ウィキペディア
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この項目では、自称百科事典について記述しているばい! 「ウィキペディア」のその他の用法につ・い・て・は「ウィキペディア (曖昧さ回避)」をCHECK IT OUT!! はい!!!
秀逸な記事

この記事は秀逸な記事だよ。書いた本人とひよこ陛下が言うんだから間違いない。より素晴らしい記事にできるってんなら、してみやがってください。お願いしましたよ。

ウィキペディア (Wikipedia) は、“最高の内容を目指す”と自称している、インターネット上の百科事典モドキ。本家アンサイクロペディアじゃなくウィキペディアをパロディしているのがアンサイクロペディアである。

利用の結果生じた損害について一切責任を負わず、利用・内容の合法性、正確性、安全性等、あらゆる点において無保証[1]

以下では特筆が無い限り、日本語版に関して記す。
目次

1 概要

2 思想と実態

3 記事

4 闇魔法

4.1 相手を見破る闇魔法

4.2 コンボによる闇魔法

4.2.1 ある程度しっかりした記事を削除する闇魔法 - 削除依頼+分割


4.3 気に食わない相手を追放する闇魔法 - コメント依頼

4.4 最終闇魔法 - 寄付要求


5 ウィキペディア (ソフトウェア開発会社)との対立

6 日本語版ウィキペディアの特徴

7 ウィキペディアン達の終わらぬ戦争

7.1 アンサイクロペディアの平和な世界


8 偉大なる管理者様

8.1 管理業務いろいろ


9 ウィキペディアの中立性

9.1 中立性が揺らぐと書き込む人間が増える

9.2 戦いすんで日が暮れて


10 ウィキペディアの存在不必要性

11 帝国の再建

12 ウィキペディアの文化

12.1 ウィキペディアと露出狂

12.2 ウィキペディアと盗撮

12.3 ウィキペディアと病


13 他の側面

14 宣伝サイトとしてのウィキペディア

15 新種の振り込めサイト

16 少年法に関する扱い

17 ウィキペディアに関するコメント

18 脚注

19 関連項目

20 外部リンク

概要 ウィキペディアの初期。生まれたての頃 成長途中のロゴ。段々汚れていく。 ウィキペディアの現在のロゴ。闇の始まりである 偽物にWARNING!

「誰でも自由に編集できる」と自称する、「OTAKUのためにオタクが作った」オタク百科事典である。なお「誰でも編集できる」としているが、その一方で「基本方針(後述の通り、実質は独裁である)に同意した人だけが新しく執筆したり記事を作成できる」と書かれている[2]。「杜撰(ずさん)」の現代英語訳。別名・「まとめ@Wiki」。たまにウェケペデア(WakiPDA)と言う人がいる。
思想と実態

「百科」の名に反し、掲載可能なものは「管理者[3]」の理解に及ぶ内容に限られる。実態は管狸者たちとウィキペディア自警団自慰行為の場と化している。彼らは管理とは名ばかりの監視を行い、共産主義国家における中央委員会、独裁体制国家における最高評議会のような様相を呈している。この「管狸者」集団と自警団の「認可」と「了承」を得ないと更新一つままならず、執筆・編集は彼らの偏った価値観、低い知能レベルに沿った内容が求められる。そのため多くの社会的機関が未だにこの「百科事典」からの引用を認めていない。

事実や真実を書き込むと「即時削除」され、捏造であっても都合のいい内容を、またいやがらせメッセージを書き込めば、永久保存される。社会学的には営利企業が自社商品を簡易・安価・効果的に宣伝出来る場。“○○についてぼくがしっていること”を好き勝手に書き殴る場でもある。

