美しい村
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著者名:堀辰雄 

天の□気(こうき)の薄明(うすあかり)に優(やさ)しく会釈(えしゃく)をしようとして、
命の脈が又(また)新しく活溌(かっぱつ)に打っている。
こら。下界。お前はゆうべも職を曠(むなしゅ)うしなかった。
そしてけさ疲(つかれ)が直って、己(おれ)の足の下で息をしている。
もう快楽を以(もっ)て己を取り巻きはじめる。
断(た)えず最高の存在へと志ざして、
力強い決心を働かせているなあ。

                  ファウスト第二部


[#改丁]



   序曲

六月十日 K…村にて 御無沙汰(ごぶさた)をいたしました。今月の初めから僕(ぼく)は当地に滞在(たいざい)しております。前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、やっと今度、その宿望がかなった訣(わけ)です。まだ誰(だれ)も来ていないので、淋(さび)しいことはそりあ淋しいけれど、毎日、気持のよい朝夕を送っています。
 しかし淋しいとは言っても、三年前でしたか、僕が病気をして十月ごろまでずっと一人で滞在していたことがありましたね、あの時のような山の中の秋ぐちの淋しさとはまるで違(ちが)うように思えます。あのときは籐(とう)のステッキにすがるようにして、宿屋の裏の山径(やまみち)などへ散歩に行くと、一日毎(ごと)に、そこいらを埋(うず)めている落葉の量が増える一方で、それらの落葉の間からはときどき無気味な色をした茸(きのこ)がちらりと覗(のぞ)いていたり、或(あるい)はその上を赤腹(あのなんだか人を莫迦(ばか)にしたような小鳥です)なんぞがいかにも横着そうに飛びまわっているきりで、ほとんど人気(ひとけ)は無いのですが、それでいて何だかそこら中に、人々の立去った跡(あと)にいつまでも漂(ただよ)っている一種のにおいのようなもの、――ことにその年の夏が一きわ花やかで美しかっただけ、それだけその季節の過ぎてからの何とも言えぬ佗(わ)びしさのようなものが、いわば凋落(ちょうらく)の感じのようなものが、僕自身が病後だったせいか、一層ひしひしと感じられてならなかったのですが、(――もっとも西洋人はまだかなり残っていたようです。ごく稀(まれ)にそんな山径で行き逢(あ)いますと、なんだか病(や)み上がりの僕の方を胡散(うさん)くさそうに見て通り過ぎましたが、それは僕に人なつかしい思いをさせるよりも、かえってへんな佗びしさをつのらせました……)――そんな侘びしさがこの六月の高原にはまるで無いことが何よりも僕は好きです。どんな人気のない山径を歩いていても、一草一木ことごとく生き生きとして、もうすっかり夏の用意ができ、その季節の来るのを待っているばかりだと言った感じがみなぎっています。山鶯(やまうぐいす)だの、閑古鳥(かんこどり)だのの元気よく囀(さえず)ることといったら! すこし僕は考えごとがあるんだから黙(だま)っていてくれないかなあ、と癇癪(かんしゃく)を起したくなる位です。
 西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概(たいがい)閉(とざ)されています。その閉されているのをいいことにして、それにすこし山の上の方だと誰ひとりそこいらを通りすぎるものもないので、僕は気に入った恰好(かっこう)の別荘があるのを見つけると、構わずその庭園の中へはいって行って、そこのヴェランダに腰(こし)を下ろし、煙草(たばこ)などをふかしながら、ぼんやり二三時間考えごとをしたりします。たとえば、木の皮葺(かわぶ)きのバンガロオ、雑草の生(お)い茂(しげ)った庭、藤棚(ふじだな)(その花がいま丁度見事に咲(さ)いています)のあるヴェランダ、そこから一帯に見下ろせる樅(もみ)や落葉松(からまつ)の林、その林の向うに見えるアルプスの山々、そういったものを背景にして、一篇(ぺん)の小説を構想したりなんかしているんです。なかなか好い気持です。ただ、すこしぼんやりしていると、まだ生れたての小さな蚋(ぶよ)が僕の足を襲(おそ)ったり、毛虫が僕の帽子(ぼうし)に落ちて来たりするので閉口です。しかし、そういうものも僕には自然の僕に対する敵意のようなものとしては考えられません。むしろ自然が僕に対してうるさいほどの好意を持っているような気さえします。僕の足もとになど、よく小さな葉っぱが海苔巻(のりまき)のように巻かれたまま落ちていますが、そのなかには芋虫(いもむし)の幼虫が包まれているんだと思うと、ちょっとぞっとします。けれども、こんな海苔巻のようなものが夏になると、あの透明(とうめい)な翅(はね)をした蛾(が)になるのかと想像すると、なんだか可愛(かわい)らしい気もしないことはありません。
 どこへ行っても野薔薇(のばら)がまだ小さな硬(かた)い白い蕾(つぼみ)をつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。これがこれから咲き乱れて、いいにおいをさせて、それからそれが散るころ、やっと避暑客(ひしょきゃく)たちが入り込(こ)んでくることでしょう。こういう夏場だけ人の集まってくる高原の、その季節に先立って花をさかせ、そしてその美しい花を誰にも見られずに散って行ってしまうさまざまな花(たとえばこれから咲こうとする野薔薇もそうだし、どこへ行っても今を盛(さか)りに咲いている躑躅(つつじ)もそうですが)――そういう人馴(ひとな)れない、いかにも野生の花らしい花を、これから僕ひとりきりで思う存分に愛玩(あいがん)しようという気持は(何故(なぜ)なら村の人々はいま夏場の用意に忙(いそが)しくて、そんな花なぞを見てはいられませんから)何ともいえずに爽(さわ)やかで幸福です。どうぞ、都会にいたたまれないでこんな田舎暮(いなかぐ)らしをするようなことになっている僕を不幸だとばかりお考えなさらないで下さい。
 あなた方は何時頃(いつごろ)こちらへいらっしゃいますか? 僕はほとんど毎日のようにあなたの別荘の前を通ります。通りすがりにちょっとお庭へはいってあちらこちらを歩きまわることもあります。昔(むかし)はあんなに草深かったのに、すっかり見ちがえる位、綺麗(きれい)な芝生(しばふ)になってしまいましたね。それに白い柵(さく)などをおつくりになったりして。……何んだかあなたの別荘のお庭へはいっても、まるで他(ほか)の別荘の庭へはいっているような気がします。人に見つけられはしないかと、心臓がどきどきして来てなりません。どうしてこんな風にお変えになってしまったのか、本当におうらめしく思います。ただ、あなたと其処(そこ)でよくお話したことのあるヴェランダだけは、そっくり昔のままですけれど……
 ああ、また、僕はなんだか悲しそうな様子をしてしまった。しかし、僕は本当はそんなに悲しくはないんですよ。だって僕は、あなた方さえ知らないような生の愉悦(ゆえつ)を、こんな山の中で人知れず味(あじわ)っているんですもの。でも一体、何時ごろあなた方はこちらへいらっしゃるのかしら? あなた方とはじめて知り合いになったこの土地で、あなた方ともう見知らない人同志のように顔を合せたりするのは、大へんつらいから、僕はあなた方のいらっしゃる前に、この村を出発しようかと思います。どうぞその日の来るまで僕にも此処(ここ)にいることを、そしてときどき誰も見ていないとき、あなたの別荘のお庭をぶらつくことをお許し下さい。
 またしても、何と悲しそうな様子をするんだ! もう、止(よ)します。しかし、もうすこし書かせて下さい。でも、何を書いたものかしら? 僕のいま起居しているのはこの宿屋の奥(おく)の離(はな)れです。御存知(ごぞんじ)でしょう? あそこを一人で占領(せんりょう)しています。縁側(えんがわ)から見上げると、丁度、母屋(おもや)の藤棚が真向うに見えます。さっきもいったように、その花がいま咲き切っているんです。が、もう盛りもすぎたと見え、今日あたりは、風もないのにぽたぽたと散りこぼれています。その花に群がる蜜蜂(みつばち)といったら大したものです。ぶんぶんぶんぶん唸(うな)っています。この手紙を書きながら、ちょっと筆を休めて、何を書こうかなと思って、その藤の花を見上げながらぼんやりしていると、なんだか自分の頭の中の混乱と、その蜜蜂のうなりとが、ごっちゃになって、そのぶんぶんいっているのが自分の頭の中ではないかしら、とそんな気がしてくる位です。僕の机の上には、マダム・ド・ラファイエットの「クレエヴ公爵(こうしゃく)夫人」が読みかけのまんま頁(ページ)をひらいています。はじめてこのフランスの古い小説をしみじみ読んでいますが、そのお蔭(かげ)でだいぶ僕も今日このごろの自分の妙(みょう)に切迫(せっぱく)した気持から救われているような気がしています。この小説についてはあなたに一番その読後感をお書きしたいし、また黙ってもいたい。二三年前、あなたに無理矢理にお読ませした、ラジイゲの「舞踏会(ぶとうかい)」は、この小説をお手本にしたと言われている位ですから、まあ、あれに大へん似ています。しかし「舞踏会」のときは、まだあんなにこだわらずに、その本をお貸しが出来たけれど、そしてそれをお読みになってもあなたは何もおっしゃらなかったし、僕もそれについては何もお訊(き)きしなかったが、それでも或(あ)る気持はお互(たが)いに通じ合っていたようでしたけれど、いま僕は、あの時のようにこだわらずに、この小説の読後感をあなたにお書きできるかしら?
 第一、この手紙にしたって、筆をとりながら、果してあなたに出せるものやら、出せそうもないものやら、心の中では躊躇(ためら)っているのです。恐(おそ)らく出さずにしまうかも知れません。……こんなことを考え出したら、もうこの手紙を書き続ける気がしなくなりました。もう筆を置きます。出すか出さないか分りませんけれど、ともかくも左様(さよう)なら。


