真景累ヶ淵
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著者名:三遊亭円朝 

真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)三遊亭圓朝鈴木行三校訂編纂        一 今日(こんにち)より怪談のお話を申上げまするが、怪談ばなしと申すは近来大きに廃(すた)りまして、余り寄席(せき)で致す者もございません、と申すものは、幽霊と云うものは無い、全く神経病だと云うことになりましたから、怪談は開化先生方はお嫌いなさる事でございます。それ故に久しく廃って居りましたが、今日になって見ると、却(かえ)って古めかしい方が、耳新しい様に思われます。これはもとより信じてお聞き遊ばす事ではございませんから、或(あるい)は流(りゅう)違いの怪談ばなしがよかろうと云うお勧めにつきまして、名題を真景累ヶ淵と申し、下総国(しもふさのくに)羽生村(はにゅうむら)と申す処の、累(かさね)の後日のお話でございまするが、これは幽霊が引続いて出まする、気味のわるいお話でございます。なれども是はその昔、幽霊というものが有ると私共(わたくしども)も存じておりましたから、何か不意に怪しい物を見ると、おゝ怖い、変な物、ありゃア幽霊じゃアないかと驚きましたが、只今では幽霊がないものと諦めましたから、頓(とん)と怖い事はございません。狐にばかされるという事は有る訳のものでないから、神経病、又天狗に攫(さら)われるという事も無いからやっぱり神経病と申して、何(なん)でも怖いものは皆神経病におっつけてしまいますが、現在開(ひら)けたえらい方で、幽霊は必ず無いものと定めても、鼻の先へ怪しいものが出ればアッと云って臀餅(しりもち)をつくのは、やっぱり神経が些(ち)と怪しいのでございましょう。ところが或る物識(ものしり)の方は、「イヤ/\西洋にも幽霊がある、決して無いとは云われぬ、必ず有るに違いない」と仰しゃるから、私共は「ヘエ然(そ)うでございますか、幽霊は矢張(やっぱり)有りますかな」と云うと、又外の物識の方は、「ナニ決して無い、幽霊なんというは有る訳のものではない」と仰しゃるから、「ヘエ左様でございますか、無いという方が本当でげしょう」と何方(どちら)へも寄らず障らず、只云うなり次第に、無いといえば無い、有るといえば有る、と云って居れば済みまするが、極(ごく)大昔に断見(だんけん)の論というが有って、是は今申す哲学という様なもので、此の派の論師の論には、眼に見え無い物は無いに違いない、何(ど)んな物でも眼の前に有る物で無ければ有るとは云わせぬ、仮令(たとえ)何んな理論が有っても、眼に見えぬ物は無いに違いないという事を説きました。すると其処(そこ)へ釈迦が出て、お前の云うのは間違っている、それに一体無いという方が迷っているのだ、と云い出したから、益々分らなくなりまして、「ヘエ、それでは有るのが無いので、無いのが有るのですか」と云うと、「イヤ然(そ)うでも無い」と云うので、詰り何方(どちら)か慥(たし)かに分りません。釈迦と云ういたずら者が世に出(いで)て多くの人を迷わする哉(かな)、と申す狂歌も有りまする事で、私共は何方へでも智慧のある方(かた)が仰しゃる方(ほう)へ附いて参りまするが、詰り悪い事をせぬ方(かた)には幽霊という物は決してございませんが、人を殺して物を取るというような悪事をする者には必ず幽霊が有りまする。是が即ち神経病と云って、自分の幽霊を脊負(しょ)って居(い)るような事を致します。例えば彼奴(あいつ)を殺した時に斯(こ)ういう顔付をして睨(にら)んだが、若(も)しや己(おれ)を怨(うら)んで居やアしないか、と云う事が一つ胸に有って胸に幽霊をこしらえたら、何を見ても絶えず怪しい姿に見えます。又その執念の深い人は、生きて居ながら幽霊になる事がございます。勿論死んでから出ると定(き)まっているが、私(わたくし)は見た事もございませんが、随分生きながら出る幽霊がございます。彼(か)の執念深いと申すのは恐しいもので、よく婦人が、嫉妬のために、散(ちら)し髪で仲人の処へ駈けて行(ゆ)く途中で、巡査(おまわり)に出会(でっくわ)しても、少しも巡査が目に入りませんから、突当るはずみに、巡査の顔にかぶり付くような事もございます。又金を溜めて大事にすると念が残るという事もあり、金を取る者へ念が取付いたなんという事も、よくある話でございます。 只今の事ではありませんが、昔根津(ねづ)の七軒町(しちけんちょう)に皆川宗悦(みながわそうえつ)と申す針医がございまして、この皆川宗悦が、ポツ/\と鼠が巣を造るように蓄めた金で、高利貸を初めたのが病みつきで、段々少しずつ溜るに従っていよ/\面白くなりますから、大(たい)した金ではありませんが、諸方へ高い利息で貸し付けてございます。ところが宗悦は五十の坂を越してから女房に別れ、娘が二人有って、姉は志賀と申して十九歳、妹は園と申して十七歳でございますから、其の二人を楽(たのし)みに、夜中(やちゅう)の寒いのも厭(いと)わず療治をしては僅(わず)かの金を取って参り、其の中から半分は除(の)けて置いて、少し溜ると是を五両一分で貸そうというのが楽みでございます。安永(あんえい)二年十二月二十日の事で、空は雪催しで一体に曇り、日光おろしの風は身に染(し)みて寒い日、すると宗悦は何か考えて居りましたが、 宗「姉(あんね)えや、姉えや」 志「あい……もっと火を入れて上げようかえ」 宗「ナニ火はもういゝが、追々押詰るから、小日向(こびなた)の方へ催促に行こうと思うのだが、又出て行(ゆ)くのはおっくう[#「おっくう」に傍点]だから、牛込(うしごめ)の方へ行って由兵衞(よしべえ)さんの処(とこ)へも顔を出したいし、それから小日向のお屋敷へ行ったり四ツ谷へも廻ったりするから、泊り掛(がけ)で五六軒遣(や)って来ようと思う、牛込は少し面倒で、今から行っちゃア遅いから明日(あした)行く事にしようと思うが、小日向のはずるいから早く行かないとなあ」 志「でもお父(とっ)さん本当に寒いよ、若(も)し降って来るといけないから明日早くお出でなさいな」 宗「いや然(そ)うでない、雪は催して居てもなか/\降らぬから、雪催しで些(ちっ)と寒いが、降らぬ中(うち)に早く行って来よう、何を出してくんな、綿の沢山はいった半纒(はんてん)を、あれを引掛(ひっか)けて然うして奴(やっこ)蛇の目の傘を持って、傘は紐を付けて斜(はす)に脊負(しょ)って行くようにしてくんな、ひょっと降ると困るから、なに頭巾をかぶれば寒くないよ」 志「だけれども今日は大層遅いから」 宗「いゝえそうでは無い」 と云うと妹のお園が、 園「お父(とっ)さん早く帰っておくれ、本当に寒いから、遅いと心配だから」 宗「なに心配はない、お土産(みや)を買って来る」 と云って出ますると、所謂(いわゆる)虫が知らせると云うのか、宗悦の後影(うしろかげ)を見送ります。宗悦は前鼻緒(まえばなお)のゆるんだ下駄を穿(は)いてガラ/\出て参りまして、牛込の懇意の家(うち)へ一二軒寄って、すこし遅くはなりましたが、小日向服部坂上(はっとりさかうえ)の深見新左衞門(ふかみしんざえもん)と申すお屋敷へ廻って参ります。