編集は、固い頭と頑迷固陋な精神を持つウィキペディアンなる「ユーモア欠落症患者」や、いわゆるナルシストの内の反社会的な人々たる「平気でウソをつく人たち」が行なう、多彩で巨大な悪い冗談である。医療についてこれに頼れば非常に危険(「死んでも知らない、真実を知りたきゃ医者に聞け、ウィキペディアは医学書じゃねぇんだ」と公言してある。しかも2013年3月中旬にはこれさえも“議論の結果、廃止”とかで消滅した)で、これを参考にして命を落とした人間は世界中の飛行機を使っても一日では運べない数になっており、一部ではWELQよりもタチが悪い等と言われている。

一般社会での評価は、「オンライン百科事典を自称する宣伝サイト、とりわけ、大企業の巨大商品(原子力発電所も含めて)では特に悪質である」。「ずさん以下でうっかり引用して会社をクビになった。」「うっかり正しいと信じて国会で笑われた。」。さらに「精神病患者隔離施設、ポルノ画像投稿サイト、犯行予告サイト」と揶揄される場合もある。唯一「オタクが作ったオタクのためのオタク百科事典」との好評価がある。サイト内での告発ページ(コメント依頼、投稿ブロック依頼)での陰湿なイジメ(ネットによる精神的虐待)があり、その様子はまさに小中学生のイジメである。なおこのページだけに参加する虚偽と邪悪に満ちた人がいる。

アダルトサイト「BOMIS」(ボミスまたはボーミス)[4]の運営者ジミー・ウェールズ(日本名:神保上州)が性風俗の用語集として開設したWikiである。財政的には、2001年1月15日より英語版が開始され、オープンコンテント形式で提供されている。その目的は世界のポルノサイトを宣伝し、ポルノ画像販売を事業としているボミス(ウェールズが代表者)を筆頭としたポルノ業界の社会的貢献名目での減税対策と、羊のような利用者から寄付金により成り立つ。将来的には財団が巨大な赤字を得られれる立場になれば、減税対策として企業間を転々譲渡される運命が待っている。もしも社会的地位を得られれば、それらを支配できるサイトとしてやはり転売される運命になる。

人的には、社会で何ら評価を一切されないヲタクらが唯一自己実現を安易に安価に可能とする場所を提供されたことにより、彼らの投稿する記事により内容が作成される。また、それらを管理す管理者は、主に邪悪なナルシシズムによるボランティアか、情報操作の目的による外国公務員などが精力的に当たるという三角形で大きく成長している。

近年、ウィキペディアは「2ちゃんねるの百科事典」「書式のある2ちゃんねる」とも言われる。実際、2ちゃんねらーやネットサヨがウィキペディアの記事を話題にし、自殺攻撃とも言える強圧的な記事の書き換えを行った結果、特にサブカルチャーと日本の戦後処理関連の記事において2ちゃんねらーのネタ投下辞典と化している(そもそも、名立たる学者の間でさえ意見が分かれている事象について、どこの馬の骨とも知れない素人が新事実を発見出来るものではない)。それに反発する一部のウィキペディアンとの間での醜い編集合戦こそが、ウィキペディアの原風景となっている。2011年には出典なしで存命人物を批判することは、訴訟が怖いので全面禁止となり[5]、ますます言論弾圧とファシズムの2ちゃんねる型掲示板へと成り下がっている。

また、Google検索と相互依存関係にある事から、「Googleの百科事典」とも言われる。多数のウェブページから結果的にリンクされるために、検索エンジンの最上位に必ず現れる。日本独自の事情から「電通の百科事典」と言いまわされる事もある。それは、ウィキペディアに嘘でも何でもいいから、自分や自社の情報を書き込むとGoogleで高いレーティングが与えられ、検索結果として妥当性なかろうとも関係なくヒットするためである(検索エンジン最適化)。2014年6月、鉄則だった宣伝行為禁止及び即時削除規定が「騙りもあり得るから作成者が単に関係者や本人と同名というだけではその対象には出来ない」として、たった一人の「削除者[6]」の独断により撤廃・緩和された[7]