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   美しい村

     或は 小遁走曲(フウグ)

 或る小高い丘(おか)の頂きにあるお天狗(てんぐ)様のところまで登ってみようと思って、私は、去年の落葉ですっかり地肌(じはだ)の見えないほど埋まっているやや急な山径(やまみち)をガサガサと音させながら上って行ったが、だんだんその落葉の量が増して行って、私の靴(くつ)がその中に気味悪いくらい深く入るようになり、腐(くさ)った葉の湿(しめ)り気(け)がその靴のなかまで滲(し)み込んで来そうに思えたので、私はよっぽどそのまま引っ返そうかと思った時分になって、雑木林(ぞうきばやし)の中からその見棄(みす)てられた家が不意に私の目の前に立ち現れたのであった。そうしてその窓がすっかり釘(くぎ)づけになっていて、その庭なんぞもすっかり荒(あ)れ果て、いまにも壊(こわ)れそうな木戸が半ば開かれたままになっているのを認めると、私は子供らしい好奇心(こうきしん)で一ぱいになりながらその庭の中へずかずかと這入(はい)って行った。
 そうして一めんに生い茂った雑草を踏(ふ)み分けて行くうちに、この家のこうした光景は、数年前、最後にこれを見た時とそれが少しも変っていないような気がした。が、それが私の奇妙な錯覚(さっかく)であることを、やがて私のうちに蘇(よみがえ)って来たその頃の記憶(きおく)が明瞭(めいりょう)にさせた。今はこんなにも雑草が生い茂って殆(ほと)んど周囲の雑木林と区別がつかない位にまでなってしまっているこの庭も、その頃は、もっと庭らしく小綺麗になっていたことを、漸(ようや)く私は思い出したのである。そうしてつい今しがたの私の奇妙な錯覚は、その時から既(すで)に経過してしまった数年の間、若(も)しそれがそのままに打棄(うっちゃ)られてあったならば、恐らくはこんな具合(ぐあい)にもなっているであろうに……という私の感じの方が、その当時の記憶が私に蘇るよりも先きに、私に到着したからにちがいなかった。しかし、私のそういう性急(せっかち)な印象が必ずしも贋(にせ)ではなかったことを、まるでそれ自身裏書きでもするかのように、私のまわりには、この庭を一面に掩(おお)うて草木が生い茂るがままに生い茂っているのであった。
 そこのヴェランダにはじめて立った私は、錯雑した樅(もみ)の枝を透して、すぐ自分の眼下に、高原全帯が大きな円を描(えが)きながら、そしてここかしこに赤い屋根だの草屋根だのを散らばらせながら、横(よこた)わっているのを見下ろすことが出来た。そうしてその高原の尽(つ)きるあたりから、又(また)、他のいくつもの丘が私に直面しながら緩(ゆる)やかに起伏(きふく)していた。それらの丘のさらに向うには、遠くの中央アルプスらしい山脈が青空に幽(かす)かに爪(つめ)でつけたような線を引いていた。そしてそれが私のきざきざな地平線をなしているのだった。
 夏毎(ごと)にこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望(ちょうぼう)を楽しむために、私は屡(しばしば)、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、その度(たび)毎に、この最後の家の前を通り過ぎながら、そこに毎夏のようにいつも同じ二人の老嬢(ろうじょう)が住まっているのを何んとなく気づかわしげに見やっては、その二人暮らしに私はひそかに心をそそられたものだった。――だが、あれはひょっとすると私自身の悲しみを通してばかり見ていたせいかも知れないぞ?(と私は考えるのだった。)何故って、私がこの丘へ登りに来た時は、いつも私に何か悲しいことがあって、それを肉体の疲労(ひろう)と取り換(か)えたいためだったからな。真白(まっしろ)な名札(なふだ)が立って、それには MISS のついた苗字(みょうじ)が二つ書いてあったっけ。……そう、その一方が確か MISS SEYMORE という名前だったのを私は今でも覚えている。が、もう一方のは忘れた。そうしてその老嬢たちそのものも、その一方だけは、あの銀色の毛髪(もうはつ)をして、何となく子供子供した顔をしていた方だけは、今でも私の眼にはっきりと浮(うか)んでくるけれど、もう一方のはどうしても思い出せない。昔から自分の気に入った型(タイプ)の人物にしか関心しようとしない自分の習癖(しゅうへき)が、(この頃ではどうもそれが自分の作家としての大きな才能の欠陥(けっかん)のように思われてならないのだけれど、)この老嬢たちにも知(し)らず識(し)らずの裡(うち)に働いていたものと見える。
 ……この数年間というもの、この高原、この私の少年時の幸福な思い出と言えばその殆んど全部が此処(ここ)に結びつけられているような高原から、私を引き離していた私の孤独(こどく)な病院生活、その間に起ったさまざまな出来事、忘れがたい人々との心にもない別離(べつり)、その間の私の完全な無為(むい)。……そして、その長い間放擲(ほうてき)していた私の仕事を再び取り上げるために、一人きりにはなりたいし、そうかと言ってあんまり知らない田舎(いなか)へなぞ行ったら淋しくてしようがあるまいからと言った、例の私の不決断な性分(しょうぶん)から、この土地ならそのすべてのものが私にさまざまな思い出を語ってくれるだろうし、そして今時分ならまだ誰にも知った人には会わないだろうしと思って、こんな季節はずれの六月の月を選んで、この高原へわざわざ私はやって来たのであった。が、数日前にこの土地へ到着してから私の見聞きする、あたかも私のそういう長い不在を具象(ぐしょう)するような、この高原に於(お)けるさまざまな思いがけない変化、それにつけても今更(いまさら)のように蘇って来る、この土地ではじめて知り合いになった或る女友達との最近の悲しい別離。……
