ウルトラマンギンガ
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ウルトラマンギンガとは、「スポンサーが袖を振ってくれないと特撮番組のクオリティはどこまでも下がっていく」と言うことを証明するために円谷プロがなけなしの金をはたいて作り上げた、一世一代の直訴状である。
目次

1 発端

2 概要

3 本作の特徴

3.1 防衛組織の削除

3.2 敵組織の設定

3.3 舞台全体の縮小

3.4 異常なまでに強いヒーロー像

3.5 人間ドラマ


4 本来この記事で紹介すべき項目

4.1 あらすじ

4.2 登場人物紹介


5 評価

6 結論

7 脚注

8 関連項目

発端

2011年。それは日本にとって受難の年であった。東日本大震災という、有史以来最大の災害により、人々の心は沈み、科学技術への疑問の声も沸々と沸き上がった。これをどげんかせんといかんということで、円谷プロは『ウルトラマン列伝』の放映を開始した。どうせ赤リンクなんで、詳しいことはソッチを立項してくれたらソレに任せるが、端的に言えば過去作品の再放送とウルトラマンゼロによる茶番寸劇を挟んだ30分番組である。一回の予算は映画数分ぶんにも満たない程の、いわば旧作の使い回しである。

これを「くだらない」「せこい」と一蹴するのは簡単であるが、事はそう簡単ではない。ウルトラシリーズは80年代にネタ切れを起こした際、旧作を使いまわした映画や児童誌設定をモデルにした低予算番組『アンドロメロス』などで糊口を凌いでいた時期がある[1]。今見れば「そりゃねーよ」と言いたくなるようなオワコン振りを露呈していたわけだが、(当時はビデオ もあまり普及しておらず)過去作を見ていない児童はカイジューをウルトラマンがスペシュームコーセンでぶっ飛ばしていればそれで満足していたので、なんとか首の皮一枚繋がった円谷は海外ロケやギャグ映画を作れるだけの予算をかろーじて得ることに成功し、90年代半ばでギリギリ30周年記念大作『ウルトラマンティガ』を作れるに至ったのである。このように、ウルトラを見るのはまだ自分の名前を平仮名で書くのがやっとのお子ちゃまが半分近くを占める以上、過去作の再放送は決して無益ではないのである。

かくして円谷プロは『ウル列』による細々財政により、遂に映画を一本撮れるだけの予算をため込み、翌2012年円谷プロは映画『ウルトラマンサーガ』を発表。苦しい財政を逆手に取り、ディストピア世界で怪獣からの侵攻にもめげずに懸命に生きる地球人の、そして弱き者のために戦い抜いたウルトラ戦士の活躍を描いた本作は5億7000万の売り上げを記録し[2]、大健闘を果たした。

が、ここに来てついに第2の試練の時が訪れたのである。

2012年某日。円谷の株主総会において、出資者たちは口々に「『サーガ』面白かったですね」と語る。掴みは上々で、これからの投資に皮算用が止まらない円谷プロだったが、株主たちはとんでもないことを言い始めた。

「サーガがウケたんで、今度はテレビ番組でちゃんとしたウルトラマンをやってくれや。勿論怪獣プロレスとかじゃなくて、ちゃんと地球で闘うヤツな!」

驚き椅子を立つ円谷及び関連事業者たち。これはイケる! ウルトラシリーズの再興劇もここから始まるのだ! そう確信した一行の期待を、スポンサーは一撃で打ち砕いた。


「ただし先行投資はナシ! 今のままの予算でやってくれ。まーアレだ、昔のウルトラマンだって今用意してる『列伝』の予算あれば1クールくらい作れんだろ、じゃ頼む」





かくして、絶望の暗雲は円谷プロに襲いかかるのだった。ここに、どんな大怪獣よりも恐ろしい最大の宿敵『低予算』との戦いが始まった。
概要 東映稼ぎ頭から見た円谷プロの現状

