芸道地に堕つ
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著者名:坂口安吾 

 近頃は劇も映画も一夜づくりの安物ばかりで、さながら文化は夜の街の暗さと共に明治時代へ逆戻りだ。蚊取線香は蚊が落ちぬ。きかない売薬。火のつかぬマッチ。然(しか)し、之(これ)は商人のやること。芸は違う。芸人にはカタギがあって、権門富貴も屈する能(あた)わず、芸道一途(いちず)の良心に生きるが故(ゆえ)に、芸をも自らをも高くした。芸は蚊取線香と違う。
 けれども昨今の日本文化は全く蚊の落ちない蚊取線香だ。どんなヤクザな仕事でも請(うけ)る。二昔前の書生劇でも大入り満員だというので、劇も映画も明治の壮士芝居である。職人芸人の良心などは糞喰(くそくら)え、影もとどめぬ。文化の破局、地獄である。
 かくては日本は、戦争に勝っても文化的には敗北せざるを得ないだろう。即ち、戦争の終ると共に欧米文化は日本に汎濫(はんらん)し日本文化は忽(たちま)ち場末へ追いやられる。芸人にカタギがなくては浮かぶ瀬がない。芸の魂は代用品では間に合わぬ。




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