大正風俗考
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著者名:岸田国士 

 和洋折衷といふやうなことがどこまでうまく行くか、わたしは知らないが、わが国の新しい生活様式が、どうせさういふ処へ落ちつくのだらうと思つてゐる。
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 風俗の国際化は、たしかに二十世紀の著しい現象である。日本にゐると、日本人だけが西洋人の真似をしてゐるやうに思はれるが、西洋へ行つてみると、そこでは、婦人の服装や、室内の装飾にまで東洋趣味が取り入れられ、甚だしきは、東洋の生活に憧れるあまり、椅子を廃して米の飯を食つてゐる男さへある。
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 同じ欧羅巴でも、例へば、仏蘭西と英吉利とでは可なり風俗の違ひがある。それが近頃ではだんだん目立たなくなつて来た。
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 日本では、例へば西洋料理の食ひ方はかうと、いつの間にか英国流の作法が標準のやうになり、フオオクは左手で持つものときまつたらしいが、これなども、うつかり仏蘭西式にフオオクを右手に持ちかへると、日本のハイカラな紳士淑女からは、却つて笑はれるかもしれない。
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 さうかと思ふと、日本には英語だか仏語だかわからない外来語が平気で使はれてゐる。シユウクリイムの如きはその一つ。これは察するところ、仏語のシユウ・ア・ラ・クレエムの転訛であらう。誰かが英国に渡り、シユウクリイムを呉れと云つたら、靴墨を持つて来たといふ話がある。その他、マイヨナスソオス、オランジエド、クレエムレエト、等々何れも似て非なる外国語である。
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 巴里駐在の我が外交官が、パリジエンヌ(Parisienne)をパリジヤンヌと発音する時代である。
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 最近日本に来たある西洋人が、貴族院の開院式か何かを見て、「日本の政治家たちのうちに、袴をはいて絹帽(シルクハツト)をかぶり、そして人力車に乗つてゐるのがあつた。あれは、あんまりひどい。見てゐて吹き出したくなつた」といふから、僕は、「そんな筈はない」と云ふと、「いや、たしかにあつた」と云つて承知しない。
 茲に於て僕は慨歎之を久うしたが、いくらそれが「あり得べからざることだ」と云つても、相手を承服させることが不可能な、様々の今日の事情を如何ともすることができなかつた。
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 話は違ふが、近頃また「西洋嫌ひ」を看板に、世間のオツチヨコチヨイを手なづけようとしてゐる慷慨家をぼつぼつ見かけるが、これは慥かに時勢に投じたやり口である。
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 西洋からでも帰つて来て、「いや西洋はつまらんです。なつちやをらんです。やつぱり日本に限りますな。日本人は大したもんです。外国の土を踏んで、初めて日本の有難さがわかりました」――なんと、景気のいい挨拶ではないか。
 いづくんぞ知らん、この男、西洋に行つて神経衰弱になつた男ならんとは。
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 自分でダンスをやらない人間は、その理由次第では、頼もしい人間に違ひない。
 しかし、人がダンスをやるからと云つて、それをかれこれ云ふ人間は、どんな理由があるにもせよ、頼もしからざる人間だ。
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 サイノロジストは概して進歩主義者である。
 人前を憚つて細君に冷やかな態度を示す男は、自動車に轢かれて「失敬、失敬」と叫ぶ男ほど滑稽である。
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 婦人の貞操観念は必ずしも変化したとはいへない。変化したのは、ただ、常に貞操と関係のある髪の形だけだ。(一九二五、五)




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