ウルトラマンギンガは、『列伝』の後番組である『新ウルトラマン列伝』内の枠を使用して放送された特撮番組である。

これ以前のウルトラシリーズにおける新撮(2007年の深夜番組『ウルトラセブンX』以降)は、スポンサーからのタイアップも兼ねて予算が潤沢に有った映画版を除けば、『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』とか『ウルトラゼロファイト』[3]などと言った、(多少の人間ドラマに加え)な??????んにもないだだっ広い荒野で、ウルトラヒーローや怪獣がプロレスをやるだけ、という、実にシンプルなモノだった。

だがここにきて突き付けられたのは、「昔のように怪獣が街をぶっ壊し、颯爽と現れるウルトラヒーローがソレと戦う番組」という注文であった。

書くまでもないが、特撮は金がかかる。ロケ地への根回し、着ぐるみの作成、光学合成、爆薬、特殊メイク、そして俳優や声優のギャラ…ect.とにかく金食い虫なのである。それを支えるのは、当然ながらDVDと関連グッズの売り上げである。フツーのドラマとは異なり視聴者層は大概ファミリー層なので、お零れに与る商品もある程度限られる。故に、現在(ご当地ヒーローなどの低予算番組ではない)特撮番組は東映と円谷くらいしか作れず、しかもその中においても東映の一強状態であった。というのも、巨大ヒーローはミニチュアセットや「正義陣営」のメカニック、更にはハデな爆発などが等身大のソレに比べて量・質共に比較にならないほど値がかさむのだ。故に、東映お得意の等身大ヒーローなら10稼げば帳消しになる赤字が、円谷は200くらい稼がねば到底補填できない。

にも拘らず、先行投資はゼロ!! ウルトラマンゼロ! セブンの息子!!! この状態で「ちゃんとしたウルトラシリーズ」を制作する理不尽さを形容すれば「材木とノコギリは融通してやるから、今から本州四国連絡橋をかけろ」というくらい無謀であった。当然円谷は何とかして融通を繰り返すのだが、そんなことを露ほども知らないスポンサーたちは「無い袖は振れないんで」「今までだってウルトラシリーズ頑張ってやって来たんだから出来るっしょ」「お前らが本気でやれば熱意でどうにかできるだろ」「所詮子供番組じゃん」「へぇ?、で・き・な・い・んだぁ?…」など、百万言を費やしてでも追加の予算を出そうとしなかった。

残されたのはムチャ振りと、とても既存作には届かない寂しい懐のみ。スポンサーが退出した一室で、失意のどん底に沈む円谷スタッフたちは、遂にある決断を下す。


「分からず屋の素人衆共に、いかに巨大ヒーローには予算が必要か思い知らせてやる!!!」


と…。
本作の特徴 制作状況を端的に表現すると、こうなる。

『ウルトラマンギンガ』のテーマは、ずばり「」である。『ギンガ』は後述する通り少年少女たちが主人公になっており、己の「夢」のために突っ走る姿が描かれている…と表向きは解されている。しかし、その実態は「夢」と「それを叶えるための犠牲」が主題である。

本作は予定された予算が仮面ライダー並、いや全話合わせれば遥かに下という悪夢のまま開始した。そのため、徹底して「予算が足りない」と言うことを表現し、スポンサーに見せつけるべく以下のような取り組みが行われた。
防衛組織の削除

ウルトラシリーズは「マルチバース」といって様々な世界が並行して進んでいる(例えば「昭和ウルトラマンの世界」「ティガダイナの世界」「Nの世界」などが有名である)。既存の世界の続編とする案もあったが、提示された予算で新規組織を作り出し、しかも毎回怪獣を暴れ回らせるのは不可能で、1話作ればその時点で予算が底をつくレベルであった。

かくして、『ウルトラQ』などと同じく、『ギンガ』には一切防衛組織が登場しない。それどころか、自衛隊や軍隊すらもまるっきり登場しない。まるで東映特撮であるが、防衛組織というものは現実に存在していようがいまいが、基地やら戦闘機やらやら銃火器やら、とにかくありとあらゆるミニチュアや大道具が必要となり、怪獣以上の金食い虫となる。従って、限られた予算では「大砲でドンパチやるような集団VS大怪獣」といった描写はとても撮影できる代物ではなく、これらは全カットせざるを得なかった。

