- 1 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2010/05/05(水) 12:07:38 ID:wXoQLilw]
- なさそうなので立ててみた
- 704 名前:喜びの日 1 mailto:sage [2010/07/25(日) 00:10:49 ID:Qa0MUOMt]
- 「まさか…赤ん坊か?」
口元を押さえながら、布美枝はこくりとうなずいた。心なしかその顔色が青い。 「あ…でも、とりあえず明日病院行ってみんことには、何とも…」 「今日行け」 「え?」 「こげな事は早いこと調べた方がええんだ。今日行け。今すぐ行け」 強い口調に圧され、半ば追い出されるように布美枝は家を出た。 布美枝を送り出し、玄関先でにわかに落ち着かなくなった茂の背中から 浦木が声をかける。 「いや〜おめでとうゲゲ。俺も親友として祝福するぞっ」 そういって茂の肩に腕を回した。そのニヤニヤ笑いに、茂は思わず仏頂面で返した。 「…まだ出来とると決まってはおらん。喜ぶのは早い」 「女がああ言うのは大抵、確信しとる時だ。それに…」 演出めかして言葉を切り、顔をずいと寄せた。 「身に覚えが無い訳ではないんだろ?んん?」 「ダラ言うなっ、身に覚えがないのに赤ん坊が出来てたまるか!」 ぶんっと体を振って浦木の腕をほどいた。 「夫婦円満で、結構なことじゃないの〜」 カラカラと笑う浦木を、もうお前帰れ、といつものとおり首根っこを掴み 家から叩きだした。 「赤ん坊か…」仕事に戻ってみても、早く布美枝が帰ってこないかとばかり 考えていた。ぬか喜びでは困る、あまり期待しすぎないようにと心がけても はやる気持ちは抑えられなかった。
- 705 名前:喜びの日 2 mailto:sage [2010/07/25(日) 00:12:46 ID:Qa0MUOMt]
- 一方、診察を終え帰路につく布美枝は、どことなくふわふわした気持ちで
歩いていた。 お腹の中に赤ちゃんがいる。二人目の子供が生まれるのだ。 布美枝はそっと腹部に手をやった。最近おめでたい事続きだったが、 自分にとって一番身近に感じられて嬉しいのはこのニュースに思えた。 経済的な事情が許せば、藍子にもきょうだいの賑やかさを与えて やりたいとも密かに思っていたのだ。 「お父ちゃん、喜んでくれるかなあ…」布美枝はつぶやいた。 『子供は、大変だぞ…』 藍子を身籠った時の茂の言葉を思い出した。 今思えば、急に妊娠を告げられてあの人も不安だったのだろう。だが。 あの時よりはだいぶ暮らし向きも良くなったけど、また漫画の仕事が いつ途絶えるとも限らない。子供が二人となると、確実にお金がかかる。 「喜んでくれるとええけど…」嬉しさの中に、ほんのひとさじの 不安を落とした。 「ただいまー」布美枝がドアを開けると、なんと玄関の前で茂が 待ち構えていた。「遅かったな」 「病院混んでて…。お父ちゃん、もしかしてずっとここで待っとったの?」 「ずっとではなーぞ。お前が遅いけん…、それより、どうだった」 やや緊張しながら布美枝は報告した。 「やっぱり、出来とりました」 一瞬、間があいた気がした。
- 706 名前:喜びの日 3 mailto:sage [2010/07/25(日) 00:14:27 ID:Qa0MUOMt]
- 「予定日は?」
「来年の1月です」 「今何ヶ月目だ」 「もう二ヶ月目に入ったと…」 「男か女かわからんのか」 「無茶言わんでくださいっ」矢継ぎ早に飛んでくる質問を受けながら、 布美枝は妙な気分を味わっていた。 (あれ、なんか…)茂はそうか、そうか、と確認するようにうなずき、 せわしなく足踏みしている。 (この人…もしかして、はしゃいどるんだらか) 表情からは判りづらいが、実家に連絡しなければとか、栄養がどうとか喋っている夫は 興奮していると形容できる様子だった。 思わず観察するような目つきになった布美枝に気付いたのか、 茂は取り繕うように一つ咳払いをした。そして、布美枝の目を見て、 「大事にせえよ」と言った。 喜んでくれている…。体の内から幸福感が湧き上がった。 何を不安になっていたのだろう。新しい家族が増える事を、この人は喜んでくれている。 「だんだん…」 布美枝は微笑んだ。茂も照れくさそうに笑い、 妻の、まだ目立たない腹部に手の平をあてた。その大きな手から 体温が伝わる。布美枝も、その上から両手を重ねた。 「……」夫婦は見つめ合った。
- 707 名前:喜びの日 4 mailto:sage [2010/07/25(日) 00:17:21 ID:Qa0MUOMt]
- 「おかあちゃーん」そこに、藍子が居間から駆け寄ってきた。
慌てて二人は手を離す。 「藍子、来年にはお前もお姉ちゃんだぞ」 「おねえちゃん?」 「ああ。お母ちゃんのお腹に赤ちゃんが出来たんだ。お母ちゃんが 大変そうな時は手伝ってやらんといけんぞ」 「わーい、あかちゃん!あかちゃん!」 まだよく呑み込めていないなりに嬉しそうな娘を、茂が頭を撫でてやった。 (皆、あんたの事、楽しみに待っとるよ) 布美枝がお腹に呼びかけた。 幸せそうな村井家を、居間の一反木綿が、これまた幸せそうに見つめていた。 (終)
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