この深見新左衞門というのは、小普請組(こぶしんぐみ)で、奉公人も少ない、至って貧乏なお屋敷で、殿様は毎日御酒ばかりあがって居るから、畳などは縁(へり)がズタ/\になって居(お)り、畳はたゞみ[#「み」に傍点]ばかりでたた[#「たた」に傍点]は無いような訳でございます。 宗「お頼み申します/\」 新「おい誰(たれ)か取次が有りますぜ、奥方、取次がありますよ」 奥「どうれ」 と云うので、奉公人が少ないから奥様が取次をなさる。        二 奥「おや、よくお出でだ、さア上(あが)んな、久しくお出でゞなかったねえ」 宗「ヘエこれは奥様お出向いで恐れ入ります」 奥「さアお上り、丁度殿様もお在宅(いで)で、今御酒をあがってる、さア通りな、燈光(あかり)を出しても無駄だから手を取ろう、さア」 宗「これは恐入ります、何か足に引掛(ひっかゝ)りましたから一寸(ちょっと)」 奥「なにね畳がズタ/\になってるから足に引掛るのだよ……殿様宗悦が」 新「いや是は何(ど)うも珍らしい、よく来た、誠に久しく逢わなかったな、この寒いのによく尋ねてくれた」 宗「ヘエ殿様御機嫌好(よ)う、誠に其の後(のち)は御無沙汰を致しましてございます、何うも追々月迫(げっぱく)致しまして、お寒さが強うございますが何もお変りもございませんで、宗悦身に取りまして恐悦に存じます」 新「先頃は折角尋ねてくれた処が生憎(あいにく)不在で逢わなかったが何うも遠いからのう、なか/\尋ねるたって容易でない、よくそれでも心に掛けて尋ねてくれた、余り寒いから今一人で一杯始めて相手欲しやと思って居た処、遠慮は入らぬ、別懇(べっこん)の間ださア」 宗「ヘエ有難い事で、家内のお兼(かね)が御奉公を致した縁合(えんあい)で、盲人が上りましても、直々(じき/\)殿様がお逢い遊ばして下さると云うのは、誠に有難いことでございますが、ヘエ、なに何う致しまして」 奥「宗悦やお茶を此処(こゝ)に置くよ」 宗「ヘエ是は何うも恐れ入ります」 新「奥方宗悦が久振(ひさしぶり)で来たから何(なん)でも有合(ありあい)で一つ、随分飲めるから飲まして遣(や)りましょう、エヽ奥方勘藏(かんぞう)は居らぬかえ、エ、ナニ何か一寸、少しは有ろう、まア/\宗悦此方(こちら)へ来な、却(かえ)って鯣(するめ)ぐらいの方が好(よ)い、随分酔うものだよ、さアずっと側へ来な、奥方頼みます」 奥「宗悦ゆるりと」 と云うので、別に奉公人が有りませんから、奥様が台所で拵(こしら)えるのでございます。 新「宗悦よく来た、さア一つ」 宗「ヘエ是は恐れ入ります、頂戴致します、ヘエもう…おッと溢(こぼ)れます」 新「これは感心、何うもその猪口(ちょく)の中へ指を突込んで加減をはかると云うのは其処(そこ)は盲人でも感服なもの、まア宗悦よく来たな、何(なん)と心得て来た」 宗「ヘエ何と云って殿様申し上げるのはお気の毒でげすが、先年御用達(ごようだ)って置いたあの金子の事でございます、外(ほか)とは違いまして、兼が御奉公を致しましたお屋敷の事でございますから、外よりは利分(りぶん)をお廉(やす)く致しまして、十五両一分で御用達ったのは僅(わず)か三十金でございますが、あれ切(ぎ)り何とも御沙汰がございませんから、再度参りました所が、何分(なにぶん)御不都合の御様子でございますから遠慮致して居(お)るうちに、もう丁度足掛け三年になります、エ誠に今年は不手廻(ふてまわ)りで融通が悪うございます、ヘエ余り延引になりますから、ヘエ何(ど)うか今日(こんにち)は御返金を願いたく出ましてございます、ヘエ何うか今日は是非半金でも戴きませんでは誠に困りますから」 新「そりゃア何うもいかん、誠に不都合だがのう、当家も続いて不如意でのう、何うも返したくは心得て居(い)るが、種々(いろ/\)その何うも入用が有って何分差支えるからもうちっと待てえ」 宗「殿様え、貴方(あなた)はいつ上(あが)っても都合が悪いから待てと仰しゃいますがね、何時(いつ)上れば御返金になるという事を確(しっ)かり伺いませんでは困ります、ヘエ慥(たし)かに何時(いつ)幾日(いっか)と仰しゃいませんでは、私(わたくし)は斯(こ)ういう不自由な身体で根津から小日向まで、杖を引張って山坂を越して来るのでげすから、只出来ぬとばかり仰しゃっては困ります。三年越しになってもまだ出来ぬと云うのは、余(あんま)り馬鹿々々しい、今日(きょう)は是非半分でも頂戴して帰らんければ帰られません、何(なん)ぼ何でも余(あんま)り我儘でげすからなア」 新「我儘と云っても返せぬから致し方がない、エヽいくら振ろうとしても無い袖は振れぬという譬(たとえ)の通りで、返せぬというものを無理に取ろうという道理はあるまい、返せなければ如何(いかゞ)いたした」 宗「返せぬと仰しゃるが、人の物を借りて返さぬという事はありません、天下の直参(じきさん)の方が盲人の金を借りて居て出来ないから返せぬと仰しゃっては甚(はなは)だ迷惑を致します、そのうえ義理が重なって居りますから遠慮して催促も致しませんが、大抵四月縛(よつきしばり)か長くても五月(いつゝき)という所を、べん/″\と廉(やす)い利で御用達(ごようだて)申して置いたのでげすから、ヘエ何うか今日(こんにち)御返金を願います、馬鹿々々しい、幾度来たって果(はて)しが附きませんからなア」 新「これ、何(なん)だ大声を致すな、何だ、痩せても枯れても天下の直参が、長らく奉公をした縁合を以(もっ)て、此の通り直々に目通りを許して、盃(さかずき)でも取らすわけだから、少しは遠慮という事が無ければならぬ、然(しか)るを何だ、余(あま)り馬鹿々々しいとは何(ど)ういう主意を以て斯(かく)の如く悪口(あっこう)を申すか、この呆漢(たわけ)め、何だ、無礼の事を申さば切捨てたってもよい訳だ」 宗「やア是は篦棒(べらぼう)らしゅうございます、こりゃアきっと承りましょう、余(あんま)りと云えば馬鹿々々しい、何(なん)でげすか、金を借りて置きながら催促に来ると、切捨てゝもよいと仰しゃるか、又金が返せぬから斬って仕舞うとは、余り理不尽じゃアありませんか、いくら旗下(はたもと)でも素町人(すちょうにん)でも、理に二つは有りません、さア切るなら斬って見ろ、旗下も犬の糞(くそ)もあるものか」 と宗悦が猛(たけ)り立って突っかゝると、此方(こちら)は元来御酒の上が悪いから、 新「ナニ不埓(ふらち)な事を」 と立上ろうとして、よろける途端に刀掛(かたなかけ)の刀に手がかゝると、切る気ではありませんが、無我夢中でスラリと引抜き、 新「この糞たわけめが」 と浴せかけましたから、肩先深く切込みました。        