 そんな物思いに耽(ふけ)りながら、私はぼんやり煙草(たばこ)を吹かしたまま、ほとんど私の真正面の丘の上に聳(そび)えている、西洋人が「巨人(きょじん)の椅子(いす)」という綽名(あだな)をつけているところの大きな岩、それだけがあらゆる風化作用から逃(のが)れて昔からそっくりそのままに残っているかに見える、どっしりと落着いた岩を、いつまでも見まもっていた。
 私はやがて再び枯葉(かれは)をガサガサと音させながら、山径を村の方へと下りて行った。その山径に沿うて、落葉松(からまつ)などの間にちらほらと見える幾(いく)つかのバンガロオも大概はまだ同じような紅殻板(べにがらいた)を釘づけにされたままだった。ときおり人夫等がその庭の中で草むしりをしていた。彼等(かれら)の中には熊手(くまで)を動かしていた手を休めて私の方を胡散臭(うさんくさ)そうに見送る者もあった。私はそういう気づまりな視線から逃れるために何度も道もないようなところへ踏(ふ)み込んだ。しかしそれは昔私の大好きだった水車場のほとりを目ざして進んでいた私の方向をどうにかこうにか誤らせないでいた。しかし其処(そこ)まで出ることは出られたが、数年前まで其処にごとごとと音立てながら廻(まわ)っていた古い水車はもう跡方(あとかた)もなくなっていた。それよりももっと悲しい気持になって私の見出(みいだ)したのは、その水車場近くの落葉松を背にした一つのヴィラだった。私の屡しば訪(おとず)れたところのそのヴィラは、数年前に最後に私の見た時とはすっかり打って変っていた。以前はただ小さな灌木(かんぼく)の茂みで無雑作(むぞうさ)に縁(ふち)どられていたその庭園は、今は白い柵できちんと区限(くぎ)られていた。私はふと何故(なぜ)だか分らずにその滑(なめ)らかそうな柵をいじくろうとして手をさし伸(の)べたが、それにはちょっと触(ふ)れただけであった。そのとき私の帽子の上になんだか雨滴のようなものがぽたりと落ちて来たから。そこでその宙に浮いた手を私はそのまま帽子の上に持って行った。それは小さな桜(さくら)の実であった。私がひょいと頭を持ち上げた途端に、そこには、丁度私の頭上に枝(えだ)を大きく拡(ひろ)げながら、それがあんまり高いので却(かえ)って私に気づかれずにいた、それだけが私にとっては昔馴染(なじみ)の桜の老樹が見上げられた。
 やがて向うの灌木の中から背の高い若い外国婦人が乳母車(うばぐるま)を押しながら私の方へ近づいて来るのを私は認めた。私はちっともその人に見覚えがないように思った。私がその道ばたの大きな桜の木に身を寄せて道をあけていると、乳母車の中から亜麻色(あまいろ)の毛髪をした女の児(こ)が私の顔を見てにっこりとした。私もつい釣(つ)り込まれて、にっこりとした。が、乳母車を押していたその若い母は私の方へは見向きもしないで、私の前を通り過ぎて行った。それを見送っているうち、ふとその鋭(するど)い横顔から何んだか自分も見たことがあるらしいその女の若い娘(むすめ)だった頃の面影(おもかげ)が透(す)かしのように浮んで来そうになった。
 私はその白い柵のあるヴィラを離れた。私の帽子の上に不意に落ちて来た桜の実が私のうちに形づくり、拡げかけていた悲しい感情の波紋(はもん)を、今しがたの気づまりな出会(であい)がすっかり掻(か)き乱してしまったのを好い機会にして。
 私は村はずれの宿屋に帰って来た。私がその宿屋に滞在(たいざい)する度にいつも私にあてがわれる離れの一室。同じように黒ずんだ壁(かべ)、同じような窓枠(まどわく)、その古い額縁(がくぶち)の中にはいって来る同じような庭、同じような植込み、……ただそれらの植込みに私の知っている花や私の知らない花が簇(むら)がり咲いているのが私には見馴(みな)れなかった。それはそれでまた私を侘(わ)びしがらせた。母屋(おもや)の藤棚(ふじだな)から、風の吹くごとに私のところまでその花の匂(におい)がして来た。その藤棚の下では村の子供たちが輪になって遊んでいた。私はその子供たちの中に昔よく遊んでやったことのある宿屋の子供がいるのを認めた。そのうちに他(ほか)の子供たちは去った。そしてその子供だけがまだ地面に跼(こご)んだまま一人で何かして遊んでいた。私はその子の名前を呼んだ。その子はしかし私の方を振(ふ)り向こうともしなかった。それほど自分の遊びに夢中(むちゅう)になっているように見えた。私がもう一度その名前を呼ぶと、やっとその子はうす汚(よご)れた顔を上げながら私に言った。「太郎ちゃんは何処(どこ)にいるか知らないよ」――私はその時初めてその小さな子供は私の呼んだ男の子の弟であるのに気がついたのだ。しかし何という同じような顔、同じような眼差(まなざし)、同じような声。……暫(しば)らくしてから「次郎! 次郎!」と呼びながら、一人の、ずっと大きな、見知らない男の子が庭へ這入(はい)って来るのを私は見た。ようやく私になついて私の方へ近づいて来そうになったその小さな弟は、それを聞くと急いでその方へ駈(か)けて行ってしまった。私の方では、その大きな見知らないような男の子が昔私と遊んだことのある子供であるのを漸(や)っと認め出していた。しかし、その生意気ざかりの男の子は小さな弟を連れ去りながら、私の方をば振り向こうともしなかった。

