ではないと考え、中二病丸出しの痛い「真名」を考案するものの、画数が多すぎる漢字を使用したため忘れてしまった。

高等学校では絵を描くことと本を読むことに没頭し、学校に行かなくなる。この頃出会った「堀木」(肌の浅黒い美青年で常に背広を着ている)に、酒・煙草・
淫売婦を教えられた。自分は「恐怖を一時でもまぎらす方法」としてそれらに傾倒していく。

親しい女性が三人おり、その内の一人と入水自殺をする。女性は死んだが自分は生き残った。

第三の手記

 「竹一の予言の、一つは当り、一つは、はずれました」で始まる。高等学校を辞めてから売れない漫画家となり、強制入院させられた脳病院から退院するまでを描く。

自殺の気があると見られた自分は、お目付け役に監視された生活を送っていた。その後は女性の元を渡り歩くが、無垢と信頼の化身であったヨシ子の情事を目の当たりにし、その人間不信は絶対的なものとなる。

モルヒネ中毒となった自分は、脳病院に連れられる。まさに癈人であり、社会からも人間として失格であると烙印を押された自分は、脳病院でも田舎でもただ腑抜けの様に生きていくだけだった。

予言書としての「人間失格」

 幼少期から始まっている異常な性癖を押し隠そうとするも、事あるごとに絶望を深め、結果自分はNEETとなってしまう。協調の手段としての「キャラ付け」に疲れ、現実から逃れる為にラノベを買い続けた自分は、ディスプレイの中で時間はただ繰り返されるのだと悟る。
第一の予言

醜く騙し合いながらも清く明るく朗らかに生きている、なんて点はさておき、
ふたなりの自分は他人との関わり方に苦心する。

その結果、仮面優等生として他人と接することを選択するが、よくよく考えてみると自分の振る舞いは優等生というよりツンデレであることに気付き、ますます苦悩は深まる。

第二の予言

相変わらず仮面優等生あるいはツンデレとして周囲を欺き続ける自分は、
ドジっ娘の竹一にうっかり自宅でジャージ姿の自分を見られてしまった。自分は絶望を悟りながらも、竹一とヨコハマへ一緒に買い出しに出かけたり(移動手段はスクーター)、夏ともなれば桐条家の別荘や美浜ちよの別荘で過ごす。鍵は林に投げられ、探している最中に機械仕掛けの少女と出会う。

しかし、仮面優等生あるいはツンデレであることに疲れ果てた自分は、大学ではチラシの裏に日記を書くこととラノベを読むことに没頭し、学校に行かなくなる。この頃出会った芳樹(デブヲタで常にelfロゴのシャツを着ている)に、萌えギャルゲーMMORPGを教えられた。自分は「ひきこもりの後ろめたさを一時でもまぎらす方法」としてそれらに傾倒していく。

画面を通じて親しくなったと信じ込んでいるヒロイン(虹住人)が三人いたが、スケジュール管理を怠って爆弾マークが頻発。爆発を恐れた自分はその内の一人と入水自殺をする選択肢を選ぶ。しかし、ゲーム中の主人公がポエムを発しながら死んだところで画面の前の自分は死ねる筈が無く、女性は死んだが自分は生き残った。生き残ってしまった自分は空しくなり、あの女性はその後幽霊となり、時給30円で一流美人霊能者に雇われて幸せに暮らしているのだと夢想する様になる。デフォルトドレスが巫女衣装だったし。

第三の予言

NEETの気があると見られた自分は、ディスプレイの中のあいつに監視された生活を送っていた。その後は異なるヒロインの元を渡り歩くが、無垢と淫猥の化身であった双子が処女でないことを知った時、その人間不信は絶対的なものとなる。

NEETとなった自分は、テレビの取材で適当に「働いたら負けかなと思ってる」と発言した際の映像を2chに晒される。まさに廃人であり、社会からも人間として失格であると烙印を押された自分は、2chでもmixiでもただ腑抜けの様に生きていくだけだった。

予言書としての総括

 「人間失格」を予言書と見做す人々は、この作品が自分が特異であると思い込んだ一人間が、NEETとなり破滅していく様を描いている、と語る。主人公が最終的に行き着く「NEET」という到達点、あるいはそこに至るまでの数々の「記号」は20世紀末?21世紀初頭における各事象と見事にシンクロしている。また、冒頭の「三葉の写真」は来るべき四葉至上主義の到来を予言しているのは明らかである。

 この書物は長らく作者の独白であり遺書であるとされてきたが、上記解釈から将来70万人を超えるNEETの、NEETとなるまでの過程'を記述したものであり、すなわち私小説ではなく大衆小説、同時に人間がヲタへ堕落する様子を描写したものであると考えられている。この描写の正確性、またNEETの蔓延が問題視される昨今、特に本書を「予言書」と言い張る声も多い。

 なお、こうした主張には「解釈が強引すぎる、ただの当て嵌めじゃないか」「後付けであれば何とでも言える」「NEETについて言及しているというが、なぜ等しく社会の病理とされる中二病への言及が無いのか(これについては、第二の手記の「堀木」を「芳樹」ではなく「押尾」と解釈することで説明できる、とも言われている)」「信じてたのに、あんなに信じてたのに」「いっぺん、死んでみる?」などの批判も相次いでおり、未だ万人が納得するには至っていない。

