1 名前:春デブリφ ★ mailto:sage [2009/06/01(月) 00:27:41 ID:???0] 古墳時代の始まりとされる箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)が築造されたのは 240〜260年という研究を国立歴史民俗博物館(歴博、千葉県佐倉市)がまとめ た。放射性炭素年代測定によるもので、250年ごろとされる卑弥呼の死亡時期と重な る。畿内説と九州説とが対立している邪馬台国の所在地論争にも一石を投じることにな りそうだ。 「魏志倭人伝」など中国の史書によると、卑弥呼は2世紀末〜3世紀初め、それまで 戦乱を繰り返していた倭国(わこく)(現在の日本)の国々が共通の女王として擁立。 邪馬台国に都を構え、239年には中国・魏王朝に使者を送って皇帝から「銅鏡百枚」 など多くの品々を贈られたとされる。 全長280メートルの前方後円墳である箸墓は、最大でも110メートルだったそれ 以前の墳丘墓とは規模が大きく違う。強大な政治権力が誕生したことを物語り、時代の 画期を示すものと考えられている。魏志倭人伝にある卑弥呼の墓と、箸墓の後円部の大 きさが近いことなどから、古くから箸墓を卑弥呼の墓とする考えがあった。 (中略) 歴博は全国の5千点を超す土器の付着物や年輪の年代を測定。その結果、箸墓の堀や 堤からも出土し、箸墓が築造された時期の土器と考えられている「布留(ふる)0式」 が使われた期間を240〜260年に絞り込んだ。 31日にハワイで始まる放射性炭素国際会議と、同日に早稲田大である日本考古学協 会の研究発表会で報告される。 ■ソース(朝日新聞)(中略部分はソースで) www.asahi.com/culture/update/0528/TKY200905280355.html ※画像:卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳 www.asahi.com/culture/update/0528/images/OSK200905280103.jpg ■前スレ(1の立った日時 05/29(金) 06:54:23) tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243687084/
158 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:39:26 ID:yj2At8xc0] >>153 どの鏡が中国の鏡かは分かりません。 くれぐれも、箸墓から出たから卑弥呼の鏡だなどと言わないようにして もらしたいものだ。まあ、箸墓が調査されることはないだろうけど。
159 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:39:35 ID:rkX5Xt0u0] >>151 俺が言っているんじゃなくて 魏志倭人伝には 邪馬台国の男は皆、顔にイレズミしていると書いていると言っているんだろうが とにかくお前もどうやってイレズミが消えていったか お前の思い込みじゃなく最低限ソースだせよ カス
160 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:41:33 ID:2QT8b8eMO] 奴隷生き埋めが、発掘許可が出ない理由かな?
161 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:42:10 ID:HstR1rIn0] >>128 >魏志倭人伝には「男子は大小と無く、皆黥面文身す」 まさにアイヌ www.y-asakawa.com/nihon-tansaku%202007-2008/ainu2.htm www.y-asakawa.com/nihon-tansaku%202007-2008/ainu2-01.jpg
162 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:42:47 ID:UDTpwtfHO] 書記があったとしても日本語ではなかったりしてな、だから表に出せなかったりして
163 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:43:05 ID:7jbg7B0l0] >>159 わるいが、刺青も、角髪も、マゲも、そういう風習が消えていったのは 「時代の流れ」 だとしか答えられないな。 刺青があるのを倭人と呼ぶ 無くても倭人と呼び 美豆良がある人間も倭人と呼び 無くても倭人と呼び マゲがある奴も倭人と呼び 無くても倭人と呼んで 倭人倭人倭猿倭猿と呼び続けてきたのが中国朝鮮人だろう。 だから、ヤマト民族が倭人であるのは15億人くらいの証明してくれる人間が居る。 常に倭人と呼び続けてきた彼らに聞いてくれ。
164 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:44:00 ID:rkX5Xt0u0] 魏志倭人伝には 邪馬台国は冬も暖かくて 生野菜を食べていると書いてあります 奈良は冬は寒いです
165 名前:佐田大神vs太伯 [2009/06/01(月) 02:46:41 ID:jb2LfzwHO] 入れ墨、入れ墨云々だが 入れ墨文化は倭人だけではなく 中国の呉や越も入れ墨してなかったっけ?
166 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:47:30 ID:UxX9dP/I0] >>164 当時も寒かった?当時の近畿地方はどうだったんだろうか。
167 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:47:41 ID:HstR1rIn0] >>140 >彼は、国学者で、大和王朝が中国に朝貢するのが気に入らなかったから >邪馬台国九州説をぶちまけた。 東大学派もその流れなんだよね。 弥生人は縄文人の進化型とか言ってたしw 卑弥呼が畿内だとすると、実は大変なことだ。 天孫降臨から東征までの話と合わせると、大和には蝦夷縄文系の王朝が あって、朝鮮から渡ってきた王朝がそれを滅ぼして居座ったことになる。 でも、これなら、朝鮮半島南部と大和朝廷が深い縁があったことも、 すんなり説明できちゃう。
168 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:48:21 ID:rkX5Xt0u0] >>160 時代の流れで消える文化もあれば 消えない文化もあるだろ それをお前は自分に都合のいい考えを恣意的に引用しているだけなんだよ 思い込みで歴史を語るのもシロウトの楽しみでいいとは思う だが、根拠となるソースをしめさないとまったく説得力はないよ
169 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:49:00 ID:yj2At8xc0] 神武天皇に付き従って大和に入った人(名前は忘れた)は、顔に刺青をして いたらしい。それを見て、大和の娘は驚いたと日本書紀に書かれているらしい。 調べてもいいが、面倒くさいので記憶だけで…。
170 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:50:33 ID:UxX9dP/I0] 入れ墨文化って世界中にありそうだけど。地域、時代によって 変化していくもんなんだろうなぁ。
171 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:51:29 ID:HstR1rIn0] >>161 >黥面文身 >3世紀の日本について記した『魏志』倭人伝は、男子がみな黥面文身して >いたと伝える。文身とは、顔以外の身体に入れ墨をすることであり、 >黥面とは顔に入れ墨をすることである。 >『日本書紀』の記事中にも、入墨についての記事がある。武内宿禰の >東国からの帰還報告として、蝦夷の男女が文身していたとある ja.wikipedia.org/wiki/ 入れ墨
172 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:51:46 ID:rkX5Xt0u0] >>169 歌に詠まれているよね なぜ貴方は目にイレズミしているのですか・・・みたいな かなりイレズミが特殊だったという事なんだろうね
173 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:53:17 ID:hmwaFKor0] >>164 それは邪馬台国の人や生活の様子ではないよ。あくまで「倭人」の様子。 つまり実際に遣いがいったと思われる九州の様子ですw そこに伝聞が色々まじってると考えましょう。
174 名前:佐田大神vs太伯 [2009/06/01(月) 02:55:42 ID:jb2LfzwHO] 九州の邪馬台国(後の大和王権)の文化が、入れ墨してて、海に潜るのが好きな海洋民族と言うが 出雲四天王の猿田彦も、海に潜るのが好きな海洋民族だぜ 同じ同族なのか?
175 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:56:24 ID:jAK/lGU80] >>169 >>171 >>172 ヤクザか。
176 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:56:40 ID:LRX7D6DY0] >>173 しかし、何をもって倭人としたんだろうね ある王の権力範囲内にいる民族を倭人としたのでもなさそうだし、そもそも倭人ってどういう意味合いで使ってるのかな ってのが気になる
177 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:56:45 ID:UxX9dP/I0] 特徴的なのは、「男子が」「黥面」「文身」って所か。 今で言う仁侠、極道の世界と何か共通するものがあるのかも。
178 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 02:57:41 ID:yj2At8xc0] >>172 つまり、大和には刺青の文化はなかった。 倭人伝の記述とは合わない。 したがって、大和は、倭人伝に言うところの倭国とは言えない、 ということかな。
179 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:59:27 ID:rkX5Xt0u0] >>173 俺は邪馬台国に対する記述だと思うけど 少なくとも一般的にはそうでしょ
180 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 02:59:45 ID:UxX9dP/I0] >>178 一般の風習としては続いてたんじゃない?今もあるくらいだし。
181 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:00:32 ID:yj2At8xc0] >>174 猿田彦といえば、瓊瓊杵尊を日向の高千穂に送り届け、アメノウズメノミコトと 一緒に、伊勢に行ったわけだから、もともとは九州かもね。
182 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:01:05 ID:LzUVQRzd0] >>176 倭国語を話す者が倭人なんじゃね?
183 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:02:05 ID:oIKg4jtq0] >>167 おまえ、阿呆かw そんなことには、ならないよw
184 名前:佐田大神vs太伯 [2009/06/01(月) 03:03:19 ID:jb2LfzwHO] >>181 でも猿田彦は出雲系の国津神だから、それはどうなんだろう 卑弥呼とは、まったく関係ないけど
185 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:04:02 ID:rkX5Xt0u0] >>178 そうそう そんな感じっす 勿論イレズミは現代にもあるぐらいポピュラーなものだから ヤマトにも多少はあったと思うけど 皆が顔にイレズミしているというのは、 邪馬台国はヤマトではなかったんじゃないかなと思う 変化したというのも無いとは言えないけど そこまで大きな変化なら、なんらかの文献なりに残るんじゃないかなぁ 呪術的なものだったんだろうし
186 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:04:57 ID:oIKg4jtq0] おまえら、 高天原=葛城の高天 高千穂=宮崎・鹿児島 だ。 これを、ちゃんと覚えておけ。 つまり、皇室の祖先は、葛城の高天で発祥し その後、九州の高千穂に赴任した。 おまえら、高天原と高千穂、ゴチャゴチャになってないかw で、卑弥呼の時代は、それよりも、ずっと後の話だw
187 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:05:00 ID:mE1obRnn0] ヤクザはずっと昔から関西が本場 関東のは天保水滸伝で書いてるように幕末近くからだな 九州のは炭坑が盛んになった明治からだろう してみると九州説はやっぱり間違いだったな
188 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:05:59 ID:HstR1rIn0] >>178 >したがって、大和は、倭人伝に言うところの倭国とは言えない、 神武天皇が東征して大和に入ったときの話なんで、大和には入れ墨 があったのかもしれない。 つまり、邪馬台国大和説と話を総合すると、大和には蝦夷の王朝 があって、天皇系が九州から大和に入ってそれを滅ぼしたと。
189 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:06:39 ID:rkX5Xt0u0] >>167 今日もNHKでやってたけど 朝鮮半島南部と大和朝廷に縁があったのは間違いないしね
190 名前:名無しさん@九周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:06:46 ID:kW6vFkwt0] 四国説w
191 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:07:01 ID:Wk3iceqPO] >>107 なるほど。日本は中国大陸様の一部なんですね。
192 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:07:38 ID:yj2At8xc0] >>184 猿田彦は、天孫の一行が高天原から降りてくるのを待っていたわけだから、 天神の一族とはいえないかもね。だから国津神となっているのかも。 あんまり良くわからないが。
193 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:12:24 ID:Iu3JGnu60] ヤマト王権は、熊襲と蝦夷を滅ぼして日本を統一した。
194 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:13:14 ID:hmwaFKor0] >>179 実際生活等に関しては「倭人」としか書かれてないし。 邪馬台国の人々の様子ならそう書くでしょ、「女王の国の人」とかね。 まあ俺は魏の遣いは伊都までしか行ってないのを 前提にしか書いてないけどな。
195 名前:佐田大神vs太伯 [2009/06/01(月) 03:14:11 ID:jb2LfzwHO] 大和民族は昔、天孫民族と呼ばれていたから あえて倭人を天孫人と呼ばせてもらうが 天孫人が必ずしも、朝鮮半島経由で日本列島に来たとは思えない 中国大陸から直接渡って来たんじゃないかな?
196 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:16:25 ID:KGs2scVk0] 九州の一勢力が、勝手に魏国に使者送って、勝手に金印貰ったって説は無いの?
197 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:17:21 ID:hmwaFKor0] >>195 まあ薬(丹)探しにやってきた徐福伝説なんてのもあるしな。
198 名前:佐田 [2009/06/01(月) 03:19:37 ID:jb2LfzwHO] >>196 あるいは、対馬の宗氏みたいに 地方豪族が中央政権を通さず独自に金印を貰ったか
199 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:19:54 ID:oIKg4jtq0] 高天原=葛城の高天 高千穂=宮崎・鹿児島 紀元前1世紀 出雲国譲り 大和(首都は高天)が出雲を併合し、日本の大半を統一 その時の大和の大王は、天火明命(通称・天照国照彦) 倭王アマテルとして君臨する。 后は、天道日女命で、出雲の大国主の王女だった。 天火明命は、后の父親の出雲王から、天下を譲り受けた。 そして、天火明命は、日本各地に司令官を派遣した。 九州の高千穂には、弟のニニギ命を送り込んだ。 紀元1世紀 大和本国で内乱。九州分家の若御毛沼命(神武)が 大和本家を助けるべく、援軍として駆けつける。 内乱は鎮圧され、若御毛沼命はイワレ彦として、 大和本家を助け、実際の政治を見た。 紀元2世紀、 若御毛沼命の後胤(神武皇統)が力をつけ 大和本家(尾張氏の先祖)と争うようになる(倭国大乱) その結果、神武皇統が勝利し、倭王(祭司王)にモモソ媛命 執政には、そのまま孝元天皇がつく。 紀元3世紀、中国の魏志倭人伝に登場。 老女の倭王卑弥呼=モモソ媛命 実際の政治をみていたのは、崇神天皇。 モモソ媛命の死後、だいぶんたってから 崇神天皇が、祭司王(倭王)と執政の両方を行うようになる。 祭政一致の王の誕生である。
200 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:20:54 ID:NEKWWo2BO] 魏史によればヤマタイ国周辺の地理として阿蘇山が挙げられている 志賀島の金印に見られるように、この地には古代に中国が認めた国家が存在した 卑弥呼の墓は円墳 これらの事から箸墓が卑弥呼の墓とか、ヤマタイ国畿内説はありえない 紀記の記述は八世紀より前に関しては中国の史書との食い違いが大きく信用できず この時期に他の地域にあった天皇家以外の政権の存在を意図的に隠蔽している可能性が大きいだろう よってヤマタイ国については従来通り九州にあったと見るのが妥当
201 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:24:16 ID:Lh1/71pg0] 中国南部にあった、呉や越の国も、刺青をしていたと言う。 後に廃れたようだが。 彼らは中国人なのか? 縄文人なのか? そんなはずは無い。呉や越は、鉄の武具で武装していた覇者になれるほどの 軍事力のあった国家だからだ。縄文とは違う。 ファッションで民族はわからんということだ。
202 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:24:42 ID:Iu3JGnu60] 景初三年(239年) - 卑弥呼、初めて難升米らを中国の魏に派遣。 魏から親魏倭王の仮の金印と銅鏡100枚を与えられる(『三国志』では同二年(238年))。 ↑ これが有ったから卑弥呼は巨大な力をつけた。
203 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:25:08 ID:oIKg4jtq0] 天孫降臨を勘違いしている。 古代の日本の皇室は、ずっと、高天原=葛城の高天としていた。 つまり。皇室の起源の地は、この葛城の高天地方だ。 「高天彦神社」で検索してみろ。 この葛城地方から、九州高千穂に送り込まれたのが、ニニギ命だ。 ちなみに、出雲国譲りは、ニニギ命が九州に送り込まれる前に終わっている。 つまり、葛城の高天地方の豪族が、出雲を併合した後、 全国各地に司令官を派遣したのだ。 で、熊襲との戦いの最前線に、葛城の高天王家の一族のニニギ命を送り込んだ。
204 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:25:14 ID:IrqT6xDL0] しょせん、イストワール。
205 名前:ロザリー ◆PiGJDrhfQc [2009/06/01(月) 03:25:25 ID:VPc4snNAO] やまとととひももそひめのみこと 覚えた
206 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:27:28 ID:LRX7D6DY0] オギヤハギ
207 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:27:46 ID:Wty0K/MhO] 神々がいる『天』は中国であるのは まぎれもない事実。 当時は中国文化に皆が憧れた。 大東亜戦争に負けた後、皆がアメリカ文化に憧れたように。 残念ながら、これは真実です。
208 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:29:12 ID:oIKg4jtq0] 高天彦神社 www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E9%AB%98%E5%A4%A9%E5%BD%A6%E7%A5%9E%E7%A4%BE&lr=&aq=f&oq= 御所市高天 葛城 高天原 神話の里 天孫降臨神話 www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/97.htm 古事記・日本神話の伝承地〜高天原史跡ガイド奈良県御所市から takama.sakura.ne.jp/
209 名前:ロザリー ◆PiGJDrhfQc [2009/06/01(月) 03:29:19 ID:VPc4snNAO] >>207 そうか
210 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:31:37 ID:oIKg4jtq0] >>207 違います。 外国系には、わざわざ諸蕃というカテゴリを設けているぐらいだし。 天(アマ)というのは、水をも意味する。 現在でもそうだが、田舎の旧家は、かならず、村の川の川上の高台に 家を構えることが多い。 その名残で、近畿地方においては 葛城の高天地方の周辺が、その最適の地域だった。 そういうことだ。
211 名前:佐田 [2009/06/01(月) 03:34:19 ID:jb2LfzwHO] 「やまとととひももそひめのみこと」って倭姫命?
212 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:34:58 ID:oIKg4jtq0] >>202 その解釈も低レベルだ。 中国が邪馬台国に使者を送ったのは 朝鮮半島で、魏の帯方郡で、三韓人の反乱が起こったので、 その援軍として、かけつけるよう、出兵要請だ。 でも、倭軍はかけつけなかったから、 後に、魏は、張政をよこして、理由を聞きにきたわけ。 そうしたら、倭国でも、内乱があって、それどころではなかったと言い訳した。
213 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:35:22 ID:yj2At8xc0] >>195 天孫・瓊瓊杵尊は、日向に来るとき、船を使っていない。 だから、高天原は陸続きの場所にあったと思う。 高天原から大和にやってきた饒速日命は、天磐船でやってきたわけだから。 こう考えると、高天原は日向以外の九州じゃないかな。 そうすれば、出雲の国譲りと天孫降臨がうまく説明できるから。 だいたい、記紀に日向と出雲がいっぱい出てきて、北部・中部の九州が全く 登場しないのはおかしいので。
214 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:38:14 ID:rkX5Xt0u0] >>200 俺も魏志倭人伝を読むと九州説だと思うんだけど 投馬国はじゃあどこにあったと思いますか? 投馬国はズマと発音して出雲とする説がありますよね だとすると魏志倭人伝には南行と書いてあるけど それは東の間違いでやはり近畿説も無視出来ないなと思うんですが
215 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:38:49 ID:hmwaFKor0] >>200 魏志を読む限りじゃ北九州一体は 倭の玄関口、出張所みたいなもんでしょ。 志賀島が邪馬台国とでも? 中継点で金印が見つかっても別に不思議ではない。
216 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:39:16 ID:yj2At8xc0] >>211 倭迹迹日百襲姫 第七代孝霊天皇の娘
217 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:39:32 ID:oIKg4jtq0] >>213 古代人の精神世界を理解しないと駄目だろう。 天イワフネという記述を額面どおりに 現代の船のことだと受け取るべきではない。 フネは、海を泳ぐ船となったのは、後世の解釈。
218 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:41:20 ID:Wty0K/MhO] >>207 結局、朝鮮の武将達が攻めいって縄文の猿達を駆逐し 支配者となり その武将の代表が天皇となった。 そして、そのその武将達は、中華に憧れを持っていて 文化をどんどん輸入した、ってことですね。 これは実に合理的で、とても史実にマッチした歴史ですね。 よくわかりました。 ありがとうございました。
219 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:41:33 ID:yj2At8xc0] >>217 じゃあ、なんで瓊瓊杵尊は船に乗ってやってこなかったんだろう。
220 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:42:05 ID:oIKg4jtq0] フネというのは、運輸や交通の意味がある。 だから、海を泳ぐ船となったのは、後世だ。 宮崎駿のラピュタという映画では あの飛行船を、フネとしていたしね。
221 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:43:36 ID:dwbu0ZbO0] >>218 自演乙
222 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:44:11 ID:zfJ3WARe0] >>218 だから、そんな話にはならない。 そもそも、現在の考古学者の間では 近畿で王朝が誕生したのであって わざわざ、九州から近畿に引越しする意味が分からないという意見が大勢だ。
223 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:45:35 ID:Kl8AKRIEO] >>206 ワロタ
224 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:46:10 ID:yj2At8xc0] >>217 それよりも、出雲神話、日向神話は多くの紙面を割いているのに、 その間にある北部、中部の九州が全く登場しないのをどう説明するか、 ということかな。 ここが高天原なら、古代の状態を考えると一番妥当だと思うが。
225 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:48:27 ID:HstR1rIn0] >>213 >天孫・瓊瓊杵尊は、日向に来るとき、船を使っていない。 天から降りてくる(たてまえの上で)わけだから船は使わない。
226 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:48:39 ID:zfJ3WARe0] 出雲国譲りとは、紀元前1世紀くらいの話。 出雲(首都は意宇)VS大和(首都は葛城・高天) で戦いがあって、出雲が大和に降伏することで決着した。 それで、出雲王の娘が、大和の王に嫁いでいたので 出雲王は、娘の生んだ子供に大倭王を継承させることを条件に 降伏に合意したのである。 このへんは、播磨国風土記に記載されている。 この系統は、もともとの倭王の嫡流だった。 九州に派遣されたほう(今の天皇家の先祖)が、分家筋。
227 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:48:42 ID:UDTpwtfHO] 今の時代の人間の考え方では九州から近畿にわざわざ引っ越さないだけで、昔はよくあった話だと思うよ
228 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:52:21 ID:yj2At8xc0] >>226 考古学との整合性がないよ。大和はもともと後進地。そんなに古くから 栄えていた痕跡が全く見当たらない。
229 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:53:09 ID:zfJ3WARe0] 紀元前1世紀の出雲VS大和の戦いが 現在の兵庫県西部の播磨地方であったことが、 播磨国風土記に記載されている。 ぐーぐれw で、出雲の大国主と、大和の天火明命は 義理の親子の関係だった。 天火明命の后は、天道日女命(出雲の大国主命の王女) この天火明命と天道日女命の間に生まれたのが 天香語山命だ。彼が、二代目の大倭王だ。
230 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:56:12 ID:Wty0K/MhO] 『高天原』については 『高天』を中国読みすると 『コォクゥル』と読み、『高句麗』を示すことは考古学者の間では常識です。 しかし、政治的配慮(?)のため、 こういった事実を日本の高校生達は教わることはありません。 残念なことです。
231 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:56:53 ID:zfJ3WARe0] >>228 うんなことはない。 つーか、紀元前1世紀に革命があったんだろう。 後の中国の史書にも、倭の使者が 「私の国は、倭国の東側の日の昇る地域にあって、もとは小国だった。 しかし、力を増して、倭国を併合した。 しかし、その後も、対外的には、倭国という名称を使い続けたけど、 この名前が嫌いなので、日本国に変えて欲しい」 って言っている。 これは、どうみても、出雲と大和の抗争だろう? やはり、もともとは、出雲のほうが日本海を中心とした大国で 大和は、内陸部の田舎の新興国家だったんだろう?
232 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 03:57:33 ID:yj2At8xc0] >>229 だから、大和にそれなりの勢力が現れるのは、畿内説の考古学者でも 西暦200年くらいと事としている。 めぼしい遺跡がそのくらいの時期なのだよ。
233 名前:佐田 [2009/06/01(月) 03:57:35 ID:jb2LfzwHO] でも遺跡があるのは近畿の方で 栄えてたといえば近畿のほうが・・
234 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 03:59:35 ID:zfJ3WARe0] >>230 息をするように嘘をつくなよw 高天の原=高間の原。 実は、日本の皇室は、平安時代ぐらいまでは、ずっと、そういう解釈をしていた。 それが、後世になって、歴史が忘れ去られてしまったんだろう?