このことから、広告を目的に役員(ベンチャーや中小の企業なら社長)がウィキペディアに自社の項目を作る企業は後をたたない。某パソコンソフトメーカーのサイトで「(製品名)がWikipediaに掲載されました!」、某企業・某クリエイティブアーティストが「わが社(私の名前と創作歴)はウィキペディアにも項目として存在します!」と宣伝(しかし内容は会社案内パンフレットレベルに過ぎない)。ただし、商売仇も指をくわえているわけではなく、商品のアラを探してはそこに放り込むことに、結構社員は帰宅後忙しい(あるメーカーの耐水パソコンはくわえていた指のよだれからキーボードを守りたいとの気持ちから開発が始まったのは有名な話である)。

なお、「ウィキペディア」とグーグル検索すると、ウィキペディアそのものや日本語版、ウィキが上位でヒットするのは去る事ながら、「ハロウィン」(映画ではない方の)やAKB48の内容までがなぜか上位に登場する。
記事 ウィキペディアの使う思想操作機(左)、情報官(右)。「ウィキペディアの信頼性はブリタニカ百科事典と同等である!!」

英語版開設から現在にかけて、無意味な記事の作成をやたらめったに行ない、且つ放置を繰り返した結果、現在、24時間営業参加している執筆者(普通に朝起きて夜寝ている人間と、完全に昼夜逆転している自宅警備員の2通りがいるようだ)の多くが何らかのオタクであり、ウィキペディア=自己表現におり自己実現を見出す場とするナニカである。

特に一部の執筆者はウィキペディアの主旨に従って性科学ないし性風俗に関する記事の投稿、およびわいせつな画像の投稿を最優先としている。その他にも、自身の趣味をあがなうため、日々せっせとアニメ漫画コンピュータゲーム兵器鉄道声優個々人、テレビの新番組といったサブカルチャー媒体を、自分自身の価値観で埋め尽くすべく、それら作品や物体・人物の寸評や私的な感情を、せっせと勤勉に書き込んでいる。実在の人物や企業に関する批判的記述は、名誉毀損で提訴されるのが怖いので書けないし、書くと消される。もはやこのように、人とはいえなくなったナニカも多く、人はそれをウィキペディアンと呼ぶ。なおウィキホリックという症状も存在する程である。

この延長で、様々なメインカルチャーに関する事柄や、科学政治経済哲学宗教芸術hydeの身長は156cmオカルトUMAUFO都市伝説や各種おまじないを含む)といった諸々の事象に関する記事、果てはメジャーデビューを目指し売り出し中のインディーズ系バンド、中小企業、起業家や青年実業家、自称クリエイター、自称アーティストの自社・自己紹介ページまでも作成され存在する(「 ⇒新しいページ」を参照。最新50ではなく出来るだけ多い数での閲覧を強くお勧めする)。もちろん、これらの一見ヲタとは無関係な記事にまでせっせとヲタ項目へのリンクを貼付けることも忘れてはいない。その一方で、真に作成されるべき肝心な事項は、未だに作られない(例として、「 ⇒ツンデレ」「 ⇒ロリ」「 ⇒ぷに」「 ⇒眼鏡っ娘」が項目として存在するくせに「お嬢様」の定義は ⇒存在しないギャルゲーエロゲには欠かせないキャラクターなのに)。

そして、概ねその内容は、混沌真理を内包している(→集合論)のと同様に、一応の客観的合理性を含むため、一部ではそこに記載された内容が、全面的に信頼に値する内容であると誤解されるが、スタージョンの法則によれば、その9割9分までもがカスである。

実際、ウィキペディアでは500以上の記事において ⇒正確性に疑問があることが指摘されているが、「一匹のゴキブリを見たら50匹いると思え」とする定理に従えば、指摘されていない記事も含めるとその数は50倍以上、すなわち2万ページを遥かに越えるのではないかとも考えられている。このような指摘に対してウィキペディアンたちは、「ウィキペディアのパロディサイトであるアンサイクロペディアと比較す?? 372e ?ば、ウィキペディアのほうが信頼できる。だからウィキペディアは世界一だ!!」、「英語版はブリタニカ大百科事典並みの信頼度を寄せられている、だから日本語版もブリタニカ日本語版並みに正確なのだ」等と主張している(ちなみに日本語版は日本語版に過ぎず、英語版を和訳したものではない)。どこかの真理教と同じにおいがする。

