- 301 名前:寝坊之介さん1 mailto:sage [2010/06/14(月) 22:39:50 ID:x6iQbIOA]
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「…もう…」 仕事部屋の戸口に仁王立ちした一反…、いや布美枝は口を尖らせていた。 ゆうべは何時まで起きていたのだろうか。 子守歌代わりにカリカリッとペン先の走る音が聞こえていた。 せめても戦士の休息を与えてやりたい、とは、思うのだが…… もうとっくに陽は天高く上がり、朝の洗濯物まで乾いた昼過ぎだ。 「このままではカラスが鳴くまで起きんわ…」 義母からも重々、茂は寝坊介だと聞いてはいた。 けれどそれは、安来の兄弟達が少年時代もそうだったから、 子供時代の昔話なのだろうと思っていた。が、 四十路近い大男が、酒で酔ったわけでもないのにこんな時間までぐーすかしているのは 如何にも体裁が悪い。 「うん。これではいけん」 ひとつ大きく頷いて気合いを込めると、大口開けて寝息を立てる茂の元にお膝した。 「あの…っ」 遠慮がちに肩を揺すったぐらいではびくともしない。 義母より手紙で直伝されたように声を張ろうとも思ったが、 「や…ご近所さんに聞こえたら…恥ずかしいわ…」と、うまくできない。 上掛けにした布団を一度巻くってはみたが、 大きな背を丸めて背を震わせるのが不憫で、またそっと掛け直してしまう。 「……はあ。うまくいかんことばかりだわ…」 新婚早々間借り人もいる奇妙な新生活。 慣れないことばかりの胸の内を話そうにも、旦那はいつも忙しくて……。 「……うぅん。きっと、私には…私のやり方がありますけん」 胸元に拳を握りしめて、内気さを掻き消すためもう一度気合いを入れた。 「起きて…、起きてごしない?」 いくら呼びかけても聞こえている様子もない。返ってくるのは盛大ないびきばかり。 聞こえていないのならば遠慮はいらないと、布美枝は布美枝なりに大胆に、 その耳元に唇を寄せた。
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