     □

 私は毎日のように、そのどんな隅々(すみずみ)までもよく知っている筈(はず)だった村のさまざまな方へ散歩をしに行った。しかし何処へ行っても、何物かが附加(つけくわ)えられ、何物かが欠けているように私には見えた。その癖(くせ)、どの道の上でも、私の見たことのない新しい別荘の蔭(かげ)に、一むれの灌木が、私の忘れていた少年時の一部分のように、私を待ち伏(ぶ)せていた。そうしてそれらの一むれの灌木そっくりにこんがらかったまま、それらの少年時の愉(たの)しい思い出も、悲しい思い出も私に蘇って来るのだった。私はそれらの思い出に、或(あるい)は胸をしめつけられたり、或は胸をふくらませたりしながら歩いていた。私は突然(とつぜん)立ち止まる。自分があんまり村の遠くまで来すぎてしまっているのに気がついて。――そんなみちみち私の出遇(であ)うのは、ごく稀(まれ)には散歩中の西洋人たちもいたが、大概(たいがい)、枯枝を背負(せお)ってくる老人だとか蕨(わらび)とりの帰りらしい籃(かご)を腕(うで)にぶらさげた娘たちばかりだった。それ等のものはしかし、私にとってはその村の風景のなかに完全に雑(まじ)り込んで見えるので、少しも私のそういう思い出を邪魔(じゃま)しなかった。もっとも時たま、或る時は私があんまり子供らしい思い出し笑いをしているのを見て、すれちがいざまいきなり私に声をかけて私を愕(おどろ)かせたり、又或る時は向うから私に微笑(ほほえ)みかけようとして私の悲しげな顔を見てそれを途中で止(や)めてしまうようなこともあるにはあったが……。
 そんな風に思い出に導かれるままに、村をそんな遠くの方まで知らず識(し)らず歩いて来てしまった私は、今更のように自分も健康になったものだなあ、と思った。私はそういう長い散歩によって一層生き生きした呼吸をしている自分自身を見出した。それにこの土地に滞在してからまだ一週間かそこいらにしかならないけれど、この高原の初夏の気候が早くも私の肉体の上にも精神の上にも或る影響(えいきょう)を与(あた)え出していることは否(いな)めなかった。夏はもう何処にでも見つけられるが、それでいてまだ何処という的(あて)もないでいると言ったような自然の中を、こうしてさ迷いながら、あちこちの灌木の枝には注意さえすれば無数の莟(つぼみ)が認められ、それ等はやがて咲(さ)き出すだろうが、しかしそれ等は真夏の季節(シイズン)の来ない前に散ってしまうような種類の花ばかりなので、それ等の咲き揃(そろ)うのを楽しむのは私一人(ひとり)だけであろうと言う想像なんかをしていると、それはこんな淋(さび)しい田舎暮(いなかぐら)しのような高価な犠牲(ぎせい)を払(はら)うだけの値(あたい)は十分にあると言っていいほどな、人知れぬ悦楽(えつらく)のように思われてくるのだった。そうして私はいつしか「田園交響曲(でんえんこうきょうきょく)」の第一楽章が人々に与える快(こころよ)い感動に似たもので心を一ぱいにさせていた。そうして都会にいた頃(ころ)の私はあんまり自分のぼんやりした不幸を誇張(こちょう)し過ぎて考えていたのではないかと疑い出したほどだった。こんなことなら何もあんなにまで苦しまなくともよかったのだと私は思いもした。そうして最近私を苦しめていた恋愛(れんあい)事件をそっくりそのままに書いてみたら、その苦しみそのものにも気に入るだろうし、私にはまだよく解(わか)らずにいる相手の気持もいくらか明瞭(はっきり)しはしないかと思って、却(かえ)ってそういう私自身の不幸をあてにして仕事をしに来た私は、ために困惑(こんわく)したほどであった。私はてんでもうそんなものを取り上げてみようという気持すらなくなってしまったのだ。で、私は仕事の方はそのまま打棄(うっちゃ)らかして、毎日のように散歩ばかりしていた。そうして私は私の散歩区域を日毎(ひごと)に拡げて行った。

 或る日私がそんな散歩から帰って釆ると、庭掃除(にわそうじ)をしていた宿の爺(じい)やに呼び止められた。
「細木さんはいつ頃こちらへお見えになります?」
「さあ、僕(ぼく)、知らないけれど……」
 それは私が何日頃この地を出発するかを聞いたのと同じことであるのに爺やは気づきようがなかったのだ。
「去年お帰りになるとき」と爺やは思い出したように言った。「庭へ羊歯(しだ)を植えて置くようにと言われたんですが、何処へ植えろとおっしゃったんだか、すっかり忘れてしまいましたもんで……」
「羊歯をね」私は鸚鵡(おうむ)がえしに言った。それから私は例の白い柵(さく)に取り囲まれたヴィラを頭に浮べながら、「あの白い柵はいつ出来たの?」と訊(き)いた。
「あれですか……あれは一昨年でした」
「一昨年ね……」
 私はそれっきり黙(だま)っていた。爺やのいじくっている植木の一つへ目をやりながら。それからやっとそれに白い花らしいものの咲いているのに気がつきながら訊いた。
「それは何の花だい?」
「これはシャクナゲです」
「シャクナゲ? ふうん、そう言えば、じいやさん、このへんの野薔薇(のばら)はいつごろ咲くの?」
「今月の末から、まあ、来月の初めにかけてでしょうな」
「そうかい、まだ大ぶあるんだね。――一体、どのへんが多いんだい?」
「さあ……あのレエノルズさんの病院の向うなんか……」
「ああ、じゃ、あそこかな、あの絵葉書にあった奴(やつ)は。……」

 その翌朝は、霧(きり)がひどく巻いていた。私はレエンコートをひっかけて、まだ釘づけにされている教会の前を通り、その裏の橡(とち)の林の中を横切って行った。その林を突き抜けると、道は大きく曲りながら一つの小さな流れに沿うて行った。しかしその朝はその流れは霧のためにちっとも見えなかった。そしてただ、せせらぎの音ばかりが絶えず聞えていた。私はやがて小さな木橋を渡った。それからその土手道(どてみち)は、こんどは今までとは反対の側を、その流れに沿うて行くのであった。さて、その土手道へ差しかかろうとした途端、私はふと立ち止まった。私の行く手に何者かが異様な恰好(かっこう)でうずくまっているのが仄見(ほのみ)えたので。その異様なものは、霧のなかで私自身から円光のように発しているかに見える、私を中心にして描いた円状の薄明(うすあか)りの、丁度その円周の上にうずくまっているのだった。しかし霧は絶えず流れているので、或(あ)る時は一層濃(こ)いのが来てその人影(ひとかげ)をほとんど見えなくさせるが、やがてそれが薄らいで行くにつれてその人影も次第にはっきりしてくる。漸っとそれが蝙蝠傘(こうもりがさ)の下で、或る小さな灌木(かんぼく)の上に気づかわしげに身を跼(こご)めている、西洋人らしいことが私には分かり出した。もっと霧が薄らいだとき、私はその人の見まもっているのが私の見たいと思っていた野薔薇の木らしいことまで分かった。向うでは私のことに気づかないらしかった。そのため、誰(だれ)にも見られていないと信じながら何かに夢中になっている時、ややもすると、あとでそれを思い出そうとしても思い出せないような変にむつかしい姿勢をしていることがあるものだが、私の行く手を塞(ふさ)いでいるその人も恐(おそ)らくそんな時の姿勢をしているのにちがいなかった。……気がついて見ると私のすぐ傍(かたわ)らにもあった野薔薇の木を、それが私の見たいと思っている野薔薇の木のほんのデッサンでしかないように見やりながら、私はそのままじっと佇(たたず)んでいた。――やっとその人影は身を起し、蝙蝠傘をちょっと持ちかえてから歩き出した。そうしてずんずん霧のなかに暈(ぼや)けて行った。
 私も歩き出しながら、やっとその野薔薇の小さな茂(しげ)みの前に達した。そうして今しがたその人のしていたような難(むつか)しい姿勢を真似(まね)ながら、その上に身を跼(こご)めてみた。そうすればその人の心の状態までが見透(みす)かされでもするかのように。その小さな茂みはまだ硬(かた)い小さな莟(つぼみ)を一ぱいにつけながら、何か私に訴(うった)えでもしたいような眼つきで私を見上げた。私は知らず識(し)らずの裡(うち)にそれらの莟を根気よく数えたり、そっと持ち上げてみたりしている自分自身に気がついた。ふとさっきの人のしていた異様な手つきがまざまざと蘇(よみがえ)った。そうしてその小さな茂みがマイ・ミクスチュアらしい香(かお)りを漂(ただよ)わせているのに気がついたのもそれと殆(ほと)んど同時だった。湿(しめ)った空気のために何時(いつ)までもそのこんがらかった枝にからみついて消えずにいるその香りは、まるでその小さな茂みそのものから発せられているかのように思われた。
――私はいつもパイプを口から離(はな)したことのないレエノルズさんのことを思い出した。そして今の人影はその老医師にちがいないと思った。そう言えば、さっきから向うの方に霧のために見えたり隠(かく)れたりしている赤茶けたものは、そのサナトリウムの建物らしかった。
 私は再び霧のなかの道を、神々(こうごう)しいような薄光りに包まれながら、いくら歩いてもちっとも自分の体が進まないようなもどかしさを感じながら、あてもなく歩き続ていた。私の心はさっき霧の中から私を訴えるような眼つきで見上げた野薔薇のことで一杯(いっぱい)になっていた。私はそれらの白い小さな花を私の詩のためにさんざん使って置きながら、今日までその本物をろくすっぽ見もしなかったけれど、今度こそ、私もそれらの花に対して私のありったけの誠実を示すことの出来る機会の来つつあることを心から喜んでいた。そしてそのための私の歓(よろこ)ばしさと言ったら、昔(むかし)の詩人等が野薔薇のために歌った詩句を、口ずさむなんと言うのではなく、それを知っているだけ残らず大きな声で呶鳴(どな)り散らしたいような衝動(しょうどう)にまで、私を駈(か)り立てるのであった。