三 新左衞門は少しもそれが目に入らぬと見えて、 新「何(なん)だこのたわけめ、これ此処(こゝ)を何処(どこ)と心得て居(お)る、天下の直参の宅へ参って何だ此の馬鹿者め、奥方、宗悦が飲(たべ)酔って参って兎(と)や角(こ)う申して困るから帰して下さい、よう奥方」 と云われて奥方は少しも御存じございませんから手燭(てしょく)を点(つ)けて殿様の処へ行って見ると、腕は冴(さ)え刃物は利(よ)し、サッという機(はずみ)に肩から乳の辺(あたり)まで斬込まれて居(い)る死骸を見て、奥方は只べた/″\/″\と畳の上にすわって、 奥「殿様、貴方何を遊ばしたのでございます、仮令(たとえ)宗悦が何(ど)の様な悪い事がありましても別懇な間でございますのに、何(なん)でお手打に遊ばした、えゝ殿様」 新「ナニたゞ背打(むねうち)に」 と云って、見ると、持って居(い)る一刀が真赤に鮮血(のり)に染(そ)みて居るので、ハッとお驚きになると酔(えい)が少し醒(さ)めまして、 新「奥方心配せんでも宜(よろ)しい、何も驚く事はありません、宗悦(これ)が無礼を云い悪口たら/\申して捨置き難(がた)いから、一打(ひとうち)に致したのであるから、其の趣を一寸頭(かしら)へ届ければ宜しい」 ナニ人を殺してよい事があるものか、とは云うものゝ、此の事が表向になれば家にも障ると思いますから、自身に宗悦の死骸を油紙(あぶらかみ)に包んで、すっぽり封印を附けて居りますると、何(なん)にも知りませんから田舎者の下男が、 男「ヘエ葛籠(つゞら)を買って参りました」 新「何(なん)だ」 男「ヘエ只今帰りました」 新「ウム三右衞門(さんえもん)か、さア此処(こゝ)へ這入れ」 三「ヘエ、お申付の葛籠を買(と)って参りましたが何方(どちら)へ持って参ります」 新「あゝこれ三右衞門、幸い貴様に頼むがな実は貴様も存じて居る通り、宗悦から少しばかり借りて居(お)る、所が其の金の催促に来て、今日は出来ぬと云ったら不埓な悪口を云うから、捨置き難いによって一刀両断に斬ったのだ」 三「ヘエ、それは何(ど)うも驚きました」 新「叱(し)っ、何も仔細はない、頭へ届けさえすれば仔細はない事だが、段々物入りが続いて居る上に又物入りでは実に迷惑を致す、殊(こと)には一時面倒と云うのは、もう追々月迫致して居(お)ると云う訳で、手前は長く正当に勤めてくれたから誠に暇を出すのも厭だけれども、何うか此の死骸を、人知れず、丁度宜しい其の葛籠へ入れて何処(どこ)かへ棄てゝ、然(そ)うして貴様は在処の下総(しもふさ)へ帰ってくれよ」 三「ヘエ、誠に、それはまあ困ります」 新「困るったって、多分に手当を遣(や)りたいが、何うも多分にはないから十金遣ろうが、決して口外をしてはならぬぞ、若(も)し口外すると、己(おれ)の懐から十両貰った廉(かど)が有るから、貴様も同罪になるから然う思って居ろ、万一この事が漏れたら貴様の口から漏れたものと思うから、何処までも草を分けて尋ね出しても手打にせんければならぬ」 三「ヘエ棄てまするのはそれは棄ても致しましょうし、又人に知れぬ様にも致しますが、私(わたくし)は臆病で、仏の入った葛籠を、一人で脊負(しょ)って行くのは気味が悪うございますから、誰(たれ)かと差担(さしにな)いで」 新「万一にも此の事が世間へ流布してはならぬから貴様に頼むのだ、若し脊負えぬと云えばよんどころない貴様も斬らんければならぬ」 三「エヽ脊負います/\」 と云うので十両貰いました。只今では何(なん)でもございませんが、其の頃十両と申すと中々大(たい)した金でございますから、死人を脊負って三右衞門がこの屋敷を出るは出ましたが、何(ど)うしても是を棄てる事が出来ません、と申すは、臆病でございますから少し淋しい処を歩くと云うと、死人が脊中に有る事を思い出して身の毛が立つ程こわいから、なるたけ賑(にぎ)やかな処ばかり歩いて居るから、何うしても棄てる事が出来ません、其の中(うち)に何処(どこ)へ棄てたか葛籠を棄てゝ三右衞門は下総の在所へ帰って仕舞うと、根津七軒町の喜連川(きつれがわ)様のお屋敷の手前に、秋葉(あきは)の原があって、その原の側(わき)に自身番がござります。それから附いて廻って四五間参りますると、幅広の路次(ろじ)がありまして、その裏に住(すま)って居りまするのは上方(かみがた)の人でござりますが、此の人は長屋中でも狡猾者(こうかつもの)の大慾張(だいよくばり)と云うくらいの人、此の上方者が家主(いえぬし)の処へ参りまして、 上「ヘイ今日は、お早うござります」 家主女房「おや、お出(いで)なさい何か御用かえ」 上「ヘエ今日は、旦那はんはお留守でござりますか、ヘエ、それは何方(どちら)へ、左様でござりますか、実はなア私(わたくし)は昨夜盗賊に出逢いましたによって、お届(とゞけ)をしようと思いましたが、何分(なにぶん)届をするのは心配でナア、世間へ知れてはよくあるまいから、どうもナア、その荷物が出さえすればよいと思うて居りました、実は私の嬶(かゝ)の妹(いもと)がお屋敷奉公をしたところが、奥さんの気に入られて、お暇を戴く時に途方もない結構な物を品々戴いて、葛籠に一杯あるを、何処(どこ)か行く処の定まるまで預かってくれえというのを預けられて、家(うち)に置くと、盗賊に出逢うて、その葛籠が無くなったによって、私はえらい心配を致しまして、もし、これからその義理ある妹へ何(ど)うしようと、実は嬶に相談して居りますると、秋葉の傍(わき)に葛籠を捨てゝ有りますから、あれを引取って参りとうござりますが、旦那はんが居やはらんければ、引取られぬでござりましょうか」 女房「おや/\然(そ)うかえ、それじゃアね、亭主(うち)は居りませんが、總助(そうすけ)さんに頼んで引取ってお出(いで)なさい」 上「ヘイ有難うござります、それでは總助はんに頼んで引取りを入れまして」 と横着者で、これから總助と云う町代(ちょうだい)を頼んで、引取りを入れて、とう/\脊負って帰って来ました。        四 上「ヘエ只今總助はんにお頼み申して此の通り脊負(せお)うて参りました」 家主女房「おや大層立派な葛籠ですねえ」 上「ヘエ、これが無(の)うなってはならんと大層心配して居りました、ヘエ有難うござります」 女房「何(ど)うして其処(そこ)に棄てゝ行ったのでしょう」 上「それは私が不動の鉄縛(かなしばり)と云うのを遣りましたによって、身体が痺れて動かれないので、置いて行ったのでござりましょ、エヽ、ヘイ誠に有難いもので、旦那がお帰りになったら宜しゅうお礼の処を願います、ヘエ左様なら」 とこれから路次の角から四軒目(しけんめ)に住んで居りますから、水口(みずぐち)の処を明けて、 上「おい一寸手を掛けてくれえ」 妻「あい、おや立派な葛籠じゃアないか」 上「どうじゃ、ちゃんと引取りを入れて脊負(せお)うて来たのじゃから、何処(どこ)からも尻も宮も来(き)やへん、ヤ何(なん)でもこれは屋敷から盗んで来た物に違いないが、屋敷で取られたと云うては、家事不取締になるによって容易に届けまへん、又置いていった泥坊は私の葛籠だと云って訴える事は出来まへん、して見ればどこからも尻宮の来る気遣(きづかい)はないによって、私が引取りを入れて引取ったのじゃ、中にはえらい金目の縫模様(ぬいもよう)や紋付もあるか知れんから、何様(どのよう)にも売捌(うりさばき)が付いたら、多分の金を持って、ずっと上方へ二人で走ってしまえば決して知れる気遣はなしじゃ」 妻「そうかえ、まあ一寸明けて御覧な」 上「それでも葛籠を明けて中から出る品物がえらい紋付や熨斗目(のしめ)や縫(ぬい)の裲襠(うちかけ)でもあると、斯(こ)う云う貧乏長屋に有る物でないと云う処から、偶然(ひょっと)して足を附けられてはならんから、夜(よ)さり夜中に窃(そっ)と明けて汝(わぬし)と二人で代物(しろもの)を分けるが宜(えゝ)ワ」 妻「然(そ)うだねえ嬉しいこと、お屋敷から出た物じゃア其様(そん)な物はないか知らぬが、若(も)し花色裏の着物が有ったら一つ取って置いてお呉れよ」 上「それは取って置くとも」 妻「若しちょいと私に挿(さ)せそうな櫛(くし)笄(こうがい)があったら」 上「それも承知や」 妻「漸々(よう/\)運が向いて来たねえ」 上「まあ酒を買(こ)うて」 と云うので是から楽酒(たのしみざけ)を飲んで喜んで寝まする。