235 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:00:35 ID:Zx+0NfS10] >>220 矛盾してるな。 運輸・運送する器が船なんだから、例え小船であっても船で問題ないでしょ? 泳いできたんなら分るが。 例えば商人が馬でも仕立てて来たのなら船とも表現するだろうが 徒歩で来たのなら船とは表現しない。 だから、船と表現しなかったのなら海から来たとしたら、泳いできたか漂流でもしたのかもしれない。
236 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:02:05 ID:3LtL+0wfO] あんまり九州説とか畿内説は知らないんだが、卑弥呼っていう役職だった、もしくは役職の名称という事はないのかい? 卑弥呼が複数いたのかもしれないという事も考えられるしなぁ。 くだらない質問で申し訳ないです。
237 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:02:53 ID:HstR1rIn0] >>226 >出雲(首都は意宇)VS大和(首都は葛城・高天) >で戦いがあって、出雲が大和に降伏することで決着した。 戦ったのは先遣隊で、それで日向に天孫降臨するわけだけど、 高天原が大和だとは書かれていないどころか、大和はもっとずっと後に 征服したことになってる。 邪馬台国が畿内だとすると、話を総合するとこうなる。 高天原なるところの王朝が日本にやってくる前に出雲と話をつけ、 そしてまず九州に王朝を作る。 次に大和にあった王朝(女王)を征服する。 その大和王朝は、天皇家の遠戚。出雲の娘が天皇家に嫁いでいるので、 その関係と見られる。つまり出雲と大和の王朝は同じ民族。 そして邪馬台国は全身と顔に入れ墨をしている民族。 天皇家が大和に入ったときの民族も入れ墨をしている。 邪馬台国が畿内だとすると、話がぴったり合う。 でも、それは畿内の邪馬台国王朝は天皇家がやってくる前の異民族だ ということになる。
238 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:03:15 ID:zfJ3WARe0] >>232 つーか、大阪の池上遺跡でも、あれは紀元前1世紀中頃とか分かっている。 その時代に、ちゃんとした区画整理が出来た都市が 近畿地方にあったことが分かってきた。 あと、唐古鍵遺跡も、紀元前からあるわけだし、 その時代から、近畿地方に大きな勢力があったのが分かる。 ただ、文化的にも、圧倒的に栄えていたのは 出雲のほうだったんでしょう。 だから、あういう出雲国譲りなんて、ことになった。 完全な征服ではなくて、出雲の神様も敬うとね。 あと、天火明命の嫁さんが、出雲の大国主の王女だし。
239 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:08:17 ID:Wty0K/MhO] 『倭国』とは中国で使われいた言葉ですが 『倭』とは『人(=朝鮮人)に委ねる』という意味です。 先日、自殺した韓国前大統領が訪日された際、 今上天皇が 『朝鮮半島は私の祖先が生まれた国であり、祖国でございます。』 という、お言葉はテレビでも放映されたせいか、 比較的に有名な話ですね。
240 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:08:25 ID:zfJ3WARe0] >>237 そんなこと言ったら、葦原中国はどうなる? どうみても、出雲の王朝でしょうが... また、大和というのは、元々は奈良盆地南東部のことをいった。 奈良盆地全体が、大和といわれるのは、後の世だ。 奈良盆地南東部(桜井市・天理市あたり)が大和 奈良県南西部(葛城市・御所市あたり)が葛城 で、高天原の地というのは 葛城地方の高天。
241 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:08:41 ID:UxX9dP/I0] どの時代の、どの地域に遺跡があったとか体系的に書いてある所 知りませんか?そう言う比較みたいなのがあったらいいのになぁ。 その遺跡の規模、特徴とか。
242 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:08:56 ID:yj2At8xc0] >>238 唐古・鍵は、掘っても何も出てこなかった。まず鉄器が出てこない。 大きな建物も出てこない。 つまり、王と呼べるような存在の痕跡が見当たらない。 相当に後進的な道具しか使っていない。 細々とした農村集落としか思えないから、もうあきらめられている。 100年以上掘り続けたらしいけど。
243 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:09:34 ID:uyB/eIDr0] 魏志倭人伝に出てくるのは、どうみても九州だろ。 北は卑弥呼の勢力外の国があるって書いてあるし、 近畿地方にもそれなりの国があった、と解釈するのが自然だと思うけど。 ただ、日本に本当の首都が存在したかはわからないし、それが邪馬台国だったとは断定できないわけで。
244 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:10:38 ID:5hdqn6Bu0] >>239 天皇陛下の発言の飛躍的な解釈は、もう飽きた。 あれのどこが、私の皇室の系統が外国かなんて言っているw 皇室の系統は、父方の系統でいうわけだからw あれは、もろ任那日本府の話に直結する。
245 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:13:04 ID:5hdqn6Bu0] >>242 というか、遺跡とか残っているのって、 偶然、普通の農村に埋もれてしまったような地域じゃないの? 纏向遺跡が残ったのは、あそこが首都から外れたから、 農村の下に埋まってしまったんでしょうが... そうじゃない地域だと、建物なんて、定期的に建て替えられるわけだしね。
246 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:13:46 ID:Xecdun/Z0] おそらく古代に平地が多かった場所が邪馬台国
247 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:15:58 ID:Wty0K/MhO] >>244 あなたが言っている意味、よくわかりませんね。 考古学には『思想』はいりません。 あなたには、まず大学にでめ入り直して頂き、 考古学の基礎の基礎から学ぶことをオススメします。
248 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:17:40 ID:5hdqn6Bu0] >>247 というか、あなたのほうが、思想満載じゃないの? 記録にも残ってないようなことを 平気で創作するべきではない。、 あなたの発言をそっくりあなたに返すよ。 大学にいって、歴史学。考古学を勉強しなおしてこい。
249 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:18:37 ID:hCpYLFQFO] >>247 百済と今のチョーセンジンはまったくの別人種だからww 残念っスwwww
250 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:20:20 ID:jLmA8UL10] ID:Wty0K/MhO みなさん、このIDはNGワードでよろしく。 たぶん、彼は朝鮮人です。 たしか、邪馬台国の時代って、朝鮮半島の北半分は中国の領土で、 三韓人は、小さい国がごっちごちゃしていたんですよね。
251 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:23:15 ID:yj2At8xc0] >>239 桓武天皇の生母の高野新笠が、百済の武寧王の子孫だという話かな。 高野新笠と武寧王では、200年以上の時差がある。 本当に子孫かどうか分からないし、皇室が朝鮮半島出身というのとは 全く異なる。
252 名前:佐田 [2009/06/01(月) 04:23:26 ID:jb2LfzwHO] 可哀相だね偽物の方の韓の人は
253 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:23:38 ID:jLmA8UL10] あと、倭国の建国時期は、百済よりも、もっと前です。 そもそも、朝鮮半島は、西暦313年まで、 北半分は、中国の領土でした。 南半分には、三韓とかいって、小国が乱立していた。 一方、倭国は、少なくとも、西暦2世紀ごろには 九州から関東までにまたがる巨大王朝が、纏向遺跡を首都に誕生した。 この纏向遺跡は、三国時代の中国の王朝の首都に匹敵する大きさ。
254 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:25:26 ID:EoAOWhiU0] >>6 じゃあ俺たちが偉くなればいいんだな
255 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:26:18 ID:jLmA8UL10] 倭人という人種は、中国の周王朝の時代にも 交易をしていたことが分かっています。 つまり、紀元前の遥か前から存在していたことになる。 また、呉(周の親戚)の泰伯の子孫というふうに主張していたことからも 倭国とか倭人というカテゴリは、かなり古くから存在している。
256 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:31:22 ID:jLmA8UL10] >>242 唐古・鍵遺跡とは、葛城地方からずれている。 だから、あそこが首都だったとは思わない。 ただの、農村だったんでしょう。 が、川の近くで、沈んだから、偶然、残っただけ。 もともとは、出雲のほうが文化的にも先進地域だったんでしょう。 でも、近畿地方のほうが、地理的にまとまりやすくて 勢力を拡大させた。 文化的に先進地域が、軍事的に強いとも限らないし また、鉄があるから、軍事力が強いとも限定できない。 そんなこといったら、鉄の合ったヒッタイトは、エジプトを押し切れなかったし 半島でも、鉄の産地の伽耶は弱小地域だったわけだし。
257 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:31:49 ID:Wty0K/MhO] >>248 誰が書いたか訳のわからない『記録』なんてアテにできません。 逆に疑うべきです。 それより考古学では『伝承』の方が遥かに重要とされています。 『万世一系』の天皇家において『祖国は朝鮮半島』と伝承されてきているのですから こちらの方が事実、真実です。 >>249 もうヤメにしませんか、そういう発言? むなしくありませんか? 天皇家は朝鮮人豪族であったのは紛れもない事実で 今上天皇もそれを御認めになっています。 受け入れ難いのは分かりますが『感情』を考古学に入れないでください。 学者からすると目障りです。 ・・・今日も1限から非常勤講師の仕事があるから もう寝ます。
258 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:33:13 ID:hCpYLFQFO] >>253 とにかく無理やり朝鮮半島に繋げたいんだよな、今現在の韓国朝鮮人はw 残念ながら天皇陛下は純血の大和民族の血をずっと受け継いで来た高尚な存在なんだよアホw てめーらは自国さえ守れず、モンゴル人に民族浄化され、中国人に民族浄化されて万年属国をやって来たカス民族だからって僻むなよwwwww
259 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:36:02 ID:jLmA8UL10] >>257 おいおい、日本書紀の記述を改ざんするなw じゃ、任那日本府も日本書紀に記載されているw だいたい、王家の出自というのは、父親で解釈するのさ。 この時代は、一夫多妻制でだから、母親の出自でみたら いろんなのがいるw
260 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:39:34 ID:jAj2VFd/0] >>232-233 畿内大和は、急に200年頃から栄え始めるんだ。 それまで、少なくとも2世紀前半までは、九州北部が最大に栄えていた。 考古学者も、ほとんどそのことは認めている。 つまり2世紀後半に、その後半の後半に逆転現象が起きるんだ。 なぜ勢力逆転するかというと、2世紀の半ば頃には九州以外に台頭してくる地域がある。 著しいのが出雲、吉備、少し遅れて丹後と越前、それから近江と東海。 これらが、ときには連携、またときには相争うような、いわば戦国的な世の中になる。 中国の史書ではそこをきちんと書いている。倭国、大いに乱れる、と。(倭国大乱) だから考古学と中国史料の間には、けっこう整合性があるんだ。
261 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:39:39 ID:jLmA8UL10] 朝鮮半島の最初の王朝が、一応、 西暦7世紀の統一新羅からでしょう。 それ以前の王朝は、全部、中国発の諸王朝。 百済、高句麗は、王族が扶余系で、 言語はモンゴル語系の民族。 後の契丹も扶余系で、これはモンゴル語族だということが分かっている。 現在の比較言語学では、韓国語とモンゴル語は、それぞれ孤立言語。 百済や高句麗が存在した2000年前も、 韓国語の祖語と、モンゴル語の祖語は、完全に別系統。
262 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:45:44 ID:jLmA8UL10] >>260 その見方もされていない。 西暦3世紀以後の段階でも、北九州のほうが玄関口だから 鉄が多かったりする。 つまり、鉄の多い少ないだけで、歴史を推測するのは、困難。 考古学者の推測で歴史を語るのは困難。 歴史学者と考古学者の推測、それ以外の学問 全部がふっくるめて、考えるべきである。 少なくとも、卑弥呼=モモソ媛命ならば、 記紀の記述と考古学の成果などを照らしあわせて 一回、考えるべき。
263 名前:佐田 [2009/06/01(月) 04:46:25 ID:jb2LfzwHO] 天孫族が九州から来たとして 当時の邪馬台国は何処にあって 卑弥呼はいったい誰なんだろ?
264 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:53:54 ID:gAdsCR8n0] >>263 天孫族は、葛城地方の豪族。 そもそも、天孫(てんそん)という考えが出来たのは 日本書紀や古事記が編纂されてから。 もともとは、天津神と国津神とされていた。 アマのカミ、クニのカミだ。 天(アマ=アメ)とは、天=雨であり、水を意味する。 神(カミ)は、神=上(カミ)であり、 川上(カワカミ)からも来ている。 つまり、古代の有力者たちは、それぞれの各地で水を支配することで 権力を蓄えていた。 たとえば、現在の田舎の名家でも、山麓の川上がある高台に 居を構えている場合が多い。 自分も実家が田舎の出身だから、田舎で家柄が良い名家とされているのは、 川上を押さえていることが多い。 このような勢力が、日本各地に誕生した。 その中でも、最終的に天下を統一したのが 葛城の高天地方の豪族だ。
265 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:55:41 ID:7l/vouYQ0] 欠史八代はいたと思う。 纒向の始まりや大彦の名が471年の鉄剣にご先祖と刻まれている点からして。 そのわずか200年ほど遡ればまさに卑弥呼の時代。 卑弥呼=倭迹迹日百襲姫
266 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:55:55 ID:NsMVm2Ud0] これだな、高天原は。 高天彦神社 www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E9%AB%98%E5%A4%A9%E5%BD%A6%E7%A5%9E%E7%A4%BE&lr=&aq=f&oq= 御所市高天 葛城 高天原 神話の里 天孫降臨神話 www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/97.htm 古事記・日本神話の伝承地〜高天原史跡ガイド奈良県御所市から takama.sakura.ne.jp/
267 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 04:59:12 ID:jAj2VFd/0] >>262 >西暦3世紀以後の段階でも、北九州のほうが玄関口だから >鉄が多かったりする。 きみは古い集計資料しか見ていないね。 間違いだよ。 弥生終末期(2世紀末〜3世紀前半)だと出土鉄器数は福井県がグンと伸びる。 北部九州より本州の方が凌駕している。
268 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 04:59:13 ID:NsMVm2Ud0] >>265 卑弥呼が、モモソ媛命なら、 倭国大乱は、欠史八代の中頃の天皇の時代に起こった可能性が高いね。 やはり、この時代に、何かがあったんだ。 でも、欠史八代に相当する人物はいたんだと思う。
269 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:00:25 ID:OoMU52sm0] >>267 でも、それって、福井県のほうが鉄が多いから 福井県が首都だったという論理になるよねw
270 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:06:43 ID:OoMU52sm0] 倭国大乱は、 5代目の孝昭天皇の時代に始まったんじゃないの? 彼の后が、天忍男命の王女なんだよね。 その間に生まれた長男に、 天忍男命のあとを継承させようとしたんでしょう。 だから、倭国大乱が起こった。 おそらく、欠史八代の天皇は、実際の政事を行っていた世俗王。 で、別に祭司王がいて、そちらが名目上の倭王だったんでしょう? で、その倭王は、だいだい、天火明命の男系子孫が継承していた。 天火明命の弟のニニギ命は、兄の命令で、九州高千穂に赴任していた。 で、曾孫の若御毛沼命(神武天皇)の時に、再び近畿本国で政事をみた。
271 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:13:47 ID:jAj2VFd/0] >>268 ならない。 もともと鉄器出土数だけで国勢を云々するのも、ずいぶんおかしな考え方なんだ。 ただ大和の鉄器は相変わらず少ない。 新発見の丹後、福井、高知、淡路島などがグングン数を伸ばしている弥生末でも 大和はそれほど増えない。 だが倭国大乱のあと、箸墓所在地の大和纏向という遺跡が確実に一頭図抜けた存在になってしまう。 なぜ大和の纏向が選ばれたのか・・・・・そこが難しい。
272 名前:271 [2009/06/01(月) 05:16:01 ID:jAj2VFd/0] アンカミス。>>268 →>>269 、スマソ。
273 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:18:05 ID:8p/RDsRP0] >>1 いつも思うのだが、箸墓古墳の周濠って、 現在は西側のみだけど、造営当時はぐるっと墳丘を一周廻っていたのだろうか?
274 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:19:36 ID:e4NQl69j0] それが卑弥呼だという証拠は? 文系って、十分条件の証明がいつもいい加減だよな。
275 名前:佐田 [2009/06/01(月) 05:22:05 ID:jb2LfzwHO] >>264 川上と言えば、天照大神を奉る伊勢神宮も五十鈴川の川上だね。
276 名前:名無しさん@10倍満 mailto:( `Д)<6月の花嫁! [2009/06/01(月) 05:26:01 ID:UybR5ebM0] よし、どさくさにまぎれて仁徳天皇稜を掘り返してみよう。
277 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:28:28 ID:HD2OaOtV0] 俺、卑弥呼の子孫だけど、墓は別の場所だよ 教えられないけどね
278 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:31:15 ID:QAzGUL1X0] ETV特集 日本と朝鮮半島2千年(2) ▽任那日本府”の謎 ▽太王四神記の真実 ▽鉄を求めたヤマト政権 ▽海を越えた軍事支援 ▽韓国で続々と発見された前方後円墳の秘密 ▽天皇と百済との関係 ▽最新の発掘が古代史を書き換える
279 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:32:58 ID:jAj2VFd/0] >>273 現在は西側のみよいうのは北側のみの勘違いだと思うけど これまで宮内庁管理地外の発掘調査があって、 後援部南東側、前方部南側いずれも周濠があった。 >>274 証拠はないよ。卑弥呼の墓だと証明さrたわけではない。 ただ、可能性が高くなった、ということ。 証拠を見つけるには主体部の発掘をやらないと、どうしようもない。 主体部発掘やっても、証拠が見つかるかどうかは五分五分だろうけど。
280 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:34:11 ID:HstR1rIn0] >>263 邪馬台国は大和にあって、それはエミシだったと考えられる。 魏誌に書かれた倭人の風習、天孫降臨や東征などの記述、全てを 説明するためには、そう考えるほかないのでは。
281 名前:279 [2009/06/01(月) 05:35:11 ID:jAj2VFd/0] 訂正。西側のみよいうのは→西側のみというのは、スマソ。
282 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:35:13 ID:rkX5Xt0u0] >>273 魏志倭人伝には卑弥呼の墓は円形と書いているけど 箸墓はもともとは円形で後から四角い部分をつけたされた という説もあるみたい だから、もしかしたら周濠も後から作られたのかも? 昔は古墳の上でお茶会とかしてたこともあるそうよ
283 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:38:15 ID:+93lBYUUO] あすかあきお先生、出番です
284 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:38:24 ID:HstR1rIn0] 倭国大乱の頃は、まだ天皇家は日本に来ていなかったのかもしれない。
285 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:46:35 ID:+MCZMOP5O] うちのじいちゃん、石原裕次郎と同じ日に死んだ だからじいちゃんの墓、裕次郎の墓かも知れない
286 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:47:09 ID:vZtwh0l90] >>283 宇宙人は日本人だった
287 名前:猿田彦 [2009/06/01(月) 05:48:28 ID:jb2LfzwHO] さて、そうなると。 大和や出雲を照らす太陽が 日の出して来る方向の 伊勢の大神である猿田彦こそが 本来の太陽神であったと そういうことでよろしいかな? それを継いだのが、アマテラスと
288 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:52:16 ID:sQnwpdxl0] 箸墓古墳、卑弥呼の生前に築造開始か 歴博が研究発表2009年5月31日20時36分 奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳の築造年代が西暦240〜260年ごろとする 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究成果が31日、東京・早稲田大で開かれた 日本考古学協会の研究発表会で報告された。春成秀爾(はるなり・ひでじ)・同館名誉 教授は「箸墓古墳は卑弥呼が生前に築造した墓の可能性が強まった」との見解を示した。 同館は箸墓古墳やその周辺で出土した土器の付着物の放射性炭素年代を測定し、 築造時期を絞り込んだ。春成名誉教授は中国の史書「魏志倭人伝」の記述から、 卑弥呼が247年に死去したと推定。「全長280メートルの古墳を築造するには10年前後 かかったとみられ、今回分かった年代から、卑弥呼が生前に自分の墓の築造を始め、 死亡時に大部分は完成していたとも考えられる。卑弥呼自身が箸墓古墳を築造していた 可能性が高い」と報告した。 会場となった教室は400人の聴衆で満員に。「付着物の年代が土器より古い可能性も あるのでは」という質問も出たが、春成名誉教授は「同時に出土した植物の種も測定 したが、ほぼ同様の年代が出ている」と応じていた。 www.asahi.com/culture/update/0531/OSK200905310039.html
289 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:52:34 ID:jAj2VFd/0] >>282 >魏志倭人伝には卑弥呼の墓は円形と書いているけど 形状は書いてないよ。よく魏志倭人伝を読んでくれ。 毎日新聞の記者もそう思い込んでるみたいで、おかしな記事だった。 mainichi.jp/select/today/news/20090601k0000m040042000c.html?link_id=RSH02 前方部をあとから付け加えたというのは、河上さんという考古学者の説だけど 同じ考古学者仲間の間でもあまり支持されていないみたいだね。 お茶会をやったのだったかな? 確か墳頂に茶店があって、すぐそばの上ツ道(伊勢街道)を行き来する伊勢参りの人たちを相手に 商売していたのではなかったっけ。
290 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:53:09 ID:rkX5Xt0u0] >>285 石原裕次郎は伝説の存在じゃないの?