嘘を書き込んだとしても、出典付き(これが重要)でさえあればその真偽を確かめる方法はなく、釣りにさえ活用可能。ウィキペディアにさえ書かれていればたとえ架空・想像上の創作物であってもその物事は存在し、逆に、書かれていなければ、多数の耳目に触れる事実であってもこの世に存在しない事にされる(ギル・スコット・ヘロン「革命はテレビ中継されないだろう」)。このような思想を「出典原理主義」と言う。これは「出典さえ示せば何を書いてもよく」「出典のない記述を削除することは絶対的正義であるから、たとえ記事が断片化されて意味が通らない文章になろうが、前後で矛盾する記述になろうが、記事の分量が3分の1以下になろうが、他人の編集を台無しにしようが、個人的な対立の報復や嫌がらせに利用しようが、何者にも反対することは許されない」という教条のみを絶対的に信奉する思想である。この思想がたびたび編集者間の対立の原因となり、かつ、良心的な編集者が追い出されたり心を折られたりする原因となっている。この思想においてはさらに「この原理にさえ従っていればウィキペディアは世界一正確で有益な百科事典となる」と信じられているが、実際には「互いに論理的に背反する記述のいずれにも出典が示されている場合の記述はどうするべきか」や、「記事の内容として必要不可欠な箇所に出典が見つけられない場合はどうするべきか」といった問いに明確な答えを与えられず、根本的な矛盾を孕んでいる。この矛盾は「すべての価値に対して寛容であるべき、とするリベラリズムこそが唯一無二の絶対的に正しい真理」とするリベラリズムの矛盾とよく似ている。

また彼らウィキペディアンは堅苦しい表現を不必要なまでに大変好み、利用者の読み易さを度外視した改悪を行っている(決して改革ではない)。例としては、文を全て「である」で終わらせてみたり、持って回った表現をやたらに使ったり(「オッカムの剃刀」という言葉を知らないらしい)、長ったらしいカタカナの専門用語を説明なしに・また句読点を多用したり、同じ事の再三の繰り返し、ある記述に加筆を装って反論する、法律の文章をそのまま持ち込む(逆に、その項目で扱われているのは何なのかという部分は完全に疎かにされる)、といったパターンが多い。その結果として記事は恐ろしく冗長になってしまう。この行為は内部で雑草とりと呼ばれており、この世で堅苦しくないものは、総じて雑草、即ち邪魔であるかの如くの態度をとっており、この姿勢は一部の利用者から批判を受けている。しかし彼らはそれらの利用者を場を乱す行為、あるいは公序良俗に反する行為であるとして切り捨て、その意見を全く聞こうとはしないが、実体は下手糞な文章の陳列の域を出るものではない。

ウィキペディアでは ⇒日夜いくつも著作権侵害行為が行われてもいる。その数は当然アンサイクロペディアの比ではない。しかし彼らは卑劣にも証拠を隠滅したりして、訴えられるのを全力で避けているため、今まで裁判沙汰になったことは一度も無い。このような行為は、飲酒運転事故を起こした犯罪者が危険運転致死傷罪で処罰されるのを回避する為に酒気が抜けるまで逃げ続ける行為と非常に似ており、責任を負おうとせずに逃げ続ける管理者や運営者の悪魔的な人格を象徴している。ウィキペディアの内部でこの事が問題視されないのは、利用者が極めて少ないことを意味している。