     □

 私の書こうとしていた小説の主題は、漸(ようや)くその日その日を楽しむことが出来るようになったこんな田舎暮(いなかぐら)しの中では、いよいよ無意味なものに思われて来た。それに、そんなものを書くことは、自分で自分を一層どうしようもない破目(はめ)に陥(おと)し入れるようなものであることにも気がついたのだ。「アドルフ」の例が考えられた。ああいうものにまで私は自分の小さな出来事を引き揚(あ)げたかったのだ。弱気でしかも自我(じが)の強いために自分自身も不幸になり、他人をも不幸にさせたところのアドルフの運命は又(また)、私の運命さながらに思えたからだ。しかし、「アドルフ」の作者ほど、そういう弱々しい性格(恐らくそれは彼自身のであろうけれど)に対するはげしい憎悪(ぞうお)も持っていない、むしろそういう自分自身を甘(あま)やかすことしか出来そうもない私がそんな小説の真似なんかしようものなら、それによって更(さら)にもう一層自分自身をも、又他人をも不幸にするばかりであることが、わかり過ぎるくらい私にはわかって来たのだ。……こういうような考え方は、私の暗い半身にはすこし気に入らないようだったけれども、この頃のこんな田舎暮しのお蔭(かげ)で、そう言った私の暗い半身は、もう一方の私の明るい半身に徐々(じょじょ)に打負かされて行きつつあったのだ。
 そうして今の私がそれならば書いてもみたいと思うものは、たとえどんなに平凡(へいぼん)なものでもいいから、これから私の暮らそうとしているようなこんな季節はずれの田舎の、人っ子ひとりいない、しかし花だらけの額縁(がくぶち)の中へすっぽりと嵌(は)まり込むような、古い絵のような物語であった。私は何とかしてそんな言わば牧歌的なものが書きたかった。私はこれまでも他人の書いたそういう作品を随分(ずいぶん)好きでもあり、そういう出来事に出遇(であ)ったということでその人を羨(うらや)ましくも思って来たが、私自身でそう言うものを書いてみようとも、又、書けそうにも思えなかった。が、それだけ一層、今の私はそういう牧歌的なものを書いてみたいと思い立ったのである。――私はしかし、それを書くためには、いま自分の暮らしつつあるこの村を背景にするよりほかはなく、と言って一月(ひとつき)や二月ぐらいの滞在中にそういう出来事が果して私の身辺に起り得(う)るものかどうか疑わしかった。莫迦莫迦(ばかばか)しいことだが、私は何度も林の中の空地で無駄(むだ)に待ち伏(ぶ)せたものだった。男の子のように美しい田舎の娘がその林の中からひょっこり私の前に飛び出して来はしないかと。……そんな空(むな)しい努力の後、やっと私の頭に浮(うか)んだのは、あのお天狗(てんぐ)様のいる丘(おか)のほとんど頂近くにある、あの見棄(みす)てられた、古いヴィラであった。あのヴィラを背景にして、そこに毎夏を暮らしていた二人の老嬢(ろうじょう)のいかにも心もとなげな存在を自分の空想で補いながら書いて行く――それなら何んだか自分にもちょっと書けそうな気がした。この間その家の荒廃(こうはい)した庭のなかへ這入(はい)り込(こ)んで其処(そこ)から一時間ばかり眺(なが)めていた高原の美しい鳥瞰図(ちょうかんず)だの、一かどのニイチェアンだった学生の時分からうろおぼえに覚えていた zweisam という、いかにもその老嬢たちに似つかわしいドイツ語だのを、ひょっくりと思い浮べながら……。
 或る夕方、私は再びそのヴィラまで枯葉(かれは)に埋(うず)まった山径(やまみち)を上って行った。庭の木戸は私がそうして置いたままに半ば開かれていた。私の捨てた煙草(たばこ)の吸殻(すいがら)がヴェランダの床(ゆか)に汚点(しみ)のように落ちていた。私は日の暮れるまで、其処から林だの、赤い屋根だの、丘だの、それから真正面に聳(そび)えている「巨人(きょじん)の椅子(いす)」だのを、一々暗記してしまうほど熱心に見つめていた。……ときどき、こんな夕暮れ時に、二人のうちの私のよく覚えている方の神々しいような白髪(はくはつ)の老婦人が、このヴェランダの、そう、丁度私の坐(すわ)っているこの場所に腰(こし)を下ろしたまま、彼女(かのじょ)のとうに死んでいる友人と話し合ってでもいると言ったような、空虚(うつろ)な眼(まな)ざしがまざまざと蘇ってくる……と思うと、一瞬間(しゅんかん)それがきらきらと少女の眼ざしのようにかがやく……家の中からは夕餉(ゆうげ)の支度(したく)をしている、もう一方の婦人の立てる皿(さら)の音が聞えて来る……彼女はふと十字を切ろうとするように手を動かしかけるが、それはほんの下描(したが)きで終ってしまう……彼女にだけは一種の言語をもっていそうな気のする「巨人の椅子」……そんな一方の老嬢のさまざまな姿だけは、私が実際にそれらを見て、そして無意識の裡(うち)にそれらを記憶(きおく)していたのではないかと思えるくらい、まざまざと蘇って来るが、――もう一人の老嬢の方は、いつまでも皿の音ばかりさせていて、容易に私の物語の中には登場して来ようとはしない。私はどうしても彼女の俤(おもかげ)を蘇らすことが出来ないのである。……
 そんな或る午後、私のあてもなくさまよっていた眼ざしが、急に注意深くなって、私の丁度足許(あしもと)にある夕日のあたっている赤い屋根の上にとまった。何か黒い小さなものがその屋根の頂きからころころと転がって来ては、庇(ひさし)のところから急に小石のように墜落(ついらく)して行くのだった。しばらく間を置いては又それをやっている。私は何だろうと思って、眼を細くしながら見まもっていた。そうしてそれ等が二羽の小鳥であるのを認めた。それ等が交尾(こうび)をしながら、庇のところまで一緒(いっしょ)に転がって来ては、そこから墜落すると同時に、さあと二叉(ふたまた)に飛びわかれているのだった。同じ小鳥たちなのか、他(ほか)の小鳥たちなのか分らないが、それが何回となく繰(く)り返されている。――これは私の物語の中にとり入れてもいいぞ、と思いながら私はそれを飽(あ)かずに見まもっている。――こんな風にして、自分の見つつあるものが自分の構想しつつある物語の中へそのままエピソオドとして溶(と)け込んで来ながら、自分からともすると逃(に)げて行ってしまいそうになる物語の主題を少しずつ発展させているように見える……。
 アカシアの花が私の物語の中にはいって来たのもそんな風であった。それの咲き出す頃が丁度私の田舎暮しもそのクライマックスに達するのではないかというような予覚のする、例の野薔薇(のばら)の莟(つぼみ)の大きさや数を調べながら、あのサナトリウムの裏の生墻(いけがき)の前は何遍(なんべん)も行ったり来たりしたけれど、その方にばかり気を奪(と)られていた私は、其処から先きの、その生墻に代ってその川べりの道を縁(ふち)どりだしているアカシアの並木(なみき)には、ついぞ注意をしたことがなかった。ところが或る日のこと、サナトリウムの前まで来かかった時、私の行く手の小径(こみち)がひどく何時(いつ)もと変っているように見えた。私はちょっとの間、それから受けた異様な印象に戸惑(とまど)いした。私はそれまでアカシアの花をつけているところを見たことがなかったので、それが私の知らないうちにそんなにも沢山(たくさん)の花を一どに咲かしているからだとは容易に信じられなかったのであった。あのかよわそうな枝(えだ)ぶりや、繊細(せんさい)な楕円形(だえんけい)の軟(やわら)かな葉などからして私の無意識の裡に想像していた花と、それらが似てもつかない花だったからであったかも知れない。そしてそれらの花を見たばかりの時は、誰かが悪戯(いらずら)をして、その枝々に夥(おびただ)しい小さな真っ白な提灯(ちょうちん)のようなものをぶらさげたのではないかと言うような、いかにも唐突(とうとつ)な印象を受けたのだった。やっとそれらがアカシアの花であることを知った私は、その日はその小径をずっと先きの方まで行ってみることにした。アカシアの木立の多くは、どうかするとその花の穂先(ほさき)が私の帽子(ぼうし)とすれすれになる位にまで低くそれらの花をぷんぷん匂(にお)わせながら垂らしていたが、中にはまだその木立が私の背ぐらいしかなくって、それが殆ど折れそうなくらいに撓(しな)いながら自分の花を持ち耐(た)えている傍(そば)などを通り過ぎる時は、私は何んだか切ないような気持にすらなった。アカシアの並木は何処(どこ)まで行っても尽(つ)きないように見えた。私はとうとう或る大きなアカシアを撰(えら)んでその前に立ち止まった。私は何とかしてこれらのアカシアの花が私に与えたさっきの唐突な印象を私自身の言葉に翻訳(ほんやく)して置きたいと思ったのだ。それらの花のまわりには無数の蜜蜂(みつばち)がむらがり、ぶんぶん唸(うな)り声を立てていた。しかしそれらの蜜蜂は空気のなかで何処で唸っているともつかなかったし、それに私はさっきから自分の印象をまとめようとしてそれにばかり夢中(むちゅう)になっていたので、そんな唸り声にふと気づく度毎(たびごと)に、何んだか私自身の頭脳(ずのう)がひどい混乱のあまりそんな具合(ぐあい)に唸り出しているのではないかと言うような気もされた。……

