おおかみと七ひきのこどもやぎ
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著者名:グリムヤーコプ・ルードヴィッヒ・カール URL:../../index_pages/person1092

         一

 むかし、あるところに、おかあさんのやぎがいました。このおかあさんやぎには、かわいいこどもやぎが七ひきあって、それをかわいがることは、人間のおかあさんが、そのこどもをかわいがるのと、すこしもちがったところはありませんでした。
 ある日、おかあさんやぎは、こどもたちのたべものをとりに森まで出かけて行くので、七ひきのこどもやぎをよんで、こういいきかせました。
「おまえたちにいっておくがね、かあさんが森へ行ってくるあいだ、気をつけてよくおるすばんしてね、けっしておおかみをうちへ入れてはならないよ。あいつは、おまえたちのこらず、まるのまんま、それこそ皮も毛もあまさずたべてしまうのだよ。あのわるものは、わからせまいとして、ときどき、すがたをかえてやってくるけれど、なあに、声はしゃがれて、があがあごえだし、足はまっ黒だし、すぐと見わけはつくのだからね。」
 すると、こどもやぎは、声をそろえて、
「かあさん、だいじょうぶ、あたいたち、よく気をつけて、おるすばんしますから、心配しないで行っておいでなさい。」と、いいました。
 そこで、おかあさんやぎは、メエ、メエといって、安心して出かけて行きました。

         二

 やがて、まもなく、たれか、おもての戸をとんとんたたくものがありました。そうして、
「さあ、こどもたち、あけておくれ、おかあさんだよ。めいめいに、いいおみやげをもって来たのだよ。」と、よびました。
 でも、こどもやぎは、それがしゃがれた、があがあ声なので、すぐおおかみだということがわかりました。そこで、
「あけてやらない。おかあさんじゃないから。おかあさんは、きれいな、いい声してるけれど、おまえはしゃがれっ声(ごえ)のがあがあ声だもの。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。
 そこで、おおかみは、荒物屋(あらものや)の店へ出かけて、大きな白(はく)ぼくを一本買って来て、それをたべて、声をよくしました。それからまたもどってきて、戸をたたいて、大きな声で、
「さあ、こどもたち、あけておくれ。おかあさんだよ、みんなにいいものをもって来たのだよ。」と、どなりました。
 でも、おおかみはまっ黒な前足を、窓のところにかけていたので、こやぎたちはそれをみつけて、
「あけてはやらない。うちのおかあさんは、おまえのようなまっ黒な足をしていない。おまえはおおかみだい。」と、さけびました。
 そこで、おおかみは、パン屋の店へ出かけて、
「けつまづいて足をいためたから、ねり粉をなすっておくれ。」と、いいました。
 で、パン屋が、おおかみの前足にねったこなをなすってやりますと、こんどは、粉屋(こなや)へかけつけて行って、
「おい、前足に白いこなをふりかけてくれ。」と、いいました。
「おおかみのやつ、まただれかだますつもりだな。」
 そう粉屋はおもって、ぐずぐずしていました。
 するとおおかみは、
「すぐしないと、くっちまうぞ。」と、どなりました。
 そこで、粉屋はこわくなって、おおかみの前足を白くしてやりました。まあ、こういうところが、人間のだめなところですね。
 さて、わるものは、三どめに、やぎのおうちの戸口に立って、とんとん、戸をたたいて、こういいました。
「さあこどもたちや、あけておくれ、おかあさんがかえって来たのだよ、おまえたちめいめいに、森でいいものをみつけて来たのだよ。」
 子やぎたちは、声をそろえて、
「さきに足をおみせ、うちのおかあさんだかどうだか、みてやるから。」
 そういわれて、おおかみは、前足を窓にのせました。こどもやぎがそれを見ますと、白かったので、おおかみのいうことを、すっかりほんとうにして、戸をあけました。
 ところで、はいって来たのはたれでしたろう、おおかみだったではありませんか。
 みんな、わあっとおどろいて、ふるえあがって、てんでんにかくれ場所をさがして、かくれようとしました。ひとりは、つくえの下にとびこみました。次は寝床(ねどこ)にはいこみました。三ばんめは、炉(ろ)の中にかくれました。四ばんめは、台所(だいどころ)へにげました。五ばんめは、棚(たな)にあがりました。六ばんめは、洗面(せんめん)だらいの下にもぐりました。七ばんめは、柱時計の箱のなかにかくれました。
 ところが、おおかみは、そばからみつけだして、ぞうさなく、ひとりひとり、かたはしからつかまえて、ただひと口に、あんぐりやってしまいました。ただ、大時計の箱のなかにかくれた、いちばん小さな子だけは、みつからずにすみました。さて、たらふくたべたいだけたべて、おなかがくちくなると、おおかみはおもてへにげ出して、木のかげになって、青あおとしているしばの上に、ながながとねそべって、ぐうぐういびきをかきだしました。

