根岸お行の松 因果塚の由来
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著者名:三遊亭円朝 

根岸お行の松 因果塚の由来三遊亭圓朝鈴木行三校訂・編纂        一 昔はお武家が大小を帯(さ)してお歩きなすったものですが、廃刀以来幾星霜を経たる今日に至って、お虫干の時か何かに、刀箪笥から長い刀(やつ)を取出(とりいだ)して、これを兵児帯(へこおび)へ帯して見るが、何(ど)うも腰の骨が痛くッて堪らぬ、昔は能(よ)くこれを帯して歩けたものだと、御自分で駭(おどろ)くと仰しゃった方がありましたが、成程是は左様でござりましょう。なれども昔のお武家は御気象が至って堅い、孔子や孟子の口真似をいたして、頻(しきり)に理窟を並べて居(お)るという、斯(こ)ういう堅人(かたじん)が妹に見込まれて、大事な一人娘を預かった。お宅は下根岸(しもねぎし)[#「しもねぎし」は底本では「しもねがし」と誤記]もズッと末の方で極(ご)く閑静な処、屋敷の周囲(まわり)は矮(ひく)い生垣になって居まして、其の外は田甫(たんぼ)、其の向(むこう)に道灌山(どうかんやま)が見える。折しも弥生(やよい)の桜時、庭前(にわさき)の桜花(おうか)は一円に咲揃い、そよ/\春風の吹く毎(たび)に、一二輪ずつチラリ/\と散(ちっ)て居(お)る処は得も云われざる風情。一ト間の裡(うち)には預けられたお嬢さん、心に想う人があって旦暮(あけくれ)忘れる暇はないけれど、堅い気象の伯父様が頑張って居(い)るから、思うように逢う事も出来ず、唯くよ/\と案じ煩い、……今で言えば肺病でござりますが、其の頃は癆症(ろうしょう)と申しました、寝衣姿(ねまきすがた)で、扱帯(しごき)を乳の辺(あたり)まで固く締めて、縁先まで立出(たちいで)ました途端、プーッと吹込む一陣の風に誘われて、花弁(はなびら)が一輪ヒラ/\/\と舞込みましたのをお嬢さんが、斯う持った……圓朝(わたくし)が此様(こん)な手附をすると、宿無(やどなし)が虱(しらみ)でも取るようで可笑(おかし)いが、お嬢さんは吻(ほっ)と溜息をつき、 娘「アヽ……、何うして伊之(いの)さんは音信(たより)をしてくれぬことか、それにつけてお母様(っかさま)もあんまりな、お雛様を送って下すったのは嬉しいが、私を斯ういう窮屈な家(うち)へ預け、もう生涯彼(あ)の人に逢えぬことか、あゝ情(なさけ)ない、何うかして今一度逢いたいもの……」 と恨めしげに涙ぐんで、斯う庭の面(おも)を見詰(みつめ)ますと、生垣の外に頬被(ほゝかぶり)をした男が佇(たゝず)んで居(お)る様子、能々(よく/\)透かして見ますると、飽かぬ別れをいたしたる恋人、伊之助(いのすけ)さんではないかと思ったから、高褄(たかづま)をとって庭下駄を履き、飛石伝いに段々来(きた)って見ると、擬(まご)うかたなき伊之助でござりますから、 娘「おゝ伊之さん能くまア……」 と無理に手を把(と)って、庭内へ引込んだ。余(あんま)り慌てたものだから少し膝頭を摺毀(すりこわ)した。 娘「まア/\此方(こっち)へ」 手を把っておのれの居間へ引入れましたが、余(あんま)り嬉しいので何も言うことが出来ませぬ。伊之助の膝へ手を突いてホロリと泣いたのは真の涙で、去年(こぞ)別れ今年逢う身の嬉しさに先立つものはなみだなりけり。是よりいたして雨の降る夜(よ)も風の夜も、首尾を合図にお若(わか)の計らい、通える数も積りつゝ、今は互(たがい)に棄てかねて、其の情(なか)漆(うるし)膠(にかわ)の如くなり。良しや清水に居(お)るとても、離れまじとの誓いごとは、反故(ほご)にはせまじと現(うつゝ)を抜かして通わせました。