     □

 その村の東北に一つの峠(とうげ)があった。
 その旧道には樅(もみ)や山毛欅(ぶな)などが暗いほど鬱蒼(うっそう)と茂っていた。そうしてそれらの古い幹には藤(ふじ)だの、山葡萄(やまぶどう)だの、通草(あけび)だのの蔓草(つるくさ)が実にややこしい方法で絡(から)まりながら蔓延(まんえん)していた。私が最初そんな蔓草に注意し出したのは、藤の花が思いがけない樅の枝からぶらさがっているのにびっくりして、それからやっとその樅に絡みついている藤づるを認めてからであった。そう言えば、そんなような藤づるの多いことったら! それらの藤づるに絡みつかれている樅の木が前よりも大きくなったので、その執拗(しつよう)な蔓がすっかり木肌(きはだ)にめり込んで、いかにもそれを苦しそうに身もだえさせているのなどを見つめていると、私は無気味になって来てならない位だった。――或る朝、私は例の気まぐれから峠まで登った帰り途(みち)、その峠の上にある小さな部落の子供等(ら)二人と道づれになって降りて来たことがあった。その折のこと、その子供たちはいろいろな木に絡まっている、もっと他の山葡萄だの、通草だのをも私に教えてくれたのだった。子供たちは秋になるとそれ等の実を採りに来るので、それ等のある場所を殆んど暗記していた。それからまた小鳥の巣(す)のある場所を私に教えてくれたりした。彼等は峠で力餅(ちからもち)などを売っている家の子供たちであった。大きい方の子は十一二で、小さい方の子は七つぐらいだった。三人兄弟なのだが、その真ん中の子が村の小学校からまだ帰らぬので峠の下まで迎(むか)えに行くのだと言っていた。
 子供たちは何を見つけたのか急に私を離れて、林のなかへ、下生えを掻(か)き分けながら駈けこんでいった。そうして一本のやや大きな灌木(かんぼく)の下に立ち止まると、手を伸(の)ばしてその枝から赤い実を揉(も)ぎとっては頬張(ほおば)っていた。それは何の実だと訊(き)いたら、「茱萸(ぐみ)だ」と彼等は返事をした。そうして彼等はときどき私の方をふり向いて手招きをしたが、私が下生えに邪魔(じゃま)をされてなかなか其処まで行くことが出来ずにいると、大きい方の子がその実を少しばかり私のために持って来てくれた。私は子供たちの真似(まね)をしてそれを一つずつこわごわ口に入れてみた。なんだか酸(す)っぱかった。私はしかしそれをみんな我慢(がまん)をして嚥(の)み込んだ。そうして子供たちが低い枝にあった実をすっかり食べつくしてしまうと、今度は高くて容易に手の届きそうもない枝をしきりに手(た)ぐろうとしては失敗しているのを、私は根気よく、むしろ面白(おもしろ)いものでも見ているように見入っていた。
 子供たちはまた林の中のいろいろな抜(ぬ)け道を私に教えてくれようとした。そうして急な草深い斜面(しゃめん)をずんずん駈け下りて行った。私はそのあとから危かしそうな足つきでついて行った。ほとんど何処からも日の射(さ)し込んで来ないくらい、木立が密生して枝と枝との入りまじっているところもあった。かと思うと急に私たちの目の前が展(ひら)けて、ちょっとの間何も見えなくなるくらい明るい林のなかの空地があったりした。私たちがそういう林の中の空地の一つへ辿(たど)り着いた時、突然(とつぜん)、一つの小石が何処(どこ)からともなく飛んで来て私たちの足許(あしもと)に落ちた。その飛んで来たらしい方を私たちがまぶしそうに振(ふ)り向いた途端(とたん)、数本の山毛欅(ぶな)を背にしながら、ほとんど垂直なほど急な勾配(こうばい)の藁屋根(わらやね)をもった、窓もなんにもないような異様な小屋の蔭(かげ)へ、小さな黒い人影(ひとかげ)が隠れるのを私たちは認めた。それを知っても、しかし、私の小さな同伴者(どうはんしゃ)たちは何も罵(ののし)ろうとせず、却(かえ)って私に向って何かその言訣(いいわけ)でもしたいような、そしてそれを私に言い出したものかどうかと躊躇(ためら)っているような、複雑な表情をして私の方を見上げているので、私は不審(ふしん)そうに、
「あの子は白痴(ばか)なのかい?」と訊いた。
 子供たちは顔を見合わせていた。それから大きい方の子が低声(こごえ)で私に答えた。
「そうじゃないよ。――あれあ気ちがいの娘(むすめ)だ」
「ふん、それであんな変な家にいるんだね?」
「あれあ氷倉(こおりぐら)だ。――あの向うの家だ」
 しかしその氷倉だという異様な恰好(かっこう)をした藁小屋に遮(さえ)ぎられて、その家らしいものの一部分すら見えないところを見ると、恐(おそ)らく小さな掘立(ほったて)小屋かなんかに違(ちが)いなかった。
「気ちがいっておとっつぁんがかい?」
「……」兄も弟も同時に頭を振った。
「じゃ、おっかさんの方だね?」
「うん……」そう答えてから、兄は弟の方を見い見い誰(だれ)に言うともなく言った。「ときどき川んなかで呶鳴(どな)っているなあ」
「おれも一度向うの川で見た」弟の返事である。
「向うって何処だ?」
「向うの方だ」弟は何んだか自信のなさそうな、いまにも泣き出しそうな顔をして、漠然(ばくぜん)と或(あ)る方向を私に指して見せた。
「そうか」私はわかったような振りをした。「……おとっつあんは何をしているんだ?」
「木樵(きこ)りだなあ」とこんどはまた兄が弟の方を見い見い言った。
「変なとっつあんだ」弟は顔をしかめながらそれに答えた。