この英断を下した一行は、次なる予算削減策を組む。
敵組織の設定

東映作品とは異なり、基本的にウルトラには明確な敵組織はあまり登場しない。せいぜい『ウルトラマンエース』のヤプールや『ウルトラマンネクサス』のスペースビースト、『ウルトラマンメビウス』後半のエンペラ一味くらいであろう。基本的に怪獣や宇宙人は徒党を組むこともなく、特に理由もなく現れては毎週のように街を壊しまくっていた

しかし、この方式が出来るのは、主人公たちに「足」がある場合のみである。怪獣や侵略者は日本、否、地球全土に全く空気を読まずに現れ 7ff0 る。マッハいくつで飛んでいける戦闘機などの機動力と、どこに怪獣が出現したか瞬時に把握できる情報網(まあ、こちらに関しては60年代より今の方が手軽かもしれないが)がなければ、駆け付けたころには怪獣は破壊に飽きて帰っているやも知れず、ウルトラマンは何の役にも立たないまま呆然と廃墟と化した街に佇みカラータイマーを点滅させるハメになる。

従って、『ギンガ』では敵役を全部一か所に纏め、しかも舞台となる街しか狙わないという方策に出るしかなかった。さて、これはどこかで見たことがあるのではないだろうか?


そう、ご当地ヒーローである。


低予算で迫力を出し、子供に飽きさせないという方針においてはご当地ヒーローはメジャーヒーローに引けを取らない実力を持つ。現に平成ライダーも2期以降はなぜか主人公のいる街ばかりが怪人に狙われ、自慢の愛機を使う間もなく徒歩で駆け付けても余裕で間に合うという方式になっていたが、これも(いい意味で)ご当地ヒーローの長所を取り入れたことで作品全体のリアリティの補助と低予算の誤魔化しの一助となっているのである。

かくして『ギンガ』は前代未聞の「ご当地ウルトラマン」として企画が通り、設定のダイエットは更に続くこととなる。
舞台全体の縮小

先刻「まるで平成2期ライダーだ」と語ったこのギンガ、内容も平成2期ライダー寄りにシフトしており、舞台はド田舎、主人公高校生になっている。もう一度書く。ウルトラシリーズにも拘らず、本作の舞台はド田舎、主人公は一高校生である。画期的すぎる試みであった。

実際、円谷も「電光超人グリッドマン」というちょっとマイナーな作品で学生を主人公にしているが、アレはあくまで電脳世界での戦いが舞台だから出来たのであって、現実に怪獣がウガーなどと言いつつや光線を吐きまくって暴れ回り、1度出現するたびに何十兆円という大損害をもたらすであろう怪獣ものには、こういう設定はとんと向かぬ。にも拘らず本作はそれを断行した。オマケに、舞台がエロゲー並のご近所物語になってしまったため、抱える内容もドンドン小規模になっていった。

例えば、学園を舞台にした『ウルトラマン80』では、教師を主人公とし、生徒全員とぶつかり合って行き、保護者や他の先生も物語に花を添えていた。しかし『80』を遥かに下回る予算の『ギンガ』ではそんなことをする余裕はとてもなく、エキストラは徹底的に切り詰められ、最終的に主人公の周囲を固める人物が両手で数えられるという町内会のような話になってしまった。これにあとは1話コッキリ(その後はせいぜい終盤で元気玉要員として出てくればよいのである)のゲストを入れれば、最早防衛組織など無くても人間ドラマは十分描けるのである。

このように小ぢんまりした箱庭的世界では、怪獣の暴れ度合いもおのずから限られる。間違ってもガタノゾーアみたいなやつが出てもらっては困るのである。怪獣たちはなるべく自然(のセット)や町(のミニチュア)を壊さず、ウルトラマンもなるべく町から遠ざけつつ戦わねば、2話目以降は「復興に尽力するボランティアを踏み躙る怪獣」という、全く笑えない状況になってしまう。従って怪獣たちは『行け!ゴッドマン』ばりに空気を読み、戦々恐々としつつウルトラマンとオソルオソル戦わねばならないことになった。