伊勢の海阿漕(あこぎ)ヶ浦に引く網もたび重なればあらわれにけりで、何時(いつ)しか伯父様が気附いた。 伯父「ハテナ、何うしたのだろう、若は脹満(ちょうまん)か知ら」 世間を知らぬ老人は是だからいけませぬ。もうお胤(たね)が留(とま)っては隠すことは出来ない。彼(あれ)は内から膨れて漸々(だん/\)前の方へ糶出(せりだ)して来るから仕様がない。何うも変だ、様子が訝(おか)しいと注意をいたして居ました。すると其の夜(よ)八(や)ツの鐘が鳴るを合図に、トン/\トンと雨戸を叩くものがある。お若は嬉しそうに起上って、そっと音せぬように戸を開けて引入れた。男はずっと被(かむ)りし手拭を脱(と)り、小火鉢の向うへ坐した様子を見ると、何うも見覚(みおぼえ)のある菅野(すがの)伊之助らしい。伯父さんは堅い方(かた)だから、直(すぐ)に大刀(だいとう)を揮(ふる)って躍込(おどりこ)み、打斬(うちき)ろうかとは思いましたが、もう六十の坂を越した御老体、前後の御分別がありますから、じっと忍耐(がまん)をして夜明を待ちました。夜が明けると直(すぐ)に塾の書生さんを走らせて鳶頭(かしら)を呼びにやる。何事ならんと勝五郎(かつごろう)は駭(おどろ)いて飛んで来ました。 勝「ヘイ、誠に御無沙汰を…」 主人「サ、此方(こっち)へお這入り、久しく逢わなかったが、何時(いつ)も貴公は壮健で宜(よ)いノ」 勝「ヘイ、先生もお達者で何より結構でがす、何うも存じながら大(おお)御無沙汰をいたしやした」 主人「まア此方へお出(いで)、何うも忙しい処を妨げて済まぬナ」 勝「何ういたしまして、能々(よく/\)の御用だろうと思って飛んで来やしたが、お嬢様がお加減でもお悪いのでがすか」 主人「ヤ、其の事だテ、去年お前が若を駕籠に乗せて連れて来た時、先方から取った書付、彼(あれ)は今だに取ってあるだろうノ、妹の縁家(えんか)堺屋(さかいや)と云う薬店(やくてん)へ出入(でいり)の菅野伊之助と云う一中節(いっちゅうぶし)の師匠と姪(めい)の若が不義をいたし、斯様(かよう)なことが世間へ聞えてはならぬと云うので、大金を出して手を切った、尤(もっと)も其の時お前が仲へ這入ったのだから、何も間違はあるまいけれど、どうか当分若を預かってくれと云う手紙を持って、若同道でお前が来たから、その時私(わし)が妹の処へ返詞(へんじ)を書いてやったのだ、手前方へ預(あずか)れば石の唐櫃(かろうと)へ入れたも同然と御安心下さるべく候(そろ)と書いてやった」 勝「ヘイ/\成程」 主人「何(なん)でも伊之助と手を切る時、お前の扱いで二百両とか三百両とか先方へやったそうだナ」 勝「エ、左様で、三百両確かにやりました」 主人「其の伊之助がもしも若の許(もと)へ来て逢引でもする様な事があったら貴様済むまいナ」 勝「そりゃア何うも先生の前(めえ)でげすが、アヽやってお嬢さんもぶらぶら塩梅(あんべえ)が悪くッてお在(いで)なさるし、何うかお気の紛れるようにと思って、私(わっし)ア身許(みもと)から知ってる堅(かて)え芸人でげすから、私が勧めて堺屋のお店(たな)へ出入(でいり)をするようになると、あんな優しい男だもんだから、皆さんにも可愛(かあい)がられ、お内儀(かみ)さんも飛んだ良い人間だと誉めて居らしったから、お世話効(がい)があったと思って居ました、処がアヽ云う訳になったもんですから、お内儀さんが、此金(これ)で堺屋の閾(しきい)を跨(また)がせない様にして呉れと仰しゃって、金子(かね)をお出しなすったから、ナニ金子なんざア要りませぬ、私が行(ゆ)くなと云えば上(あが)る気遣いはごぜえませんと云うのに、何(なん)でもと仰しゃるから、金子を請取(うけと)って伊之助に渡し、因果を含めて証文を取り、お嬢さんのお供をしてお宅へ出ましたッ切(きり)で、何うも大きに御無沙汰になってますので」 