 しかし、予言書としての研究は日進月歩で進んでおり、ヲタとNEETの台頭のみではなく、日本と近隣諸国との確執と結末、将来浮上するムー大陸の所有権にまつわる諸事情、ロシア的倒置法の流行とその影響などを読み取ることができるとされ、新たな予言を読み取ろうと本書に興味を抱く者も多い。


401b メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の記事を ⇒加筆せねばならぬと決意した。
メロスにはユーモアわからぬ。メロスは、暇人である。
記事を見て、ニヤニヤして暮して来た。けれどもダメな記事に対しては、人一倍に敏感であった。 (Portal:スタブ)

関連作品

 本書は、予言書論が大きくなり始めた1990年代初頭より、数回別メディアへの展開が行われた。多くは忠実に本書の予言を汲み取り映像化したものだが、予言書としての解釈を広く大衆に訴えることを良しとしない太宰の家族からクレームが入り、「人間・失格」と名を改めたものもある(テレビドラマ「人間・失格?たとえばぼくが死んだら」)。

 有名なとしてはTBS系ドラマ「人間・失格?たとえば僕が死んだら」や映画「ピカレスク?人間失格?」が挙げられるが、その他の作品(たとえば本書の内容を引用・解説している「文学少女と死にたがりの道化師(ピエロ)」など)も含め、「人間失格」から派生した作品は同一の事象に関する予言を読み取った結果であり、つまりはすべて同じ話に行き着くのである。この立場から、関連作を総合的に見ると以下の粗筋にまとめられる。

※注意:この粗筋は腐っています。なお、人名は実在する人物とは関係ありません。諸事情から実在する人物と関連付けたい場合でも、悪いことは言いませんから妄想に留めやがって下さい。熱血教師「赤井」と、クールで釣り目で冷血な教師「斉藤」は、今日も夜の職員室で体を重ねていた。今日もネクタイで首を絞められながら、あの冷たい目で指で辱めを受けるのだ…と数分後を妄想する赤井の耳に、ガラスの割れる音が飛び込んだ。何かに感化された馬鹿がバットで窓でも割っているのかと現場に急行すると、廊下に横たわった血塗れの「堂本」と、窓の外に浮かんで(ワイヤーアクション)腕組みをしたまま不敵に微笑む「堂本」の姿があった。 そのころ、太宰治の七番目の化身として現世に現れた「河村」は、絶望から自分を救い出してくれる存在を求め、時計仕掛けで止まらないこの街を彷徨っていた。昭和初期の街は薄暗く、路地裏からは「10まで数えれば目を開けられる、狂った街でAからZの狂ったあそびを、人間失格人間失格」とぼそぼそ呟く声が聞こえてくる。時は正に世紀末だ。そこへ空を優雅に舞いながら(ワイヤーアクション)堂本が現れた。河村はその姿に胸を焦がし、「未來ノイヴヨ、俺ニ溶ケテユケ、枯レテユケ」と昂る気持ちを詩に書き留めた。 この熱が冷めない内に、と堂本を捜し求める河村。しかし、「空から飛んで来た僕の王子様を見つけてくれないか?」と警察に掛け合っても無下に断られ、挙句の果てには扱いされるまでに至った。誰も自分を信じてくれない、と世間への絶望を上手い具合に深めた河村は、体を捨てて天に昇れば空を飛んでいたあの人に逢えると思い込み、行きずりの女性と心中を繰り返す。何度かの失敗の後、玉川上水への入水で体を捨てることに成功。空を飛んで堂本を探した。 それから何十年か後、河村は夜の校舎に堂本を見つける。堂本の波動を強く感じ、嬉しさのあまり界王拳(三倍相当)で校舎に近付く河村。しかし、非常灯の緑色の灯りが照らしていたその現実は、河村にとってあまりに残酷なものだった。熱い接吻を交わし、その先へ進もうとする堂本を見た後、河村は静けさを憎んだあの頃は、風は笑う様に砂を巻き上げたと過去の自分を思い出し、第三段階(IN SILENCE)から第一段階(DESIRE)に変貌、突風でガラスを割り堂本を殺してしまう。艶のある肌を切り裂かれ、無残にも壊れてしまった堂本の姿を見た堂本は怒り狂い、600年の間封印していた強化外骨格"霞"を発動させ、空を飛び河村と対峙した(ワイヤーアクション)。死闘の末、堂本は河村を無限世界の彼方へ追放する。しかし、仇を討っても最愛の堂本は帰ってこない。彼の心は悲しみで張り裂けそうだったのに、なぜかおかしくてたまらなくなった。脳髄の命ずるまま夜空に浮かんで大笑いしていたところへ、二人の教師が駆けつけた。 心を病んだ堂本は、鏡の世界の住人となり、時空を超えてその姿を現した。時間を彷徨う内に、あの堂本を襲った不幸は、そもそも自らの虚像が招いたものだと知った堂本。ループした世界の綻びを解き放つことのできる、因果律を超えられる存在を探そうと、堂本は各時代から13人の人間を選出、カードデッキを渡し、仮面ライダーとなって戦う様に命じた。ライダーバトルの幕開けである。 彼らは戦う。いつか橘いずみ(友情出演)が堂本を指差して「あなたは失格!」とはっきり言う日まで。堂本と堂本がいじめっ子といじめられっ子の関係を再開し、あの日果たせなかった夜の教室でシャツを破りながらの絶愛を交わすまで。

 主題歌:人間・失格(ROUAGE)

 劇中歌としても使用されている。

更新日時:2017年11月4日(土)23:03
取得日時:2018/04/21 18:44


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出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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