291 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:54:35 ID:vZtwh0l90] >名誉教授 炭素年代がぴったりで狂喜乱舞してる人か
292 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:55:57 ID:oYN3Os/20] サスガニュー速 あやしいネタばっかだw
293 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:56:51 ID:TYhQ1uDV0] 三世紀半ばに死んだ王者がいたというだけの話
294 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 05:57:54 ID:f/qeSQyO0] どうして天皇家が3世紀から日本の盟主だと扱うのかがわからない 今の天皇家が畿内で実権を握ったのは7世紀だろ? それまでは一地方豪族 地質学的には大山から富士・浅間なんかが大噴火してるから 火山灰で中・東日本遺跡は埋没・燃焼・融解してる それをいいことにねつ造三昧
295 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 05:58:25 ID:b9fek7v90] >>268 何の根拠もないことをw
296 名前:猿田彦 [2009/06/01(月) 06:00:58 ID:jb2LfzwHO] 高天原から葦原中国を照らす、伊勢の大神、猿田彦なんだから 伊勢の西方の大和に、高天原があったんだな 高天原は高天彦神社だろう
297 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:02:35 ID:oYN3Os/20] こりゃーソースないのは全部眉唾で読まんと。 ひでーなこりゃ。
298 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:02:48 ID:KvQAuaqx0] >>261 お前が朝鮮に激しいライバル意識を抱いてることはよくわかったw
299 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:03:05 ID:mVnXqCJH0] 卑弥呼って差別語だろ
300 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:05:40 ID:3EwWFz/cO] 古墳を発掘しちゃいけないのはなんでなんですか? 偽造の歴史、天皇渡来人など、 何がバレたらまずいのかkwsk
301 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:12:08 ID:HstR1rIn0] 継体は、福井にいた、つまり半島北部から流れ着いた系統の可能性が高い豪族が 大和王朝を乗っ取ったんだろうが、それ以前にも乗っ取りがあったんだろうな。 やはり、天照大神が卑弥呼で、それは神武に乗っ取られたエミシの王朝だ。 東征にエミシと戦った話が出てくるが、古代大和王朝は、天孫族に 神話共々乗っ取られたんだろう。 目から鱗だが、それで魏志倭人伝の倭人の風俗から、東征まで、 何から何まで説明ができる。
302 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:12:41 ID:sNTcmoFk0] >>299 卑弥呼って差別語なのか・・・知らなかった。
303 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:13:43 ID:G4OqfMh80] 弟『ひ'みみ'こ(大比比)』、兄『ひ'みこ'こ(大比古)』 天皇(大比比)に代って、百襲姫が王位に就く(『ひ'みみ'こ(卑弥呼)』)。 尾張方面(狗奴国)の兄(大比古)が反発。 みみ[子]‐ひみ[女]‐比比[弟] みこ[子]‐ひこ[男]‐比古[兄] 卑弥(弥)呼 [女] 卑弥 弓 呼 [男] 開化(大比比命)-卑弥呼(百襲姫)の次は、 大彦(大比古命)の支援で、 崇神-台与(豊鋤入姫)の時代。
304 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 06:14:04 ID:IrqT6xDL0] チョンの国家ぐるみ捏造歴史で全てが謎になるw。
305 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:14:42 ID:tYNWSRr30] >>300 どこぞの半島のように自称の歴史しかないような国と違って 日本史は自らの資料と中国の資料との補完関係で成り立っているから 心配は無用です。
306 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:17:54 ID:2Toars5hO] 仕事いけよバーカ
307 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:26:02 ID:56H9kz+f0] >>282 箸墓古墳の前に造られた纒向石塚古墳やホケノ山古墳などの 前方後円墳があるから、やはり当初からあの形で企画されたもの だと思われる。方丘部があとから付け足されたというのはちょっと 考えにくい。
308 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:27:00 ID:HstR1rIn0] >>304 まさにそのとおりだと思う。 朝鮮半島からの流民、といっても小国の王朝だろうが、 半島で破れ、日本に落ち延びた流民が、出雲や大和の 縄文人王朝を騙し討ちにして、伝説ともども乗っ取った。 邪馬台国の風俗がアイヌや琉球のそれとしか思えないのも、 東征記でエミシと戦い、大和にいたの、邪馬台国のように、 つまりエミシのように入れ墨をした人たちだったというのも、 これで全て説明できる。
309 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 06:27:30 ID:ygm+g/bo0] >>294 >地質学的には大山から富士・浅間なんかが大噴火してるから >火山灰で中・東日本遺跡は埋没・燃焼・融解してる それをいいことにねつ造三昧 イタリア・ポンペイ遺跡知らないの?火山灰はタイムカプセルだよ。
310 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:31:53 ID:HstR1rIn0] >>294 地質学ではなく、記紀以前の記録を全て焼いた影響が大きい。 天皇家以前にも、エミシの国々には渡来人が来ていて、 当然、記録はあったんだが、記紀より前の記録は存在しない ことにされてしまっている。 出雲などには残っているようだし、他にもたくさんあるだろうが。
311 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 06:54:50 ID:8x2lMQGh0] 日本の文化的に墓は掘れん罠 天皇クラスの御霊を鎮められる神官や高僧なんていないだろう しいて言えば今上陛下なんだろうけど
312 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 07:39:43 ID:ygm+g/bo0] 根拠無く文身論を展開する者に対して、コピペ推奨 二次資料として引用元文献:いれずみ(文身)の人類学 吉岡郁夫 雄山閣出版 2472円 ページ63(出来るだけ原文のまま) {「古事記」に見られる文身 「随書」に続いて八世紀になると、日本側にはじめて文身の資料が現れる。 和銅五年(七一二)に編纂された「古事記」には、次のような記事がある。 大久米命、天皇の命を以ちて、其の伊須気余理比売に詔りし時、 その大久米命の鯨(さ)ける利目をみて、奇しと思ひて歌ひけらく、 胡鷰子鶺鴒 千鳥ま鵐など鯨ける利目 とうたひき。 爾に大久米命、答へて歌ひけらく、媛女に 直に遇はむと 我が鯨ける利目 とうたひき(「日本古典文学大系」) 「鯨ける利目」とは、目の周りに文身をしていたことを表している。 この文の意味は、天皇がイスケヨリヒメを召されるとき、大久米命が天皇の命を 受けて、そのことをヒメに伝えた。彼女は大久米命が目の周りに文身をしているのを 見て不思議に思い、どうして目の周りに文身をしているのか尋ねたところ、 彼はヒメにすぐ会おうと思って文身したと答えた、というのである}
313 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 07:40:21 ID:PZAyOiq9O] こうゆうのって古墳自体を掘っちまえばわかるでねーの?掘っちゃいけねーっ決まりでもあんの?
314 名前:猿田彦 [2009/06/01(月) 07:45:23 ID:jb2LfzwHO] 高天原から葦原中国を照らす太陽神=猿田彦。 猿田彦(佐田大神)=太陽神。伊勢国の大神。クナドの神。 太陽が昇る方角にある伊勢国→太陽が照らす所にある、伊勢国から西方にある大和国。 高天原=大和国にある高天彦神社。 高天原にいたアマテラス=天照太神(天照大神) 大和国の天照大神とクナドの神の猿田彦。 つまり・・・ 邪馬台国の卑弥呼と、狗奴国の・・・本来の太陽神
315 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 07:47:30 ID:7i/ggKnO0] 猿厨うぜぇ
316 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 07:49:44 ID:7OodBg0q0] 古墳を掘ったら右翼が街宣するんじゃね?
317 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 07:50:02 ID:xEKqbUID0] 所在地が決まると何かに影響があるわけ?
318 名前:猿厨 [2009/06/01(月) 07:52:25 ID:jb2LfzwHO] >>315 真実に目を背けるなよ クナドの神の猿田彦=狗奴国の主 と 大和国のアマテラス=邪馬台国の卑弥呼 のお話しだろ?倭人伝って そうじゃないっていう 悪魔の証明を証明してほしいね
319 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 08:00:22 ID:DDs0XU5TO] その時代ならいくらかあって不思議じゃないだろ つか、炭素の年代測定そこまで精度ないでしょ
320 名前:卍田卍 [2009/06/01(月) 08:05:58 ID:jb2LfzwHO] 僕にはもう真相がわかっちゃったよ面白かったー
321 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 08:13:33 ID:IBXn3yNrP] >>294 >どうして天皇家が3世紀から日本の盟主だと扱うのかがわからない >今の天皇家が畿内で実権を握ったのは7世紀だろ? それまでは一地方豪族 「全土を統べる王者」か「一地方の勢力」この二択しか考えられないのが2ちゃんレベルで 畿内説に反対している連中に多く見られる傾向だなw 「緩やかな連合体」からスタートして徐々に勢力を拡大していったと言うのが 今日の常識的歴史観だろうに
322 名前:卍 mailto:sage [2009/06/01(月) 08:34:48 ID:jb2LfzwHO] 日本の歴史の真相は。だいたい太陽で決まるよ、日の国なんだから。 インドが月氏の月なら、日本は日の太陽だね。 仏教の真相も、だいたい、月と太陽でわかるんだ。 日本という名も、仏教が伝わってから・・つまり、あの太子が・・・ 僕は、たぶん世界一頭がいい
323 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 08:53:54 ID:LiP6DjkOO] 奈良には部落が多いのも関連している。
324 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 09:00:43 ID:wDIEKPqXO] >>317 JR九州の社歌の歌詞を変えないといけなくなる。
325 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 09:20:11 ID:lTMZX30p0] >>134 国譲りがあったのは神の世界での話なので、 神の世界でそういう約束になったから、 それに従いなさいという論法になる。 つまり、天孫降臨後に実際の国譲りは行われたと考えるのが妥当。 ニニギが天孫降臨したのは日向で最終的に大和で王権ができた。 神武が大和の地で国譲りの作業を始め崇神のときにそれが完成。 つまり神武〜崇神の間は倭国大乱の時代だと解釈することが可能。 国譲りの神話で、剣(鉄器)を浜にさして、国譲りを迫り。 相撲(シャーマニズム)でそれを決めたことへの暗喩ともとれる。
326 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 09:28:07 ID:tTE6zFw70] >>114 日本も戦前までは結構食べてたんだし別に弥生時代の人が食べてても不思議じゃないだろ、 武家屋敷の土間を発掘すると必ずと言っていいほど刃物でさばいた犬の骨は出て来るそうだ。 親から聞いた話では(BでもKでもないからな)戦後もしばらくは農村では食べてた人も居たみたいだが、 「赤犬は旨い」を2軒となりのおじさん(この人もBでもKでもない農家)が食べてて 自分も食べさせられそうになったが父親(じいさんはすでに犬は食い物じゃないと思う人だったようで)に止められたとよく言っていたな。
327 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 09:49:09 ID:1F5HNP/aO] >>271 巻向が丹の集積地だったからだろう。 何故か鉄に比べて軽視されるが、 支配者層にとって赤色の顔料の元で、不老の薬と 考えられていた丹の存在は大きい。 また船の防腐剤としても重宝されてるしな。
328 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:04:32 ID:lTMZX30p0] 倭国大乱は出雲系と熊野系の戦争だったとする。 日向の神武は熊野系と友好関係だったわけで、考えられる構図は 日向〜熊野までの瀬戸内ラインは熊野系が優勢。 出雲〜丹後〜山城までの日本海ラインは出雲系が優勢。 大和周辺と北部九州が主戦場だったことになる。
329 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:09:03 ID:lTMZX30p0] >>326 それは変だな。綱吉以降はいくらなんでも武家は食えない。
330 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 10:18:16 ID:l3B9zNdo0] >>326 どこの国の話だ。 日本はどんなひなびた土地に行っても、絶対に牛と犬は食べなかったぞ。 犬は番犬や狩猟のパートナーだ。 (牛は農耕の担い手だ。) 島国でさほど数のいない犬を食べるほど、後先考えない民族じゃないんだ。
331 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:20:30 ID:WfTPlQsPO] >>313 掘って科学的調査したら歴史書の記述と違ってたらまずいから。 まして古事記や日本書紀の記述と違ってたら政治的にもまずい。 日本が2600年続いてることが否定されるのは国際的アドバンテージがなくなる。 だから宮内庁は天皇陵の発掘調査を厳しく禁止している。
332 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:21:45 ID:lTMZX30p0] 秀吉の時に土木工事をするために朝鮮人を大量連行したけどね。 当然、江戸の開墾にも動員されたたはず。 彼らは犬を食った。犬食う人といって江戸ではならずもの扱いされた。 綱吉が犬を大切にしないやつは処罰すると法律を作った。 こういう流れだったはず。
333 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 10:22:30 ID:wdkLpNX70] >307 ちち。強引なのは自覚しているけど、 そもそも前方後円墳は、祭壇と円墳が 組合わさったものという見方があるみたいだよ。 であれば墓の大きさを聞かれたら円墳の大きさのみを 答えても不思議ではない。 今だって家の大きさ聞かれて、玄関や駐車場の 敷地を入れない事はあるよね。
334 名前:333 mailto:sage [2009/06/01(月) 10:27:44 ID:vAAMSa9v0] >ちち。 は、「ちと、」です。 罵っているわけじゃありません。失礼。
335 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 10:34:34 ID:tTE6zFw70] >>330 武家屋敷は有名なのは明石城武家屋敷跡だけど関東、東北でも結構あるらしい。 時期的には江戸時代全般みたいだが確かにご指摘の時期だけはちゃんと抜けてるみたいね(でもその後復活してるというw)。 親の話だがうちの親は埼玉中央部あたりのかつての農村の人。 ただ、祖父は鶏なら自分でさばいて振舞うのが得意な人だったくらいなのに犬食はすごく嫌悪してた(あんなことやってるからそこのうちは奇形が出るんだと言っていたくらい) だからすでに昭和期には犬食する人が居る地域でもかなり犬はさすがに食べるものじゃないだろという考えが普及してたようだが。
336 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:38:58 ID:9HxQKiTN0] >>326 うそ付き朝鮮人乙。 日本の農村に犬肉を食べる風習など存在しない。違うと言うのなら、お前の爺ちゃん の農村が、どの県にあるか言って見よ。
337 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:39:37 ID:lTMZX30p0] >>335 >ご指摘の時期だけはちゃんと抜けてる どうして確認したの?
338 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:43:03 ID:lTMZX30p0] 日本に戦前、犬食はなかったとは言わない。 孫正義の父親は犬取りだったらしいしね。
339 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:45:37 ID:9HxQKiTN0] >>329 その通り。武家であるならば、犬を食べる様な振る舞いは、子々孫々の恥とし てあり得ない。但し、平安時代の一時期(長屋の王時代)唐から入った異国グ ルメとして犬鍋は貴族の間で一時、行われた事が、木簡の記録から分かっている。 その後、貴族の間でも、犬喰いは急速に廃れたので、やはり日本人の感性に合 わなかったのだろう。
340 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 10:52:25 ID:tTE6zFw70] >>337 手ごろにあった資料ではこんなの ttp://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000130902230001 まぁ、朝日なんであれなんだが。 しかし、普段ネトウヨといわれてる自分が朝鮮人扱いとは… 学生時代の般教授業で聞いた話ではだが宗教上畜肉禁止なので飼育自体は問題がなく、かつ手軽に調達できる犬肉が貴重な栄養源だったとか、 そして宗教上まずいんで文章として書き残すことはしなかったけど食べかすだけが残って発掘されてるということだそうだ。 文化の流入はあったが食べてたのは髭の濃い武士なら許そうよ。
341 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:52:54 ID:jb2LfzwHO] これから、九州はどうするんだろ・・・
342 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 10:58:24 ID:jb2LfzwHO] 頑張れ九州。歴史がすべてじゃないさ、九州には歴史以外にイイものあるじゃん。たぶん
343 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:00:21 ID:lTMZX30p0] >>340 >こういった風流な暮らしの半面、松井さんは「上級武士が日常的に犬を食べていた」とみる。 >ただ、さすがに恥ずべき行為と思っていたようで、「人目につくのを恐れ、骨を庭の穴とか溝に >捨てたのだろう」 これを、上級武士にするのは非常に無理があるなw。 ふつうに考えたら、家や城をつくったときに食っていたやつがいる。 溝に廃棄物を処分する層がいて、かれらがほかした。
344 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 11:01:02 ID:hmwaFKor0] さすがに魏志に書かれた邪馬台国が九州だとする人も減ると思うよ。 今回の箸墓云々ではなく、3世紀中頃に北九州一帯のみを 「倭国」として扱うのはもう無理有りすぎだから。
345 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:14:11 ID:wB+6XQtW0] 犬肉がどうのと下らない。 朝鮮人と嫌韓厨は邪魔。出て行け。
346 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:16:46 ID:pLDqfsEr0] >>336 お前が若いってのはよく判った。 赤犬が旨いとか昔は良く言っていたんだよ。 犬を喰わなくなったのはこの20-30年ぐらいの極く最近の事さ。
347 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:16:59 ID:lTMZX30p0] >>345 犬食は厭だと思うのが日本人の感性でしょ。あんたは平気なのか。
348 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 11:21:26 ID:Aez8hEu20] 建前上は4足のものはたべてはいけないことになってたんだし 犬食もBぐらいの風習だろ
349 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:27:00 ID:pLDqfsEr0] >>343 あほか量が違う
350 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 11:29:13 ID:l3B9zNdo0] >>346 はああ? 1980年代高度成長まっただ中に、犬を食べてたとか言うんですか? 捏造甚だしいね。
351 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:30:04 ID:lqnDyQaA0] 九州人が金印をぱくったに違いない 盗掘しやがったんだ
352 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:33:35 ID:JDifiRvcO] なんで犬食スレになってんだよwww スレ違いはほっとけwww
353 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 11:35:09 ID:vsXK+73z0] >>82 ヤマト王の尊称としてイワレビコという名が有った可能性は否定できません。どうも、欠史八代 などを見る限り、崇神朝ができるまで大和の首長の尊称だったのではないでしょうか。神武と崇神の (はつくにしらすすめらみこと)と同じ名であるように、大和の起源とされる王と同じ名なのが気になります
354 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:37:23 ID:wB+6XQtW0] >>347 多少の脱線ならまだしも、主旨と関係ない下らん話を延々とするなと言ってる。 >>346 言ってることはだいたい正しいがよそでやってくれ。
355 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 11:43:28 ID:vsXK+73z0] 犬を食う話に関しては、気候変動による飢饉で食ってた可能性も否定できんよね
356 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 11:46:38 ID:lTMZX30p0] >>354 弥生から〜江戸時代まで犬食があった、 弥生の渡来人は武家の先祖でもあり、現代朝鮮人の末裔だと主張したいやつがいたら。 秀吉の時に大量に入ってるから、それ以降は弥生の渡来人と別系統だと反論しておく必要がある。
357 名前:(´-`).。oO ◆abcDBRIxrA [2009/06/01(月) 11:52:05 ID:G87zQlOv0] >>1 箸墓古墳の埋葬者と言われている「ヤマト・トトヒ・モモソヒメ」は、4世紀中頃の人物。 卑弥呼は3世紀中頃の人物。しかも卑弥呼の墓は円墳。直径100歩、145メートル。 3世紀中ごろ、皇室の先祖は九州にいた。ちなみに神武天皇は3世紀末頃の人物。 箸墓古墳は卑弥呼の墓ではない。年代の推定が古すぎる。学者は年代推定をやり直したほうが良い。 もしも箸墓古墳が卑弥呼の墓なら、邪馬台国と大和朝廷は無関係。 ∧_∧ ⊂(・∀・ )つ- <これ豆知識な。 /// /_/:::::/ |:::|/⊂ヽ ノ |:::| /」 / ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/| /___________________/ | | | |----------|│
358 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 11:59:13 ID:jgX1SrBp0] >>356 うむ。倭、ヤマトと呼ばれるようになるまでの大陸から来た人間は 昨夜の議論にもあるが、そいつらも刺青をしたことになる。 ようするに倭人伝で太古の倭人はみんな刺青をするように書かれてるから 大陸系の人間も倭人として刺青をしていたことになる。一時期までは。 名前も中華系の名を失っている。 これは現代の中国人や朝鮮人とは大きく違う。 古代ですでに倭人、ヤマトになってるわけだ。 犬についても、懐く犬は飼うだろう。 しかし、凶暴な野犬の群れはどうするか。 それは狩猟の対象だろう。せっかくの命だ。あるいは食わなくても 畑の肥料にぶちまけただろう。 それを発掘すると、食ってるように見えるかもな。
359 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:00:10 ID:t9DmoiGb0] >>331 そんな理由で発掘禁止になっているわけではないと思う。 歴博の発表は少数の不確かな理由で推論したもので、関係史料との整合も取れていない。 常識的に言えば妄想に近い。 考古学が学問の水準に達していないので、学問を重んじ、開明的でもある皇室も 先祖の墓を触らせたくないということだと思う。
360 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:06:14 ID:KLIxgX+m0] 124 :名無しのひみつ:2009/05/31(日) 13:01:06 ID:jxexEc0l 日本の「考古学者」どもは、自説のためならどんな強引な解釈やこじつけもできるアホ集団だからね。 「オッカムの剃刀」なんて完全無視。 素人が、縄文時代の石器を火砕流堆積層に埋め込んだ捏造遺跡にコロッと騙されて 「日本に旧石器時代があった」 「旧石器時代の人類は(縄文時代の石器をつくれるほど)高度な知能を持っていた」 なんて認定して大はしゃぎ。 石器を作る際に出るはずのクズ石が出土しないことや 秩父の「遺跡」(もちろん捏造遺跡)から東北産の石を使った石器しか見つからない、 という不審な証拠があっても捏造と気づかない。 日本の考古学部が文系に属しているせいかもしれない。理系の「頭」でないんだよ。 捏造発覚前から地質学者や人類学者は呆れていた。 はっきり言って隣国の連中を笑えないよ。
361 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:08:44 ID:Zd5GUHcY0] エレカシの生命賛歌は古墳からインスパイアされた曲です。ぶっ飛んでます。
362 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 12:26:13 ID:jN/JZTiK0] 箸墓である根拠には乏しいと思う ある程度の位のあるものの墓ならば大きさは同型と思われる
363 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:31:36 ID:UDTpwtfHO] 畿内説には無理があるから、オカルト板に畿内説スレを立てるべき
364 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:32:54 ID:6SQVlvrL0] 北九州には巨大古墳ってあるの?
365 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:33:34 ID:R9hwSUKfO] 卑弥呼
366 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 12:37:13 ID:HstR1rIn0] >>329 綱吉がいなくなればまた食ってたんだよ。 農耕民族は、犬を食う。 俺も、>>326 のような話は随所で聞くし、武家屋敷のかまど周辺からから犬の骨が出るのは常識。
367 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:41:45 ID:UDTpwtfHO] スレみてて思うんだけど北九州って何?南九州とは呼ぶけど北九州とは北九州市にあたるんだよね
368 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:46:13 ID:UDTpwtfHO] だから北九州市には何かあるのとかと言われれば、ヤマタイではありませんし、卑弥呼に関する物もありません
369 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:50:22 ID:XdZQZljJP] 魏志倭人伝の邪馬台国は九州でそれとは別に邪馬台国と同規模の国が同時期に関西にあったという考えはないのけ? 別にあったって不思議はないと思うのだが? というか邪馬台国が唯一の大国だったと思うほうがおかしくないか? 関東にだって同規模の国はあったかもしれんし東北にだってあったかもしれん 魏志に無いのは単純に交流がなかっただけって考えられるやん
370 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:51:54 ID:pLDqfsEr0] >>364 古墳の定義を君が知っているか? って話からしないと・・・
371 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 12:53:20 ID:ba2Ojc+90] >>364 岩戸山古墳(磐井の墓)が一番大きいくらいかな。 130mくらい ずいぶん後の時代だけお。
372 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:53:35 ID:EYIFwSWz0] 北部九州は弥生で終わる、といった意見 は一昔前で、いまでは4世紀終わりまで 発達していたのは常識。 これは古墳、または住居跡から。 とくに住居跡に関しては2-4世紀にかけて 継続発展した住居跡が多い。 いまの巻向に的を絞った考古学のやり方は 危ない。他の地域の年代も調べないと意味ない。 年代確実な北部九州から炭素年代を調べればいいのに。 言い換えればそれだけこの時代は地域性が強いということ。
373 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 12:55:54 ID:pLDqfsEr0] >>368 逆、 鉄、鏡、絹等魏志に書かれた事物は近畿にはごく僅かしか出ないが、 九州には豊富に出ている。 書かれてないのに近畿に多いもの 前方後円墳、三角縁神獣鏡、銅鐸、石鏃(笑笑笑)
374 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:01:24 ID:UDTpwtfHO] >>373 え、北九州市の話???
375 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:03:08 ID:hmwaFKor0] >>357 君は勉強をやり直した方がいい。 ちなみに箸墓の後円部分は径約160m >>363 下手糞な煽りは止めとけw
376 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:08:47 ID:lTMZX30p0] >>366 庭とか、溝はかまどの近くにあったんだね。武家屋敷では。 あんたの主張をみるとなんでも朝鮮由来にしたいみたいだけど、 そしてそれにこじつけるための理由 で、出てきたのが犬。そんなにうまいのかw 残念だろうが、少なくとも男系において、 現在の朝鮮とおなじDNAを持つ人は非常に限られた集団。 en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O2b_%28Y-DNA%29 >A subclade of Haplogroup O2b1, namely Haplogroup O2b1a (47z), is found at >a fairly high frequency among the Yamato people and Ryukyuan populations of Japan. >Haplogroup O2b1a has been detected in approximately 22% of all males who speak >a Japonic language, while it has not been found at all among the Ainu or Nivkhs of >the northern extremes of the Japanese Archipelago. >However, the parent haplogroup, O2b1*, is also found among Japanese, although at > a relatively low frequency of approximately 4% to 7%, and the descendant haplogroup >O2b1a is either completely absent from or found at only extremely low frequency (which > could represent historical Japanese admixture) among samples of modern Koreans, which >suggests the possibility that Haplogroup O2b1* might have colonized the Japanese >Archipelago much earlier, with the subgroup O2b1a subsequently evolving within the >proto-Japanese-Ryukyuan population of the western parts of the archipelago.
377 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:10:38 ID:UDTpwtfHO] >>375 君も勉強した方がいいよ、北九州ではなく北部九州だからWWW 恥ずかしいからやめてね
378 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:26:55 ID:vsXK+73z0] >>360 いつの話をしているのだ? 今は専門知識を持った理系の教授と共同研究や鑑定をするのは常識だぞ もしかしてそれを書いた人間は相当古い人間?