中立性を重視していると思われがちだが、利用者によって考え(どれが中立でどれが偏向しているか)が違うため、百科事典に相応しくない記述が目立つ。そして、政治的、宗教的な記事になればなるほど、編集保護の名の下に、情報が古いまま固定される傾向が強いため、世界各国の主要な政治家の記事の多くについて、信頼性が相当低い。英語版の本家Wikipediaには見られない、“方針に賛同していただけるなら”という勝手で閉鎖的な独自ルールで固めているため、管狸者及び自警(ウィキペディアン)の思想や意に反する記述は即削除されるか、ソースの開示を求められるか、アカウントの停止を求めてくる。また、都合の悪い利用者の会話の内容を書き換えるといった手法をとる場合がある。管狸者にとって都合の悪い記事には信頼出来る文献を求めてくる反面、都合の悪い記事には著作権の侵害を理由に記事の全削除を求めてくる傾向にある。
闇魔法

ウィキペディアで実際に使用されている闇魔法である。
相手を見破る闇魔法

これは暗黒魔術の代表格。つかえる魔法使いはごく僅かである。この魔法を使いこなすには沢山のアカウントを使いこなして、山羊の頭のユーザーを羊の様に使うことができて初めて許される暗黒魔術である。但し使い方をまちがうと、鉄砲を持った公務員ナワで縛られる場合がある。
IPアドレスとISPを調べる。

ブラウザソフトを調べる。

ログイン・パスワードを調べる。

投稿記録の利用時間帯と投稿項目の一致を見る。

コンボによる闇魔法

通常魔法を巧みに組み合わせることにより、闇魔法化する高等魔法である。ここでは一例を紹介する。
ある程度しっかりした記事を削除する闇魔法 - 削除依頼+分割

削除依頼は闇魔法であるが、ある程度まとまった記事に対しては成功率が低い。しかし、通常魔法の分割を組み合わせることにより、成功率が格段に上昇する。
まず、適当に記事を節ごとぐらいで、可読性とか、一貫が無いとかもっともらしい理由で、分割し()細化する。

その後、量も質も低い段階で「百科事典のレベル」に達していない記事だぁと言って、削除依頼に出す。

削除好きな方々や自分と同じ思想傾向を持つ10人ぐらいに投票をお願いして一週間後……(カンバスとかミートパペットとか称し、最も忌むべき行為なのに)

バンザーイ、削除♪

これを繰り返す。

気に食わない相手を追放する闇魔法 - コメント依頼

気に食わない相手で、かつそれなりの者を50%ぐらいの確率で落とす呪文。コメント依頼。一見大したことなさそうな呪文だが、相手が活動暦の長いベテランユーザー、議論に積極的に参加するパワーユーザーであればあるほど、効果的である。何故なら、相手の力を利用した呪文であるからである。
まず、気に食わない相手の代表的な失点を10個ほど探す。

コメント依頼で、どう思う?と皆に聞く。

皆が勝手に、それはあかんなぁと注意を与えてくれる。

対立しているユーザーが便乗して「ブロックも検討した方が良いのでは」と言ってくれる。

その注意を成果としてまとめる。

再び同じ行為を相手が行えば、投稿ブロック依頼へとコンボ。

また、途中で暴言を吐き自滅する相手も多く、ブロックまで追い込めずとも萎縮してウィキペディアから撤退するケースもあり、示威行動としてもかなり効果的な闇魔法である。



最終闇魔法 - 寄付要求

このままでは運営が続けられないなどともっともらしい理由をつけてウィキペディアにどっぷりと浸かっている迷える子羊どもから金を根こそぎ吸い上げる。その傾向は年を重ねるにつれ徐々に顕著になっている。
566b ウィキペディア (ソフトウェア開発会社)との対立ナニモノかがウィキペディアに「ウィキペディア (企業)」の項目を執筆しましたが、要出典厨削除厨の暗躍により削除されてしまいました。

神奈川県厚木市に有限会社ウィキペディアという名称のソフトウェア開発会社が存在するが、この会社と自称オンライン百科事典のウィキペディアは名称が同じなだけであり繋がりは一切無い。