そしてこの方針が更なる変化を齎すことになる。
異常なまでに強いヒーロー像

怪獣が強く、ヒーローが毎回苦戦するが、仲間との協力や新技によってピンチを脱出し一発逆転…というのは、ウルトラシリーズのみならず他の特撮でも言えるお決まりのパターンである。出木杉君も言っている通り、ピンチシーンはスリルとサスペンスを呼び、逆転した時のカタルシスも大きくなる。しかし、当然ながらヒーローがピンチに追いやられるほど敵が強いということは、戦闘シーンがこの記事のように冗長になり、破壊されるセットやサポートメカなどの演出も多くなる。

故に、あくまでヒーローと怪獣の決戦を描けと言われた円谷は、ヒーローであるウルトラマンギンガを途轍もなく強く描き、相手のあらゆる攻撃を物ともせずにケチョンケチョンにやっつけることで、欠如したピンチシーンの補填に費やした。旧作の怪獣が完全噛ませ犬扱いしようが、お構いなしである。度を越してピンチに一度も陥らないというのはある種の爽快感を(特に子供は)呼び、手に汗握る逆転劇ではなく、手に汗握る敵の処刑ショーを送ることになった。言うなれば幕ノ内一歩の試合が前者だとすれば、本作は鷹村VSパッと出のミドル級ランカーくらいの差があるわけで、ある種の安心感を齎し、低予算ながら着実に迫力を出すことが出来たのである。
人間ドラマ

そして、特撮で忘れてはいけないのが人間ドラマパートである。今までの怪獣プロレスではとりあえず戦っておけば尺は稼げたが、人間がウルトラヒーローに変身する以上、変身前の姿も描かねばならない。当然ながらここが特撮番組の骨子であり、『ギンガ』のように低予算だったら猶更重点的に描かねばならない。

上記のような予算ダイエットどころか予算階級ダウンを果たし、ジョーと戦う前の力石の如き様相を呈した特撮パートを撮影し終わったスタッフは、ドラマパートに「予算下さいアピール」もとい、「現実の非情さ」を描き出すことを考えた。

『ギンガ』の主人公は高校生である。十代後半、自尊心と現実の壁に何度もぶち当たる主人公たちの姿は、金と時間があれば大作だって目ではないのに、置かれる境遇の辛さから地獄となった円谷プロの撮影スタッフたちの苦心惨憺とも重なる。ギンガが掴もうとしたのは『夢』。円谷が思い描いていたのも『夢』。そしてその前に立ちふさがるのは、不条理なまでに強く、心を幾度となく居り続けてくる悪鬼羅刹の如き『苦境』であった。

かつて、偉大なる達人は言った。

「哀しみを知らぬ者に、勝利はない」と。

『ウルトラマンギンガ』は、予算が無いという圧倒的な哀しみの中で生まれた。それは、幾度となく経営危機に陥り、その度に立ち上がってきた末に訪れた、最大の難関でもあった。しかし、その哀しみを分かち合える者は、残念ながらスポンサーにはいなかった。哀しみを知らなければ、勝利など訪れない。それを証明するために、ひいては、決して負けるとわかっていても立ち向かい続けることの大事さを知らしめるために、ギンガはクランクアップを迎えた。



本来この記事で紹介すべき項目

本記事ではいかにギンガが難産であったかを紹介するため、作品自体の解説は最小限に留める。誰かギンガSの項目を立てるかもしれないし。
あらすじ

遥かな大昔、ウルトラ戦士たちと怪獣軍団はと闇に分かれ戦い続けていた。その最中、何者かの介入により、怪獣やウルトラマンは全て「スパークドールズ」と呼ばれる人形に封印されてしまう。スパークドールズは怪獣のいない別宇宙に飛ばされ、その宇宙における「地球」に流れ落ちた。