379 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:27:03 ID:nDmtryog0] >>376 文化が伝来していたのと人間そのものがとって代わったのは混同しない方がいい。 Ychlの遺伝子群とMtの結果が合わないのは渡来した人口そのものは多くなかったことと、遺伝子間の塩基置換速度の差異を反映しているらしい。 そういうことを考えても朝鮮半島から来た文化もあったようだがやっぱり日本人は日本人なのだと自分は考えている。 もっとも日本より狭い割りに以上に遺伝的多様度が高い集団と頻度比較してグループ間の緊密度の議論が可能なのか疑問だけど。 後この手の議論でアホだなと思うのはAとBが共通のものを持ってるとどちらかがルーツって話になっちゃう点、 ただ単に共通のルーツがあるってだけでどちらかが先にあったとはいえないんだけど。 朝鮮と日本に共通があってもそれはシナ大陸の他の地域に居た共通の祖先に由来する場合も多いしね、 もちろんだからといって今の両地域が支那のものとは言えない、そんなこと言ったら全てのコーカソイド、モンゴロイドはエジプトのものだし、 人間全体がタンザニアのものになっちゃうからねw
380 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:29:04 ID:hmwaFKor0] >>377 余程北九州という言葉に拘ってたんだねw じゃ、北部九州に邪馬台国があったという簡単に説明をしてみてくれ。
381 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:37:51 ID:9HxQKiTN0] 巻向遺跡と唐古鍵遺跡の地理的、文化的、歴史的関係、あるかないか、 どなたか講釈を御願い申し上げます。唐古鍵遺跡からは、朝鮮半島には無い タイプの米が出土したんだよね。伊勢神宮には、米は斉の国(中国・山東半島) から来たという言い伝えが有るそうなので、源・大和勢力は、斉が滅んだ(BC284) 後、海人の越人(入れ墨)の舟を調達して、越人に運ばれてボートピープルと 成って来た人の子孫ではないかと思うんだ。唐古鍵遺跡から出土した米の年代 は、AD200年頃なので紀元前200年とは400年も開きがあるのが難題なんだけどね。
382 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:38:13 ID:HstR1rIn0] >>379 >Ychlの遺伝子群とMtの結果が合わないのは渡来した人口そのものは多くなかったことと、 大量だよ。 男系遺伝子という、ほとんど残っていないもの、一部のものから差があるという 主張があるが、ミトコンドリアで日本人と韓国人の差がないという重要な部分を 無視するのはいかがなものかと思う。
383 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:45:02 ID:HstR1rIn0] >>381 米の伝来と大和勢力とを結びつける必要はない。 それと、大和地方がずっと同じ勢力だったと考える必要もない。 むしろ、ある時期に、天孫降臨した部族によって制服されたと考える方が、 記紀にも合う。
384 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:45:46 ID:vsXK+73z0] 何が何でも朝鮮人と日本人を一緒にしたいID:HstR1rIn0って何なの?
385 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:47:02 ID:6SQVlvrL0] 箸墓古墳の伝承って、なんとなくエッチ系ですよね(#^.^#)
386 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:49:08 ID:w4n26Pjo0] 「かんのなのわのこくおう」と「かんのわのなのこくおう」 消防の時よく間違えてた
387 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:52:23 ID:JDifiRvcO] 今の半島人と1000年以上前の半島人は別の民族なのになんで頑張ってるん 韓国歴史ドラマの子孫なんて今の半島にはいないんですよwww
388 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:53:07 ID:HstR1rIn0] 日本人は犬食わないとか、デタラメが横行してるな。 >『日本書紀』天武天皇5年(675年)4月17日のいわゆる肉食禁止令で、 >4月1日から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ >ニホンザル・ニワトリ)の肉食が禁止されたことから、犬を食べる習慣 >があったことはあきらかである。 >大内教弘が15世紀中頃に公家や文人墨客をもてなし、大内文化の舞台と >なった大内氏当主の別館・築山館跡の発掘調査では、食用に供されたと >みられる犬や亀などの切断された骨が2006年に出土した。 >大日本古記録 建内記 には「播磨・美作など山名氏領国で山名一党は狩猟 >を好んで田畑を踏み荒らし、犬を捕らえ終日犬追い物を射、あるいは犬を >殺してその肉を食す」という記述もあり >宣教師ルイス・フロイスは『日欧文化比較』で「ヨーロッパ人は牝鶏や鶉・ >パイ・プラモンジュなどを好む。日本人は野犬や鶴・大猿・猫・生の海藻 >などをよろこぶ」とあり、また 「われわれは犬は食べないで、牛を食べ >る。彼らは牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」という記述がある >例えば姫路城内のゴミの穴からは刃物で傷のある犬の骨が発見されている。 >また岡山城の発掘時には食肉用の骨の中に混じって犬の骨も出土しており >17世紀の『料理物語』には犬の吸い物を紹介する記述がある。18世紀の >『落穂集』には、江戸の町方に犬はほとんどいなない。武家方町方ともに、 >江戸の町では犬は稀にしか見ることができない。犬が居たとすれば、これ >以上のうまい物はないと人々に考えられ、見つけ次第撃ち殺して食べてし >まう状況であったのである。 >そして「生類憐れみの令以前は野犬を見なかった」旨の記述がある ja.wikipedia.org/wiki/ 犬食文化#.E6.97.A5.E6.9C.AC
389 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:53:35 ID:h0amajB+0] こんなんじゃ宮内庁もおちおち発掘許可出せないな こいつらなら男性の骨が見つかっても「卑弥呼だ!」と言い張りそう まあ元より出す気なんか無いんだろうけど
390 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 13:56:06 ID:mzkIhuj40] 卑弥呼の塚の記述とは全く符合しないのが箸墓。 畿内説が泣きながら「神の手」で偽装同年代判定しても、 この事実は捻じ曲げようがない。
391 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 13:56:57 ID:gy2nb54B0] HstR1rIn0
392 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:00:13 ID:HstR1rIn0] >>387 >今の半島人と1000年以上前の半島人は別の民族 それを言うなら2000年前ね。 1000年前なら、なぜ日本人と韓国人との遺伝距離が0なの? >韓国人と本土日本人の二集団間の遺伝距離はゼロであった。 >やはりこの分析でも、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて >近縁な関係にあることが明らかとなったのである。 www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_e.html これと男系のみ受け継がれるy遺伝子でで多少の差があることを考え合わせると、 大きく分けて二度の民族移動があったことが分かる。 一度目は、太古、中国東北部にいた共通の祖先が漢民族に押しやられ半島そして 日本にやってきて縄文人となった。 二度目は、漢民族の移動だ。半島では縄文人はほぼ滅亡したが、日本では蝦夷 が屈強で生き残っただけでなく、大和朝廷によって警察力として各地に配置された という記録があるように、蝦夷(縄文人)がある程度融合した。
393 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:03:45 ID:8x2lMQGh0] 犬食については戦後の食糧難の話とごっちゃになってないか? 戦後まもなく日本で犬食があったのは事実 ただしそれは食糧不足のためであり経済の発達とともに廃れていった 当時の人たちが赤犬がうまいと言ってたことからも 黒犬が最上とされる大陸の食文化とは明らかに異質のものであることがわかる
394 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:06:58 ID:HstR1rIn0] >>393 >犬食については戦後の食糧難の話とごっちゃになってないか? なぜ事実を見ないのか? >>388 にまとめてやったのに。
395 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:09:54 ID:gy2nb54B0] まとめてやったのに。
396 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:10:15 ID:nDmtryog0] >>382 無視しているわけないよ。 つまり初期に少数の渡来集団が日本にやってきてもといた集団(縄文人?)と混血する。 その後混血し、渡来人の遺伝子が縄文人の中に固定した小集団が広い範囲に拡散していく。 だから初期集団の規模は大きくなかったので遺伝子頻度の浮動が大きかったがそれが固定した後で集団が大きくなってるので 後で広がった今の日本列島人を見ると遺伝子によって渡来型と縄文型の頻度がまちまちながら残っている。 いずれにせよ今の我々は渡来系、縄文系のいずれにも祖先を持ってる集団だといえることで、渡来人そのものがそれまでの集団に置き換わったものではなく 日本独自のものだってことらしい。 地域による頻度の違いがあるしこれこそ渡来人との交流頻度とも言われるけど、そんなものがはっきりわかるくらい地域差が出るような集団なら そっちも浮動が固定してしまうくらい交雑集団が小さかった可能性もあるのかもしれない。
397 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 14:10:46 ID:9HxQKiTN0] 日本最古の米は岡山の縄文時代の遺跡複数の場所から出土している。朝鮮半島 より何千年も古い。日本最古の水田(佐賀県・菜畑遺跡BC700)も縄文遺跡だ と土器から証明されてる事は知ってるんだ。米は弥生人が持って来たのではな く、縄文人の交易の産物だって事も。それでも、伊勢神宮に米が中国の斉の国 から来たと言う言い伝えが有る事は、興味深いと思う。同じ近畿の唐古鍵遺跡 から出土した米は、朝鮮半島には無い種類なので、伊勢神宮や現代皇室に繋が る勢力と斉の国の避難民と、どんな関係が有ったのか、それを知りたいんだわ。
398 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:18:20 ID:Z+Bb0cYf0] 犬は一般的ではないにせよ食べるケースはあったみたいだよ。 良いじゃん、犬ぐらい食べたって。 俺は朝鮮人が未だに犬を食べているのも文化だと思う。 隣の家のペットを食べないのならOK。 いずれにせよ、激しくスレ違い。
399 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 14:19:42 ID:wQSh9PFF0] で、 やっぱり邪馬台国は畿内で決定なの?
400 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:27:15 ID:l3B9zNdo0] ウィキペディアをソースにしようとは、大胆だな。
401 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:45:17 ID:HstR1rIn0] >>396 >いずれにせよ今の我々は渡来系、縄文系のいずれにも祖先を持ってる集団だといえることで、渡来人そのものがそれまでの集団に置き換わったものではなく >日本独自のものだってことらしい。 じゃあなんで現代の韓国人と本土日本人の遺伝距離が0なのか。 >韓国人と本土日本人の二集団間の遺伝距離はゼロであった。 >やはりこの分析でも、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて >近縁な関係にあることが明らかとなったのである。 www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_e.html
402 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 14:53:55 ID:JDifiRvcO] 早く携帯専ブラにもNG機能付かないかな…
403 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 14:55:06 ID:lTMZX30p0] >>388 犬食はないとは書いていないだろ。 江戸時代は、犬食う人がそこらじゅうにいて、 道ばたで犬鍋をしては食っていたやつがたくさんいたんだし。 ルイスフロイスのころは、日本の高度成長で朝鮮から大量に移民があったし。 天武天皇の時は、百済から大量移民があったときだし。 そして大内氏は百済系、もしくは百済系を僭称したわけだし。 中国文化のまねをするというのはありうる。 ja.wikipedia.org/wiki/ 大内氏 犬食については、明らかにO系統の文化で、 O系統の流入とともに犬食がはやったというのはあるだろう。 しかしそれは日本の支配層の一貫した文化とはならず、綱吉は大激怒したわけだ。 重要なのは、同じO系統でも日本と現代朝鮮の間では明瞭な違いがあり。 それは史実を反映しているということだ。
404 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 14:58:02 ID:HstR1rIn0] >>403 >重要なのは、同じO系統でも日本と現代朝鮮の間では明瞭な違いがあり。 >それは史実を反映しているということだ。 >韓国人と本土日本人の二集団間の遺伝距離はゼロであった。 >やはりこの分析でも、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて >近縁な関係にあることが明らかとなったのである。 www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_e.html
405 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:00:37 ID:rkX5Xt0u0] >>1 の研究を発表した歴博研究グループ代表の西本豊弘教授は 犬食についての研究もしている人で 弥生人は犬を食べたと主張しています 日本人のなりたちを考える上で犬食は決して無視出来ない問題です 「弥生犬は朝鮮半島からの渡来人に連れられて日本にやってきた と考えた方が自然でしょう。おそらく彼らはイヌを食べるために ブタ等と一緒に連れてきたんでしょう」 www.athome-academy.jp/archive/history/0000000181_02.html
406 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:06:05 ID:HstR1rIn0] >>405 そこは推測だけれども、ここが事実だね。 >西本 日本では紀元前7000年から8000年くらいのイヌの骨が、愛媛と神奈川の遺跡で見つ >かっていますから、縄文時代の当初から日本にいたことは明らかです。そして、彼らはイヌ >をとても大事にしたんです。 >──それはどういったことから分かるのですか。 >西本 当時のイヌの大部分は人間と同じように埋葬されていました。稀に解体した痕のある >骨が見つかることがありますが、それらは食料とされたということも推測されます。しかし >基本的には食料とされずに、狩猟犬として扱われていたようです。その中には狩猟中に怪我 >をするものも多くいたようで、背骨が折れて助骨と癒着していたり、前足が1本折れていたの >もある。骨折が治癒したイヌも多く見られます。どうやら狩猟犬として役に立たなくなって >も大切に飼育されていたようです。 >西本 しかし弥生時代になると扱いはガラリと変ります。まず、ほとんど埋葬されなくなる。 >骨もバラバラの状態で出土し、解体痕があります。ですから、狩猟犬としてより食料とされ >ていたのでしょう。それにイヌの種類も変ります。 www.athome-academy.jp/archive/history/0000000181_02.html
407 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:06:45 ID:lTMZX30p0] >>404 ミトコンドリアはあくまでも女系。 言語と文化は男系と密接な関係があり。 また日本はあきらかに男系文化なので、 現代朝鮮と同じ男系は支配階層になったことがないことは確定。 また、Y遺伝子の分布図と文化が密接に関連しているのは現代の状況を見ても明らか。 en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroups というか、女系はたいがい地理的近接性を反映するだけ。
408 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:06:46 ID:EoAOWhiU0] DNAを見ても、いつ入ってきたかっていうのはわかんないんじゃないの 今の理系の学者さんたちは、果敢に年代まで推定しちゃってるけど
409 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:10:13 ID:9HxQKiTN0] >>376 有り難う。そのWIKI英文は、京都大学・篠田研一氏の英語論文を著者名を出さ ずに引っぱって来たんだと思う。 >>392 知ったかはヤメロ。格好悪いだろ。英語原文の方には、日本人と朝鮮人は、 4,000年以上前に中国東北部で分岐したと書いてあるだろ。何が2,000年前だよアホ。 韓国人と日本人は、遺伝子距離がゼロどころか、韓国人(男)は、日本人(男)の O2b1-a を殆ど持っていない、つまり日本人と韓国人は、別人だと書いてあるじゃ ないか。日本人の O2b1-a は、満州北部から日本列島へ到達して、沖縄を含む 日本語圏・成人男子の22%の高い分布を持つんだと。日本人が通り抜けたカラッポ の朝鮮半島に、後から、後からだよ、現代朝鮮人の祖先が(O2b1*)到達した んだと。4,000年以上前と言えば、弥生時代じゃない。縄文人しか考えられない。 縄文人の祖先は、2万年前、時計回りで北のバイカル湖からも北海道へ来たし 時計とは反対に、満州からも日本へ来たんだな。通過地点の朝鮮半島には、 櫛目紋土器という縄文土器の一種が出土する。これが、4,000年前に通過した 縄文人の生活痕跡だよ。朝鮮縄文人。居たんだな。それなのに、縄文人の遺伝 子は、現代朝鮮人には殆ど残っていないのよ。何でだろうね。海の向こうに、 もっともっと、すっごく良いとこ見ーつけたあ!と皆、日本へ来ちゃったんじゃ ないの。それとも後から朝鮮半島へ来た、現朝鮮人の祖先に皆殺しされたか。 どっちだろ。
410 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:11:31 ID:rkX5Xt0u0] >>406 縄文時代は犬を食べなくて 弥生時代になると食べるというのも面白い(?)ですね あくまでシロウト考えですが 狩猟を主にやっていた頃は獲物を追い込むのに 犬は大事なパートナーで 稲作が伝わってくると、犬の価値は食料としての方に重きがおかれるように なったんですかね?
411 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:17:06 ID:jcv/0JJ20] >>410 それは半島の血が(ry
412 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:22:39 ID:eYgXWwjdO] 宮内庁が調査を認めれば全て解決
413 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:24:09 ID:JDifiRvcO] そういえば現代半島人と日本人はチンコの大きさも違うもんな…
414 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:26:00 ID:pWkB1Csj0] どうして宮内庁が墓の中を公開しないか知ってる? 大量の朝鮮土器が見つかるからさwwwww
415 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:29:32 ID:9HxQKiTN0] >>414 あほ。 朝鮮土器と弥生土器の区別も知らんのか。
416 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:34:47 ID:+K3OMBP10] >>369 九州にあったらそうなるんだろうなあ 国内で力を持つために接触したって言う感じか
417 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:35:03 ID:nDmtryog0] >>404 そのページの主張から言えることは日本人=現代韓国人じゃなくて、 アイヌ集団、沖縄集団と本土日本人が分岐したより後に韓国人と日本人の共通祖先がいるってこと。 つまり大陸から来た祖先もいるくらいの意味。 別の遺伝子の解析でゴリラとチンパンジーとヒトの遺伝子集団を比較したらチンパンジーとヒトの遺伝子距離はゼロだったというのと同じ。
418 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:49:12 ID:wB+6XQtW0] 馬鹿朝鮮人と嫌韓厨、ネトウヨと反日サヨ、 こいつら、みんなまとめて氏んでほしい。
419 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:53:36 ID:37qV375j0] 九州なんて、滅茶苦茶田舎なのに そんなとこに邪馬台国があるわけないじゃん 九州人は身の程をわきまえろ!
420 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:54:32 ID:rkX5Xt0u0] >>413 チンコの大きさと言えば 箸墓古墳もチンコに縁があると思うw もちろん、これも俺の大妄想だけど 箸墓古墳に埋葬されるという、ヤマトトトヒモモソヒメの 旦那さんの名前は「大物主」 なんとなくチンコが大きそうな名前w しかも、大物主は自ら赤い矢になりセヤダタラヒメのアソコに つっこんだりもしてる まさに存在が男根w で、ヤマトトトヒモモソヒメが亡くなったのは アソコに箸がささって死んだというけど それは大物主の正体がヘビだったことに驚いたからなんだよね 「まことに美麗な小蛇(こおろち)がいた。 その長さ太さは衣紐(きぬひも)ぐらいであった。」 大物主といいながら、実際は小蛇というのがなんかおかしいw 小蛇というのもやはりチンコっぽい (ヘビには水神とかいろんな意味があるみたいだけど) 大物主は自分の正体を見られて 「汝、忍びずして吾に羞(はじみ)せつ。吾還りて汝に羞せむ」 と言って帰っちゃうんだけど なんかチンコが小さかったのが恥ずかしかったのかなと思っちゃうw 箸ってのもなんか細いチンコにかけた嫌味じゃないのとか妄想しちゃう
421 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 15:57:11 ID:MvA+iEN30] 倭迹迹日百襲姫命か。。。姫命で卑弥呼と言うわけだな
422 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 15:59:10 ID:RhtR5row0] >>419 奈良が都会だとでも言うのか?
423 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:07:20 ID:pLDqfsEr0] >>411 だって現代日本人の血の8割は弥生系だよ。 純粋な日本人はアイヌ(と言っても縄文8割ぐらいだが)、 次に濃いのが琉球(4割ぐらいかな)だね。
424 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:08:04 ID:EqnzGI2G0] アイヌといれずみ シレトク(美しくなる)ー額の入墨 パエトク(話がじょうずになる)−口の入墨 男はラメトク(勇気ある男になる)、女はテケトク(手芸がじょうずになる)−手の入墨 www.asahi-net.or.jp/%7Eyt8m-sgmt/ainu/astudy/astjan.htm アイヌ www.tnc.ne.jp/oasobi/oasobi03/119tatoo/image/p_tt04.jpg strings-of-life.up.seesaa.net/image/geimoku061021.jpg www.y-asakawa.com/nihon-tansaku%202007-2008/ainu2-01.jpg homepage3.nifty.com/yoshihito/kuchi-t.jpg www.y-asakawa.com/nihon-tansaku%202007-2008/ainu2-02.jpg 沖縄 homepage3.nifty.com/yoshihito/hand-oki-1.jpg
425 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:11:27 ID:UDTpwtfHO] >>422 まさか、福岡の方が都会だと言いたいのか?!
426 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:11:56 ID:+5slQ8Xa0] アイヌの発生って13世紀ごろだけどな もちろん縄文の文化も受け継いでいる可能性もあるが 本土や大陸の影響も混ざり合って区別は困難だ
427 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:13:29 ID:jgX1SrBp0] >>423 日本は、ヤマトに当てた漢字が元だから、倭人以外はもともと日本人では無いな。 アイヌは国家に所属してなかったし、琉球は琉球国に所属していたわけで。 純粋な日本人、というのは、倭人と呼ばれた頃の混血具合を丁度持っている民族になる。 だから、日本建国をいつと見るかは難しいが、 その国家建設の初期の時点に民族に加わっていれば 遺伝子の系統は関係無く、純粋な日本人と言えるだろうよ。 例えば、モンゴル族は>>407 を見ても、男は系統がバラバラだが チンギスハンがモンゴルをまとめた時点にモンゴル族に加わっていれば 男の系統は何でアレ、純粋なモンゴル人といえるわけだ。
428 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:17:14 ID:wB+6XQtW0] アイヌが純粋な日本人で、次が琉球とかw ネトウヨらしい頭の悪さだなw
429 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:19:14 ID:EqnzGI2G0] >>427 その、魏志倭人伝による倭人は、全身入れ墨。 古事記や日本書紀で、入れ墨をしているのは、蝦夷。 久米なども目の周りにしていたようだが、久米は天孫降臨に協力した部族で、 天孫部族ではないし。
430 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:29:08 ID:otco62QU0] 九州説は完璧に破綻だな 終わったな、
431 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:35:14 ID:Hs0itlmK0] ま,冷静に考えたら当時流行の最先端を走ってた邪馬台国が つい最近まで、ド田舎だった九州にあった言うのが無理がある。 やはり、古代から都だった奈良と考えるのが自然。
432 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:36:17 ID:BHxJ+5k00] 九州はもうだめぼ
433 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:40:25 ID:+5slQ8Xa0] 古代には九州は先進地だったのだ それは遺物からも裏付けられて、だからこそ少し前まで九州説が優勢だった 近畿の出土物も充実してきて九州に負けていないと分かったのが今の状態
434 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:41:14 ID:MvA+iEN30] 埴輪にも刺青や化粧のような色がつけてあったりするな。
435 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:43:42 ID:jcv/0JJ20] >>423 弥生人が半島起源とは必ずしもいえない。 中国大陸経由も弥生人。
436 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:43:59 ID:+K3OMBP10] 中華思想によるなら九州にしたくなるわな
437 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 16:44:06 ID:jb2LfzwHO] 失われた十氏族系の海洋民族の縄文人の到来+周王朝族系の農耕民族の弥生人の到来=日本人
438 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:52:03 ID:EqnzGI2G0] >>407 馬鹿なの? 天皇の遺伝子が調べられたことはないのだが。
439 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:56:41 ID:EqnzGI2G0] 日本の本州に住む男性の43%がYAP+を保有 アイヌ人男性の98%がYAP+を保有 韓国人のYAPは1%しか存在しない blog.livedoor.jp/plus10a/archives/822080.html 蝦夷(アイヌに近い)が受け継がれたんだな。
440 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 16:59:47 ID:YDq2iKtB0] >>392 ほよ?日本人と韓国人は別ってきいたが。 韓国人はシナ人と近く日本人はチベット人と近い。なんでも 日本人とチベット人しか(たしか)もっていないものがあるんだと。 それに日本には3万年前の遺跡があったはず(岩宿だっけ) 日本人の基本は氷河期でまだ陸続きだった(上海あたり)ときに モンゴルあたりの人々南下して日本列島に入り込んで 氷河期が終わり閉じこもったものではないのか? あなたのソースもとが岩波となっているがどこまで信じていいものか・・
441 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:05:52 ID:EqnzGI2G0] >東アジアの五集団は、それぞれの集団間の遺伝距離が非常に小さい。 >特に、韓国人と本土日本人の二集団間の遺伝距離はゼロであった。 >やはりこの分析でも、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて近縁な >関係にあることが明らかとなったのである。 www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_e.html 総合的に見れば本土日本人と韓国人は同じ人種。 だが男に受け継がれるY遺伝子だけアイヌと同じ要素を持っている本土日本人がいる。 >蝦夷「えみし」についての形式上最も古い言及は『日本書紀』神武東征記中に詠まれ >ている来目歌の一つに愛濔詩として登場する。 >えみしを ひたりももなひと ひとはいへども たむかひもせず >(訳:えみしを、1人で100人に当たる強い兵だと、人はいうけれど、抵抗もせず負け >てしまった) ja.wikipedia.org/wiki/ 蝦夷 ※神武東征記であることに注意 >神武東征(じんむとうせい)は、天皇家の初代カムヤマトイワレビコ(神武天皇)が >日向を発ち、大和を征服して橿原宮で即位するまでの日本神話の説話である。 ja.wikipedia.org/wiki/ 神武東征 大和地方の古墳が卑弥呼の墓らしいとされた。 卑弥呼の部族は全身入れ墨をしているわけだが、日本書紀で入れ墨をしている部族は蝦夷。 さて、大和地方(卑弥呼が支配?)を元々支配していた部族は何でしょうか?