主人「ナニ無沙汰の事は何うでも宜(よ)い、が、其の大金を取って横山町(よこやまちょう)の横と云う字にも足は踏掛(ふんが)けまいと誓った伊之助が、若の許へ来て逢引をしては済むまいナ」 勝「ヘエー、だッて来る訳がねえので」 主人「処が昨夜(ゆうべ)己(おれ)が確(たしか)に認めた、余り憎い奴だから、一思いに打斬(ぶちき)ろうかと思ったけれど、イヤ/\仲に勝五郎が這入って居るのに、貴様に無断で伊之助を、無暗(むやみ)に己が打(ぶ)つも縛るも出来ぬから、そこで貴様を呼びにやったんだ、だから其処(そこ)で立派に申開(もうしひらき)をしろ」 勝「ヘエー、それは何うも済まねえ訳で、本当に何うも見損った奴で」 主人「まア己の方で見ると、貴様は金子(かね)を伊之助にやりはすまい、好(よ)い加減な事を云って金子を取って使っちまったろうと疑られても仕様がないじゃアないか、店(たな)の主人(あるじ)は女の事だから」 勝「エ、御尤もで、じゃア私(わっし)は是から直(すぐ)に行って参ります、申訳がありませぬから、あの野郎、本当に何うも戯(ふざ)けやアがって、引張って来て横ずっ頬(ぽう)を撲飛(はりと)ばして、屹度(きっと)申訳をいたします」 其の儘戸外(おもて)へ飛出して直に腕車(くるま)[#「くるま」は底本では「くまる」と誤記]に乗り、ガラ/\ガラ/\と両国元柳橋(もとやなぎばし)へ来まして、 勝「師匠、在宅(うち)か」 伊「おや、さお這入んなさい」 勝「冗談じゃアねえぜ、生空(なまぞら)ア使って、悠々とお前(めえ)此処(こゝ)に坐って居られる義理か」 伊「え、何(なん)で」 勝「何(なに)もねえ、え、おい、本当に己はお前(めえ)のために、何様(どんな)にか面皮(めんぴ)を欠いたか知れやアしねえ、折角己が親切に世話アしてやった結構なお店(たな)を、お嬢さんゆえにしくじって仕まい、其の時お内儀さんが此金(これ)をと云って下すったから、ソックリお前の許(とこ)へ持(もっ)て来てやったら、お前が気の毒がって、以来はモウ横山町の横と云う字にも足は踏かけめえと云って、書付まで出して置きながら、何(なん)で根岸くんだりまで出かけて行(ゆ)くんだよ」 伊「え、誰がお嬢さんに逢ったんです」 勝「とぼけるなイ、お前(めえ)が行ったんじゃアねえか」 伊「まアあなた、そう腹立紛れに、人の言う事ばかり聴いてお出(いで)なすっちゃア困りますナ、まア行ったなら行ったになりましょうが……」 勝「昨夜(ゆうべ)お前(めえ)は、既(すんで)に捕捉(とっつかま)って、ポカリとやられちまう処だッたんだ、以前(もと)はお武家(さむらい)で、剣術(やっとう)の先生だから、処がモウ年を取ってお在(いで)なさるから、忍耐(がまん)をして今朝己を呼びによこしたんだが、何うしたッて己が何(なん)とも言訳がねえじゃアねえか」 伊「マヽ行ったと仰しゃるなら行ったにもなりましょうが、昨夜は何うしても行けませぬ、其の証人は貴方です」 勝「己が……何ういう」 伊「何うだッて、日暮方から来て、川長(かわちょう)へでも行ってお飯(まんま)を喰いに一緒に行(ゆ)けと仰しゃるから、お供をしてお飯を戴き、あれから腕車(くるま)を雇ってガラ/\/\と仲へ行って、山口巴(やまぐちどもえ)のお鹽(しお)の許(とこ)へ上(あが)って、大層お浮れなすって、伊之や/\と仰しゃって少しもお前さんの側を離れず夜通し居た私が、何うして根岸まで行(ゆ)ける訳がないじゃアありませぬか」 