それから月日は流れ、片田舎「降星町」では異変が起こっていた。予知夢に導かれ、祖父の故郷である降星町に足を運んだ高校生・礼堂ヒカルは、スパークドールズの怪獣に憑依し顕現する力を持つ「ギンガスパーク」と、唯一意識を保ったスパークドール・ウルトラマンタロウと出会う。運命に選ばれたヒカルは、スパークドールズの怪獣を顕現させて暴れ回る謎の一団を相手取り、ウルトラマンギンガに変身して仲間たちと共に戦い抜く。
登場人物紹介
礼堂ヒカル(らいどう ひかる)
主人公。高校生。ギンガのスパークドールズをライブ
[4]し、ウルトラマンギンガに変身して悪を討つ熱血漢。冒険家になるのが夢。戦隊でいう所のレッド。
石動美鈴(いするぎ みすず)
ヒロイン。ヒカルの実家である降星神社で巫女のバイトをしている女子高生。和菓子職人になるのが夢。戦隊でいう所のイエロー。
渡会健太(わたらい けんた)
ヒカルの幼馴染。写真館を継いでカメラマンになるのが夢。戦隊でいう所のブルー。
久野千草(くの ちぐさ)
ヒカルの幼馴染で、アイドルを目指す少女。戦隊でいう所のピンク。
一条寺友也(いちじょうじ ともや)
財閥の息子で超天才児。巨大ロボットジャンナインを操る。戦隊でいう所のブラック(追加戦士)。
ウルトラマンタロウ
早く大きくなりたい。
ウルトラマンギンガ
強い。
ダークルギエル
ラスボスの割にはやることがしょぼく、ほんとにこんなヤツが幾千もの怪獣やウルトラヒーローを人形に変えられたことには疑問符が残る。
闇のエージェント
いわゆるドロンボー一味ばいきんまんに当たるアレ。
バルキー星人
インチキ外国人風。
イカルス星人
イカ娘のパチモン。
ナックル星人グレイ
オカマ。
評価 試写会における観客の様子

本作の試写会が行われた時、会場は水を打ったかのごとく静かになった。腰より高い建物が見当たらない超ド田舎で暴れ回る怪獣。どこからどう見ても廃校だとすぐわかる背景。何もせず、存在しているかどうかすら疑わしい公権力。「怪獣出てきてマジワロスwww」的な情報が一切錯綜しない、昭和の時代の如き情報網。そして、圧倒的なまでに強すぎるウルトラマンギンガ……。

スポンサーはその あ ま り の 惨 状 を目の当たりにして、いかに自分たちがムチャな注文を突き付けてきたかを即座に理解した。かくしてスクリーンの中でどう見ても作り物だとわかる背景をバックに、弱すぎて可哀そうになってくるような怪獣軍団を蹴散らすギンガの姿は、まるで爆弾が降り注ぐ中で餌を乞い死に体になりながらも芸をする上野動物園ののようであった。

視聴していたスポンサーたちは皆、目を覆い、泣き崩れ、魘された。駄作なのではない。哀しいのだ。無敵のスーパーヒーローも、「予算が無い」というだけで、ここまで悲痛な戦いになってしまうことを、彼らは即座に理解し、自分たちの過去の発言を悔いて泣いた。そして首を垂れ悔悟と悲嘆に打ちひしがれるスポンサーに向け、円谷は宣言した。


「私たちはこれを放送します」と。


それを聞いて色を変えたスポンサーたちは「それだけはやめてくれ」と叫んだが、時既に遅し。自分たちがダークルギエルなんぞよりもっとひどい悪玉として円谷に祭り上げられたことを知った彼らは、円谷の望む限りの援助を出すことを誓い、完全に道化となった『ウルトラマンギンガ』を何が何でも「黒歴史」に葬り去らないようにするため、劇場版(短いけどね)の制作権限と続編『ウルトラマンギンガS』の製作費を出すことを決断した。

かくして、ウルトラマンギンガは放送された。

昭和の時代のソレに無理矢理現代の光学技術を加えたような低廉な特撮ではあったが、怪獣たちに果敢に挑むギンガの姿は、『ギンガ』世界の空が象徴するような薄曇りの現代においてなおも輝くものだった。

物語終盤、遂に姿を現したダークルギエルはギンガを滅ぼすために、ド田舎のボロ学校を襲おうとする。本来なら東京のど真ん中に現れ、防衛隊や自衛隊を蚊蜻蛉の如く蹴散らして東京タワーや都庁をぶっ壊しつつ、全人類に「平伏せーい」などと言いたかったことだろう。しかし、それは『ギンガ』の物語が許さなかった。やることはちっぽけな廃校を壊すことしかできなかった。