442 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:17:03 ID:mzkIhuj40] 明らかに卑弥呼の墓ではない箸墓が、 3世紀のものだという仮説がひとつできただけで大騒ぎ。 別な学者が測れば、4世紀だったりいろいろだろう。 畿内説の最後の砦が、箸墓の年代判定か・・・笑わせますね。
443 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:17:14 ID:EqnzGI2G0] >>440 >あなたのソースもとが岩波となっているがどこまで信じていいものか・・ >特に、韓国人と本土日本人の二集団間の遺伝距離はゼロであった。 www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_e.html ソースは日本の国立遺伝学研究所なんだけど。
444 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:19:16 ID:ueZp9G0e0] また、近畿人が、ゴッドハンドぶりを発揮しているなw
445 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:22:41 ID:jb2LfzwHO] 九州は、こりぁもうダメかもしれんね
446 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:28:33 ID:XxNI66lh0] >>444 畿内説がゴッドハンドなら、 九州説はゴッドマウスだなw
447 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:28:57 ID:h0amajB+0] >>443 そのサイト見ないで書くが、日本人の遺伝子グループは4か5種類くらいに大別されてた気がするんだが 確か縄文系、朝鮮系、中国系、南方系みたいな感じで、日本固有といえるDNAは10%くらいだった そもそも遺伝距離ってのは民族の移動を調べるのに使う指標なのか?
448 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:30:43 ID:mzkIhuj40] 畿内説の証拠は、とうとうゴッドハンドだけになりました。
449 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:35:32 ID:vZYc9u9T0] このニュースは、箸墓古墳が卑弥呼の墓かもしれないということで、 箸墓古墳に眠るのが誰なのかは、宮内庁の発掘禁止によって、分からないんだよな。 皇族なのかそうでないのか? 魏志倭人伝を見る限り、卑弥呼は縄文人で、皇室とは関係なさそうなんだが。
450 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:37:04 ID:vsXK+73z0] 日本民族(大和人・琉球人・アイヌ人)
451 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:41:03 ID:nDmtryog0] >>450 なんか否定派にも賛成派にも日本人と韓国人が共通の祖先、文化を持つことと日本人=韓国人の区別がつかない奴がいるみたいね。 しかも日本人=韓国人だから邪馬台国は九州とか完全に飛躍してるというか…
452 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:42:43 ID:Ic8baosPO] 九州説は今や九州人の願望のみが支えだからな 以前テレビで九州説を唱える九州人の学者が、なぜ九州にあると考えるか聞かれて 「そっちの方が面白いじゃない」などと答えてたのには唖然とした 面白い面白くないは関係ないだろ 証拠と照らし合わせ、事実がどうだったか調べるのが学問だろ 個人の偏狭な郷土愛による九州説への固執は、もはや学問ではなくファンタジー あの時に九州説はダメだと思った
453 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:43:47 ID:wB+6XQtW0] 九州説は何も物証が出てこないのが痛い。 銅鐸や鉄剣は出てくるが、肝心要の都に相当する都市も卑弥呼の墓に比定する塚もない。 では邪馬台国は九州のどこにある?卑弥呼の墓は?と聞かれたらそこまで。 筑紫だとか、いや宮崎だ、いや熊本だ、と10人が10人違うことを言ってる。 しかもそこに卑弥呼の墓があるというのでもない。 仕方がないから、あとは畿内説の粗探しが仕事になる。 多くの学者が九州説から離れていった原因はそういうところにあると思う。
454 名前:↑ [2009/06/01(月) 17:47:18 ID:mzkIhuj40] 奈良県人って僻みっぽいね。 九州説は全国的な支持を集めてるよ。 畿内説の連中は、古い学閥の関係者ばっかりだけどね。
455 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:47:55 ID:wB+6XQtW0] 訂正 銅鐸や鉄剣は出てくるが →銅鉾や鉄剣は出てくるが 他人のケチをつけるのは簡単だが、自分の正当性を証明するのは難しい。 いい加減、九州説の人たちには、邪馬台国はここです、そしてこれが卑弥呼の墓です とはっきり示してもらいたい。
456 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:52:35 ID:AWwoaz1+0] >いい加減、畿内説の人たちには、邪馬台国はここです、そしてこれが卑弥呼の墓です >とはっきり示してもらいたい。 ともいえますねw どっちにせよ、「親魏倭王」の判子が出てこないことには決着つくめぇよ。
457 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:52:52 ID:yChr0Wqq0] 九州最大の当時の遺跡って、日向? まえから思ってたんだが、そこってその時代は熊襲とかの地だよね。 熊襲のあたりから東征して大和になって、また熊襲を討つ まあ戦国時代とか考えると、そんなに変な話では無いけど。
458 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:53:17 ID:apzffEmYO] 九州説ってさ、文献資料以外ではまともに語れないの? 有力な考古資料もないのにほとんど文献資料だけで語るとか、 商品ないのに売り込み営業してるみたいで やり取り以前の問題だろ
459 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 17:54:22 ID:pLDqfsEr0] >>453 鉄、鏡、絹その他 何度も証拠を挙げているんだが? まるで知らんぷりするのはなんで? 逆に魏志に載ってない考古遺物 前方後円墳、銅鐸、石鏃・・・ ほら答えて見ろ(^o^)
460 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 17:55:32 ID:vZYc9u9T0] 邪馬台国がどこにあったかと神武東征神話を総合するとこうなる。 A. 邪馬台国九州説(=大和朝廷とは無関係)+神武東征否定 B. 邪馬台国九州+神武東征肯定 C. 邪馬台国畿内説+神武東征肯定 →畿内邪馬台国≠大和朝廷 D. 邪馬台国畿内説+神武東征否定 →畿内邪馬台国=大和朝廷 Aが戦中の東大。 ついでに、弥生人は縄文人が進化したものだとしていたが、DNA研究が進んで とんでも神国理論だとして否定された。 CなのかDなのか(邪馬台国九州と考える人の多くは、神武東征のことは念頭に 置いていない?のでBは少ない?)。 一般人は素朴にDだと思いこむようだが。。
461 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:02:52 ID:pLDqfsEr0] >>460 おいおい、九州説は普通神武東征肯定だぞ。 否定するのは津田学説を信奉する左巻だけだ。
462 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:05:18 ID:yChr0Wqq0] この男の遺伝子の地図を見ると en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroups 日本にもちょうど5割、中国系が居る。 秦氏や漢氏などが来る前の日本でも、3〜4割の中華系は居ただろうから それが弥生ということになるんだろうけど その当時も中国は中国名があったはずだよね? 日本に来た中華系の名前はなんで消えたんだろうか? 魏の張政は、倭の中に中華系がいることもわからなかったのだろうか?
463 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:06:12 ID:wB+6XQtW0] >>458 その文献資料でも放射説見てこりゃ駄目だと思ったね。
464 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:07:47 ID:lkRa+f440] >>458 それ間違い。文献資料もまともに語れない。
465 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:13:32 ID:KUDecTls0] 古い地図では日本は南に長く伸びてるとか日本はずっと南にあると思われていた などの根拠で畿内説最大の弱点である方角はなんとか説明してるが 九州説はいまだに距離の問題をクリアできてないしな
466 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:16:31 ID:B4cJc1HR0] たまには九州にも華持たせてくれたっていいだろ!!
467 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:18:41 ID:vHeQktgb0] 【歴史】卑弥呼の死亡時期と合致「奈良の箸墓古墳」 邪馬台国畿内説と九州説に一石を投じる結果に…国立歴史民俗博物館 tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243547663/ 【歴史】卑弥呼の死亡時期と合致「奈良の箸墓古墳」 邪馬台国畿内説と九州説に一石を投じる結果に…国立歴史民俗博物館★2 tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243572685/ 【歴史】卑弥呼の死亡時期と合致「奈良の箸墓古墳」 邪馬台国畿内説と九州説に一石を投じる結果に…国立歴史民俗博物館★3 tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243609608/ 【歴史】卑弥呼の死亡時期と合致「奈良の箸墓古墳」 邪馬台国畿内説と九州説に一石を投じる結果に…国立歴史民俗博物館★4 tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243658002/ 【歴史】 卑弥呼の死亡時期と合致、「奈良の箸墓古墳」。邪馬台国畿内説と九州説に一石を投じる結果に…国立歴史民俗博物館★5 tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243687084/ 【奈良】箸墓古墳築造、卑弥呼の死亡時期と合致 畿内説と九州説とが対立している邪馬台国の所在地論争にも一石 国立歴史民俗博物館★6 tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1243783661/
468 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:25:20 ID:+wt/j89A0] >>459 鉄、鏡、絹は箸墓のある纏向遺跡ですべて出ている。 前方後円墳、銅鐸、石鏃は畿内独自のものではなく九州にもある。 (^o^)
469 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:31:24 ID:wB+6XQtW0] 九州説はもう死んでる。 古田みたいな詐話師を教祖みたいに祭り上げたのがケチの月初め。
470 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:31:52 ID:GoW0BRIf0] >>457 大和朝廷と邪馬台国が同じだという思い込みしてない?
471 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:35:04 ID:Omjf3LND0] >>459 九州説は時空を超越してるでな。 いくら紀元前後ごろの出土遺物を誇っても、 邪馬台国には結びつかんよ。 邪馬台国と直接関係ある3世紀代のみに絞って >鉄、鏡、絹その他 を上げてごらんな。
472 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:40:48 ID:UDTpwtfHO] 畿内説派は必死だな〜
473 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:43:26 ID:Ic8baosPO] >>470 台与はトヨと読むのが正しいようだし、 邪馬台の当時の読み方はおそらくヤマタイではなく「ヤマト」 大和と邪馬台国が無関係だと決め付けるのも逆に無理があるような
474 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:43:43 ID:9wi3Zsd50] あまりもめるのは良くないから間を取って我が青森県で引き受けてやるよ>邪馬台国 十和田火山の噴火で消えたことにしておけば波風も立つまい
475 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:46:15 ID:/a04iFcf0] >>460 >C. 邪馬台国畿内説+神武東征肯定 →畿内邪馬台国≠大和朝廷 全部説明できるのは、これしかなさそう。 邪馬台国の人は刺青してるから蝦夷なんでしょ。
476 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:52:05 ID:/a04iFcf0] >>460 >C. 邪馬台国畿内説+神武東征肯定 →畿内邪馬台国≠大和朝廷 でもこれだと、アイヌが先住民になりそうだから、政治的にまずいのかな?
477 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:53:43 ID:dCGn1cvw0] 今の天皇家の血筋なんてどうだっていい事だと思うけどね。 わかってるだけでも後醍醐天皇が左遷された辺りで既にあやしくなってるんだし。 なぜそこに固執するのか、さっぱりわからねえ。
478 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:53:48 ID:OpDNGK1R0] E. 邪馬台国畿内説+神武東征肯定 →畿内邪馬台国=大和朝廷
479 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 18:55:03 ID:KUDecTls0] >>475 海部とか宍部とか刺青してるのは大和朝廷でもいるんですけど 古い習俗が野蛮とされて失われただけだと思うけど
480 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:55:50 ID:pLDqfsEr0] 位至三公鏡、円圏鳥文鏡、方格規矩鳥文鏡、 鉄鏃福岡398、近畿4、 絹は弥生時代の絹遺跡は九州では15カ所(吉野ヶ里も含む)近畿では2カ所ね。
481 名前:●川島なお美新曲が精神美● mailto:sage [2009/06/01(月) 18:56:27 ID:hrP9PA0S0] AV女優
482 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:57:46 ID:jcv/0JJ20] >>462 漢帰化族 www.myj7000.jp-biz.net/clan/fclan_index.htm 周人の末裔【大里氏】【長野氏】【広野氏】【三宅氏】【山田氏】【伊部氏】【白鳥氏】【白原氏】【調氏】 【長岑氏】【首氏】【水海氏】 秦の始皇帝の末裔【秦氏】【太秦氏】【惟宗氏】【朝原氏】【大蔵氏】【河勝氏】【桜田氏】【宗氏】【高尾氏】 【時原氏】【寺氏】【秦原氏】【広幡氏】【物集氏】【三林氏】【井手氏】【川辺氏】【中家氏】 【原氏】【小宅氏】【井手氏】【長田氏】【巨知氏】【長岡氏】【奈良氏】【大滝氏】【山村氏】 漢の高祖の末裔【厚見氏】【馬氏】【浄野氏】【栗栖氏】【古志氏】【高志氏】【桜野氏】【武生氏】【高道氏】 【玉作氏】【豊岡氏】【春沢氏】【桧前氏】【文氏】【尾津氏】【村主氏】 後漢霊帝の末裔【坂上氏】【大蔵氏】【丹波氏】【調氏】【木津氏】【桧原氏】【内蔵氏】【山口氏】【平田氏】 【佐太氏】【谷氏】【桜井氏】【路氏】【文氏】【桧前氏】【蔵人氏】【志賀氏】【広原氏】 【池辺氏】【栗栖氏】 その他漢帝の末裔【桑原氏】【下氏】【桧前氏】【若江氏】【田辺氏】【谷氏】【豊岡氏】【八戸氏】【高安氏】 【高道氏】【春井氏】【河内氏】
483 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 18:58:04 ID:jcv/0JJ20] 漢の国人の末裔【大原氏】【吉水氏】【真神氏】【台氏】【交野氏】 魏人の末裔【高向氏】【上氏】【高根氏】【筑紫氏】【平松氏】【雲梯氏】【郡氏】【河内氏】【河原氏】 【鋤田氏】【野上氏】【広橋氏】【穴太氏】 呉人の末裔【蜂田氏】【深根氏】【松野氏】【和楽氏】【工氏】【祝部氏】【額田氏】【勝氏】【上氏】【刑部氏】 【茨田氏】【高向氏】【小豆氏】 漢人の末裔【伊吉氏(壱岐氏)】【交野氏】【広海氏】【吉水氏】 燕人の末裔【赤染氏】【赤染部氏】【常世氏】【筆氏】 唐人の末裔【江田氏】【清宗氏】【清海氏】【清川氏】【浄山氏】【栄山氏】【千代氏】【新長氏】 その他の漢土帰化族【大山氏】【大石氏(生石氏)】【高丘氏】【朝妻氏】【清村氏】【春村氏】
484 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:01:19 ID:9wi3Zsd50] 刺青にこだわる必要はないと思うけどな 呪術が流行していた時期のただの流行かも知れんし
485 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:02:40 ID:1F5HNP/aO] >>475 それしかないと思うけどね。 でも邪馬台国の支配者層は出雲・丹波系だとも思う。 支配者層と被支配者層が違うのではないかな? つまり卑弥呼は大和朝廷とも所縁があった人物だったのかも。 それなら箸墓の姫(百襲姫)との関係も納得はゆく。 でないと征服した女王のためにあれだけの古墳が 築かれるのも不思議だとは思うからね。
486 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:04:06 ID:MX0lWOEB0] >>482 井手らっきょが始皇帝の子孫なのはビックリだね。
487 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:08:14 ID:/a04iFcf0] >>479 その人たちは既存の日本人で、降臨してきた王朝に味方しただけじゃない? 猿田彦も久米もそうだから。
488 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:11:14 ID:/a04iFcf0] >>485 箸墓古墳は、卑弥呼の生前から作ってたというのが>>1 だよ。
489 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:14:10 ID:z5pzvBVt0] 既出かもしれないが ttp://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/edo.htm どうしても、倭の国ってアイヌのイメージで再現されるんだが・・
490 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:14:26 ID:2Z1hkYXG0] 畿内説の弱いとこは、魏志倭人伝道程の方角が90°違うって解釈してるとこだな。 古代人が方角間違うか? 牛も馬がいないんだから徒歩だろ? 当時は太陽や星も90°違ってたのか?
491 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:15:09 ID:jb2LfzwHO] ・狗奴国=クナド(フナト)=船戸=船 ・ニニギは鳥船で日向に天降り ・ニニギを案内した人=サルタヒコ ・サルタヒコ=クナドの神の太陽神(日命)
492 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:20:48 ID:pLDqfsEr0] >>457 薩摩まで倭だよ(投馬国)、 大和武はクマソと会話しているでしょ、言葉が同じって事だ。
493 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:23:17 ID:jb2LfzwHO] オギヤハギ
494 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:23:27 ID:1F5HNP/aO] >>490 方角や距離は九州説でも対馬へ海を渡る時点で誤差があるから。 南へ水行10日〜なんて書かれても、どうとでも解釈できるからね。 あれで位置決めなんて1000年経っても無理です。
495 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:24:47 ID:7wVrwMk30] 九州説を必死に唱えているやつは、WBCに負けた韓国と同じ。涙を拭けよ。
496 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:30:37 ID:2Z1hkYXG0] >>494 ,>>495 いやいや、俺は畿内でも九州でもどちらでもいいんだ。ハッキリしてほしいだけ。 どうとでもなんて言い出したら、邪馬台国の存在そのものが疑わしい。 まともな文献が魏志倭人伝しかなく、どう考えても当時の先進国の文献なのだから、 そこから読み解くしか術がないだろ。
497 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:31:09 ID:MX0lWOEB0] >>495 まぁ、一部同じ人だし仕方ないかと。 九州説の人は畿内説を否定することに必死で客観的に九州しかありえないという物証を出すことには消極的みたいだけど、 それじゃ四国だって八幡平だって沖縄だっていいことになるんじゃないのか。 個人的には八幡平を支持しておこう。
498 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:31:31 ID:/a04iFcf0] 卑弥呼ってアイヌの親戚なのかな
499 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:32:51 ID:shdGRQCI0] 淡路に最大規模の鉄器工房群 邪馬台国論争に一石 2009年1月23日 www.asahi.com/culture/update/0122/OSK200901220082.html 国内最大規模の鉄器工房跡見つかる 淡路・垣内遺跡 2009.1.22 sankei.jp.msn.com/culture/academic/090122/acd0901222210005-n1.htm 県内最古の鉄器工房か 淡路・垣内遺跡 2/28 www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0000853903.shtml 垣内遺跡:保存へ、淡路市教委が関係機関と調整 /兵庫 2009年4月22日 地方版 mainichi.jp/area/hyogo/archive/news/2009/04/22/20090422ddlk28040399000c.html ◇弥生時代後期の鉄器鍛冶工房跡−−学術的価値高い、国の史跡指定を 淡路市教委は、弥生時代後期の国内最大級の鉄器鍛冶工房とみられる竪穴建物跡などが見つかった「垣内(かいと)遺跡」(同市黒谷)の 保存に向け、関係機関と調整を始めた。発掘調査報告書がまとまり次第、文部科学省へ国指定史跡を申請する。【登口修】 ほ場整備に伴い、07年度から2年がかりで発掘調査を実施。竪穴建物跡が計23棟見つかり、炉のある工房跡11棟が確認された。 工房跡からは鉄の鏃(やじり)や鉄片、中国から輸入されたとみられる大型の鉄製品が70点以上出土した。 遺跡保存を巡っては、弥生時代の鉄製品の生産・流通を解明する上で重要なことから、考古学者や県教委、文化庁関係者は 「学術的評価が高く、保存する価値がある」との立場。地権者も保存に前向きなことから、08年度に発掘調査した7776平方 メートルを含む遺跡を保存する方向で調整を始めた。これに伴い、県洲本土地改良事務所は、ほ場整備工事区域(約27・7ヘクタール) から除外。市教委は、風化しないよう土を盛って埋め戻し、恒久的な保存方法を検討する。 出土遺物が多く調査報告書作成には1年以上かかる見込み。淡路市教委の伊藤宏幸・社会教育課長補佐は「来月にも遺跡の 埋め戻し工事に着手し、国史跡の指定を受けて公園整備し、観光客誘致など地域活性化につなげたい」と話している。
500 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:38:09 ID:9wi3Zsd50] >>490 地磁気学的にはほんの900年前と今ですら結構違うものだぜ? まあ2000年程度じゃ90度も違わんけどさw
501 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:40:44 ID:ueZp9G0e0] >>20 > >発表者の春成秀爾(ひでじ)・歴博名誉教授は「この時代、他に有力者はおらず、卑弥呼の墓が確定的になった」と述べた。 今回のゴッドハンドは、この人かねw
502 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:42:52 ID:UDTpwtfHO] 魏志倭人伝で言えば邪馬台国は九州ですから、はい、畿内説消えた。
503 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 19:43:29 ID:ueZp9G0e0] 「邪馬台国畿内説」徹底批判 「邪馬台国畿内説」は、科学的方法によっているだろうか。 あまりにも事実を無視し、推論が恣意的である。 関係のない考古学的事実を、「畿内説」に結びつけ、マスコミ報道にもちこめば成功、 という方法をくりかえしている。「検証」がぬけている。 ■ 畿内説は、共同幻想 確実に邪馬台国時代のものといえる奈良県の遺跡・遺物は、あまりにも乏しい。 奈良県は、大和朝廷の成立ののち、数百年にわたって王城の地であった。のちの時代の遺跡・遺物は、豊富である。 大学の師や先輩のことばを、そのままうけつぎ、「はじめに大和説ありき」で物を見ることによって大和説は成立している。 のちの時代の遺跡・遺物を古い時代に位置づけ、年代をくりあげ、マスコミでの大宣伝をくりかえすことによって邪馬台国論争に決着がつくと思いこんでいる。 しかし、事実は、頑固である。まちがいだらけのマスコミ報道。畿内説は、旧石器摸造と同じ種類の共同幻想である。事実を見ていない。 このやり方は、いつかは破綻がくる。 yamatai.cside.com/yasumoto/tyosyo97.htm
504 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:50:18 ID:jb2LfzwHO] 弥馬台国(大和国)の卑弥呼(天照大神)と 狗奴国の男王(クナドの神の佐田大神(伊勢国))の 話しだろ?魏志倭人伝って?
505 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 19:50:22 ID:mzkIhuj40] 安本でなくとも、畿内説の欺瞞は、日本国民の多くが気づいてしまった時代だな。 畿内説はゴッドハンドだけが支えているのがありありとわかる。
506 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:06:16 ID:/Lp24zv90] ザ・ワールド
507 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:14:39 ID:jb2LfzwHO] 天照=卑弥呼(日巫女)=斎(斉)宮 佐田=卑弥弓呼(日神)=斎(斉)王 斎王=斉の王 伊勢神宮(伊勢国)と中国の斉国って何か関係あるものある?
508 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:18:54 ID:jb2LfzwHO] >>381 伊勢神宮と中国の斉国の関係 いきなり発見した
509 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:19:05 ID:1F5HNP/aO] >>496 魏史倭人伝を資料として読みとくのは勿論重要だけど、 距離や方角のように矛盾してるところはさっさと 見切り付けないとダメですよ。
510 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:20:41 ID:oKPmtt3T0] 卑弥呼は年増で独身で民族の象徴的な女王。 倭迹迹日百襲媛命は崇神天皇に仕えた巫女的性格の一皇族で結婚してるわけで、 同一人物とは思えないな。 箸墓古墳が卑弥呼の墓というのが間違いか、倭迹迹日百襲媛命の墓というのが 間違いか、どっちなんだろう?