ところで、これはウィキペディア日本語版におけるウィキペディア (企業)の削除記録である。自称事典においてウィキペディア (企業)は過去に3回(2008年5月時点)も削除されており、そのうち2回はウィキペディア (企業)の概要と業務内容を書いた至ってマトモな記事であり(分量・内容的に言えば ⇒インターネット (企業)とほぼ近い。しかも「インターネット」はオタクの大好きなボーカロイドソフトウェアの開発に関わっているのだ)、事典の削除基準から考えても決して「宣伝目的」( ⇒WP:CSD)と見なされ削除されるものではなかった(こじつけであった)。

では、なぜウィキペディア (企業)の記事はマトモであっても「宣伝目的」(または「百科事典の項目になる実績のない企業であり、載せる意味が無い)と見なされ削除されてしまうのか。

それは自称百科事典のウィキペディアがこの会社を(一方的に)敵視、また、その存在を世に知らしめたくないと思っているから。仮に自称百科事典内でウィキペディア (企業)の記事の存続を許せば、ウィキペディア日本語版の「 ⇒ウィキペディア」の記事に「ここではインターネット上のフリー百科事典について記述しています。日本のソフトウェア会社については ⇒ウィキペディア (企業)をご覧下さい」と誘導を貼らなくてはならない。これだけでもウィキペディアンが言うところの「宣伝」となってしまう。

もちろん、仮に「ウィキペディア (企業)」の記事が作成されることが"結果的に"この企業の「宣伝」になったとしても、一オンライン百科事典が一企業の記事の存続を阻止することは決して許されることではない(一方で、どう見ても特筆性皆無な中小企業の記事は次々に新規作成され「書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています」のスタブ札が貼られて放置される)。

ウィキペディアンは閉鎖性と意地の悪さで満ち溢れているのである。これがウィキペディアの真の姿なのだ…。

UnNews:管理者の陰謀か?ウィキペディアでウィキペディア (企業)の記事が削除されるを参照。
日本語版ウィキペディアの特徴 こんなに違うウィキペディア

2007年9月3日の調査では、日本のウィキペディア編集回数ランキングでアニメ・漫画が上位を独占していることが明らかになった。

英語版では海外や歴史上の人物の編集が目立ち、フランス版では自国に関することが目立つのに対して、日本語版では20位の内約11個のページがアニメ関連の記事(声優、作品内容、登場キャラクターの人物像)。さらにはAV女優一覧が8位であり、これはウィキペディアンの頭がどれほど性欲に満ちているかを証明している。

加えて最近のできごと/削除が10位で、もはや“ウィキペディアン・ウィキホリックの気に入らない物は削除”の方針がこのような結果を残したと言える。

そして時は流れ2012年。この年にウィキペディアの閲覧数をスウェーデン人の学生、ヨハン・ガナーソン君が調査したところ驚くべきことが判明した。それは日本語版の1位がAV女優一覧であるという事実。2位のAKB48の閲覧数、713万3542に対して1856万9543、3倍近くという驚くべき数値を叩きだしている。たったの一年でこれだけ閲覧されているとなると、ギネス記録に登録されてもおかしくないレベルである。ちなみに他国の閲覧数はどうなっているのか気になる方はあまり見ないほうがいい。他国は真面目な記事ばかり上位に入ってて、見てると恥ずかしくて涙が出てくるから(性関連が上位に入ってる国もあるが、日本程ではない)[8]

あまり話題にならないが、このことは海外で問題化しており、「wikiは遊びじゃない」と言う意見が多い。そのため、研究機関などがwikiの専門学のページを編集するチームを作ることも。

日本語版ウィキペディアの記事は90%がアニオタ、声豚、萌えフォビア、性に飢えた野獣共ウィキペディアンによって編集・閲覧されているという異常性。もはや記事の信憑性など皆無に等しいだろう。

また、日本語版独自の特徴として、特定のユーザに対するコメント依頼を提出したユーザが、その議論の途中で過去にブロックされたユーザのソックパペットとしてブロックされ(もちろん証拠などない)、依頼が宙に浮いてしまう現象が多々見られる。一部ではこれをチェックユーザ機雷と呼ぶ。
ウィキペディアン達の終わらぬ戦争