         三

 それから間もなく、おかあさんやぎは、森からかえって来ました。ところで、まあ、おかあさんやぎは、そのときなにを見たでしょう。おもての戸は、いっぱいにあけひろげてありました。テーブルも、いすも、腰かけも、ほうりだされていました。洗面(せんめん)だらいは、こなごなにこわれていました。夜着(よぎ)もまくらも、寝台(しんだい)からころげおちていました。
 おかあさんやぎは、こどもたちをさがしましたが、ひとりもみつかりません。ひとりひとり、名前をよんでも、たれも返事(へんじ)をするものがありません。おしまいに、いちばん下の子の名前まで来て、はじめて、ほそい声で、
「かあさん、あたい、時計のお箱にかくれているよ。」というのが、きこえました。
 おかあさんやぎは、この子をひっぱりだしてやりました。そこで、この子の口から、はじめておおかみが来て、ほかのこどもたちみんなたべてしまったことが、わかりました。そのとき、おかあさんやぎは、かわいそうな子やぎたちのことを、どんなに泣いてかなしんだか、みなさん、さっしてみてください。
 やっとのことで、おかあさんやぎは、泣くことをやめて、末(すえ)っ子やぎといっしょに、そとへ出ました。原っぱまでくると、おおかみは、やはり木のかげにながながとねそべって、それこそ木の枝も葉も、ぶるぶるふるい動くほどの高いびきを立てていました。
 ところで、おかあさんやぎが、おおかみのようすを遠くからよく見ますと、そのふくれかえったおなかの中で、なにかもそもそ動いているのがわかりました。
「まあ、ありがたい、おおかみのやつ、うちのこどもたちを、お夕飯(ゆうはん)にして、うのみにのみこんだままだから、みんなきっとまだ生きているのだよ。」
 こうおもって、おかあさんやぎは、さっそく、うちへかけこんで行って、はさみと針と糸をとって来ました。それから、おかあさんやぎは、このばけもののどてっ腹を、ちょきんとはさみで、ひとはさみはさみました。するともうそこに、一ぴきのこどもやぎが、ぴょこんとあたまを出しました。おかあさんはよろこんで、またじょきじょきはさんで行きますと、ひとり出(で)、ふたり出して、とうとう六ぴきのこどもやぎのこらずが、とびだしました。みんなぶじで、たれひとり、けがひとつしたものもありません。なにしろ、この大ばけものは、むやみとがつがつしていて、ただもう、ぐっく、ぐっく、そのまま、のどのおくへほうりこんでしまっていたからです。
 まあうれしいこと。こどもたちは、おかあさんやぎにしっかりだきつきました。それから、およめさんをもらう式の日の、仕立屋のように、ぴょんぴょんはねまわりました。
 でも、おかあさんやぎは、こどもたちをとめて、
「さあ、そこらで、みんな行って、ごろた石をひろっておいで、この罰(ばち)あたりなけだものが寝(ね)ているうちに、おなかにつめてやるのだから。」といいました。
 そこで、こどもたちは、われがちにかけだして行って、えんやら、えんやら、ごろた石をあつめて、ひきずって来ました。そうして、それを、おおかみのおなかに、つまるだけつめこみました。すると、おかあさんやぎが、あとから、ちょっちょっと、手ばしこく、もとのようにぬいつけてしまいました。それがいかにも早かったので、おおかみがまるで気がつかないし、ごそりともしないまにすんでしまいました。
 おおかみは、やっとのこと、寝(ね)たいだけ寝て、立ちあがりました。なにしろ、胃袋(いぶくろ)のなかは石がいっぱいで、のどがからからにかわいてたまらないので、ふき井戸のところへ行って、水をのもうとしました。ところが、からだを動かしかけますと、おなかの中で、ごろた石がぶつかりあって、がらがら、ごろごろ、いいました。

がらがら、ごろごろ、なにがなる
そりゃどこでなる、腹(はら)でなる。
六ぴきこやぎのなくこえか、
こりゃ、そうじゃない、ごろた石、

 おおかみは、こううたいました。
 さて、やっとこすっとこ、ふき井戸の所まで来て、水の上にかがもうとすると、おなかの石のおもみに引かれて、おおかみは、のめりました。そうして、いやおうなしに、泣き泣きおおかみは、水の中におちこみました。
 遠くで見ていた七ひきのこどもやぎは、みんなかけよって来て、
「おおかみ死んだよ。おおかみ死んだよ。」とさけびながら、おかあさんやぎと手をつなぎながら、おおよろこびで、井戸のまわりをおどりまわりました。




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