すると一番奥の長屋に一人者があって其処(そこ)に一人の食客(いそうろう)が居りましたが、これは其の頃遊人(あそびにん)と云って天下禁制の裸で燻(くすぶ)って居る奴、 ○「おい甚太(じんた)/\」 甚「ア、ア、ア、ハアー、ン、アーもう食えねえ」 ○「おい寝惚けちゃアいけねえ、おい、起きねえか、エヽ静かにしろ、もう時刻は好(い)いぜ」 甚「何を」 ○「何をじゃアねえ忘れちゃア仕様がねえなア、だから獣肉(もゝんじい)を奢(おご)ったじゃアねえか」 甚「彼(あ)の肉を食うと綿衣(どてら)一枚(いちめえ)違うというから半纒(はんてん)を質に置いてしまったが、オウ、滅法寒くなったから当てにゃアならねえぜ、本当に冗談じゃアねえ」 ○「おい上方者の葛籠を盗むんだぜ」 甚「ウン、違(ちげ)えねえ、そうだっけ、忘れてしまった、コウ彼奴(あいつ)ア太(ふて)え奴だなア、畜生誰も引取人(ひきとりて)が無(ね)えと思ってずう/\しく引取りやアがって、中の代物を捌(さば)いて好(い)い正月をしようと云う了簡だが、本当に何処(どこ)まで太えか知れねえなア」 ○「ウン、彼奴(あいつ)は今丁度食(くら)い酔って寝て居やアがる中(うち)に窃(そっ)と持って来て中を発(あば)いて遣(や)ろうじゃアねえか、後で気が附いて騒いだってもと/\彼奴の物でねえから、自分の身が剣呑(けんのん)で大きく云う事(こた)ア出来ねえのさ」 甚「だがひょっと目を覚(さま)してキャアバアと云った時にゃア一つ長屋の者で面(つら)を知ってるぜ」 ○「ナニそりゃア真黒(まっくろ)に面を塗って頬冠(ほっかぶり)をしてナ、丹波の国から生獲(いけど)りましたと云う荒熊(あらくま)の様な妙な面になって往(い)きゃア仮令(たとえ)面を見られたって分りゃアしねえから、手前(てめえ)と二人で面を塗って行って取って遣ろう」 甚「こりゃア宜(い)いや、サア遣ろう、墨を塗るかえ」 ○「墨の欠(かけ)ぐれえは有るけれども墨を摺(す)ってちゃア遅いから鍋煤(なべずみ)か何か塗って行こう」 甚「そりゃア宜(よ)かろう、何(なん)だって分りゃアしねえ」 ○「釜の下へ手を突込んで釜の煤(すゝ)を塗ろう、ナニ知れやアしねえ」 と云うので釜の煤を真黒に塗って、すっとこ冠(かぶ)りを致しまして、 ○「何(ど)うだ是じゃア分るめえ」 甚「ウン」 ○「ハ、ハヽ、妙な面だぜ」 甚「オイ/\笑いなさんな、気味が悪(わり)いや、目がピカ/\光って歯が白くって何(なん)とも云えねえ面だぜ」 ○「ナニ手前(てめえ)だって然(そ)うだあナ」 とこれから窃(そっ)と出掛けて上方者の家(うち)の水口の戸を明けてとう/\盗んで来ました。人が取ったのを又盗み出すと云う太い奴でございます。 甚「コウ、グウ/\/\/\寝て居やアがったなア、可笑(おか)しいじゃアねえか、寝て居る面は余(あんま)り慾張った面でも無(ね)えぜ」 ○「オイ、表を締めねえ、人が見るとばつがわりいからよ、ソレ行燈(あんどん)を其方(そっち)へ遣っちまっちゃア見る事が出来やあしねえ、本当にこんな金目の物を一時(いちどき)に取った程楽(たのし)みな事(こた)アねえぜ、コウ余(あんま)り明る過ぎらア、行燈へ何か掛けねえ」 甚「何を掛けよう」 ○「着物でも何(なん)でも宜(い)いから早く掛けやナ」 甚「着物だって着る物がありゃア何も心配しやアしねえ」 ○「何(なん)でも薄ッ暗くなるようにその襤褸(ぼろ)を引掛(ひっか)けろ、何でも暗くせえなれば宜いや、オ、封印が附いてらア、エヽ面を出すな、手前(てめえ)は食客(いそうろう)だから主人(あるじ)が見てそれから後で見やアがれ」 甚「ウン、ナニ食客でも主人でも露顕(ろけん)をして縛られるのは同罪だよ」 ○「そりゃア云わなくっても定(きま)ってるわ」 と云うので是から封印を切って、 ○「何だか暗くって知れねえ」 甚「どれ見せや」 ○「しッしッ」        五 甚「兄い何を考(かんげ)えてるんだ」 ○「何(ど)うも妙だなア、中に油紙(あぶらッかみ)があるぜ」 甚「ナニ、油紙がある、そりゃア模様物や友禅(ゆうぜん)の染物が入(へえ)ってるから雨が掛ってもいゝ様に手当がして有(ある)んだ」 ○「敷紙が二重になってるぜ」 と云いながら、四方が油紙の掛って居る此方(こちら)の片隅を明けて楽みそうに手を入れると、グニャリ、 ○「おや」 甚「何(なん)だ/\」 ○「変だなア」 甚「何だえ」 ○「ふん、どうも変だ」 甚「然(そ)う一人でぐず/\楽まずに些(ちっ)と見せやな」 ○「エヽ黙ってろ、何だか坊主の天窓(あたま)みた様な物があるぞ」 甚「ウン、ナニ些とも驚く事(こた)アねえ、結構じゃアねえか」 ○「何が結構だ」 甚「そりゃアおめえ踊(おどり)の衣裳だろう、御殿の狂言の衣裳の上に坊主の髢(かつら)が載ってるんだ、それをお前(めえ)が押えたんだアナ」 ○「でも芝居で遣う坊主の髢はすべ/\してるが、此の坊主の髢はざら/\してるぜ」 甚[#「甚」は底本では「新」と誤記]「ナニざら/\してるならもじがふら[#「もじがふら」に傍点]と云うのがある、きっとそれだろう」 ○「ウン然(そ)うか」 甚「だから己(おれ)に見せやと云うんだ」 ○「でも坊主の天窓の有る道理はねえからなア、まア/\待ちねえ己が見るから」 とまた二度目に手を入れると今度はヒヤリ、 ○「ウワ、ウワ、ウワ」 甚「おい何(な)んだ」 ○「何(ど)うも変だよ冷てえ人間の面アみた様な物がある」 甚「ナニ些とも驚くこたアねえやア、二十五座の衣裳で面(めん)が這入(へえ)ってるんだ、そりゃア大変に価値(ねうち)のある物で、一個(ひとつ)でもって二百両ぐれえのがあるよ」 ○「ウン、二十五座の面か」 甚「兄い、だから己に見せやと云うんだ」 と云われたから、今度は思い切って手を突込むとグシャリ、 ○「ウワア」 と云うなり土間へ飛下りて無茶苦茶にしんばりを外して戸外(おもて)へ逃出しますから、 甚「オイ兄い、何処(どこ)へ行(ゆ)く、人に相談もしねえで、無暗(むやみ)に驚いて逃出しやアがる、此の金目(かねめ)のある物を知らずに」 と手を入れて見ると驚いたの驚かないの、 甚「ウアヽヽ」 と此奴(こいつ)も同じく戸外へ逃出しました。