 氷倉の蔭から、再びちらりと小娘らしい顔が出たようだったけれど、私たちの方からは丁度逆光線だったので、よくもそれを見分けないうちに、その顔はすぐ引っ込んでしまった。それっきりその小娘は顔を出さなかった。ただ私たちはそれから間もなく異様な叫(さけ)びを耳にした。それはその小娘が私たちを罵ったのか、それとも私たちには見えぬ小屋の中からその小娘に向ってそれが叫ばれたのか、それとも又(また)、その裏の林のなかで山鳩(やまばと)でも啼(な)いたのだろうか? ともかくも、その得体(えたい)の知れぬアクセントだけが妙(みょう)に私の耳にこびりついた。――が、私たちは無言のまま、ただちょっと足を早めながら、その空地を横切って行った。私たちはそれから再び林の中へ這入(はい)った。その中へ這入ると急に薄暗(うすぐら)くなったようだけれど、私たちの眼底にはいまの空地の明るさがこびりついているせいか、暫(しば)らく私たちの周りには一種異様な薄明りが漂(ただよ)っているように見えた。そんな林の中をずんずん先きになって駈(か)け下りて行く子供たちの跡(あと)について行きながら、彼等がいまだに何となく昂奮(こうふん)しているらしいのを、私は漠然と感じていた。そうして、こんな風に彼等と一緒に峠を下りて行く私は一体彼等にはどんな人間に見えているのだろう? とそういう現在の私自身にも興味を持ったりした。
 峠を下り切ったところに架(かか)っている白い橋の上に、小さな男の子が一人、鞄(かばん)を背負(せお)ったまま、しょんぼりと立っていた。私の連れ立っている子供たちがその男の子に同時に声をかけた。彼等を見るとその男の子はにっこりと微笑(びしょう)した。が、私にも気がつくと、人見知りでもするかのように、橋の下の渓流(けいりゅう)の方へその小さな顔をそむけた。私も私で、しばらくその渓流をぼんやり見下ろしていた。さっき林のなかの空地で子供の一人(ひとり)が漠然と指したそのずっと上流にあたる方を心のうちに描(えが)きながら。それから私は三人の子供たちに小銭(こぜに)をすこし与(あた)えて、彼等と別れた。

     □

 雨が降り出した。そうしてそれは降り続いた。とうとう梅雨期(ばいうき)に入ったのだった。そんな雨がちょっと小止(おや)みになり、峠の方が薄明るくなって、そのまま晴れ上るかと思うと、峠の向側からやっと匍(は)い上って来たように見える濃霧(のうむ)が、峠の上方一面にかぶさり、やがてその霧がさあと一気に駈け下りて来て、忽(たちま)ち村全帯の上に拡(ひろ)がるのであった。どうかすると、そういう霧がずんずん薄らいで行って、雲の割れ目から菫色(すみれいろ)の空がちらりと見えるようなこともあったが、それはほんの一瞬間きりで、霧はまた次第に濃(こ)くなって、それが何時(いつ)の間にか小雨(こさめ)に変ってしまっていた。
 私はその暗い雲の割れ目からちらりと見える、何とも言えずに綺麗(きれい)な、その菫色がたまらなく好きであった。そうしてそれは、殆(ほと)んど日課のようにしていた長い散歩が雨のために出来なくなっている私にとっては、たとえ一瞬間にもしろそれが見られたら、それだけでもその日の無聊(ぶりょう)が償(つぐな)われたようにさえ思われた程(ほど)であった。――「おまえの可愛(かわ)いい眼の菫、か……」そんなうろおぼえのハイネの詩の切れっぱしが私の口をふと衝(つ)いて出る。「ふん、あいつの眼が、こんな菫色じゃなくって仕合せというものだ。そうでなかった日にや、おれもハイネのようにこう呟(つぶ)やきながら嘆(なげ)いてばかりいなきゃなるまい。――おまえの眼の菫はいつも綺麗に咲(さ)くけれど、ああ、おまえの心ばかりは枯(か)れ果てた……」
 そんな鬱陶(うっとう)しいような日々も、相変らず私の小説の主題は私からともすると逃げて行きそうになるが、私はそれをば辛抱(しんぼう)づよく追いまわしている。私が最初に計画していたところの私自身を主人公とした物語を書くことはとっくに断念していたけれど、私はそれの代りに、その物語の主人公には一体どんな人物を選んだらいいのか、それからしてもう迷っていた。……どうにか一方の老嬢(ろうじょう)は私の物語の中に登場させることは出来ても、もう一方の方は台所で皿(さら)の音ばかりさせているきりで、何時まで経(た)ってもヴェランダに出て来ようとしない二人の老嬢たちの話、冬になるとすっかり雪に埋(うず)まってしまうこんな寒村に一人の看護婦を相手に暮(く)らしている老医師とその美しい野薔薇(のばら)の話、ときどき気が狂(くる)って渓流のなかへ飛び込(こ)んでは罵(ののし)りわめいているという木樵(きこり)の妻とその小娘の話、――そういうような人達のとりとめもない幻像(イマアジュ)ばかりが私の心にふと浮(うか)んではふと消えてゆく……
 或る午後、雨のちょっとした晴れ間を見て、もうぽつぽつ外人たちの這入りだした別荘(べっそう)の並(なら)んでいる水車の道のほとりを私が散歩をしていたら、チェッコスロヴァキア公使館の別荘の中から誰かがピアノを稽古(けいこ)しているらしい音が聞えて来た。私はその隣(とな)りのまだ空いている別荘の庭へ這入りこんで、しばらくそれに耳を傾(かたむ)けていた。バッハのト短調の遁走曲(フウグ)らしかった。あの一つの旋律(メロディ)が繰(く)り返され繰り返されているうちに曲が少しずつ展開して行く、それがまた更に稽古をしているために三四回ずつひとところを繰り返されているので、一層それがたゆたいがちになっている。……それを聴(き)いているうちに、私はまるで魔(ま)にでも憑(つ)かれたような薄気味のわるい笑いを浮べ出していた。そのピアノの音のたゆたいがちな効果が、この頃(ころ)の私の小説を考え悩(なや)んでいる、そのうちにそれがどうやら少しずつ発展して来ているような気もする、そう言った私のもどかしい気持さながらであったからだ。