勝「ウム、違(ちげ)えねえ、側に居たなア、何を云やアがるんで、耄碌(もうろく)ウしてえるんだ、あん畜生(ちきしょう)、ま師匠腹を立(たっ)ちゃア往(い)けねえヨ、己[#「己」は底本では「已」と誤記]は遂(つ)い慌(あわ)てるもんだから凹(へこ)まされたんだ、己がお前(めえ)に渡す金を取って使ったろうと吐(ぬか)しやアがった、ヘン、憚(はゞか)りながら己だッて五百両や六百両、他人(ひと)の金子(かね)を預かることもあるが、三文だッて手を着けたことはありゃアしねえ、其様(そん)な事は大嫌(でえきれ)えな人間なんだ、ちょいと行って来らア、少し待って居ねえ」 また腕車(くるま)を急がせて根岸のはずれまで引返(ひっかえ)して来た。 勝「ヘイ唯今」 主人「イヤ、大きに御苦労、何うだ伊之助は居たか」 勝「エヽ先生は昨夜(ゆうべ)伊之が此方(こちら)へ来たと仰しゃいますが、昨夜じゃアありますめえ」 主人「ナニ、昨夜確(たしか)に見たから、今朝貴様の許(とこ)へ人をやったんだ」 勝「ヘエー、昨夜なら何うしても来る訳がねえので」 主人「何故(なぜ)」 勝「何故ったッて、何うも誠に先生の前(めえ)では、些(ちっ)ときまりの悪い話でげすが、実は彼奴(あいつ)を連れて吉原(なか)へ遊びに行ったんでげすから、何うしても此方(こちら)へ来る筈がごぜえませんので」 主人「ウム、それなれば何故、最初己が尋ねた時に爾(そ)う云わぬのじゃ」 勝「ヘイ、何うもそれがあわてちまいましたもんだから、誠に何うも面目次第もない訳で」 主人「吉原(よしわら)へ行ったと云うのか」 勝「ヘイ」 主人「宵から行ったか」 勝「ヘイ」 主人「それじゃア、まだ貴様欺(だま)されて居るのじゃ、吉原の引(ひけ)と云うのは十二時であろう」 勝「左様、一時から二時ぐらいが大引(おおびけ)なんで」 主人「其の時に貴様を寝こかして置いて、自分は用達(ようたし)に行(ゆ)くとか何(なん)とか云って、スーッと腕車(くるま)に乗って来て夜明まで十分若に逢って帰れるじゃアないか、貴様は伊之助に寝こかしにされたことを知らぬか」 勝「エ、寝こかし、成程、アン畜生(ちきしょう)」 主人「吉原と根岸では道程(みちのり)も僅(わずか)だろう」 勝「左様、何うもあの野郎、太(ふて)え畜生だ、今直(じき)に腕をおっぺしょって来ます」 又出かけて来た。 勝「師匠、在宅(うち)か」 伊「先刻(さっき)の事は冗談でしたろう」 勝「ナニ冗談も糞もあるもんか、え、おい、お前(めえ)吉原から根岸まで道程は僅だぜ、何(なん)でえ、白(しら)ばっくれやアがって、人を寝こかしに仕やアがって、行きやアがったんだろう、枕許へ来てお寝(やす)みなせえとか何(なん)とか云やアがって」 伊「ウフヽヽ寝こかしにも何(なに)にも極りを云って居らっしゃる、昨夜(ゆうべ)は些(ちっ)とも寝やアしないじゃありませんか、あなたが皺枯声(しわがれごえ)で一中節を唸(うな)って、衣洗(きぬあらい)から、童子対面までやった時には、皆(みんな)が欠伸(あくび)をしましたよ、本当に可愛(かあい)そうに、酷(ひど)いじゃアありませぬか」 勝「ウム成程、寝ねえナ」 伊「それから夜が明けると朝湯に這入って腕車(くるま)で宅(たく)へ帰る間もなくお前さんが来たんですよ」 勝「成程、何を云やアがるんだ、あん畜生(ちきしょう)、ま師匠、堪忍して呉んな、己(おら)ア一寸(ちょっと)行って来(く)らア」 又慌てゝやって来た。 