すると其の途端に上方者が目を覚して、 上「さアお鶴(つる)起(おき)んかえ時刻は宜(え)いがナ、起んか」 と云うとお鶴と云う女房が、 鶴「お止しよ眠いよ」 上「おい、これ、起んかえ」 鶴「お止しよ、酒を飲むと本当にひちっくどい、気色(きしょく)が悪いから厭(いや)だよ、些(ちっ)とお慎しみ」 上「何をいうのじゃ葛籠を」 鶴「葛籠、おや然(そ)う」 と慾張って居りますから直(す)ぐに目を覚して、 鶴「おや無いよ、葛籠が無いじゃアないか」 上「アヽ彼(あ)の水口が明いとるのは泥坊が這入ったのじゃ、お長屋の衆/\」 と呶鳴(どな)りますから、長屋の者は何事か分りませんが吊提燈(ぶらぢょうちん)を点(つ)けて出て参りますと、 上「貴方御存じか知りまへんが最前總助はんを頼んで引取りました葛籠を盗まれました、あの葛籠は妹(いもと)から預かって置いた大事の物で、盗賊に取られたのを漸(ようよ)う取り遂(おお)せたら又泥坊が這入って持って行(ゆ)きましたによって、同じお長屋の衆は掛(かゝ)り合(あい)で御座りますナア」 △「ナニ掛り合の訳は有りません、路次の締りは固いのだがねえ、でも源八(げんぱち)さん葛籠を取られたと云うのだがどうしましょう」 源[#「源」は底本では「甚」と誤記]「どうしましょうって彼奴(あいつ)は長屋の交際(つきあい)が悪くって、此方(こっち)から物を遣っても向(むこう)から返したこたア無いくらいだから、其様(そんな)に気を揉むこたア無いけれども、仕方がねえから大屋さんを起すが宜(い)い」 ●「アノ奥の一人者の内に食客が居るから、彼処(あすこ)へ行って彼(あ)の人に行って貰うが宜(よ)うございましょう」 △「じゃア連れて来ましょう」 と吊提燈を提げて奥へ行(ゆ)くと、戸袋の脇から真黒な面で目ばかりピカ/\光る奴が二人這出したから、 △「ウワアヽヽ何(なん)だこれおどかしちゃアいけない」 と云う中(うち)に、二人とも一生懸命で路次の戸を打砕(ぶちこわ)して逃出しました。 △「アヽ何(なん)だ、本当にモウ何(ど)うも胸を痛くした、こりゃア彼奴(あいつ)が泥坊だ、私は大きな犬が出たと思って恟(びっく)りした、あゝこれだ/\これだから一人者を置いてはならないと云うのだが、家主(いえぬし)が人が善(い)いから、追出すと意趣返しをすると云うので怖がって置くのだが宜(よ)くない、此処(こゝ)にちゃんと葛籠があるわ、上方者だと思って馬鹿にして図々しい奴だ、一つ長屋に居て斯(こ)んな事をするのは頭隠して尻隠さず、葛籠を置いて行くから直ぐに知れて仕舞うんだ、何か代物(しろもの)が残って居るかも知れねえから見てやろう、ウワアお長屋の衆」 と云うから驚いて外(ほか)の者が来て見ると、葛籠が有るから、 ●「おゝ彼処(あすこ)に葛籠がある、好(い)い塩梅(あんばい)だ、おや、中に、ウワア、お長屋の衆」 と来る奴も/\皆お長屋の衆と云う大騒ぎ。すると二つ長屋の事でございますから義理合(ぎりあい)に宗悦の娘お園が来て見ると恟(びっく)りして、 園「是は私のお父(とっ)さんの死骸何(ど)うしたのでございましょう、昨日(きのう)家(うち)を出て帰りませんから心配して居りましたが」 △「イヤそれは何(ど)うもとんだ事」 というので是から訴えになりましたが、葛籠に記号(しるし)も無い事でございますから頓(とん)と何者の仕業(しわざ)とも知れず、大屋さんが親切に世話を致しまして、谷中(やなか)日暮里(にっぽり)の青雲寺(せいうんじ)へ野辺送りを致しました。これが怪談の発端でござります。        六 引続きまして申上げまする。深見新左衞門が宗悦を殺しました事は誰(たれ)有って知る者はござりません。葛籠に記号(しるし)もござりませんから、只つまらないのは盲人宗悦で、娘二人はいかにも愁傷致しまして泣いて居る様子が憫然(ふびん)だと云って、長屋の者が親切に世話を致します混雑の紛れに逃げました賭博打(ばくちうち)二人は、遂に足が付きまして直(すぐ)に縄に掛って引かれまして御町(おまち)の調べになり、賭博兇状(ばくちきょうじょう)と強迫兇状(ゆすりきょうじょう)がありました故其の者は二人とも佃島(つくだじま)へ徒刑になりました。上方者は自分の物だと言って他人の物を引入れました廉(かど)は重罪でございますけれども格別のお慈悲を以て所払いを仰せ付けられまして其の一件(こと)は相済みましたが、深見新左衞門の奥方は、あゝ宗悦は憫然(かわいそう)な事をした、何(ど)うも実に情ないお殿様がお手打に遊ばさないでも宜(よ)いものを、別に怨(うらみ)がある訳でもないに、御酒の上とは云いながら気の毒な事をしたと絶えず奥方が思います処から、所謂(いわゆる)只今申す神経病で、何となく塞いで少しも気が機(はず)みません事でございます。翌年になりまして安永三年二月あたりから奥方がぶら/\塩梅が悪くなり、乳が出なくなりましたから、門番の勘藏(かんぞう)がとって二歳(ふたつ)になる新吉(しんきち)様と云う御次男を自分の懐へ入れて前町(まえまち)へ乳を貰いに往(ゆ)きます。と云うものは乳母を置く程の手当がない程に窮して居るお屋敷、手が足りないからと云うので、市ヶ谷に一刀流の剣術の先生がありまして、後(のち)に仙台侯の御抱(おかゝ)えになりました黒坂一齋(くろさかいっさい)と云う先生の処に、内弟子に参って居(お)る惣領(そうりょう)の新五郎(しんごろう)と云う者を家(うち)へ呼寄せて、病人の撫擦(なでさす)りをさせたり、或(あるい)は薬其の外(ほか)の手当もさせまする。其の頃新五郎は年は十九歳でございますが、よく母の枕辺(まくらべ)に附添って親切に看病を致しますなれども、小児(こども)はあり手が足りません。殿様はやっぱり相変らず寝酒を飲んで、奥方が呻(うな)ると、 新「そうヒイ/\呻ってはいけません」 などと酔った紛れにわからんことを仰しゃる。手少なで困ると云って、中働(なかばたらき)の女を置きました。是は深川(ふかゞわ)網打場(あみうちば)の者でお熊(くま)と云う、年二十九歳で、美女(よいおんな)ではないが、色の白いぽっちゃりした少し丸形(まるがたち)のまことに気の利いた、苦労人の果(はて)と見え、万事届きます。殿様の御酒の相手をすれば、 新「熊が酌をすれば旨い」 などと酔った紛れに冗談を仰しゃると、此方(こちら)はなか/\それ者(しゃ)の果と見えてとう/\殿様にしなだれ寄りましてお手が付く。表向(おもてむき)届けは出来ませんがお妾と成って居る。するともと/\狡猾な女でございますから、奥方の纔訴(ざんそ)を致し、又若様の纔訴を致すので、何となく斯(こ)う家がもめます。いくら言っても殿様はお熊にまかれて、煩(わずら)って居る奥様を非道な事をしてぶち打擲(ちょうちゃく)を致します。もう十九にもなる若様をも煙管(きせる)を持って打(ぶ)つ様な事でございますから、 新五郎「あゝ親父(おやじ)は愚(ぐ)な者である、こんな処にいては迚(とて)も出世は出来ぬ」 と若気の至りで新五郎と云う惣領の若様はふいと家出を致しますると、お熊はもう此の上は奥様さえ死ねば自分が十分此処(こゝ)の奥様になれると思い、 熊「わたしは何(ど)うも懐妊した様でございます、四月から見るものを見ませぬ酸(す)ッぱい物が食べたい」 何(なん)のと云うから殿様は猶更(なおさら)でれすけにおなり遊ばします。