そして、その矮小な箱庭の中に取り残されたウルトラマンタロウは、大人の事情というたった5文字の壁を乗り越えることが出来ず、ルギエルの専横に無い歯を食いしばりながら抗うことも出来ずにいた。その姿は、まるでかつての栄光から遠く離された今の円谷の写し鏡のようであった。

しかし、それでもタロウは立ち上がった。かつて彼の義兄たちが言った言葉が、胸に残っていたからだろう。


ハヤタ「前に私たちは教えたはずだ!」
 ダン「大切なのは、最後まであきらめず、立ち向かうことだ。」
  「例えわずかな希望でも、勝利を信じて戦うことだ。」
 北斗「信じる心。その心の強さが不可能を可能にする。」
ハヤタ「それが、ウルトラマンだ。」

(出典:映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』)


タロウは仲間たちの思いを繋いで、ついに変身。ルギエルの強さに押されながらも、をギンガへと託し、最強の敵を倒し全ての怪獣やウルトラ戦士を解き放った。

毎週のように、『ギンガ』の劣悪すぎる撮影環境に涙していたスポンサーや視聴者(特にお父さん世代)、そしてスタッフたち。「ひどすぎる」「最悪の作品だ」と罵り哀れみながらも、気づけば皆の心は一つになっていた。そして、怪獣たちの前に膝をつきそうになるタロウの姿を見ていつしか心の底から応援し、思いを繋いだギンガが、遥か天空に輝く月面で強大な悪を打ち滅ぼした時、皆が一様に涙していた。その涙の味は、1話とは全く異なるものだった。

こうして、円谷の当初の思いは達成され、また皮肉にも、スポンサーが思い描いていた「今の懐事情でも名作は作れる」という青写真を体現するに至った。しかし、第2第3の『ギンガ』を作ることは、もう許されない。何故なら、ヒーローが齎すべきものは、哀れみや怒りではなく愛と勇気、そして希望だからだ。

かくして、『新ウルトラマン列伝』では、急遽『ギンガ』の続編として『ウルトラマンギンガS』の制作が決定した。勿論製作費は潤沢に組まれ、防衛組織が登場するのみならず、なんと2人目のウルトラマンやオリジナル怪獣まで登場。悲劇の子『ギンガ』は、『ギンガS』でようやく重く硬い殻を脱ぎ捨て、蝶となり飛び立ったのだ。
結論

「ウルトラマンギンガ」という特撮がある。

予算に恵まれず、納期もひっ迫した環境で、彼は生まれた。凄まじい逆境だった。凄まじく苛烈だった。ギンガの作品としての人生は、あまりに厳しかった。しかし、そんな中でも、彼は「予算が無い」という苦しみを表現すべく千荊万棘を乗り越えながらも戦い抜いた。

その姿は、かつて全ての原罪を背負い、極悪人と断ぜられてもなお人の行く末を案じ希望と情熱を語り継いだ、イエス・キリストの姿にも似ていた。で打たれ、茨の冠を被せられ、重い重い十字架を背負い、(ウルトラ5兄弟が捕えられた星と同じ名の)坂道を歩き続けた、痩せぎすの聖人の姿に。

イエスはみすぼらしい姿で命を落とし、教義は未来へと残り、人々を救った。

ギンガは惨状の中で幕を下ろし、ウルトラシリーズの新たな地平を作り出した。

その姿は、予算に恵まれた他のウルトラシリーズと比べてもなお聖なるものであり、美しかった。ギンガは汚れ役を全うし、続く『ギンガS』で咲くことが出来た。蓮はをかぶって咲き、は吹雪を乗り越えて満開になる。『ウルトラマンギンガ』という特撮は、手放しで褒められるほど優れた作品ではない。しかし、『ギンガ』があったからこそ、人々はウルトラシリーズの本当の姿を見ることが出来た。

NO MORE GINGA。 BUT,REMEMBER GINGA。

ギンガの思いは、その主題歌と共に、永遠に語り継がれていくことだろう。



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スポンサーがたった一人でも キミ[5]を守りたい 3ff6
いつもいつもいつもいつも 側にいるから
どんなに制作環境が辛くて どんなに予算が苦しくても
きっときっときっときっと ゴールは近いから

星空[6]に 輝けギンガ
もう一度 キミ[7]に会うために

その胸に宿した 夢の翼広げ
高く高く高く高く 空[8]へ飛び立て
固く繋ぎ合った 君[9]のその手を
ずっとずっとずっとずっと ずっと離さない 一蓮托生じゃあ!!

