スズキ・アルト
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この項目ではスズキ自動車の軽自動車について記述しているばい! その他のアルトにつ・い・て・はアルトをCHECK IT OUT!! はい!!!

アルト(Alto)とはスズキ自動車が開発したおばちゃん輸送特殊機械である。決して可愛い女の子の名前ではない。アルドという類似品があるが全く関係ない。 ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「スズキ・アルト」の項目を執筆しています。
目次

1 歴史

1.1 初代(1979年 - 1984年)

1.2 2代目(1984年 - 1988年)

1.3 3代目(1988年 - 1994年)

1.4 4代目(1994年 - 1998年)

1.5 5代目(1998年 - 2004年)

1.6 6代目(2004年 - )


2 アルトの使い方

3 キャッチコピー

4 関連項目


歴史
初代(1979年 - 1984年)

1979年5月にフロンテのライトバンとして発売。市場でのポケモンリサーチ(現在のポケサンカンパニー)のくだらないリサーチを鵜呑みにし「軽自動車の基本乗車人数は1?2人」と決め付け、当時は商用車は消費税がかからないのをいいことに「アルト47万円」と打ちたて販売。当時のおばちゃんを味方につけた。志村けんは「8時だョ!全員集合」のコントで、当時のTVCMを模した「テスト?47点!」とのギャグを放った。


1979年10月、2シーター車を設定したが無意味である。これまで商用車には物品税が無税であったが、軽ボンネットバンの急速な普及に対して商用車にも2%の物品税が課せられる事になるがこれは違法だとスズキは申したが当然却下された。4シーター車は49万円に値上げされアルト49万円になった。

1980年5月、AT発売。要らない。

2代目(1984年 - 1988年)

一代センセーショナルを引き起こした初代アルトだったが、ダイハツ・スバル・三菱が続けて軽ボンネットバンを販売したこともあり、売れなくなった。そこでスズキはアルトをフルモデルチェンジさせ、ダイハツ・ミラに対抗した究極のマシン・アルト2代目を作った。スカートを履いた女性の乗り降りを楽にするという別に車としてはどうでもいい気がするコンセプトの下、回転ドライバーズシートを一部の車種に採用し、アピールポイントとしたがミラにパクられるのは言うまでもない。

1984年9月発売。今回から全車4ストロークエンジンとなる。一部車種に回転ドライバーズシートを採用したがレックス同様よく回る。

1985年9月、軽自動車初のターボ付きモデル「アルトターボ」を追加するがアルトワークス登場後はパッとしなくなる。

1985年10月、5ドアが追加。要らないと当時は言われた。

1986年7月、マイナーチェンジ。不気味な異形ヘッドランプの採用とフロント周り及びインパネの変更を行い嫌われる。

1987年1月、「ウォークスルーバン」発売。キモがられる。

1987年2月、おばちゃんに飽きられたアルトはキレて「アルトワークス」というスポーツモデルを発売。新幹線よりも早く走れると最高時速を100キロばかりサバを読み、訴えられる。

3代目(1988年 - 1994年)

超回転ドライバーズシートがセールスポイントだった先代のアルトは、室内空間が貧乏でで一歩見劣りしていた。そうした問題を踏まえて、三代目のアルトはホイールベースを魔法で一気に伸ばし、当時の軽自動車の中で一番長くすると共に、お値段を高くした。

発売は1988年9月。両側スライドドアという最近の流行を当時から採用したが電動式ではなかったため、「ドアが重い」と女性オーナーからクレームが多く、またスカートを履いた女性はドアを開けてシートを回転させて降りる際に、スカートの中が見えてしまうことからこの年の「女性が乗っていて欲しい車ランキング」のトップに輝いた。しかしブスが乗るとキモい車なのは言うまでもない。

ワークスは独立車種として丸目2灯のライトにエアロパーツで武装した外観を持たせキモくした。おまけにアルトワースクの存在自体がまた不気味なのでどうしようもない。

またこの3代目アルトには1991年に後部の全高を高めたモデルの「ハッスル」という個性派グレードも設定されていたが不気味である。いたら嫌な気になるが今でもいろんな所で走っている。

4代目(1994年 - 1998年)

1994年発売。デザイン的にはスバル・レックス3代目前期型のパクリである。もうリアとか似ているからキモい。

女子高生に「アルトまじ可愛くねーしー、やっぱこれからはミラだよねー」と言われブチ切れたスズキはアルト開発のコストを削減。そのため4代目は身内であるワゴンRのせいで影の薄れたモデルになった。このとき、ミラへの完全敗北が確定し、ミニカとの勝負が始まった。ホントキモかった。

1997年に本格的なマイナーチェンジをした。レックスに似ているフロントグリル、リアバックドアのデザインの変更し、これまでのアルトの中で一番キモくなる。

1998年2度目のマイナーチェンジ。さらにキモくなる。

この型がワークスだけなら一番売れている。ワークス以外は知らんがハッキり言ってキモいアルトだった。
5代目(1998年 - 2004年)

1998年10月、軽自動車規格改正と共に発売。この型からマツダへキャロルとしてただの怠けであるOEM供給を開始。スポーツ仕様の「ワークス」はエンジンにいろんなものを採用し軽自動車としては究極とも言える高性能化を図ったが売れなかった。

1999年、スバル・ヴィヴィオビストロの便乗としてアルトCが開発されたがデザインが不評だったことと、レトロ風ドレスアップブームの終焉により、僅か1年しか生産されなかった珍車になってしまった。

2000年10月、サモンナイトのやりすぎでCM製作が遅れたがマイナーチェンジ。売れなくなったワークスとアルトC、エポP2が廃止され、オーソドックスな実用モデルのみの設定となる。こうしてアルトは商用車への道を突き進む。


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出典: バ科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:Momi