追々其の年も冬になりまして、十一月十二月となりますと、奥様の御病気が漸々(だん/\)悪くなり、その上寒さになりましてからキヤ/\さしこみが起り、またお熊は、漸々お腹が大きくなって身体が思う様にきゝませんと云って、勝手に寝てばかり居るので、殿様は奥方に薬一服も煎(せん)じて飲ませません。只勘藏ばかりあてにして、 新「これ/\勘藏」 勘「ヘエ、殿様貴方御酒ばかり召上って居て何(ど)うも困りますなア奥様は御不快で余程御様子が悪いし、殊(こと)には又お熊様(さん)はあゝやって懐妊だからごろ/″\して居り、折々(おり/\)奥様は差込むと仰しゃるから、少しは手伝って頂きませんじゃア、手が足りません、私(わたくし)は若様のお乳を貰いに往(い)くにも困ります」 新「困っても仕方がない、何か、さしこみには近辺の鍼医(はりい)を呼べ、鍼医を」 と云うと、丁度戸外(おもて)にピー、と按摩(あんま)の笛、 新「おゝ/\丁度按摩が通るようだ、素人(しろうと)療治ではいかんから彼(あ)れを呼べ/\」 勘「ヘエ」 と按摩を呼入れて見ると、怪し気(げ)なる黒の羽織を着て、 按摩「宜(よろ)しゅう私(わたくし)が鍼をいたしましょう、鍼はお癪気(しゃくき)には宜しゅうございます」 というので鍼を致しますと、 奥方「誠に好(よ)い心持に治まりがついたから何卒(どうぞ)明日(あす)の晩も来て呉れ」 と戸外を通る揉療治ではありますが、一時凌(いっときしの)ぎに其の後(のち)五日ばかり続いて参ります。すると一番しまいの日に一本打ちました鍼が、何(ど)う云うことかひどく痛いことでございましたが、是は鍼に動ずると云うので、 奥方「あゝ痛(いた)、アいたタ」 按摩「大層お痛みでございますか」 奥方「はいあゝ甚(ひど)く痛い、今迄斯(こ)んなに痛いと思った事は無かったが、誠に此の鳩尾(みずおち)の所に打たれたのが立割られたようで」 按摩「ナニそれはお動じでございます、鍼が験(きゝ)ましたのでございますから御心配はございません、イエまア又明晩も参りましょうか」 奥方「はい、もう二三日鍼は止(や)めましょう、鍼はひどく痛いから」 按摩「直(じ)き癒(なお)ります、鍼が折れ込んだ訳でもないので、少しお動じですからナ、左様なら御機嫌よろしゅう」 と僅(わずか)の療治代を貰って帰りました。すると奥方は鍼を致した鳩尾の所が段々痛み出し、遂には爛(ただ)れて鍼を打った口からジク/\と水が出るようで、猶更(なおさら)苦しみが増します。        七 新左衞門様は立腹して、 新「どうも怪(け)しからん鍼医だ、鍼を打ってその穴から水が出るなんという事は無い訳で、堀抜井戸(ほりぬきいど)じゃア有るまいし、痴呆(たわけ)た話だ、全体何(ど)う云うものかあれ限(ぎ)り来ませんナ」 勘「奥方がもう来ないで宜(よ)いと仰しゃいましたから」 新「間(ま)が悪いから来ないに違いない、不埓至極な奴だ、今夜でも見たら呼べ」 と云われたから待って居りましたが、それぎり鍼医は参りません。すると十二月の二十日の夜(よ)に、ピイー/\、と戸外(おもて)を通ります。 新「アヽあれ/\笛が聞える、あれを呼べ、勘藏呼んで来い」 勘「ハイ」 と駈出して按摩の手を取って連れて来て見ると、前の按摩とは違い、年をとって痩(やせ)こけた按摩。 新「何(なん)だこれじゃア有るまい、勘藏違って居(お)るぞ」 按摩「ヘエお療治を致しますか」 新「何だ汝(てまえ)ではなかった、違った」 按摩「左様で、それはお生憎(あいにく)様でございますが何卒(どうぞ)お療治を」 新「これ/\貴様鍼をいたすか」 按摩「私(わたくし)は俄盲人(にわかめくら)でございまして鍼は出来ません」 新「じゃア致方(いたしかた)が無い、按腹(あんぷく)は」 按摩「療治も馴れません事で中々上手に揉みます事は出来ませんが、丈夫な方ならば少しは揉めます」 新「何の事だ病人を揉む事はいかぬか、それは何にもならぬナ、でも呼んだものだから、勘藏、これ、何処(どこ)へ行って居るかナ、じゃア、まア折角呼んだものだからおれの肩を少し揉め」 按摩「ヘエ誠に馴れませんから、何処が悪いと仰しゃって下さい、経絡(けいらく)が分りませんから、こゝを揉めと仰しゃれば揉みます」 と後(うしろ)へ廻って探り療治を致しまするうち、奥方が側に居て、 奥方「アヽ痛(いた)、アヽ痛」 新「そう何(ど)うもヒイ/\云っては困りますね、お前我慢が出来ませんか、武士の家に生れた者にも似合わぬ、痛い/\と云って我慢が出来ませんか、ウン/\然(そ)う悶えては却(かえ)って病に負けるから我慢して居なさい、アヽ痛、これ/\按摩待て、少し待て、アヽ痛い、成程此奴(こいつ)は何うもひどい下手だナ、汝(てまえ)は、エヽ骨の上などを揉む奴が有るものか、少しは考えて遣(や)れ、酷(ひど)く痛いワ、アヽ痛い堪(たま)らなく痛かった」 按摩「ヘエお痛みでござりますか、痛いと仰しゃるがまだ/\中々斯(こ)んな事ではございませんからナ」 新「何を、こんな事でないとは、是より痛くっては堪らん、筋骨に響く程痛かった」 按摩「どうして貴方、まだ手の先で揉むのでございますから、痛いと云ってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差でこの左の肩から乳の処まで斯(こ)う斬下げられました時の苦しみはこんな事では有りませんからナ」 新「エ、ナニ」 と振返って見ると、先年手打にした盲人(もうじん)宗悦が、骨と皮許(ばか)りに痩せた手を膝にして、恨めしそうに見えぬ眼を斑(まだら)に開いて、斯う乗出した時は、深見新左衞門は酒の酔(えい)も醒(さ)め、ゾッと総毛だって、怖い紛れに側にあった一刀をとって、 新「己(おの)れ参ったか」 と力に任(まか)して斬りつけると、 按摩「アッ」 と云うその声に驚きまして、門番の勘藏が駈出して来て見ると、宗悦と思いの外(ほか)奥方の肩先深く斬りつけましたから、奥方は七転八倒の苦しみ、 新「ア、彼(あ)の按摩は」 と見るともう按摩の影はありません。 新「宗悦め執(しゅう)ねくもこれへ化けて参ったなと思って、思わず知らず斬りましたが、奥方だったか」 奥「あゝ誰(たれ)を怨(うら)みましょう、私(わたくし)は宗悦に殺されるだろうと思って居りましたが、貴方御酒をお廃(や)めなさいませんと遂には家が潰れます」 と一二度虚空をつかんで苦しみましたが、奥方はそのまゝ息は絶えましたから如何(いかん)とも致し方がございませんが、この事は表向にも出来ません。殊(こと)には年末(くれ)の事でございますから、これから頭(かしら)の宅へ内々参ってだん/″\歎願をいたしまして、極(ごく)内分(ないぶん)の沙汰にして病死のつもりにいたしました。昔は能(よ)く変死が有っても屏風(びょうぶ)を立てゝ置いて、お頭が来て屏風の外(そと)で「遺言を」なんどゝ申しますが、もう当人は夙(とっく)に死んでいるから遺言も何も有りようはずはございません。