511 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:20:42 ID:Zl4cXQuD0] 見切りとか言い訳して、都合よく解釈するのは危険だと思う
512 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:23:49 ID:zQEtPCrRO] どうせ畿内説前提の調査だろ 学者が都合良く解釈するに決まってる 邪馬台国がどこにあろうと今の生活に関係ないんで、好きにすればいいと思うがな
513 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:26:54 ID:XNsvuxAU0] まああれだよ、国の歴史に関する意識が希薄だからダメなんだよ。 発掘費用は土地所有者払いなんて、ふざけてるとしか思えん。知らんふりして埋めちゃった方が余程金になる。
514 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:30:36 ID:56H9kz+f0] >>496 位置については会稽東冶の東あたりという認識だから、方角も南になるし、 距離も大きくなるんだろう(それにしても誇張が過ぎるが)。 刺青の風習とか気候が温暖とかいうのも、伝聞が含まれているにしろ、 越地の近くだろうという類推から膨らませた記述のように思われる。 >まともな文献が魏志倭人伝しかなく、どう考えても当時の先進国の文献なのだから それはそのとおりなんだけど、一字一句正しいかというとどうなのか。 全部が捏造という意見には与しないけど、この文献の記述から所在を 突き止めるのはほとんど不可能。 『三国志』に詳しいわけじゃないけど、作り話みたいのも書かれているしね。
515 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:36:53 ID:J2AwUaxj0] 邪馬台国論争の起点が魏志倭人伝なんだから、全部捏造じゃそりゃあ都合が悪いわな。 作り話みたいって言えば日本書紀・古事記はどうなっちゃうんだか。
516 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:43:54 ID:oKPmtt3T0] >>514 入れ墨の本場は、太古の昔から日本なんだけど。 アイヌとか、顔に入れてたし。
517 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:47:11 ID:QuPyb7/v0] >>510 百襲媛が結婚してたか?旦那は誰? 記紀にはそんな記述はなかったと思うが。
518 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:47:45 ID:qy2FNfxB0] 「がんばれ姫子!」
519 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:49:48 ID:pLDqfsEr0] >>514 魏志がわざわざ邪馬台国を訪問しているし、 邪馬台国の使者が謁見されているのになんで伝聞ってなるんだ? おまえ倭人伝読んだこと有るのか?
520 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 20:50:03 ID:qy2FNfxB0] 旦那は三輪大社の蛇
521 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:57:42 ID:pLDqfsEr0] >>507 卑弥呼:肥の御子 卑弥弓呼:肥の尊 肥は火で阿蘇山の事
522 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 20:58:23 ID:QuPyb7/v0] >>520 へ? 蛇と結婚ですか! そ〜んな夫婦はおまへんで〜。wwwww
523 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:05:55 ID:56H9kz+f0] >>516 「男子無大小皆黥面文身」とあるけど、皆が皆やっていたかは疑問。 むろんそういう地域もあったのだろうし、身分によっては行っていたのかも しれないが。それにしても、はるか後代のアイヌの例を出すのは不適当だろう。 >>519 『三国志』は魏使が著述したものではないだろ。 陳寿は直接倭に出向いたのかい。
524 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:06:21 ID:jb2LfzwHO] >>521 “ひ”は、“火”もあるけど、“日”の事じゃないかな? 阿蘇山信仰?ではなく、太陽信仰だと思うよ 邪馬台国は九州ではなく大和のことだね 大和から日が昇るところに、伊勢国(伊勢神宮)がある
525 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:16:26 ID:NYvePEsI0] ははは
526 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:16:29 ID:pLDqfsEr0] >>509 矛盾してないよ、君の読み方が間違っているんだよ。
527 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:17:24 ID:J2AwUaxj0] >>523 そういう地域、と言うなら九州の方が説得力あるな。 直接行ってないから、そのまま書き写した、と考えた方が自然。
528 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:19:05 ID:Cw0xnyHH0] そうか
529 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:19:19 ID:pLDqfsEr0] >>497 おい、俺が何度も出しているだろが。 鉄、鏡、絹 近畿でない証拠 前方後円墳、銅鐸、石鏃・・・
530 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:22:46 ID:hFKjwHO80] どこでもいいけど九州はないわ
531 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:23:07 ID:lTMZX30p0] >>438 馬鹿はおまえ、支配者系の男系DNAが5%などということはない。 しかも、それは戦後帰化した人間も含めての数値。 >>462 en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_O3_%28Y-DNA%29 中華系は確実に存在する。 >The subgroup O3a5-M134 is particularly closely associated with Sino-Tibetan >populations, and it is generally not found outside of areas where a Sino-Tibetan language > is currently spoken or that are historically supposed to have undergone Chinese colonization > or immigration, such as Korea, Japan, Vietnam, Malaysia, the Philippines, and Indonesia. その図のO系統は、漢民族系のO3と日本独特のO2b1aを足した数字。
532 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:24:06 ID:/5XMsbMG0] 古墳時代の始まりが3世紀で九州説の前提が崩れたという。しかし近畿説も古墳時代を4世紀からと前提としていたのだから,同様に崩れたと思うだけど。結局,古代史をかなり訂正しなければならなくなっただけだと思うのだが。
533 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:25:39 ID:pLDqfsEr0] >>523 お前は官僚が出張報告をしないと思うのか?
534 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:28:57 ID:zcBHa9Z/0] >>40 卑弥呼より100年以上古い西暦57年に 漢委奴国王印の金印もらって それが博多湾から出土してる 博多湾に首都おいてる国が金印もらってるわけ
535 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:30:36 ID:jb2LfzwHO] 自殺を考えたり、嫉妬したり、泣いてはいけない 歴史がすべてではないさ、まぁ頑張れよ九州
536 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:31:32 ID:1F5HNP/aO] >>510 百襲姫がヒミコなのは丹後籠神社の海部氏家系図からも確認できるから。 これが邪馬台国の卑弥呼なのかは別問題だが。 しかし巫女といい、逸話といい、卑弥呼を連想させる点が 多いのは事実だからね。 >>519 邪馬台国に行ったにしては距離や日時が記述があまりに大雑把なんですよ。 実際行ったとも書かれてる訳ではないし。
537 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:33:40 ID:lxywZPPl0] もうそろそろ宮内庁も全国の古墳発掘解禁しても良いんじゃねえか? 戦中でもあるまいし、何が出てきたところで大した影響ないだろ。 これは天皇陵では有りませんでしたでいいじゃん。
538 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:34:44 ID:sa6JQ15V0] >>533 ときどき発覚する公務員のカラ出張で、いかにわれわれの血税が無駄に使われているか! しかしあれは氷山の一角だ!
539 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:35:50 ID:pLDqfsEr0] >>490 距離に関しても滅茶苦茶だよ、 朝鮮半島から九州北端まで3千里、 残り2千里だのになんで近畿まで伸びなければならないんだ?
540 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:37:04 ID:UDTpwtfHO] もう今はゴットハンドの畿内説が有力でいいよ
541 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:37:12 ID:J2AwUaxj0] >>536 魏使が実際に行ってないなら、あんなに細かく書く必要がない。 カラ出張でしたってか?
542 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:41:46 ID:GmJLVI8h0] >>536 >実際行ったとも書かれてる訳ではない使者 kwsk 帯方群から張政が倭に来たとしか読めないんだが
543 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:42:55 ID:56H9kz+f0] >>533 出張報告を聞いたり見たりすることを伝聞というんじゃないのか。 >>539 >朝鮮半島から九州北端まで3千里 そこまでの距離も誇大だけどな。
544 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:43:17 ID:ygm+g/bo0] >>531 >Some researchers believe that it first appeared in China approximately 10,000 years ago. 「一部の」研究者が最初に中国で約1万年前に現れたと考えています いきなり否定的なニュアンスなのだが。 それと「漢民族」は満州族が考え出した概念であり言葉 19世紀以前の事にこの言葉使うのは 「アンデス文明を築いた、彼らアメリカ人は・・・」と同じぐらいトンチンカン
545 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:46:01 ID:pLDqfsEr0] >>524 太陽信仰だったらなんで近畿になるんだ(^o^) 九州にはその名もずばり日向(ひむか)もあるんだが・・・ それに日向の地名は筑紫にもあるよ。 大体伊勢神宮は大和朝廷が垂仁25年に造ったっての判っているの?
546 名前:通りすがり [2009/06/01(月) 21:48:12 ID:HBCy9sbp0] >>490 中国の古代地図では、日本の畿内が南方に書かれているよ?
547 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:50:30 ID:jnuM0UpfO] >>545 大自然の神秘w
548 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:52:48 ID:h0amajB+0] >>537 陵墓でもないただの遺跡の管理予算を財務省が宮内庁書陵部につけると思うか? そういうことだ
549 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 21:56:04 ID:pLDqfsEr0] >>546 それ知っているよ、北海道を抜いた近世の日本地図がね(^o^)
550 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:56:52 ID:1F5HNP/aO] >>539 漢書地理誌では中国からアレキサンドリアまで12000里 ペルシャまでが11600里 中央アジアの大月氏国までが11600里。 ま、ある程度重要で距離のある場所に対しては 皆12000里前後と書いてるのです。 >>542 伊都郡でも勿論「倭」ですよ。 邪馬台国まで行ったなんて何処にも書いてません。
551 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 21:57:11 ID:J2AwUaxj0] >>546 それ15世紀の地図。
552 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:00:18 ID:UDTpwtfHO] 畿内説派は捏造が得意だよな〜
553 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:01:41 ID:lTMZX30p0] >>544 別に呼び名なんてどうでもいいでしょ。1万年前の話も。 O3a5は現代中国に非常に多く、中国人が植民地化した国、あるいは移民した国に多く見られる。 日本の場合は漢字文化が存在するのだから、中国の影響は無視できないのはあたりまえ。 それと、 中国の場合は秦の時代の支配者は、現代のアジア系とは違う系統だったっていう研究もありますよ。
554 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:03:08 ID:hmwaFKor0] 百襲姫には弟がいて「桃太郎伝説」のモデルになったと言われてます。 これ、豆知識な。
555 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:03:22 ID:/5XMsbMG0] >546 それよりも三国志の時代に近い,南北朝や隋の歴史書には倭は東西に長く書かれているはずだけど。
556 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:04:04 ID:pLDqfsEr0] >>550 わざわざ卑弥呼の宮殿の模様を記載したり、墓の形状をかいたり、 直接イヨに朝の檄を告ゆしたのにか? お前は大国の使者が属国の首都に入らずに出先で迎えられて数年そこでとどまっていたと言うのか? いったいどういう了見だ(^o^)
557 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:08:11 ID:jb2LfzwHO] >>545 日向なんて ニニギが高天原の高天彦神社から天孫降臨するために 伊勢住民の佐田に案内してもらい天降りしたってだけの 単なる場所だろ 日向が太陽信仰と関係あるわけない 伊勢神宮は、天照の奉るところを探していた倭姫命が 佐田の子孫の大田が住む、伊勢に作ったってだけ そもそも、太陽信仰は 天照いぜんに佐田が太陽神ということもあり 九州の山岳信仰の阿蘇山には太陽信仰など“残念ながら”あるわけなく。近畿の方が濃厚 ていうか、九州論者は何かにつけて似た地名ってだけでファンタジーするよね? 僕からしたら、あほらしいとしか
558 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:09:40 ID:1F5HNP/aO] >>556 実際邪馬台国まで行ったならあの記述にはならんでしょ? 南へ水行10日、陸で1月だよ。 何処に寄ったとか一切無しだぞw
559 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:12:53 ID:OpDNGK1R0] pLDqfsEr0
560 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:13:24 ID:J7U+Necb0] >>517 >百襲媛が結婚してたか?旦那は誰? ググると大物主命と結婚してるね。
561 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:13:45 ID:5Gj9wXzq0] 何だかんだ言っても九州人が九州派、関西人が畿内派ってことだろw
562 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:15:24 ID:lTMZX30p0] >>553 >現代のアジア系とは違う系統 ja.wikipedia.org/wiki/ 兵馬俑 >兵馬俑の眠る始皇帝陵の陪葬墓から出土した人骨がペルシャ系のDNAと同じ特徴を持つ男性の骨と分かった。 漢人系だといわれる坂上田村麻呂の風体は、 非常な大男で青い目、赤髪だったなんていう逸話もあるしね。
563 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:16:28 ID:J2AwUaxj0] >>561 違うよ。畿内説があまりに穴だらけだから、九州説を支持してる。
564 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:16:40 ID:h4ZxBzmii] 卑弥呼=天照大神 合理的な考え方。 邪馬台国も九州にあった。 これも合理的な考え方。 神武の時に東征した。 出雲、畿内を征服(恭順させた)した。 これも合理的な考え方。 邪馬台(yamado)=大和(yamato) 神武以前の神話時代は九州が舞台。 皆既日食=卑弥呼崩御 台与(豊)登場!太陽復活。 豊前、豊後の知名に関係がありそう。 神武東征は政略結婚をすることで、平和的に行われた。 したがって、九州から始まった大和王権は、畿内に落ち着いたのちも同族で統治してきたと思われる。 解決!
565 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:16:47 ID:J7U+Necb0] 「日本書紀」の崇神天皇の条には、次のように記されている。 倭迹迹日百襲姫神は大物主命の妻となったが、夫は夜に通ってくるだけで、 その顔を見ることができなかった。そのことに日々不満を募らせた倭迹迹日百襲 姫神が、ある夜、是非顔が見たいと強引に迫った。そこで大物主命は、「朝にな ったら櫛箱に入っているが、姿を見ても決して驚くなよ」と告げた。翌朝、櫛箱 を開けた倭迹迹日百襲姫神が中にいた小さな蛇を見て驚き叫ぶと、蛇はたちまち 若者の姿となり、恥をかかされたことを激怒して、大空に飛び上がって三輪山に 登ってしまった。それを見て自分の行為を後悔した倭迹迹日百襲姫神は、箸で女 陰を突き刺して死んでしまう。 www.din.or.jp/%7ea-kotaro/gods/kamigami/yamatomomoso.html この女性が巨大古墳を作ってもらえるわけないと思った。
566 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:16:59 ID:B67pFnAf0] 卑弥呼=日巫女 アマテラスを主神とする大和政権 卑弥呼の後を男が継いだら、国が乱れる=暴れん坊、スサノオ 問題はイヨちゃん・・
567 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:17:09 ID:o7NYknxe0] >>556 墓は箸墓だとすると大きさ、形、埋葬方法全て違う。 都の様子も同じく王がいたとする伊都国を参考に出来るし、とりたて他の倭国の城郭風景と変わらない。 伝聞だと理解するのが普通。
568 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:18:25 ID:jb2LfzwHO] >>561 おれ東北ですが近畿派です いぜんは九州派でしたが 九州論者が似た地名ってだけでファンタジーしてるのが 馬鹿らしいと感じまして近畿派になりました 何故なら、似た地名ってだけでファンタジー出来るなら 全国が候補になり九州だけのものではなくなるからです 東北にもヤマトみたいな地名はありますしね
569 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:19:29 ID:jnuM0UpfO] >>562 孫権も目が青かったとも言うしね。
570 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:19:36 ID:MX0lWOEB0] >>555 だから本文どおりに進むと太平洋上に出てしまうので邪馬台国は海に沈んだ幻の国になりますw どっちにしろそんなに方向や距離は精確じゃないのよ。 やっぱり東へ進んで八幡平が邪馬台国でしょう!
571 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:21:21 ID:Iu3JGnu60] 卑弥呼≠神功皇后なのか?
572 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:22:23 ID:J7U+Necb0] >>567 イギリスから来たという話じゃなくて、中国から半島経由だよ。 普通に来てるだろ。 こっちから使者も行って、奴隷を献上してるし。
573 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:23:42 ID:o7NYknxe0] >>571 確かに記紀の人達はそう思ってたみたいだが どうも違うみたいだ。
574 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:24:17 ID:jb2LfzwHO] 佐田なんて、鼻が高くて蒼い目で高身長だよ
575 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:24:57 ID:J2AwUaxj0] >>570 精確じゃないって言っておいて、東には進んだんだ。 もう邪馬台国は東京でいいよ。
576 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:25:42 ID:5eQ8C6ygO] 所詮中国人の書いた記録だけがソースの話 卑弥呼や邪馬台国なんて存在しないと考えるのが合理的な判断 畿内説とか九州説とか中国の書物を信用しすぎだろ
577 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:27:28 ID:HsBq3qPmO] 捏造大好きチャンコロの古文書を有り難がって信じるアカデミー
578 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:30:58 ID:o7NYknxe0] >>572 もちろん、九州には上陸した。 でなければ、植物などをあんなに細かくレポート出来ない。 でも九州だとすれば短里及び放射説としても距離感が違いすぎる。 畿内としても方角と先ほどの墓のレポート内容が全然違う。 伝聞情報が混じってると思える。
579 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:31:14 ID:J2AwUaxj0] うんうん、魏呉蜀の争いもなかったし、始皇帝は幻想なんだね。 古事記は事実しか書いてないて、日本書紀こそ正しい日本史なんだね。 畿内説のご都合主義がよくわかったよ。
580 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:32:34 ID:NWtkFuCt0] 11 :名無しさん@十周年:2009/06/01(月) 00:36:48 ID:0FbD7W69O 関東人の俺にはどうでもいい話 といってる連中が強力に九州説押してたんだよなあ ちょっと前に国営放送でアンケとったときも、九州からだけじゃなく 関東人の組織表がわんさかあったらしいし。そこまで畿内がいやなのかと。 アカデミズムよりもカントリズムを優先するとか、アホとしか言いようがない
581 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:36:12 ID:J7U+Necb0] >>578 伝聞情報が混ざってるかもしれないが、九州から本土なんて遠くないよ。 わざわざ九州まで来たら、邪馬台国がどこであれ、きちんと行くだろ。 こっちから奴隷も送ってるわけだし。
582 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:36:14 ID:1F5HNP/aO] >>579 畿内説派だが古事記も日本書記も当然矛盾があると考えてますがw 特に邪馬台国、卑弥呼に関する記述が皆無なのは当然疑うところでしょ?
583 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:36:17 ID:Iu3JGnu60] 夏は涼しい奈良、冬は暖かい九州でいいじゃん
584 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:36:18 ID:jnuM0UpfO] 九州w
585 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:36:25 ID:MX0lWOEB0] >>580 どうでもいいのでよりロマンチックなほうを選択してます。 どこでもいいなら東京も面白いけどやっぱり八幡平でしょう、 関東の皆さん邪馬台国は八幡平ってことにしませんか@埼玉人
586 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:37:52 ID:pE4qb96RO] 倭人は刺青してるんだぜ 海の民なんだぜ 卑弥呼聯合に敵対するキクチヒコのクニが南にあったりするんだぜ 邪馬台国東端から遠望するとさらに土人国があるんだぜ イト国にだけ代官がいるんだぜ これでどうやって機内に邪馬台国があったと信じろと 卑弥呼東征説か 最初の使者が来た時にゃ九州にいて、死んで陵墓つくられる時には奈良県桜井市あたりにいた 馬鹿言うんじゃない ところで卑弥呼の後をついだトヨって何者
587 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:39:03 ID:h4ZxBzmii] 近畿説を支持する人は、 卑弥呼は神武のあとの人って事か? つまり、二千六百年前は、九州に王朝があったって事か? アホらし
588 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:40:55 ID:JF0aKrO10] この古墳からは、卑弥呼さんの縁の品が 何か出てきたの?
589 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:41:41 ID:5Gj9wXzq0] この調子じゃあ二千年後の歴史の教科書に現代がどのように描かれるのか心配だなあ。 遺跡からガンダムのフィギュアが出土したり唯一復元されたDVDがカブキマンだったり した日にゃあ・・・
590 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:42:43 ID:jnuM0UpfO] >>587 神武東征なんてないだろう?
591 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:43:07 ID:bKxVy5JC0] 九州説ってチンギスハーン義経説ぐらいのもんだと思ってたけど割と信憑性あるんだ?
592 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:44:58 ID:zcXYm+Tm0] 古代は水利の関係で奈良みたいなとこの方が農耕に便利
593 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:45:04 ID:jb2LfzwHO] そもそも九州論は、東大の偽国士偽右翼が 捏造したファンタジーだからな。信じるに値しない どんなかたちであろうが天皇は、日本の祖だ 偽国士偽右翼ほど天皇のルーツに嘆いた時に裏切るものだ 哀れみを感じるよ
594 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:45:11 ID:o7NYknxe0] >>586 崇神の娘だよ 崇神で朝が恐らく変わった。 だからしばらく卑弥呼も含めて地元神である大物主に政祭事を任せる形をとったんだろ。
595 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:45:30 ID:Iu3JGnu60] 奈良から博多が邪馬台国で、博多の南の熊襲と敵対していたのじゃ?
596 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:45:33 ID:L4BkuD1/O] >>590 あるよ 東大史学は神武だけは認めてる
597 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:45:44 ID:l+/5iZXS0] >>588 この古墳は規模が圧倒的に大きく 日本全土に強い影響力を持つ巨大権力の発生を強力に示唆している そしてその作られた年代が卑弥呼時代だと最新科学で判ってきた それだけ
598 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:45:56 ID:h4ZxBzmii] >>590 なんで? 倭国大乱は支那のパチってこと? 当時日本国内は乱れてたってのが嫌なの? 乱れてたのをまとめたのが神武東征じゃやだ?