時を超え 子供たちの心に輝けギンガ
栄光あれ いつまでも空[10]


もしも またスポンサーがいつか遠く 離れたとしても
笑顔と その優しさと 絆を忘れないで

「行くぜギンガ!!」

星空[11]に 輝けギンガ
もう一度 キミ[12]に会うために


旅は続く。世界は終わらない。

これまでも、これからもずっと。
脚注^ ぶっちゃけた話、60年代後半『ウルトラセブン』が完結したころには円谷プロは倒産しかねないほどの赤字を抱えており、『ウルトラファイト』というバカ番組で爪に灯を灯し生活を行っていたので、「本気で取り組む→悪乗り→やりすぎて貧乏に→下積み→本気で取り組む」の無限ループはこの会社の宿痾といっても過言ではない。そもそも円谷プロはあまりにどんぶり勘定すぎる上に何十回失敗しても一向に過去の反省を全く行わないせいで数え切れないほどの大ピンチに陥っているのだが、そのことに関してはそのうち誰かが「円谷プロ」の項目でやってくれるはずだ。
^ ちなみに同年の低年齢層向け映画を比較してみると、『イナズマイレブンダンボール戦機』は6億8000万、『スマイルプリキュア』は9億2000万、『スーパーヒーロー大戦』は15億6000万、『おおかみこどもの雨と雪』に至っては42億である。
^ 『列伝』内で『サーガ』の後日談として制作された、ウルトラマンゼロと怪獣が何もない星でプロレスをやる短編ドラマ。
^ ギンガスパークや対を為す「ダークスパーク」などでスパークドールズを元の姿に戻し、その体を乗っ取って変身すること。皆さんの予想通り変身時間は3分。
^ 視聴者。
^ 子供たちの夢の隠喩。
^ ウルトラシリーズのファン。
^ 市場経済。
^ 勿論スポンサーの事。
^ サブカルチュア界。
^ 子供たちの夢の隠喩。
^ ウルトラシリーズのファン。

関連項目

ウルトラマンビクトリー:続編に出てくるサブトラマン。

ウルトラマンX

ウルトラマンオーブ

仮面ライダーディケイド

海賊戦隊ゴーカイジャー
 ・話・ ⇒・ ⇒ ウルトラシリーズ

昭和 :Q - 初代マン - キャプテン - セブン - ジャック - エース - タロウ - レオ - ジョーニアス - 80
平成・20世紀 :ティガ - ダイナ - ガイア
平成・21世紀 :コスモス - ネクサス - マックス - メビウス - ゼロ - ギンガ - X - オーブ - ジード
海外 :USA - G - パワード
その他の作品 :VS仮面ライダー - ゼアス - ネオス - 銀河伝説 - 激伝 - 列伝
関連キャラクター :ゾフィー - - - キング - アストラ - アグル - ビクトリー
怪獣・宇宙人 :エレキング - 円盤生物 - 52f0 ギャラクトロン - ゴモラ - サドラ - ザラブ星人 - ジャミラ - ゼットン - ゼットン星人 - タイラント - バルタン星人 - パンドン - ベリアル - ボガール - マグマ星人 - レッドキング - その他
その他 :ミラーマン - ファイヤーマン - ジャンボーグA - ジャンボーグ9 - メロス - グリッドマン - 妹 - ハヌマーン - ウルトラマンセブン - ウルトラマン着衣問題 - レッドマン - - サイダー


執筆コンテスト
本項は第35回執筆コンテストに出品されました。


更新日時:2018年2月4日(日)11:17
取得日時:2018/05/12 19:53


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