この伝で病気にして置くことも徃々(おうおう)有りましたから、病死の体(てい)にいたして漸(ようや)くの事で野辺送りをいたしました。流石(さすが)の新左衞門も此の一事には大(おお)きに閉口いたして居りました。すると其の年も明けまして、一陽来復(いちようらいふく)、春を迎えましても、まことに屋敷は陰々(いん/\)といたして居りますが、別にお話もなく、夏も行(ゆ)き秋も過ぎて、冬のとりつきになりました。すると本所(ほんじょ)北割下水(きたわりげすい)に、座光寺源三郎(ざこうじげんざぶろう)と云う旗下が有って、これが女太夫(おんなだゆう)のおこよと云う者を見初(みそ)め、浅草竜泉寺(りゅうせんじ)前の梶井主膳(かじいしゅぜん)と云う売卜者(うらないしゃ)を頼み、其の家を里方にいたして奥方に入れた事が露見して、御不審がかゝり、家来共も召捕(めしとり)吟味中、深見新左衞門、諏訪部三十郎(すわべさんじゅうろう)と云う旗下の両家は宅番を仰せつけられたから、隔番(かくばん)の勤めでございます。すると十一月の二十日の晩には、深見新左衞門は自分は出ぬ事になりましたから、 新「熊や今晩は一杯飲んでらく/\休める」 と云うので御酒を召上ったが、少し飲過ぎて心持がわるいと小用場(こようば)へ徃(い)ってから、 新「水を持て、嗽(うがい)をしなければならん」 と云うので手水鉢(ちょうずばち)のそばで手を洗って居りますると、庭の植込(うえごみ)の処に、はっきりとは見えませんが、頬骨の尖(とが)った小鼻の落ちました、眼の所がポコンと凹(くぼ)んだ頬(これ)から頤(これ)へ胡麻塩交(ごましおまじり)の髯(ひげ)が生えて、頭はまだらに禿(は)げている痩せかれた坊主が、 坊「殿様/\」 と云う。 新「エヽ」 と見るやいなや其の儘トン/\/\/\と奥へ駈込んで来て、刀掛に有った一刀を引抜いて、 新「狸の所為(しわざ)か」 と斬りつけますと、パッと立ちます一団の陰火が、髣髴(ほうふつ)として生垣(いけがき)を越えて隣の諏訪部三十郎様のお屋敷へ落ちました。        八 新左衞門はハテ狐狸(こり)の所為かと思いました。すると其の翌日から諏訪部三十郎様が御病気で、何をしてもお勤(つとめ)が出来ませんから、二人して勤めべき所、お一方(ひとかた)が病気故、新左衞門お一方で座光寺源三郎の屋敷へ宅番に附いて居ると、或夜(あるよ)彼(か)の梶井主膳と云う者が同類を集めて駕籠を釣らせ、抜身(ぬきみ)の鎗(やり)で押寄せて、おこよ、源三郎を連れて行(ゆ)こうと致しますから深見新左衞門は役柄で捨置かれず、直(すぐ)に一刀を取って斬掛けましたが、多勢に無勢(むぜい)で、とう/\深見を突殺し、おこよ源三郎を引(ひき)さらって遠く逃げられました故、深見新左衞門は情(なさけ)なくも売卜者の為に殺されてお屋敷は改易(かいえき)でございます。諏訪部三十郎は病気で御出役が無かったのだが公辺(こうへん)のお首尾が悪く、百日の間閉門仰付(おおせつ)けられますると云う騒ぎ、座光寺源三郎は勿論深見の家も改易に相成りまして、致し方がないから産落(うみおと)した女の児(こ)を連れて、お熊は深川の網打場へ引込(ひきこ)み、門番の勘藏は新左衞門の若様新吉と云うのを抱いて、自分の知己(しるべ)の者が大門町(だいもんちょう)にございますから、それへ参って若様に貰い乳をして育てゝ居るという情ない成行(なりゆき)、此の通り無茶苦茶に屋敷の潰れた跡へ、帰って来たのは新五郎と云う惣領でございますが、是は下総の三右衞門の処へ参って少しの間厄介に成って居りましたが、素(もと)より若気の余りに家を飛出したので淋しい田舎には中々居られないから、故郷忘(ぼう)じがたく詫言(わびごと)をして帰ろうと江戸へ参って自分の屋敷へ来て見ると、改易と聞いて途方に暮れ、爰(こゝ)と云う縁類(えんるい)も無いから何(ど)うしたらよかろうと菩提所(ぼだいしょ)へ行って聞くと、親父は突殺され、母親は親父が斬殺(きりころ)したと聞きまして少しのぼせたものか、 新五「これは怪(け)しからん事、何たる因果因縁か屋敷は改易になり、両親は非業の死を遂げ、今更世間の人に顔を見られるも恥かしい、もう迚(とて)も武家奉公も出来ぬから寧(いっ)そ切腹致そう」 と、青松院(せいしょういん)の墓所(はかしょ)で腹を切ろうとする処へ、墓参りに来たのは、谷中(やなか)七面前(しちめんまえ)の下總屋惣兵衞(しもふさやそうべえ)と云う質屋の主人(あるじ)で、これを見ると驚いて刄物をもぎとって何(ど)う云う次第と聞くと、 新五「これ/\の訳」 というから、 惣「それなら何も心配なさるな、若い者が死ぬなんと云う心得違いをしてはいけぬ、無分別な事、独身(ひとりみ)なれば何(ど)うでもなりますから私の家(うち)へ入らっしゃい」 と親切に労(いた)わって家(うち)へ連れて来て見ると、人柄もよし、年二十一歳で手も書け算盤(そろばん)も出来るから質店(しちみせ)へ置いて使って見るとじつめい[#「じつめい」に傍点]で応対が本当なり、苦労した果(はて)で柔和で人交際(ひとづきあい)がよいから、 甲「あなたの処(とこ)では良い若い者を置当てなすった」 惣「いゝえ彼(あれ)は少し訳があって」 と云って、内の奉公人にもその実(じつ)を言わず、 惣「少し身寄から頼まれたのだと云ってあるから、あなたも本名を明してはなりません」 と云うので、誠に親切な人だから、新五郎もこゝに厄介になって居ると、この家(うち)にお園という中働(なかばたらき)の女中が居ります。これは宗悦の妹娘で、三年あとから奉公して、誠に真実に能く働きますから、主人の気に入られて居る。併(しか)し新五郎とは、敵(かたき)同士が此処(こゝ)へ寄合ったので有りますが、互にそういう事とは知りません。 園「新どん」 新「お園どん」 と呼合いまする。新五郎は二十一歳で、誠に何(ど)うも水の出端(でばな)でございます。又お園は柔和な好(よ)い女、 新「あゝいう女を女房に持ちたい」 と思うと何(ど)ういう因果因縁か、新五郎がお園に死ぬほど惚れたので、お園の事というと、能く気を付けて手伝って親切にするから、男振(おとこぶり)は好(よ)し応対も上手、其の上柔和で主人に気に入られて居るから、お園はあゝ優しい人だと、新どんに惚れそうなものだが、敵同士とはいいながら虫が知らせるか、お園は新五郎に側へ来られると身毛立(みのけだ)つほど厭に思うが、それを知らずに、新五郎は無暗(むやみ)に親切を尽しても、片方(かた/\)は碌(ろく)に口もききません。主人もその様子を見て、 惣「お園はまことに希代(きたい)だ、あれは感心な堅い娘だ、あれは女中のうちでも違って居る、姉は何だか、稽古の師匠で豐志賀(とよしが)というが、姉妹(きょうだい)とも堅い気象で、あの新五郎は頻(しき)りとお園に優しくするようだが」 と気は附いたけれども、なに両人(ふたり)とも堅いから大丈夫と思って居りまするくらいで、なか/\新五郎はお園の側へ寄付(よりつ)く事も出来ませんが、ふとお園が感冐(ひきかぜ)の様子で寝ました。すると新五郎は寝ずにお園の看病をいたします。