599 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:46:49 ID:56H9kz+f0] >>583 モンゴルみたいだね >>587 神武東征やら天孫降臨は事実ではないと思ってる
600 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:48:13 ID:L4BkuD1/O] 学界の勢力 九州派:東京大学 近畿派:京都大学 偏差値からなら東京大学の勝ち
601 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:48:17 ID:FQVOdJyfO] 木製のあぶみが奉納されてるのが見つかったそうだけど、 巫女である卑弥呼の墓にあぶみは相応しくないでしょう。 日本人の乗馬の風習は5世紀以降というのが通説だから、もしあぶみがこの時代に奉納されたのだとしたら 大陸から渡ってきた王か武将の墓という可能性もある。少なくとも男の王である可能性の方が高い。
602 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:48:27 ID:zi6Nc+Us0] 衆院決算委員会 分科会 2002年4月8日 www.ishii-ikuko.net/kokkai/154/kaigiroku/020408.htm ○石井(郁)分科員 日本共産党の石井郁子でございます。 きょう、私は、陵墓及び陵墓参考地について質問させていただきます。 ・・・・・・先ほどの、台風の被害に遭った箸墓ですけれども、私も行ってきましたら、宮内庁は、ヤマトトトヒモモソ姫の墓として静安を守るというふうになっていますが、 ここは卑弥呼の墓ではないのかとか、三世紀半ばの古墳である可能性が高いとか、大変議論のある、そしてまたロマンもかき立てられる、そういうお墓でございますけれども、 こういう点では皆さんの期待にもっとこたえていいのではないかということが一点です。 この場合、申し上げておきたいのは、考古学者の皆さんは、必ずしも、発掘調査、墓を全面公開せよと言っているわけじゃないのですね。 周囲の確認とか外形の実測とか墳丘の形とか構造とか、外見でも確認できるようなところをやるだけでも随分とわかることがあるということでございますので、 そういう点からも、しっかりした保存、保全のためにもっと学会の方々の御意向もくみ入れて、あるいは協議して、充実した公開に一歩を踏み出すべきではないかというふうに考えますが、いかがでしょうか。 ○山口政府参考人(宮内庁書陵部長) ・・・・・・陵墓は皇室の御祖先のお墓でございますけれども、学術文化的な側面というのも高いものがございますので、 私ども、その陵墓の本義といいましょうか、第一義的な意味での陵墓管理に支障を及ぼさない限りにおいてではございますが、傷みの進んだ陵墓につきまして保全工事を行う際には現地での見学会を開催いたしましたり、 あるいは出土品につきましてはこれを公開いたしましたり、それぞれの調査結果につきましては書陵部紀要を通じまして各研究者のごらんに供しておりましたり、 あるいはまた研究者からの要望、要請がございますれば、宮内庁の職員がかわりまして調査をして、書陵部紀要において公表していくというような努力も重ねておるところでございます。 そういうことで、今後におきましても、先ほど来申し上げておりますように、皇室の御先祖のお墓である陵墓というその第一義、基本は踏まえつつも、学術文化的な面での役割というものにも十分意を用いてまいりたいと思っております。
603 名前:名無しさん@九周年 [2009/06/01(月) 22:48:50 ID:XdZQZljJP] /) ///) /,.=゙''"/ / i f ,.r='"-‐'つ____ 細けぇ事はいいんだよ!! / / _,.-‐'~/⌒ ⌒\ / ,i ,二ニ⊃( ●). (●)\ / ノ il゙フ::::::⌒(__人__)⌒::::: \ ,イ「ト、 ,!,!| |r┬-| | / iトヾヽ_/ィ"\ `ー'´ /
604 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:49:09 ID:IBXn3yNrP] >>576 >卑弥呼や邪馬台国なんて存在しないと考えるのが合理的な判断 極端な話、今の畿内説だったらそれでも構わないかもしれないw どの道3世紀にヤマトを中心にした一大連合勢力があったのは中国史書とは関係なく確認できる事実。 で、もし3世紀に魏から冊封されたクニがあるとしたなら その連合勢力の中心のクニが一番蓋然性が高いであろうと言うのが 今の畿内説ではないかな? 無論、最大勢力でない弱小勢力であっても それが邪馬台国である可能性はある。 昔からあるいわゆる「偽僭説」と言う奴だなw
605 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:49:17 ID:l+/5iZXS0] >>594 箸墓の主は葛城王朝の姫だからな。 で、新勢力の崇神がその弟を名乗ったってのはアリかもしれんw
606 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:49:53 ID:jnuM0UpfO] >>598 天皇が九州から来たところに異議がある
607 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:50:50 ID:s8tCgRmP0] 箸墓古墳は紀元518年に済州島から運んできたものです。 箸墓古墳の起源は朝鮮半島と言って間違いありません。
608 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:52:07 ID:L4BkuD1/O] 紀元前2世紀の吉野ヶ里遺跡の主は天皇の血筋だろ DNA解析技術が発展すれば分かる
609 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:52:41 ID:ygm+g/bo0] >>553 >別に呼び名なんてどうでもいいでしょ。1万年前の話も。 呼び名がどうでもいいなんて絶対にないよ、呼び名=定義なのだから 古代アンデス人をアメリカ人と呼んで理論組み立てたら破綻するように。 実際、あなたの漢民族で立てた理論もすでに破綻している 現代ユーラシア亜大陸で大多数占めているy系統遺伝子が 「漢民族」だということで太古からいることに摩り替わっている。 まるで、「アンデス文明はアメリカ人が立てた→現代アメリカは白人が多い →白人は太古の時代からアメリカ大陸にいた」 と言っているようなもの、リンク先の英文が否定的(呆れている?) 感じなのも、その一部の科学者に論理性が無いため。
610 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:53:10 ID:l+/5iZXS0] 倭国タ大乱は三輪山の麓に強力な統一王権が形成される過程で生じた 大規模な争乱と政治的混迷だろうな。 そう考えた方がストレートだ
611 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:53:17 ID:pE4qb96RO] 神功皇后を日本書紀編纂者が無理矢理卑弥呼にしたのは、彼が魏史倭人の章を読んで捏造の必要を感じたからだろ 当時すでに中国の有名な歴史書のひとつであっただろうから 日本の大王家、その他の有力な家に伝わっている伝承には卑弥呼らしきヒトは全く出てこない、はて困ったで捏造。 時代が合致しないことなど当時はどーでも良かった 体裁だけつければ良かったのだろう 古事記に出てくる「人」でもっとも卑弥呼っぽい人はやまとトトヒモモソ姫といやあそうなんだけど
612 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:54:38 ID:jb2LfzwHO] 九州論者は思考停止してるから いっこうに日本書記と古事記に結び付かないんだよ 卑弥呼→トヨの継承は 近畿を探せばあるだろ?馬鹿か? 日本は太陽の国なんだぜ 伊勢神宮でググれ
613 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 22:56:19 ID:h4ZxBzmii] >>612 あれ? 伊勢神宮ってけっこう新しいんじゃなかった?
614 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:57:14 ID:l+/5iZXS0] >>611 記紀編纂期は邪馬台国から400年もたってるし 単純に誰が卑弥呼か判らなかったんだろう 第一候補のモモソ姫は、彼女にすると記紀の誇張された年代感に矛盾してしまうから 却下したんじゃないかなぁ
615 名前:魔裟呼 [2009/06/01(月) 22:59:11 ID:jzE1JDgX0] 日本書紀は大陸側にも持って行き朝廷の権威の正当性を示す狙いもあって編纂された。 ところが大陸側にはすでに魏志倭人伝があり卑弥呼が「親魏倭王」と明記されていた。 卑弥呼が大和朝廷の祖なら問題はなかったが、 卑弥呼が大和朝廷の祖でないなら、朝廷が新興勢力でしかないと読み取られてしまう。 しかしながら、日本書紀の編纂者は皇族ではなく官吏でしかない、 皇族や皇族の祖先について、記録を改竄するのは畏れ多い。 そこで苦肉の策を講じたと推定するのが当然だろう。 日本書紀は西暦でなく干支や「何々天皇の何年」で記されており、 絶対年代を記しているわけではないし、前後関係も明言されているわけではない。 そこで官吏たちが、ところどころ干支一巡分を前後関係を無視して差し込んで、 絶対年代で60年のずれを読者の勝手な勘違いを誘おうと狙ったのでないかとも言う。 天武天皇の時代から単純に逆算すると神功皇后が卑弥呼の時代の人物という事になり、 魏志倭人伝の卑弥呼とは神功皇后の事でないかと読者の勝手な推定を誘う。 だが神功皇后の子の応神天皇紀など 干支二順120年繰り下げると『三国史記』の対応記事と一致するという。 「プラス・マイナス120年構想」に説得力がある。 www3.plala.or.jp/kuranishigakumon/plusminus1.html 応神天皇陵や仁徳天皇陵の周囲から出土する埴輪の形式も、単純な逆算より 約100年(120年?)ほど後の編年上の形式のものだと指摘されている。 yamatai.cside.com/katudou/kiroku244.htm 日本書紀は天皇以外に神功皇后だけ特に一巻を割き、 そこに魏志倭人伝の卑弥呼の記事が引用されているなど、 編者は必死に神功皇后=卑弥呼と印象付けようとしたかのようである。
616 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 22:59:34 ID:L4BkuD1/O] >>614 と言うか、記紀に天皇家の支配下以外の人物が出てこないのは当たり前。 あれは天皇家の正統性と成り立ちを示してるだけなので さらに記紀を編纂した中国人も知ってるわけがない。
617 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:00:11 ID:jb2LfzwHO] >>613 そりぁ天皇家の現皇祖神がけっこう新しいものなwww
618 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:00:27 ID:d/D1Tc1n0] >>607 済州島自体がそのころは半島と別勢力だったわけで…
619 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:01:24 ID:h4ZxBzmii] >>606 皇室のルーツは誰にもわからないよ。 半島かもしれないし、除福一行かもしれない。 またはユダヤ系の可能性だってある。 縄文人がルーツじゃなくてもよくね? どれがルーツでも尊敬の気持ちは変わらないよ。
620 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:02:09 ID:aUAkRxWQO] 宇佐神宮本宮の山を掘ってほしい
621 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:02:28 ID:gLMZBJjJ0] ■箸墓古墳:歴博が「卑弥呼の墓」説 築造時期などから ──考古学協会理事、報道機関に冷静な対応を求める異例の要請── ──データの信頼度など会場から質問続出── 国立歴史民俗博物館(歴博、千葉県佐倉市)の研究グループは31日、古墳時代の始まりを示す箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)は240〜260年に築造されたと、東京・早稲田大であった日本考古学協会の研究発表会で報告した。 247年ごろとされる邪馬台国の女王・卑弥呼の死亡時期と重なるため、邪馬台国所在地論争の点で注目される。しかし、この測定結果によって箸墓を卑弥呼の墓とするには問題が残り、数値が独り歩きすることへの懸念がある。 発表後、司会者の同協会理事が「(発表内容が)協会の共通認識になっているわけではありません」と、報道機関に冷静な対応を求める異例の要請を行った。 歴博グループは、放射線炭素年代法によって全国で出土する土器に付着した炭化物を中心に年代を測定。 箸墓でも、築造時の土器とされる「布留(ふる)0式」など16点を測り、この前後につくられた他の墳墓や遺跡の出土品の測定結果も総合して240〜260年を導いた。 発表者の春成秀爾(ひでじ)・歴博名誉教授は 「この時代、他に有力者はおらず、卑弥呼の墓が確定的になった」 と述べた。 しかし、土器付着炭化物は同じ地点から出た他の資料に比べ、古い年代が出る傾向がある。 中国の史書「魏志倭人伝」では、卑弥呼の墓は円形とあって前方後円墳の箸墓とは異なるなど、文献上からも問題があり、会場からはデータの信頼度などに関し、質問が続出した。【伊藤和史】 毎日新聞 2009年5月31日 mainichi.jp/select/today/news/20090601k0000m040042000c.html?link_id=RSH02
622 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:04:38 ID:gLMZBJjJ0] 吉野ケ里遺跡(神埼市郡)が邪馬台国であったことを歴史、考古学的に究明する「邪馬台国を考える会」(仮称)が四月発足する。 連続講座やシンポジウム、畿内説との討論などを交えながら、市民レベルで九州邪馬台国説を補強していく。 「九州説」を主張する日本考古学会の奥野正男さんを会長に、同遺跡保存に尽力した郷土史家石戸敏治さん(佐賀市)が副会長、 佐賀女子短期大学学長の高島忠平さんが顧問を務める予定になっている。 会では奥野さんの集中講座や同遺跡の現地見学会のほか、「畿内説」を主張する研究者との討論会なども計画。 研究成果は雑誌にまとめたいとしている。 邪馬台国論争では、20日に奈良県桜井市の纏向遺跡で、卑弥呼の時代と一致する3世紀前半の建物跡が確認された。 事務局長の関家敏正さん(佐賀市)は「吉野ケ里が邪馬台国だということを検証し、若い世代に受け継いでもらうため 会を立ち上げる」と期待する。 設立総会を4月19日、佐賀市のグランデはがくれで開く。 問い合わせ先は副会長の石戸さん、電話TEL番は省略しました。 佐賀新聞 2009年03月25日 www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&blockId=1213175&newsMode=article
623 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:06:52 ID:gLMZBJjJ0] ・軍配が上がるのは九州説か、畿内説か‐歴史ファンの関心が高い「邪馬台国論争」に、この秋から 県が本格的に“参戦”している。シンポジウムやワークショップ(体験型講座)をたて続けに開催。 12日には歴史講座「邪馬台国を訪ねて」(3回シリーズ)も始まった。3年間をかける取り組みで、 初年度を締めくくる来年3月のシンポジウムのテーマはずばり「邪馬台国を考える 九州説と畿内説」。 ■歴史講座すでに開始 一連の事業は、県教委文化財保護課に事務局を置く産学官の組織「福岡歴史ロマン発信事業 実行委員会」(委員長・西谷正九州大学名誉教授)の主催。「邪馬台国を論じてほしい」との 麻生渡知事の意をくみ、多彩なプログラムを企画する。 2005年10月に地元の念願だった九州国立博物館(太宰府市)が開館し、順調に歩んでいるこの 機会に、関心の高い邪馬台国を取り上げ、文化熱を高めたいというのが知事の考えのようだ。 県教委の磯村幸男文化財保護課長も「福岡は『魏志倭人伝』に登場する伊都国、奴国といった 邪馬台国時代の主要なクニがあったと考えられる。この歴史遺産を生かさない手はない」と語る。 12日に福岡市・天神のアクロス福岡で開かれた「邪馬台国を訪ねて」の第1回講座は、 午後6時半開始という時間設定にもかかわらず、150席がほぼ満席。勤め帰りの会社員らが、 元九州歴史資料館副館長の橋口達也さんの講演「弥生時代の戦い」に聞き入った。 橋口さんは、弥生時代の人骨や武器などの発掘資料をもとに、戦闘の様子やクニが形成されていく 状況を解説。最後に「会場の多くは『邪馬台国九州説』かもしれませんが、私は残念ながら畿内説で すね」とユーモアを交えて締めくくった。 この日、手作りの卑弥呼風の衣装で登場し、司会を務めた県教委文化財保護課の齋部麻矢技術 主査は「邪馬台国は古代史最大のロマン。『九州邪馬台国』をどんどん発信したい」と話していた。 www.nishinippon.co.jp/nnp/local/fukuoka/20071214/20071214_015.shtml
624 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:07:02 ID:l+/5iZXS0] >>616 天皇家と卑弥呼が直結してても記憶が曖昧だった可能性は凄く高い 現代の史学界が400年前の桶狭間で奇襲か正面攻撃かでどんだけ揉めたよw
625 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:07:36 ID:lTMZX30p0] >>609 君はひょっとして、O3a5の起源が朝鮮だと主張したい人なのかw それはないと思うよ。心配しなくても。
626 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:08:31 ID:h4ZxBzmii] >>617 俺の感違いかもしれんけど、もともと九州にあったのを、雄略天皇の時に今のところに持ってきたんじゃなかった? 祭神が新しいといったんじゃないよ。 もともと九州にあった?かも?
627 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:09:06 ID:gLMZBJjJ0] 邪馬台国はどこにあったのか、女王・卑弥呼の人物像は――。古代史最大の謎と される邪馬台国について、考古学者が九州説、畿内説それぞれの立場から検証する シンポジウム「九州VS畿内」(読売新聞西部本社など後援)が2日、福岡市中央区の 都久志会館で開かれた。 県や学識者らでつくる「福岡歴史ロマン発信事業実行委」が、福岡の歴史をPRする 一環で初めて企画。定員600人に対し1100人超の応募があり、会場は熱気に 包まれた。 九州説を主張する高島忠平・佐賀女子短大学長(日本考古学)は、前原市の 平原遺跡で、ひつぎの周辺から見つかった多数の破鏡に着目。「破鏡は、 多くの国々を支配した巫女(みこ)王の卓越した霊力を封じるために埋葬されたと 考えられる。出土品から巫女王の成立過程が読み取れるのは九州だけ」と主張した。 一方、水野正好・奈良大名誉教授(考古学)は、中国の歴史書「隋書」で「大和が 邪馬台国」と記された記述を根拠に畿内説を展開。「九州には王都にふさわしい 遺構がなく、魏志倭人伝で記された渡航日数ともつじつまが合わない。畿内は、 『不弥(宇美)国から南にある』という方角以外はぴたりと合う」などと訴えた。 日本考古学協会会長の西谷正・九州大名誉教授(東アジア考古学)を交えた 討論会では、卑弥呼の人物像や邪馬台国の統治範囲、九州から大和への 東遷説などを巡り、白熱した議論が交わされた。 大野城市の男性会社員(47)は「破鏡のことを考えると、やはり九州ではないか」、 福岡市東区の無職女性(46)は「畿内説の方が整合性がある所が多かった」と 話していた。 www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukuoka/news/20080302-OYT8T00569.htm
628 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:09:40 ID:56H9kz+f0] 木材が出土すれば年輪年代測定も出来たかもしれないな。 纒向石塚古墳では、推定伐採年代177+α(α≒20)年、 纒向勝山古墳では103〜198年の測定結果が出ているが。 www.kashikoken.jp/from-site/2001/katuyama4b.html
629 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:09:45 ID:5A5PD3G40] 宇佐神宮の地下に古墳があるだろ?
630 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:10:33 ID:ueZp9G0e0] >>557 > 日向が太陽信仰と関係あるわけない おいおい。明らかにあるだろうw↓ www.pelican-inc.co.jp/ito/ito-image/ito-4-chart.gif www.pelican-inc.co.jp/ito/ito-4.html
631 名前:婆 ◆HKZsYRUkck mailto:sage [2009/06/01(月) 23:11:18 ID:VrOxnO4D0] >>586 キクチヒコと言えば、やっぱ菊地氏だよな。うんうん。
632 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:13:14 ID:NWtkFuCt0] 関係あるけど、それがすぐ九州説に結びつくのもおかしな話だ 太陽信仰は他の場所でもあるわけだし
633 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:14:46 ID:pE4qb96RO] >>619 縄文人とは骨の形質が明らかに違う 渡来勢力なんだがその一族が渡来前の先祖の代から以前居た地で貴族だったのか まあ万世一系をどこまでととらえるかで違ってもくるから、わからんのだが
634 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:15:07 ID:jb2LfzwHO] >>630 うそだぁぁ地下にあったとはwwっておまっ・・
635 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:15:18 ID:l+/5iZXS0] >>631 後年の磐井の乱もあるし 九州地方の争乱とその首謀者がクコチヒコだと思う
636 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:17:15 ID:lTMZX30p0] >>609 ほれ M122をおいかけてみな。 おそらくと書かれているのは、中国より南、もしくは西の可能性があるからだと思うよ。 https://genographic.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
637 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:18:48 ID:rkX5Xt0u0] >>621 このスレの1が立ったのが29日みたいだし 次のスレはそれでスレ立て依頼しようかな スレがどれくらい消費されたら依頼したらいいんだろう?
638 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:19:03 ID:pLDqfsEr0] >>553 おまえ英語できないんだろ(笑笑笑) 文章をぜんぜん理解できてないじゃん。
639 名前:狭部穢奈麻呂 [2009/06/01(月) 23:26:39 ID:uV1dTTiMO] ねえ、卑弥呼つてあまりいい漢字でないような気がするけど、邪馬台国も。卑しいのかな?日美子とか日御子とか日神子とかないのかなー。だれか古代支那語に詳しいひといる?
640 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:27:01 ID:lTMZX30p0] >>638 ユウ婁=朝鮮人 君の主張はよくわかったw
641 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:27:08 ID:SNJdXI4M0] 中国の資料が信じられない理由 大英帝国が朝貢国と認定されてる
642 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:28:31 ID:d/D1Tc1n0] >>633 骨格(特に頭骨)は食生活の変化なんかでだいぶ代わってしまうのであんまり当てにならない、 現実に食糧生産が過渡的だった時期だし。 朝鮮半島との関わりを一切否定したい嫌韓の人はまぁそうだろうなと思うけど、 半島経由支持の人の中になんで小集団来日、混血後に拡散ではなく、 半島から大量に流入して置き換わったというちょっと無理のある仮説を支持してる人がいまだにいるのか不思議。
643 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:28:45 ID:pE4qb96RO] 金印が大和でも北九州でもいいから、それらしい場所から出てこないものかと
644 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:29:52 ID:1gGDXssK0] >>613 すくなくても伊勢神宮は1500年以上歴史がある
645 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:30:17 ID:jnuM0UpfO] >>639 中華思想だよ。 野蛮国(中国以外全て)だからこういう卑しい文字を使われる。
646 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:31:37 ID:pE4qb96RO] >>642 そりゃ純潔縄文系の人を大量殺戮したという仮説が成立ってしまうからだろ
647 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:32:38 ID:uQ9zUOVs0] 卑弥呼には萌えないけど、なぜか台与には萌えてしまう俺様ガイルw
648 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:35:42 ID:pE4qb96RO] >>647 卑弥呼は年齢不詳だけど台与は後釜になった時若いからな
649 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:36:33 ID:Iu3JGnu60] 鷲崎さんは、宇佐神宮でまつる比売(ひめ)大神を挙げ、 「日本書紀では天照大神の尊称を除いた本名はヒルメで現代語で言えばヒメ。 卑弥呼も戦前まではヒメコと呼ばれており、卑弥呼と比売大神、 天照大神は同一人物だ」と主張。 ↑ 鷲崎さんがこう言ってる。 kyushu.yomiuri.co.jp/local/oita/20090518-OYS1T00293.htm
650 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:37:00 ID:d/D1Tc1n0] >>646 要するに半島人が日本列島先住民を大量殺戮したという事実がうれしいヒトなんですか…
651 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:37:11 ID:hKNIzCnJ0] モモソ姫=トヨ説はすっかり後退したの?
652 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:37:27 ID:J7U+Necb0] >>642 >半島から大量に流入して置き換わったというちょっと無理のある仮説を支持してる人がいまだにいるのか不思議 国立遺伝研究所が、韓国人と日本人の遺伝距離が0だといってるからだろ。 今のところ、国立遺伝研究所以上に信用できる研究はないし。
653 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:37:42 ID:Z9reomfQ0] トヨタン・・・・・・・・・・トヨタン・・・・・・・・・・トヨタン・・・・・・・・・・
654 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:39:23 ID:jnuM0UpfO] >>646 に質問です 父系は縄文系が意外に多いことのが分かるが 母系は弥生系が多いんだよな? つまりさ、縄文人が入植してきた弥生人の男を殺して 弥生女を奪ったってことにならないか? 虐殺したのは縄文人じゃないの? こういうのは詳しくないから教えてくれ
655 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:40:40 ID:hKNIzCnJ0] >>652 そら、三国の民のおもだった層は丸ごと日本に亡命したから & ずっと時代くだって、李氏朝鮮が徹底的に塗り替えたから という説明でいいんでないの?
656 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:41:35 ID:l+/5iZXS0] >>651 その説は箸墓を3世紀後半造営とした説を元にしてるから 13才で卑弥呼の後をついだトヨが天寿を全うすれば丁度良くなるってので 今回箸墓の年代が遡った事でトヨの墓説も力を失うだろうね
657 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:42:55 ID:pE4qb96RO] 呉という国がやばくなったとか色々あったんだろ まあ現代日本人の殆ど人の遺伝子の半分は朝鮮半島南部あたりにあったモノだろ
658 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:43:10 ID:pLDqfsEr0] >>557 おいおい、わざわざ日向と称しているのに なんで太陽信仰と関係ないんだ? 明らかに邪馬台国の東(ひむかいし)の地だからだろ(^o^) もしかして東が日向かいだという意味だと知らなかったわけ?
659 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:44:14 ID:hKNIzCnJ0] >>656 やっぱそういうことになるよね・・・ ありがと
660 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:44:49 ID:J7U+Necb0] モモソなんて、こんな小物だぞ。それの巨大古墳なんてあるわけないだろ。 こんな小物が卑弥呼やトヨみたいに魏志に記載されるわけがない。 卑弥呼は年増の独身女性で、男は弟としか会わないし。 >「日本書紀」の崇神天皇の条には、次のように記されている。 > 倭迹迹日百襲姫神は大物主命の妻となったが、夫は夜に通ってくるだけで、 >その顔を見ることができなかった。そのことに日々不満を募らせた倭迹迹日百襲 >姫神が、ある夜、是非顔が見たいと強引に迫った。そこで大物主命は、「朝にな >ったら櫛箱に入っているが、姿を見ても決して驚くなよ」と告げた。翌朝、櫛箱 >を開けた倭迹迹日百襲姫神が中にいた小さな蛇を見て驚き叫ぶと、蛇はたちまち >若者の姿となり、恥をかかされたことを激怒して、大空に飛び上がって三輪山に >登ってしまった。それを見て自分の行為を後悔した倭迹迹日百襲姫神は、箸で女 >陰を突き刺して死んでしまう。 www.din.or.jp/%7ea-kotaro/gods/kamigami/yamatomomoso.html
661 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:47:15 ID:d/D1Tc1n0] >>652 遺伝研が置き換わりじゃなくて混血なんだといってるんだが。 日本以外の東アジア集団の塩基配列のデータを得ることにより、現代日本人の成り立ちの歴史の洞察が可能となってきている。 本土日本人は、縄文人という日本の先住民の子孫と考えられるアイヌや琉球人と、ある程度遺伝的に近い関係にあるものの、 本土日本人における遺伝子プールの大部分は、弥生時代以後のアジア大陸からの渡来人に由来するものであった。 したがってこの結果は、現代日本人の起源についての混血説を支持するものである。 www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_e.html
662 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:47:45 ID:hKNIzCnJ0] いや、象徴まみれな神話の記述を鵜呑みにされてもねw
663 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:48:20 ID:1gGDXssK0] >>649 電波は相手にしない
664 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:48:35 ID:pE4qb96RO] >>654 そんなことは見てきたわけじゃないから俺もわからん ただ文化の進み具合から言って武器も渡来系のほうが有利なものを持っていたのじゃまいか 農耕に馴れた渡来系が狩猟採取使い捨て好きだった縄文より、喧嘩に弱いというのはあったかもしれんが
665 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:49:14 ID:l+/5iZXS0] >>660 実は一見間抜けに見える死に方が重要 イザナミがそうなんだが、日本神話では 重要な女神が死ぬ時性器を傷つけて死ぬって話が多い おそらく宗教的な理由があったのだろう つまりモモソは小物どころか、女神クラスの評価だったって事だ
666 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:49:19 ID:oPgKtRha0] >>656 台与がもし短命だったら台与の墓は西殿塚古墳。 長命で、もし4世紀前半まで長寿を全うしたのなら行燈山古墳、もしくは渋谷向山古墳。
667 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:52:21 ID:71xDTos60] トヨタン・・・・・・・・・・
668 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:52:55 ID:8dJ/TPo40] 南朝の出張所のトップの兼良親王を日本を統治してる国王と認定していた しかし兼良親王は後醍醐天皇を仰いでいた そういうことだ
669 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:53:13 ID:Iu3JGnu60] ぐるっと県内:邪馬台国はどこだ アマ研究家が謎解きに挑戦−−宇佐市 /大分 mainichi.jp/area/oita/news/20090519ddlk44040720000c.html 司会を務めた「季刊邪馬台国」編集長で九州説の、安本美典さん(75)は 「最近、第2の邪馬台国ブームになった感があり、熱気に驚いた。 “けんか”を売りたかったのに、畿内説の論者がいなかったのは残念」と話した。
670 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:53:26 ID:hKNIzCnJ0] まったく・・・仮にもオオモノヌシほどの超大物(ごめんシャレじゃない)の 妻とされた神話の登場人物が小物なわけないでしょうに。 でもほんと、トヨを誰に比定するかってとこはつくづく弱いなあ・・・
671 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:54:23 ID:cZEO2ZBv0] 日本人のY遺伝子はD系統40%、O2系統20%、O3系統10%、C系統10%、その他10%くらい このうちDが縄文人、O2が弥生人となる。 半島の場合はO2が50%、O3が50% ところがO2が半島から来たかと言うとそう言う訳でもなく、どうも中国南部から黒潮に乗って来たらしい。 O2系は中国南部やベトナムなどにも色濃くでている。 ちなみにO3は漢民族と考えてさしさわりない。
672 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:55:04 ID:ADLbSQd10] 箸墓古墳って道路側から簡単に進入出来そう だけどどうなの?
