自分と詩との関係
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著者名:高村光太郎 

 私は何を措(お)いても彫刻家である。彫刻は私の血の中にある。私の彫刻がたとい善くても悪くても、私の宿命的な彫刻家である事には変りがない。
 ところでその彫刻家が詩を書く。それにどういう意味があるか。以前よく、先輩は私に詩を書くのは止せといった。そういう余技にとられる時間と精力とがあるなら、それだけ彫刻にいそしんで、早く彫刻の第一流になれという風に忠告してくれた。それにも拘(かかわ)らず、私は詩を書く事を止めずに居る。
 なぜかといえば、私は自分の彫刻を護るために詩を書いているのだからである。自分の彫刻を純粋であらしめるため、彫刻に他の分子の夾雑(きょうざつ)して来るのを防ぐため、彫刻を文学から独立せしめるために、詩を書くのである。私には多分に彫刻の範囲を逸した表現上の欲望が内在していて、これを如何とも為がたい。その欲望を殺すわけにはゆかない性来を有(も)っていて、そのために学生時代から随分悩まされた。若し私が此の胸中の氤□(いんうん)を言葉によって吐き出す事をしなかったら、私の彫刻が此の表現をひきうけねばならない。勢い、私の彫刻は多分に文学的になり、何かを物語らなければならなくなる。これは彫刻を病ましめる事である。私は既に学生時代にそういう彫刻をいろいろ作った。たとえば、サーカスの子供の悲劇を主題として群像を作った事がある。これは早朝に浅草の花屋敷へ虎の写生に通っていた頃、或るサーカス団の猛訓練を目撃して、その子供達に対する正義の念から構図を作ったのである。泣いている少女とそれを庇(かば)っている少年との群像であった。又たとえば、着物が吊されてある大きな浮彫を作った事がある。その着物に籠(こも)る妖(あや)しい鬼気といったようなものを取扱ったのであるが、これも多分に鏡花式の文学分子を含んでいた。又美術学校の卒業製作には、還俗(げんぞく)せんとする僧侶を作った。今思うと随分滑稽(こっけい)な主題と構想とであって、経巻を破棄して立ち上り、甚だ俄芝居(にわかしばい)じみた姿態が与えられてあった。こういう風に私はどうしても彫刻で何かを語らずには居られなかったのである。この愚劣な彫刻の病気に気づいた私は、その頃ついに短歌を書く事によって自分の彫刻を護ろうと思うに至った。その延長が今日の私の詩である。それ故、私の短歌も詩も、叙景や、客観描写のものは甚だ少く、多くは直接法の主観的言志の形をとっている。客観描写の欲望は彫刻の製作によって満たされているのである。こういうわけで私の詩は自分では自分にとっての一つの安全弁であると思っている。これが無ければ私の胸中の氤□は爆発に到るに違いないのであり、従って、自分の彫刻がどのように毒されるか分らないからである。余技などというものではない。
 ところで彫刻とは一つの世界観であって、この世を彫刻的に把握するところから彫刻は始まるのである。私の赴くところ随所皆彫刻である。私の詩が本来彫刻的である事は已(や)むを得ない結果である。彫刻の性質が詩を支配するのである。私が彫刻家でありながら彫刻の詩が少いのを怪んだ人が曾(かつ)てあったが、これは極めて表面的な鑑識であって、直接彫刻を主題として書いた詩ばかりが彫刻に因縁を持つのではない。詩の形成に於ける心理的、生理的の要素にそれが含まれているのである。だから多くの詩人の詩の形成の為方(しかた)と、私自身の詩の形成の為方とには何かしら喰いちがったものがあるように思われる。それは是非もない。
 詩の世界は宏大(こうだい)であって、あらゆる分野を抱摂する。詩はどんな矛盾をも容れ、どんな相剋(そうこく)をも包む。生きている人間の胸中から真に迸(ほとばし)り出る言葉が詩になり得ない事はない。記紀の歌謡の成り立ちがそれを示す。しかし言葉に感覚を持ち得ないものはそれを表現出来ず、表現しても自己内心の真の詩とは別種の詩でないものが出来てしまうという事はある。それ故、詩はともかく言葉に或る生得の感じを持っている者によって形を与えられるのであって、それが言葉に或る生得の感じを持っていない者の胸中へまでも入り込むのである。ああそうだと人々が思うのである。それが詩の発足で、それから詩は無限に分化進展する。私自身のこの一種の詩の分野も、詩の世界は必ず之を抱摂して詩そのものの腐葉土とするに違いないと信じている。
 私の彫刻がほんとに物になるのは六十歳を越えてからの事であろう。私の詩が安全弁的役割から蝉脱(せんだつ)して独立の生命を持つに至るかどうか、それは恐らくもっと後になってみなければ分らない事であろう。




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