ムッソリーニ
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Partito Nazionale Fascistaこの記事は我らがファシスト党の同志による執筆である!おい、そこの君いい体をしているな、黒シャツ隊には加盟したか?「ハイル・ヒットラー!! この死に顔は例えるならば犬の干物だ!」
? ベニート・ムッソリーニ について、アドルフ・ヒトラー

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丸い。
基本資料
本名 ベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニ 
通り名 ムッソリーニ、ムッツリーニ 
生没年 1883年7月29日?1945年4月28日 
身体情報 丸みを帯びている体、完璧にシンメトリーな顔 
職業 ファシスト、政治家 
所属 ファシスト党

ベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニ(Benito Amilcare Andrea Mussolini)は、ファシズムの創始者であり、イタリアの丸き革命家である。戦後日本での人気はアドルフ・ヒトラーの影に隠れてしまっているが、本来はヒトラーが二番手として語られるべきであり、また、「ローマ帝国の復活」などというたわけたことを掲げた馬鹿者と評されることもあるが、本人は至って真面目に行ったことであるから断じて馬鹿にしてはならない。
目次

1 鍛冶屋で誕生

1.1 家族

1.2 寄宿学校生活

1.3 師範学校生活


2 若き編集長の座に至るまで

3 第一次世界大戦へ参加

4 黒シャツ隊とローマへの道

5 首相から独裁者へ

5.1 マッテオッティ頓死事件の顛末

5.2 エチオピア戦争へ

5.3 すり寄るヒトラー

5.4 怒涛の腰振り歴


6 第二次世界大戦と失脚

6.1 失脚とイタリア消滅

6.2 グラン・サッソ襲撃事件


7 傀儡帝国と逆さ吊り

7.1 逮捕

7.2 逆さ吊り


8 死後

9 関連項目

鍛冶屋で誕生

1883年7月29日、イタリアはフォルリ近郊の農村で、鍛冶屋のアレッサンドロ・ムッソリーニという男がカンカンとかん高い音を立てながら一つの鉄像を打ち出した。社会主義者として党中である程度の名声を得て? 3ff0 ??たアレッサンドロは、生み出されたその像にメキシコ初代大統領であるベニート・フアレス・ガルシアから「ベニート」、友人であり革命家のアミルカレ・チプリアニから「アミルカレ」同じく親しい間柄であるイタリア左派のアンドレア・コスタから「アンドレア」と身の回りのものからどんどん名前を足している途中に自制がきかなくなり、「ベニート・ジュゲム・アンドレア・グーリンダイ・ポンポコピ・アミルカレ・ポンポコナー・ムッソリーニ」と命名しそうになる。しかし妻に制止させられ、少々添削ののちに「ベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニ」と命名。これでもかなり妥協したようで、イタリア人ながらファーストネームがスペイン語なのはご愛敬である。そして、そのまだ赤く熱を持った像を水に一気に漬けたところジュワーと大量の湯気を発し、父親は息子を冷却のために数時間放置。数時間後十分に冷却されたその汚い産湯からは元気な産声が上がり、ただの鉄像からひとりの男の子が生まれたのであった。ベニート・ムッソリーニ誕生の瞬間である。
家族

アレッサンドロの妻のローザ・マルトーニは皆に慕われる小学校教師で、彼が市に働きかけて作らせた小学校に赴任してきた女性教師だった。彼は19歳の彼女に一目惚れし、無神論者を自称しながらも敬虔なカトリック教徒の彼女と結婚した。一時期アレッサンドロが彼女に自分の槌で叩き続けても子供を儲けることができなかったために鉄像を打ち出したのだが、その後は普通の方法で弟たちが生まれるようになったため、成長するうちに鉄でできた彼は肉体的、精神的に兄弟たちに比べ優位になっていった。

しかし商人ながら無駄にお人よしで信じなくともよい人まで信じてしまう彼の父親は当然収入も少なく、活動の出費もかさみ、借金を抱えた彼の家は貧しかった。昼の食事は汗よりも薄いキャベツのスープ、夜は母親の取ってきたチコリーを煮込んだもののみであり、たびたび食糧不足に陥る村の中ではとりわけて貧しいわけではなかったが、育ち盛りの子供たちを養うには不十分だった。父親は活発な社会主義活動家であったため、自宅には新聞や本ならば転がっていたが、毎日薄くなるばかりのスープに父親は腹を立て、彼に日頃読み聞かせていたカール・マルクスの『資本論』を読み聞かせ終わった後、家族の皆が見ている前で本をビリビリと破り、スープに浸し彼の前に押し出した。「さあ、うんと食べなさい」皆が茫然とする中彼だけは元気にスープをかき込んだが、弟は食べようとしない、それを見た父親は「ン?お前はニーチェがいいのか?」とやぶいたニーチェの著作をふんだんに振りかけ差し出す。その食事はベニートが中学校教育を受けるまで続いた。


寄宿学校生活

父親の政治思想的な影響を9歳にしては無駄なほどに受け、束縛されることを好まない腕白に成長した彼は寄宿学校三年生に入学するが、そこで差別というものを知る。食事の席は貴族、中産、庶民、と完璧に分かれており、庶民階級の生徒は食事中「お前らは唾が汚い」との理由で会話を禁じられ、ぱさついたパンとスープと変な臭いのするメインで空きっ腹をごまかすことを余儀なくされた。さらに彼には「社会主義者の息子」という理由で始終監視の目が向けられており、少しでも妙なことを起こせばすぐさま自分だけ反省文を書かされ、3ヶ月間昼休みに机に座っていなければならなくされたりなど、何の自由もない学校生活に彼の不満は鬱積していった。

そして、あるとき教師と口げんかになるとついに彼は破裂、インク瓶をつかむと教師の白髪頭に投げつける。教師はまだらに染まった髪からインクをぽたぽたさせ激怒、彼の学校生活はさらにもましてつまらなさを増した。


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◇暇つぶし何某◇

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出典: 嘘八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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