673 名前:婆 ◆HKZsYRUkck mailto:sage [2009/06/01(月) 23:56:39 ID:VrOxnO4D0] >>665 「神話」とかなっちゃってるからアレだけど、もとは口承文学なんだから 猥雑がなんぼのもんじゃい、じゃないかと。 一日の仕事が終わって炉端にみんなが集まって酒とか飲みながら 爺ちゃんが若い衆に語って聞かせるんだから、やっぱ面白くなきゃ。
674 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/01(月) 23:56:49 ID:J7U+Necb0] この人に賛成するわ。 hpcgi3.nifty.com/washizaki/bbs/wforum.cgi?no=43&reno=37&oya=37&mode=msgview&page=0 卑弥呼=百襲(モモソ)姫説は成立しないと思います。 卑弥呼と百襲姫は人物像が違い過ぎます。@百襲姫は単なる皇女。これに対し卑弥呼は 「親魏倭王」の金印まで受領した倭国王、A卑弥呼は倭国大乱、歴年主無しの戦乱の中 から倭女王として共立された。これに対し、百襲姫にはその片鱗すら無い、B百襲姫は 三輪山の大物主の妻。これに対し卑弥呼は終生独身、C崇神天皇・百襲姫の時代に国内 を二分する戦いの記録は無い。これに対し邪馬台国女王卑弥呼は狗奴国男王と戦争に突 入し魏王朝は救援の使者を倭国に派遣した、すなわち中国魏王朝まで巻き込んだ大事件 ・・・など重大な相違点が多過ぎます。 従って、百襲姫と卑弥呼の巫女的な性格が共通しているぐらいで同一人物とするのは早 計です。極論すれば、「卑弥呼と百襲姫は共に女性だから卑弥呼=百襲姫」と近いぐら いのレベルの根拠の薄い話です。
675 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:57:26 ID:Qj4rZVTv0] >>672 タイーホ!死刑!
676 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/01(月) 23:59:00 ID:oJuqojdV0] 神武東征は、BC660年の話で、卑弥呼はAD220年代の話だよね。 なぜ神武東征が、邪馬台国九州説の論拠になるのか、文型の 思考のねじれが分からない。 九州説の人はこの辺説明して。 記紀がまるでまがい物、もしくは魏志倭人伝の言う邪馬台国は 九州の地方都市だったという事?
677 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:00:16 ID:pLDqfsEr0] >>642 九州は紀元前10世紀から弥生時代に入り、 近畿は前6世紀ごろってのが我慢ならないんでしょ。
678 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:02:35 ID:8dJ/TPo40] >>764 中国は、南北朝時代 兼良親王は単なる皇子だけど、金印を授けて日本国王と記録に残していますよ
679 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:03:52 ID:hKNIzCnJ0] >>674 いや、別にぼくもモモソ=ヒミコ(またはトヨ)なんて決めつけてないけどね 可能性はどうなの〜?って話をしただけで ただねえ、神話の読み方が基本的になってないというか・・・一例だけど、 「神の妻」と神話で定義されたこと=生身の意味での既婚者じゃあ、全然ないと思うよ てーかむしろ逆? 神の妻(巫女)は人間の男と交わっちゃいけないんだからねえ
680 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:04:01 ID:8dJ/TPo40] >>678 は674
681 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:08:02 ID:hKNIzCnJ0] >>676 べつに九州派じゃないけど、そのへんは欠史八代の解釈次第で なんとでも言えちゃうんじゃないの?
682 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:08:09 ID:r45mKTxs0] 九州説って 学会の偉い人が吼えてるから 腰ぎんちゃくがヨイショしてるだけだろw
683 名前:婆 ◆HKZsYRUkck mailto:sage [2009/06/02(火) 00:08:23 ID:VrOxnO4D0] >>676 ホントにBC660年だとすると、最初の数代の天皇さんは150歳とか 生きてた計算になるぞ。てなわけで記紀のそのころの年代表記は 信用ならんと(ホラなのか2倍暦なのかは議論が分かれるところだが)。 んで神武東征だが、わざわざ正史に書くくらいだから、なんかなしの 根拠はある気がする。畿内のヤマト政権が土着として正当性を主張 できるならそれに越したことはないわけで、そこを「九州から来ました」と 書いたということは、記紀編纂当時はそれが公式見解だったということだよな。
684 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:10:50 ID:x2QpjKFV0] 近畿説は、年代測定のゴッド・ハンドに依存しているようだなw
685 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:11:56 ID:t+5yzLmA0] >>683 それは簡単、1代=一人になったのは後年で、 初期は一政権担当部族=一天皇だったんだよ。 別の説としては、世界中の神話をみると 西暦0年を境として、それ以前は長命、それ以降は短命の傾向が あるので、昔の人類の寿命は200年くらい有ったんだよ。
686 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:12:21 ID:34Jx21Oz0] >>682 逆でしょ、考古学の大勢は近畿説だよ(^o^) 例えば白石とか福永とか故小林とかね しかし彼らの本を読むと初めから近畿ありきで非論理的で馬鹿馬鹿しい物ばかり(笑笑笑) 例えば三角縁神獣鏡分有説とか今では鏡を研究する学者は殆ど眉に唾付ける理論でしょ。
687 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:13:03 ID:qbWdPp9m0] 欠史八代は実在派が徐々にだけど増えてきたね 地方の豪族が欠史八代の子孫を名乗り系図を作っていること 先祖崇拝の強い古代で系図を書き換えるほどの強い統帥力と信仰を集める中央政府が5世紀前後に存在したかも疑問で 子孫の伝承年代の順番が記紀の順番に合致してる点など
688 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:13:17 ID:DulxKAyd0] てな具合に、欠史部分に関してはナンデモ言える・・・
689 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:13:52 ID:S6DP0kiD0] >>683 対クマソ、対朝鮮方面軍司令だった応神天皇が その後実権を握ったのを少しオーバーに書いた程度でない?
690 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:13:58 ID:x2QpjKFV0] 邪馬台国近畿説 眉にツバ T www5.ocn.ne.jp/~vorges/sub23.html
691 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:14:26 ID:iAeLsoZw0] おれも欠史八代の末裔
692 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:15:14 ID:bD1GCTYc0] >>674 @崇神のころは政祭分離過程にあるから元首をお飾りの立場である巫女にしたとしても変ではない また、柵封をよしとしない他の豪族を納得させるために便宜的に架空の女王国家を偽った可能性もある A崇神の最初のころは天候が悪化して食糧難に陥ってる B同じ独身 Cクーデター騒ぎがある
693 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:16:35 ID:x2QpjKFV0] 邪馬台国近畿説 眉にツバU www5.ocn.ne.jp/~vorges/sub24.html
694 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:17:58 ID:XKJgq8u10] オオモノヌシってモノがでかかったの?
695 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:18:26 ID:05kPxE2Z0] 聖書なんて預言者が何百年も生きてるので 聖書はねつ造といってからにしろと
696 名前:676 [2009/06/02(火) 00:18:42 ID:t+5yzLmA0] てか、神武東征を邪馬台国の論拠としてる事と、 卑弥呼の年代が違いすぎるという話に、欠史8代の 議論してもしょうがないと思う。 880年も開きがあるんだし。 つい付き合ってしまってけども、この辺が九州説の文系ぽいところ。 東大が京大との論争でも、いきなり言葉使いの不備を指摘しだしたり、 歴博の主張に対して、九州大学の反論は、海洋効果を500年分( なぜ500年足すかの論拠はゼロ)足して考えると、旧来の考古学は正しいとか。 もうね、文系は死刑にするべきレベルの主張が多すぎると思う。
697 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:19:26 ID:34Jx21Oz0] >>676 まず君が万世一系を信じているかどうかだな(^o^) 九州説では人物・事跡はあり得るが系図に関しては不明ってのが普通だろ。 非常に下った倭の5王ですら、記紀と同時代史の中国史書では乖離があるでしょ。
698 名前:婆 ◆HKZsYRUkck mailto:sage [2009/06/02(火) 00:19:27 ID:ZvAxKiJg0] >>685 後半はさておき、前半は興味深いな。 記紀の系譜が全部ウソになる。 だいたい、部族内での世代交代と部族間での政権交代との 決め方がわからん。必ず「そろそろこっちの部族にまわせ」「やだ」 みたいな争いが起こるよな。 >>689 それを神話にしたなら、「元は畿内に居ました」という描写が入る気がする。 本人でなくて遠い先祖でも。 ところが記紀の記述では「高天原に降臨しました」なんだよな。
699 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:19:54 ID:aoYfdaYWO] まあ卑弥呼擁立以前に倭国大乱とかちゃんと聞き書き出来てる訳だし、倭人伝はそこそこ信頼に足る史料だと思う。 ただ倭国の範囲がなあ。 九州上半分だけ倭国だと日本に来た使者が決め付けてしまったような気がしてならない。 邪馬台国から百年二百年前なら出土物からも日本の最先端地区は北部九州で間違ないが。 そもそもヤマトの意味するところはやっぱり山門? その九州の勢力が航路で、出雲やら岡山らの勢力を遠目にスルーしながら畿内に入って三輪山の麓=山門に落ち着いた? 戦闘したのは紀伊半島のクマノぐらいで
700 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:21:10 ID:iAeLsoZw0] 倭国は九州。 倭人伝は九州倭人から聞いた大和王朝の話を 勘違いして書いたものだと思う。
701 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:22:12 ID:Oj4GjAW7O] >>660 釣りか単なるバカなのか知らんが、百襲姫が小物な訳ないのだが。
702 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:22:52 ID:Lynjfv4kO] 卑弥呼から継承した、台与である豊鍬入姫命は斎宮だよ、伊勢神宮。
703 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:22:57 ID:DulxKAyd0] >>694 そんな気がする >>696 いや、欠史八代の議論をしてるんじゃなくて、欠史八代があまりにも あいまいだから、そのへんは年代含めて議論にならないと言ってるんですー
704 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:23:35 ID:1pYocuCz0] >>698 >ところが記紀の記述では「高天原に降臨しました」なんだよな。 確かにその意味するところが気になりますね。 しかし、熊野方面から進軍する過程でどんどん味方が増える事と勝利後にアシナガヒコと印を見せ合う描写はやはり元々畿内に縁がある者としか思えない。 それとも、もっと過去にさかのぼって日本人が呉の滅亡後に大陸から船出して日本列島にたどり着いたその同根を表すものかも知れませんね。
705 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:23:40 ID:MkuetKPr0] 部族じゃなくて、もっと多くの天皇が即位していたんだろ しかし古くて天皇(族長レベルかもしれん)の代数と年代の記述は信頼できないだけ
706 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:24:44 ID:M91uFa7V0] >>692 モモソ姫は独身だったんですか?
707 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:25:16 ID:YiimDu3v0] 邪馬台国は山口だろ。 あそこには英雄も居るし。 あれ以上の人骨は無いのにスルーされる、山口かわいそす
708 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:25:18 ID:IkU6T2/i0] >>674 魏志倭人伝にも、卑弥呼には弟がいて、彼が託宣を行なっていたとある。 この弟が崇神天皇であったと考えれば理解できる そもそもヒメヒコ制では、女性が祭事を行い、男性が政治を行なう制度だ。 この時代には祭事と政治は一体のものだったし。 巫女である女性の方が上位として描かれても不思議はないだろ。 崇神天皇について記載されたのは、あとの時代になってからであり その時代の先入観から、男性だったミマキイリヒコ(=崇神)の方を上位として書いたに過ぎなかったかもしれない。 その証拠と言っては何だけど。 ヤマトトモモソヒメの墓とされる箸墓古墳は全長280メートルに対して崇神天皇の墓は全長240メートルに過ぎず 一回りくらい小さい 明らかにヤマトトモモソヒメの方を重視した古墳となっている
709 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:28:08 ID:1pYocuCz0] >>707 山口県はもっと日本人のルーツ的な根本の部分で重要だと思ってますよ。 人骨がすべて大陸に顔を向けて埋葬されているのは、日本列島に亡命してきた日本人が滅亡した呉の故国を思って眠っているのでしょうね。 我々の祖先の苦難の歴史がしのばれます。
710 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:28:19 ID:ft3xVVXQ0] ,. ‐''三ヾ´彡シ,=`丶、 /'".:=≡ミ_≧_尨彡三:ヽ、 //.:;:彡:f'"´‐------ ``'r=:l /〃彡_彡′,.=、 ̄ ̄ ,.=、 |ミ:〉 'y=、、:f´===tr==、.___,. ==、._ゞ{ {´yヘl'′ | /⌒l′ |`Y} ゙、ゝ) `''''ツ_ _;`ー‐'゙:::::l{ あきらめたら . ヽ.__ ,ィnmmm、 .:::|! そこで試合終了ですよ・・・・ ,.ィ'´ト.´ ´`"`"`゙″ .::::;' イ´::ノ|::::l \ "' :::/ ::::::::::::|:::::l ヽ、 ..:: .:::/.、 :::::: ::: |:::::ヽ ヽ、.......::::/..:::/!\\ ::::::::::: |::::::::ヽ ``''‐--ァt''′ |!:::ヽ:::\ :::::::::::::|::::::::::::ヽ、 /i|iト、 |l:::::::ヽ:::::\ :::::::::::::|::::::::::::::/:ヽ、 ∧|i|i|i|〉. ||::::::::::ヽ:::::::\
711 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:28:40 ID:u0Y3hDn+0] 日本書紀は邪馬台国をベースに創作されたものだと思うんだけどね 邪馬台国と大和が続いてるかどうかを別としてね 日本各地で起きた内乱を制した大和朝廷が 当時既に伝説と化していた邪馬台国の歴史を神話に書き直して 「我は天照大神の子孫なりー」って感じで
712 名前:田5作 [2009/06/02(火) 00:28:43 ID:WZ6IicMUO] 戦乱は伝承が途絶えるとか? 古墳だけが残った証拠かなぁ?
713 名前:婆 ◆HKZsYRUkck mailto:sage [2009/06/02(火) 00:28:46 ID:ZvAxKiJg0] >>704 なるほど、べつべつのところに入植した渡来系の部族がいくつかあって、 九州に最初に入った部族(天皇さんち)が東に移動して、紀伊半島に 入った部族(アシナガさんち)に会って「あらまあ、ひさしぶり」みたいな感じか。
714 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:29:03 ID:DulxKAyd0] >>705 同意です つーか神武の年代を鵜呑みにしてる人って初めて見た・・・
715 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:29:41 ID:mbQIZvDx0] >>700 当時はソウルの南あたりから日本にかけて全て倭国。現朝鮮人以前の日本民族が住んでいた 土地
716 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:29:48 ID:34Jx21Oz0] >>664 武器がどうのこうの言う前に渡来人は難民。 命からがら極少数の集団で九州に渡ってきたんだよ。 アメリカに移住したピルグリムファザーズは漂着したときどうした? 原住民に助けられて生活していたんだよ。
717 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:30:42 ID:IkU6T2/i0] 魏志倭人伝に記載された卑弥呼の墓と、箸墓の規模はほぼ一緒だ。 そこから箸墓が卑弥呼の墓ではないかと考えられている。 九州説が真実だとすれば、九州で、箸墓と同等の規模の墓がなければならないが。 しかし九州最大の古墳でも、箸墓より遥かに小さいのだよね。 と言ってもさ、平城京建設の際には、被葬者を丁重に葬れとお触れが出されるほど ともかくあの時代から古墳が破壊されることは多かったようだ 現在は存在しないだけで、古い時代にはもっと大きな古墳が存在したのかも知れないけどさ
718 名前:676 [2009/06/02(火) 00:30:52 ID:t+5yzLmA0] >>698 そうかな? 記紀の記述は、政略結婚をうかがわせる内容が多いし、 反乱して初めて熊襲とか出てくるけども、反乱してない間に 熊襲がどうしてたか?なんていうのは一言も出てこないところ見ると、 同盟を離脱して初めて、敵対部族として名前が与えられるんじゃないのかな? つまり、今で言うところの国連みたいな組織が邪馬台国にあって、 そういう統治に関わる人を神と呼んだだけじゃねーの? >>>689 >それを神話にしたなら、「元は畿内に居ました」という描写が入る気がする。 >本人でなくて遠い先祖でも。 記紀が書かれたのは1000年ぐらい後なんだから・・・
719 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:32:08 ID:aoYfdaYWO] >>709 ありゃ 日本人のルーツが呉になっちまったのか すると言語面の説明が
720 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:32:46 ID:DulxKAyd0] >>713 あ、そういう考え方すごく好きだ ニギハヤヒ自体がそういう感じだし
721 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:33:07 ID:MkuetKPr0] 明治にも天皇と解釈されていた天皇が降格になったりしている さらに古くて記紀編纂時には記録があいまいで、 実際にはもっと多くの天皇が居た可能性もある
722 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:33:24 ID:8JQ1q8cpP] >>6 ん? あ、実質終わっているのかw
723 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:34:28 ID:IkU6T2/i0] >>711 それはないよ。 日本書紀は何と言っても、日本の正史として書かれたものだから 日本の古い歴史書だけではなく、朝鮮半島や中国などの古い歴史書も参考にして書かれているが 神功皇后=卑弥呼の記載は、魏志倭人伝にある卑弥呼についての扱いに困った当時の人たちが それらしい人物として神功皇后を、魏志で言うとこの卑弥呼と注釈をつけたのだろうね。
724 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:34:48 ID:XKJgq8u10] 箸墓が発掘できればいいのにね。銅鏡百枚見つかれば一件落着でしょ。
725 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:35:08 ID:S6DP0kiD0] >>719 呉から稲作が来たのは確定的だからね まぁ起源前1000年ごろのことだが・・・
726 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:35:42 ID:bD1GCTYc0] >>717 全然違う
727 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:35:46 ID:mbQIZvDx0] >>713 ちなみに長脛彦(ナガスネヒコ)だけど、既にイワレビコと同じ一族のニギハヤヒを王として妹だか を嫁がせて、今で言えば、大和の宰相兼軍司令官という立場にあったわけです ところが当のニギハヤヒ(物部氏の先祖)が、イワレビコを王として認め、神武天皇になります その後、物部氏は朝廷の軍を担うことになり、神武方の軍団長であった日臣命(大伴氏の祖)と と共に全土統一の主力軍となるわけですね
728 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:36:54 ID:Lynjfv4kO] オギヤハギ
729 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:37:08 ID:l73fE6gY0] >>715 むしろその人たちが現世の朝鮮半島人の祖なんじゃないのか? だからアイヌ以上に現世日本人に共通の遺伝子を持つ(特にmt)、しかしレイプされて混血した人の頻度が高いのでYは蒙古、満州系。 韓国から日本人が来たんじゃなくて、支那南部から来た日本人の祖先の一部が半島に入植し、かわいそうな姿になったのが今の半島の人ってことで。
730 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:37:53 ID:iAeLsoZw0] >>724 あと人骨もたくさん出てくれば完璧かな
731 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:38:07 ID:aoYfdaYWO] >>716 いや、だからね、別民族の血を行き渡らせるためには、別民族の♀だったら100人居なきゃ大変だが、別民族の♂なら1人いりゃ100人の子供を作るのは簡単だって話ですよ
732 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:38:07 ID:34Jx21Oz0] >>696 何のことかわからんが、 用語の定義は先ず最初にするんだよ、 少なくとも理系ではね。
733 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:38:22 ID:S6DP0kiD0] >>724 イケニエの人骨がごっそり出たらみんなどん引きだぞ。 埴輪で代用し始める前のもんだし:
734 名前:婆 ◆HKZsYRUkck mailto:sage [2009/06/02(火) 00:39:43 ID:ZvAxKiJg0] >>718 クマソの話はヤマトタケル(女装マニア)で出てくるんだっけか。 つか、俺の話は>>685 の「部族間で政権をまわしていた説」に対しする、 そんなに円滑に政権交代できてたんかな、という疑問なの。 連合体の組織が邪馬台国、というのは倭人伝の記述から賛成できないなぁ。
735 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:40:00 ID:fcpFoILgO] >>561 逆に言うと、今まで規制されてなくても幸せに暮らして来たって事になるが。
736 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:40:18 ID:k/Z38q9o0] 大和朝廷が邪馬台国の系統なら、遣魏使の記録とか金印とか残ってるはずだ。 それがないし、むしろ正史に蝦夷と戦いヤマトの有力者を倒して大和地方を 奪ったことになってる(東征)。 東征の年代は卑弥呼後で、卑弥呼は滅ぼされた蝦夷だろ。 だから魏からの金印も銀印も大和朝廷は持っていないし、正史に遣魏使の話もない。
737 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:40:19 ID:IkU6T2/i0] 明治政府が壬申の乱で敗北した大友皇子を天皇に昇格させている これは徳川光圀が編纂した歴史書・大日本史にて、大友皇子が天皇になったのであろうとの説が唱えられているからだ。 ただ、それでは天皇に反旗をひるがえした反乱軍によって、天皇が自殺にまで追いやられた事になる。 だから反乱に勝利した天智天皇が、大友が即位した事実を隠蔽したのであろうとの事だ。 明治政府がこれを支持して、大友皇子に天皇として記載しているけどさ。 実際のとこ、学者の間では裏づけとなる記録がないと、これには批判的なんだ。 ま、私の私論では、やはり皇子は即位したと考えるのが普通だと思う。 だってさ、皇子が即位していないのなら、天皇がなくなってから天智の簒奪が行なわれるまで ずっと皇位が空席ってことになる。 これまでの天皇の歴史を見れば、それはありえないことだろ
738 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:40:23 ID:Oj4GjAW7O] >>726 少なくとも円墳部分の径は一致してるとみていい。
739 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/02(火) 00:40:34 ID:4QSJkGYU0] 畿内だとして熊襲はどこになるんだろうな。
740 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/02(火) 00:41:12 ID:Lynjfv4kO] 卑弥呼ー→台与=天照大神ー→豊鍬入姫命 オギヤハギー∬ー→おれ