     □

 或る朝、「また雨らしいな……」と溜息(ためいき)をつきながら私が雨戸を繰ろうとした途端に、その節穴(ふしあな)から明るい外光が洩(も)れて来ながら、障子(しょうじ)の上にくっきりした小さな楕円形(だえんけい)の額縁(がくぶち)をつくり、そのなかに数本の落葉松(からまつ)の微細画(ミニュアチュア)を逆さまに描いているのを認めると、私は急に胸をはずませながら、出来るだけ早くと思って、そのため反(かえ)って手間どりながら雨戸を開けた。私が寝床(ねどこ)のなかで雨音かと思っていたのは、それ等の落葉松の細かい葉に溜(たま)っていた雨滴が絶えず屋根の上に落ちる音だったのだ。私はさて、まぶしそうな眼つきで青空を見上げた。私は寝間着のまま一度庭のなかへ出てみたが、それから再び部屋に帰り、そしてフラノの散歩服に着換(きか)えながら、早朝の戸外へと出て行った。私は教会の前を曲って、その裏手の橡(とち)の林を突(つ)き抜けて行った。私はときどき青空を見上げた。いかにもまぶしそうに顔をしかめながら。
 私が小さな美しい流れに沿うて歩き出すと、その径(みち)にずっと笹縁(ささべり)をつけている野苺(のいちご)にも、ちょっと人目につかないような花が一ぱい咲いていて、それが或る素晴(すば)らしいもののほんの小さな前奏曲(プレリュウド)だと言ったように、私を迎えた。私は例の木橋の上まで来かかると、どういう積りか自分でも分からずに二三度その上を行ったり来たりした。それから、漸(や)っと、まるで足が地上につかないような歩調で、サナトリウムの裏手の生墻(いけがき)に沿うて行った。私は最初のいくつかの野薔薇の茂(しげ)みを一種の困惑(こんわく)の中にうっかりと見過してしまったことに気がついた。それに気がついた時は、既(すで)に私は彼等の発散している、そして雨上りの湿(しめ)った空気のために一ところに漂いながら散らばらないでいる異常な香(かお)りの中に包まれてしまっていた。私は彼等の白い小さな花を見るよりも先に、彼等の発散する香りの方を最初に知ってしまったのだ。しかし私は立ち止ろうとはせずになおも歩き続けながら、私は今すれちがいつつある一つの野薔薇の上に私のおずおずした最初の視線を投げた。私は、私の胸のあたりから何かを訴(うった)えでもしたいような眼つきで私をじっと見上げている、その小さな茂みの上に、最初二つ三つばかりの白い小さな花を認めたきりだった。が、その次の瞬間(しゅんかん)には、私はその同じ茂みのうちに殆ど二三十ばかりの花と、それと殆ど同数の半ば開きかかった莟(つぼみ)とを数えることが出来た。それはごく僅(わず)かの間だったが、そんな風に私が自分の視線のなかに自分自身を集中させてしまってからと言うもの、そんなにも簇(むら)がっているそれ等の花がもう先刻(さっき)のように好い匂(におい)がしなくなってしまっていることに私は愕(おどろ)いた。そうして改めてそれを嗅(か)ごうとすると、そうするだけ一層それは匂わなくなって行くように見えた。――私は注意深く歩き続けながら、順ぐりにいくつかの野薔薇の木とすれちがって行ったが、とうとう私はいつかレエノルズ博士がその上に身を跼(こご)めていた一つの茂みの前まで来た。私は思わずそこに足を停(と)めた。――
 そうして私はその野薔薇の前に、ただ茫然(ぼうぜん)として、何を考えていたのか後で思い出そうとしても思い出せないようなことばかり考えていた。どれよりも最も多くの花を簇がらせているように見えるその野薔薇とそっくりそのままのものを何処(どこ)かで私は一度見たことがあるように思えて、それをしきりに思い出そうとしていたかのようでもあった。――それはすこし長い放心状態の後では、しばしば私にやってくるところの一種独特の錯覚(さっかく)であった。放心のあまりに現在そのものの感じがなくなり、私は現在そのものをしきりに思い出そうとして焦(あせ)っているのかも知れなかった。――それから私は再び我に返って歩き出した。私の沿うて行く生墻には、それらの野薔薇が、同じような高さの他の灌木(かんぼく)の間に雑(まじ)りながら、いくらかずつの間を置いてはならんでいるのだった。あたかも彼等が或る秘密な法則に従ってそう配置されてでもいるかのように。そうしてその微妙(びみょう)な間歇(かんけつ)が、ほとんど足が地につかないような歩調で歩きつつある私の中に、いつのまにか、ほとんど音楽の与えるような一種のリズミカルな効果を生じさせていた。……そうしてそれに似た或る思い出をこんどはさっきと異って、鮮明(せんめい)に私のうちに蘇(よみがえ)らせるのであった。……十年ぐらい前の或る夏休みに、私が初めてこの村へ来た時のこと、宿屋の裏から水車場のある道の方へ抜けられるようになっている、やっと一人(ひとり)だけ通れるか通れない位の、狭(せま)い、小さな坂道を上って行こうとした途中(とちゅう)で、私はその坂の上の方から数人の少女たちが笑いさざめきながら駈(か)け下りるようにして来るのに出遇(であ)った。私はそれを認めると、そういう少女たちとの出会(であい)は私の始終夢(ゆめ)みていたものであったにも拘(かかわ)らず、私はよっぽど途中から引っ返してしまおうかと思った。私は躊躇(ちゅうちょ)していた。そういう私を見ると、少女たちは一層笑い声を高くしながら私の方へずんずん駈け下りて来た。そんなところで引っ返したりすると余計自分が彼女たちに滑稽(こっけい)に見えはしまいかと私は考え出していた。そこで私は思い切って、がむしゃらにその坂を上って行った。するとこんどは少女たちの方で急に黙(だま)ってしまった。そうしてやっと笑うのを我慢(がまん)しているとでも言ったような意地悪そうな眼つきをして、道ばたの丁度彼女たちのせいぐらいある灌木の茂みの間に一人一人半身を入れながら、私の通り過ぎるのを待っていた。私は彼女たちの前を出来るだけ早く通ろうとして、そのため反(かえ)って長い時間かかって、心臓をどきどきさせながら通り過ぎて行った。……その瞬間私は、自分のまわりにさっきから再び漂いだしている異常な香りに気がついて愕いた。私がそんな風に私の視線を自分自身の内側に向け出して、ひょいと野薔薇(のばら)のことを忘れていたら、そういう気まぐれな私を責め訴えるかのように、その花々が私にさっきの香りを返してくれたのだった。そう、それ等の少女たちの形づくった生墻(いけがき)はちょうどお前たちにそっくりだったのだ! ……
 私はその朝はどうしたのかクレゾオルの匂のぷんぷんするサナトリウムの手前から引返した。
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