詳細はウィキペディアンを参照。 人材募集中

ウィキペディアでは日夜激しい論争が巻き起こり、それは「闘い」と形容して何ら差し支えないものとなっている。意見の食い違う利用者が現れた際、彼らウィキペディアンの脳内に「理解」「協調」「融和」「妥協」という選択肢は存在しない。その根拠は自分で見聞きしたものではなく、出典があること、つまりそれがどこかのウェブページに記述されているか否かである(腰パンノート・編集履歴やオタ芸を参照)。記述があるウェブページが存在しない場合は容赦なく消される(出入り禁止飛び乗り (放送)飛び降り (放送)を参照)か、(以後は#ウィキペディアと病参照)。甚だしい場合は、当人の気に入らない記述であれば、出典があるにも拘らず消される(「渡り廊下走り隊」の編集差分、「日本会議」の編集差分)。逆に、気に入った記述は何度消されようがリバートして残す。その瞬間、自身に異論を唱える者全てが「敵候補」となり、ウィキペディアン達は臨戦態勢に入るのである。

しかも彼らの闘いは罵詈雑言が飛び交う高レベルのものが多い。この事は“「馬鹿」と書かれたノートが1000件もある”事からもわかるだろう。検索機能を使えば、「頭が悪いならわざわざwikipediaで活動しようとか思わないで下さい」とか「本当にIPユーザーは馬鹿が多いですね」とか「私たちの慶應義塾大学 偉大な先輩に対して、小馬鹿にされた表現として それを受け止めます」といった知的なやりとりをいくらでも発見できる。しかし、こんなアカウント名や、あんなアカウント名、こんなのもあるので全てがそうとは言えない。

意見の食い違う編集者とエンカウントしてしまったものは、まず相手を刺激しないように「(挑発を交えた)対話」、もしくは「威嚇」「威力偵察」を行う。戦わずに自分の意見を通せるならそれでよし。しかし相手が引き下がらなかった場合に備えて、相手がどの程度の知能・話術・経験のある編集者なのかを見極める。そしてこの状況で「論争がおきずに事態が終結する」というケースはほぼ皆無であるといっていい。そのような場合は、はじめからどちらかの意見がよほど無理のあるものであった場合だけだ。

そして言わずもがなであるが、自身の意見や編集を否定されるという行為は、編集者にとってかなり腹立たしいものだ。なかには自身の存在を丸ごと否定されたような気持ちになるものもいるであろう。そもそも少なからぬウィキペディアンはウィキペディアの編集を余暇としてではなく、私生活を犠牲にした無償の長時間奉仕として行っている。彼らにとって、ウィキペディアこそが生活の本拠なのである。自身の編集は「ウィキペディアンたる自分の存在の証」。それを消される・否定されるということは、彼らにとって人格が否定され自分の命を脅かされることと同義である。つまりウィキペディアン達にとってウィキペディアとは息抜きの公共サイトではない。まごうことなき戦場なのだ[9]
アンサイクロペディアの平和な世界

しかし本サイト、アンサイクロペディアに置いてこのような傾向はまったく見られない。ノートでの話しあいはめったに見られず、利用者達の間に流れる空気はとても穏やかで弛緩したものだ。たまに文句を飛ばしてくる少数派がいるが、そんな少数派を力で強引に捻じ伏せたところで、ウィキペディアのように野党気取りのユーザーが「越権行為」と騒ぎ立てる事も無く、誰も気にしない。ウィキペディアが常時、内戦状態であるのに対し、ここアンサイクロペディアは隣国の戦乱などまるでどこ吹く風。凪の風情である。異なる見解の存在を認め合う、自由主義の気風が健在。

ウィキペディアとアンサイクロペディア。共に辞書サイトであり、いわば異母兄弟の関係に当たるこの2つのサイトは、その趣をまったく異にしている。なぜか。

……理由をウィキペディアンはこう答えるだろう、「アンサイクロペディアは不真面目なサイトだから? 5e1a ??。たしかに一蹴できない意見だ。ウィキペディアがルールと規則でガチガチなのに対し、アンサイクロペディアの不文律はただ一つ、「面白けりゃ、何だっていい」。

