ソ連の月着陸計画
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親愛なる同志、ヨシフ・スターリンは見ているソビエト社会主義共和国連邦閣僚評議会付属国家保安委員会認可

本項の文章と内容は、完全に正しい事実としてソビエト社会主義共和国連邦閣僚評議会付属国家保安委員会第10課長により認定されており、全ての無産階級人民と、ソビエト連邦共産党員に見せることが認可されています。

この資料を疑うことは思想犯罪であり、疑った場合は国家反逆罪の対象とされます。

ソユーズLOK

概要
用途: 地球・月軌道の周回
乗員: 2名
寸法
全高:    10.06 m
直径:   2.93 m

ソ連版有人月面着陸計画(それんばんゆうじんげつめんちゃくりくけいかく)とは、面探査を目的としたソビエト連邦の有人宇宙飛行プロジェクトである。正式名称はソユーズL3計画。アポロ計画とは違い、最も安全に行われた月探査であるとされている。ソ連には元々、アメリカ合衆国と月面到達一番乗りを競争する意図はなく、アメリカが勝手に競争を始め、結果として「ろくな調査もしないまま」「バックアップも存在しない危険極まりない宇宙船にかけがえの無い人命」を乗せて「一番乗りの名称を手に入れるためだけ」に打ち上げたアポロ計画とは違い人命最優先で行われた計画であるため、決してアメリカに宇宙開発競争で負けたなどという事実は存在しない。
目次

1 有人月着陸

2 計画全容

2.1 飛行実績

2.2 ミッション一覧

2.3 各ミッションの詳細

2.4 ソユーズLOK2号

2.5 ソユーズLOK4号

2.6 ソユーズLOK6号


3 ソ連月着陸捏造説

4 関連項目


有人月着陸

ソ連版有人月面着陸は、当初は1970年第四四半期に実施する予定であった。有人月面着陸船(LK)および月周回母船(ソユーズLOK)は、1970年末までに地球周回軌道における無人自動操縦動作テストに成功し開発が終了していたが、超大型ロケット「N-1」をさらに安全なものにするべく十分な開発を進めたため、有人月面着陸想定時期は最終的に1975年までずれ込んだ。

アメリカ合衆国アポロ計画に対する、ソ連のソユーズL3計画の違いは、第一に、無人自動操縦が可能であった事、第二に、バックアップ用の無人自動操縦宇宙船と有人宇宙船が並行して打ち上げられる、デュアルミッションの予定であった事である。

つまり、全自動化された人民の宇宙船は簡単な研修でだれでも操縦可能で、全手動式の自由主義陣営の宇宙船とは違い極めて庶民的な乗り物である。

一部でN-1ロケットの開発が難航したせいで月面到達が遅れた、その理由は第一段に30基ものロケットエンジンをクラスターしたのが原因であるという説がある。もちろん決してそのような事実は無い、むしろ大量生産可能なエンジンを使用したことで、どこかの超大国のようにバカみたいなコストでロケットを作ることなく、人民の夢を格安で作ることができた優秀なロケットである。今になってどこかの超大国はFalcon 9-S9ロケットにおいて、27基のロケットエンジンのクラスター化を計画している。そのような高度な技術を1970年代に実用化できたのは社会主義が自由主義陣営より優れているとの証拠である。 打ち上げを待つN?1ロケット


LK月着陸船

概要
用途: 月着陸
乗員: 1名
寸法
全高: 5.20 m
直径: 4.50 m
容積: 5 m3
重量
合計: 5,560 kg
ロケットエンジン
RCS Coarse (N2O4/UDMH) x 4: 390 N
' RCS Fine'
(N2O4/ UDMH) x 4: 98 N
RCS Impulse 245 kgf-sec
RD-858(N2O4/) x 1: 20100 N
性能
耐久時間: 30日

計画全容
飛行実績

前段階の実験で失敗も含め無人機で18回のテスト飛行と有人機で3機が打ち上げられ無人月面探査機も17機打ち上げられ、万全の態勢で計画は進められた。

ソユーズL3計画では3回の有人飛行とそれに付随する無人機が13機打ち上げられ、これとは別に月面での安全確保と調査のための無人探査機が15機打ち上げられた。
ミッション一覧

打上年月日 宇宙船名 ミッション目的 使用ロケット 搭乗者 備考
1969年2月21日 N-1 打上げ試験 N-1 (無人) N-1ロケットの初打ち上げ(失敗)。
1969年7月3日 N-1 打上げ試験 N-1 (無人) N-1ロケット2度目の打ち上げ(失敗)。
1969年11月28日 ソユーズLOK 月周回母船試験
(地球軌道上) プロトン (無人) プロトンロケットの不調により失敗
1970年11月1日 ソユーズLOK 着陸船試験 月周回母船試験
(地球軌道上)| プロトン (無人) 完全な成功
1970年12月2日 ソユーズLOK 着陸船試験 プロトン (無人) 初の月面着陸船の地球軌道上テスト(完全な成功)
1971年1月12日 LK 着陸船試験 プロトン (無人)二度目の月面着陸船の地球軌道上テスト(完全な成功)
1971年2月21日 LK 着陸船試験 プロトン(無人) 三度目の月面着陸船の地球軌道上テスト(完全な成功)
1971年6月24日 N-1 打上げ試験 N-1 (無人) N-1ロケット3度目の打ち上げ(失敗)。
1972年11月23日 ソユーズLOK 着陸船試験月周回母船試験
(月周回軌道上)| N-1 (無人)月軌道上の自動操縦装置のテストのために月着陸船とともに打ち上げられるが、N-1ロケットの爆発により失敗
1974年8月22日 ソユーズLOK 着陸船試験月周回母船試験
(月周回軌道上)| N-1-F (無人)月軌道上の自動操縦装置のテストのために月着陸船とともに打ち上げられ完全な成功を収める。
1974年12月14日 ソユーズLOK 着陸船試験月周回母船試験
(月周回軌道上)| N-1-F (無人)月軌道上の自動操縦装置の二度目のテスト。(成功)
1975年3月20日 ルナホート3・4号 月面車打ち上げ プロトン (無人)生命維持装置を搭載した無人月面車打ち上げ。
1975年4月13日 ソユーズLOK1号 月着陸 N-1-F (無人) 豊かの海に着陸
故障時のバックアップ用。
1975年4月17日 ソユーズLOK2号 月着陸 N-1-F ヴァレンチナ・ヴラディミロヴナ・テレシコヴァ
イリーナ・ソロウィオワ 豊かの海に着陸
女性初の月着陸。
1975年4月20日 ルナホート5・6号 月面車打ち上げ プロトン (無人)生命維持装置を搭載した無人月面車打ち上げ。
1975年4月7日 ソユーズLOK3号 月着陸 N-1-F (無人) 豊かの海に着陸。
故障時のバックアップ用。
1975年5月11日 ソユーズLOK4号 月着陸 N-1-F アレクセイ・レオーノフ
パベル・ベリャーエフ 豊かの海に着陸。
月面での金属結晶生成実験
1975年7月5日 ルナホート7号、8号 月面車打ち上げ プロトン (無人)生命維持装置を搭載した無人月面車打ち上げ。
1975年8月2日 ソユーズLOK5号 月着陸 N-1-F (無人) モスクワの海に着陸。


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出典: バ科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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