薬を取りに行ったついでに氷砂糖を買って来たり、葛湯(くずゆ)をしてくれたり、蜜柑(みかん)を買って来る、九年母(くねんぼ)を買って来たりしてやります。主人も心配いたして、 惣「おきわ」 きわ「はい」 惣「お園は何も大した病気でもないから宿へ下げる程でもなし、あれも長く勤めておることだから、少しの病気なれば、医者は此方(こっち)で、山田さんが不都合なら、幸庵(こうあん)さんを頼んでもいゝが、何(なん)だね、誠にその、看病人が無くって困るね」        九 きわ「私(わたくし)が折(おり)に園の部屋へ見舞に参りますと、直ぐ布団の上へ起きなおりまして、もうなに大(おお)きに宜しゅうございますなどゝ云って、まことに快(よ)い振(ふり)をして居るから、お前無理をしてはいけないから寝ておいでと申しましても、心配家(しんぱいか)でございますから私も誠に案じられます」 惣「そりゃア誠に困ったものだ、誰(たれ)か看病人が無ければならん、成程己(おれ)も時に行って見ると、ひょいと跳起(はねお)きるが、あれでは却(かえ)ってぶり返すといかんから看病人に姉でも呼ぼうか」 きわ「でも仕合せに新五郎が参っては寝ずに感心に看病致します、あれは誠に感心な男で、店がひけると薬を煎じたり何か買いに行ったり、何も彼(か)も一人で致します」 惣「なに新五郎がお園の部屋へ這入ると、それはいかん、それは女部屋のことはお前が気を附けて小言を云わなければなりません、それは何事も有りはしまいが」 きわ「有りはしまいたって新五郎はあの通りの堅人(かたじん)ですし、お園も変人ですから、変人同士で大丈夫何事もありはしません」 惣「それはいかん、猫に鰹節で、何事がなくっても、店の者や出入(でいり)の者がおかしく噂でも立てると店の為にならぬから、きっと小言を云わんければならぬ」 きわ「それじゃア女中部屋へ出入を止(と)めます」 と云って居る所へ、何事も存じません新五郎が帰って来て、 新「ヘエ只今帰りました」 惣「何処(どこ)へ往った」 新「番頭さんがそう仰しゃいますから、上野町(うえのまち)の越後屋(えちごや)さんの久七(きゅうしち)どんに流れの相談を致しまして、帰りにお薬を取って参りましたが、山田さんがそう仰しゃるには、お園さんは大分好(よ)い塩梅だが、まだ中々大事にしなければならん、どうも少し傷寒(しょうかん)の性(たち)だから大事にするようにと仰しゃって、今日はお加減が違いましたからこれから煎じます」 惣「お前が看病致しますか」 新「ヘエ」 惣「お前の事だから何事もありますまいがネけれどもその、お前もそれ廿一、ね、お園は十九だ、お互に堅いから何事も無かろうが、一体男女(なんにょ)の道はそういうものでない、私の家(うち)は極(ご)く堅い家であったけれども、やっぱりこれにナ許嫁(いいなずけ)が有ったが、私がつい何して、貰うような事で」 きわ「何を仰しゃる」 惣「だから堅いが堅いに立たぬのは男女の間柄、何事もありはしまいが、店の若い者がおかしく嫉妬(やきもち)をいうとか、出入の者がいやに難癖を附けるとか、却って店の示しにならぬからよろしくないいかにも取締りが悪い様だからそれだけはナ」 新「ヘエ薩張(さっぱり)心付きませんかったが、店の者が女部屋へ這入っては悪うございますか、もうこれからは決して構いませんように心づけます、決して構いません」 惣「決して構わんでは困ります、看病人が無いから決して構わんと云ってはお園が憫然(かわいそう)だから、それはね、ま構ってもいゝがね、少しそこを何(ど)うか構わぬ様に」 何だか一向分りませんが少しは構ってもよいという題が出ましたから、新五郎は悦びながら女部屋へ往って、 新「お園どん山田様へいってお薬を戴いてきたが、今日はお加減が違ったから、生姜(しょうが)を買ってくるのを忘れたが今直(じき)に買って来て煎じますが、水も只では悪いから氷砂糖を煎じて水で冷して上げよう、蜜柑も二つ買って来たが雲州(うんしゅう)のいゝのだからむいて上げよう、袋をたべてはいけないから只露(つゆ)を吸って吐出(はきだ)しておしまい、筋をとって食べられるようにするから」 園「有難う、新どん後生(ごしょう)だから女部屋へ来ないようにしておくんなさい、今もおかみさんと旦那様とのお話もよく聞えましたが、店の者が女部屋へ這入ってきては世間体が悪いと云っておいでだから、誠に思召(おぼしめし)は有難いが、後生だから来ないようにして下さい」 新「だから私が来ないようにしよう構わぬと云ったら、旦那が来なくっちゃア困る、お前さんが憫然(かわいそう)だから構ってやってくれと仰しゃったくらい、人は何といっても訝(おか)しい事がなければ宜しいから、今薬を煎じて上(あげ)るから心配しないで、心配すると病気に障るからね」 園「あゝだもの新どんには本当に困るよ、厭だと思うのにつか/\這入って来てやれこれ彼様(あんな)に親切にしてくれるが、どういう訳かぞっとするほど厭だが、何(ど)うしてあの人が厭なのか、気の毒な様だ」 と種々(いろ/\)心に思って居ると、杉戸(すぎど)を明けて、 新「お園どんお薬が出来たからお飲みなさい、余(あんま)り冷(さま)すときかないから、丁度飲加減を持って来たが、後(あと)は二番を」 園「新どん、お願いだから彼方(あっち)へ行って下さいな、病気に障りますから」 新「ヘエ左様でげすか」 と締めて立って行(ゆ)く。 園「どうも、来てはいけないと云うのに態(わざ)と来るように思われる、何だか訝(おか)しい変な人だ」 と思って居ると、がらり、 新「お園どんお粥が出来たからね、是は大変に好(い)いでんぶを買って来たから食べてごらん、一寸(ちょっと)いゝよ」 園「まア新どんお粥は私一人で煮られますから彼方(あっち)へ行って下さいよ、却って心配で病気に障るから」 新「じゃア用があったらお呼びよ」 園「あゝ」 というので拠(よんどころ)なく出て行くかと思うと又来て、 新「お園どん/\」 とのべつに這入って来る。すると俗に申す一に看病二に薬で、新五郎の丹精が届きましたか、追々お園の病気も全快して、もう行燈(あんどん)の影で夜なべ仕事が出来るようになりました。丁度十一月十五日のことで、常にないこと、新五郎が何処(どこ)で御馳走になったか真赤に酔って帰りますると、もう店は退(ひ)けてしまった後(あと)で、何となく極りが悪いからそっと台所へ来て、大きい茶碗で瓶(かめ)の水を汲んで二三杯飲んで酔(えい)をさまし、見ると、奥もしんとして退けた様子、女部屋へ来て明けて見ると、お園が一人行燈の下(もと)で仕事をしているから、 新「お園どん」 園「あらまア、新どん、何か御用」        十 新「ナニ、今日はね、あの伊勢茂(いせも)さんへ、番頭さんに言付けられてお使にいったら、伊勢茂の番頭さんは誠に親切な人で、お前は酒を飲まないから味淋(みりん)がいゝ、丁度流山(ながれやま)ので甘いからお飲(あが)りでないかと云われて、つい口当りがいゝから飲過ぎて、大層酔って間(ま)がわるいから、店へ知れては困りますが、真赤になって居るかえ」 園「大変赤くなって居ます。
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