より本当らしく見える「ウソ」を、綺麗に丁寧に作り上げる。本人は非常に満足しているところに、「それはなんかダメだ、こっちにしよう」ともとあった自分の作り上げたものを叩き壊して作り直す、他人。いうなれば、ウィキペディアとは大きさが限られた公園の砂場なのだ。自分が作り上げた砂の城だからといって、その城をそのまま保存しておく権利は自分にはない。なぜならそこはみんなの砂場だからだ。言ってしまえば、彼らは独りよがりなのだ。編集者達の頭の中に、自分の編集を見る人間の存在はない。綺麗な城を作り上げて、自分が満足できればそれでいい。他人なんか関係ない。

……おとなしく観賞できないなら、それどころか自分の城を壊そうとするならば・・・「己を脅かす敵の完全抹殺」これこそがすべてのウィキペディアンたちの意思の最終到達点であり、存在理由なのである
偉大なる管理者様 ウィキペディアの旧ロゴ。脳みそぎっしりのウィキペディア

詳細は管狸者を参照。

しかし考えてみれば、確かにウィキペディアの姿勢はアンサイクロペディアと比べて惨憺(さんたん)たるものであるが、彼らの理念である「世界を堅苦しい表現にあふれさせること」から鑑みると、その行為は全くおかしいものではなく、むしろ目的達成のための当然の行為であるとも言える。


さらに、ウィキペディアの管理者はウィキのいろいろな場所で相手の悪口を発言することが多い。ウィキペディアには他人に対する中傷を禁止するガイドラインが存在するが、完全に死文化しており、この禁則事項が適用される例と言えば、管理者に対する批判を書いた者を「悪質な荒らし」として処分する場合だけである。また敬語で丁寧な言い方であれば侮辱中傷には当たらないと思っている人間が多く、慇懃無礼な振る舞いが横行しているのもウィキペディアの特徴の一つである。

「利用者を相次いで強制ボイコットさせるウィキペディアの管理者たちは非常識な人間としか言い様がない。鑑みると昆虫や哺乳類など、人間ですらない、話の通じない野蛮な畜生共が管理していることが伺える(原文ママ)。そんな連中が管理をしていては、蛮族が跳梁する無法地帯になるのも仕方が無いといえよう。」・・・ウィキペディアに対するこのような賞賛が、その昔、ある歴史家によって編まれている(しかし別の歴史家の言によればこの著者は「蛮族」であるという)。
管理業務いろいろ

50人近くいるウィキペディアの管理者だが、連帯感は皆無に等しい(全員が個別に独立していて、処置は独断で為される。合議もなく、ある管理者の処置に対して別の管理者が異を唱え取り消し、それに対して再反論がされ論争に発展するといったことも、一切見られない)。

“迷惑行為(=荒らし。但し何が荒らしかは個々の胸先三寸)をしている”と目した特定の加筆者をストーキングしてプロバイダをブロック対象にし、一方で本当にブロックされるべき宣伝行為の繰り返しや悪質な荒らし、どうでもよさそうな事や人物(漫画、地方の無名の会社、インディーズのバンドやそのメンバー、古墳群、交差点やインターチェンジ、在日コリアン・在日中国人が関与した犯罪の一覧、声優・俳優・ファッションモデル・学者・起業家の名鑑)の新規項目作成行為にいつまでも跳梁を許したり、削除依頼を長期にわたって何十件も積み残しさせたりしている。しかも、言い掛かりを付け、プロバイダだけでなく、アカウントを摘まみ出しては牢屋にぶち込んでいる。それらが記されたこのリンクを見るだけでその異常さは分かるだろう。一番古いものでは、削除議論開始が2008年5月29日などというネット界においては最早重要文化財級のものも存在する。


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出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:FIRTREE