勝「ヘイ先生行って来ました」 主人「何うした」 勝「何うにも斯うにも、何うあっても昨夜(ゆうべ)は来(こ)ねえてんです、彼奴(あいつ)も私(わっし)も昨夜は些(ちっ)とも寝ねえんですもの、ガラリ夜が明ける、家(うち)へ帰(けえ)るとお人だから、直(すぐ)に来やしたんで」 主人「エー、徹夜をした、ウヽム、私(わし)も老眼ゆえ見損いと云うこともあり、又世間には肖(に)た者もないと限らねえ、見違いかも知れぬから、今夜貴様私の許(とこ)へ泊って、若に内証(ないしょ)で、様子を見て呉れぬか」 勝「じゃアそう為(し)ましょう」 と其の夜は根岸の家(うち)へ泊込み、酒肴(さけさかな)で御馳走になり大酩酊(おおめいてい)をいたして褥(とこ)に就くが早いかグウクウと高鼾(たかいびき)で寝込んで了(しま)いました。夜(よ)は深々(しん/\)と更渡(ふけわた)り、八ツの鐘がボーンと響く途端に、主人(あるじ)が勝五郎を揺起(ゆりおこ)しました。 主人「オイ、勝五郎/\」 勝「ヘイ、ハアー、ヘイ/\、アー、お早う」 主人「まだ夜半(よなか)だヨ、サ此方(こっち)へ来なさい」 と廊下づたいに参り、襖(ふすま)の建附(たてつけ)へ小柄(こづか)を入れて、ギュッと逆に捻(ねじ)ると、建具屋さんが上手であったものと見えて、すうと開(あ)いた。 主人「サあれだ」 勝「ヘイ」 と睡(ねむ)い目をこすりながら勝五郎は覗いて見ますと、火鉢を中に差向に坐って居るは伊之助に相違ないから、 勝「アヽ何うも誠に済みませぬ、慥(たしか)に伊之の野郎に違(ちげ)えごぜえませぬ」 主人「それ見ろ、然(しか)るに何(なん)で昨夜(ゆうべ)は来る筈がないと申した」 勝「イエ、昨夜は何うしても来る訳がごぜえませんので」 主人「今夜のは確(たしか)に伊之助に相違ないナ」 勝「ヘイ、伊之の野郎で」 主人「それが間違うと大事(おおごと)になるぞよ」 勝「イエ、何様(どん)な事があっても、よ宜しゅうごぜえます」 主人「ウム宜(よ)し」 ソッと抜足(ぬきあし)をして自分の居間へ戻り、六連発銃を持来(もちきた)り、襖の間から斯(こ)う狙いを附けたから勝五郎は恟(びっく)りして、 勝「まゝ先生乱暴な事をなすっちゃアいけませぬ、伊之の野郎は打殺(ぶちころ)しても構やアしませぬが、もしもお嬢さんにお怪我でもありましては済みませぬから」 主人「イヽヤ気遣いない」 伯父の高根(たかね)の晋齋(しんさい)は、片手に六連発銃を持ち襖の間から狙いを定め、カチリと弾金(ひきがね)を引く途端、ドーンと弾丸(たま)がはじき出る、キャー、ウーンと娘は気絶をした様子。 晋「ソレ若が気絶をした、早く/\」 此の物音に駭(おどろ)いて、門弟衆がドヤ/\と来(きた)り、 ○「先生何事でござります、狼藉者でも乱入致しましたか」 晋「コレ/\静(しずか)にいたせ/\、兎も角早う若を次の間へ連れて行(ゆ)き、介抱いたして遣(つか)わせ」 是から灯火(あかり)を点けて見ると恟(びっく)りしました。其処(そこ)に倒れて居たのは幾百年と星霜を経ましたる古狸であった。お若が伊之助を恋しい恋しいと慕うて居た情(じょう)を悟り、古狸が伊之助の姿に化けお若を誑(たぶら)かしたものと見えまする。併(しか)し斯(か)ような事が世間へ知れてはならぬとあって、庭の小高い処へ狸の死骸を埋(うず)めて了(しま)ったという。さりながら娘お若が懐妊して居る様子であるから、 晋「アヽとんだ事になった、畜生の胤(たね)を宿すなんテ」 と心配をして居るうちに、十月(とつき)経っても産気附かず、十二ヶ月(つき)目に生れましたのが、珠(たま)のような男の児(こ)、続いて後(あと)から女の児が生れました。其の後(のち)悪因縁の※(まつ)わる処か、同胞(きょうだい)にて夫婦になるという、根岸の因果塚のお物語でござりまする。        二 何事も究理のつんで居ります明治の今日、離魂病(りこんびょう)なんかてえ病気があるもんか、篦棒(べらぼう)くせえこたア言わねえもんだ、大方支那の小説でも拾読(ひろいよみ)しアがッて、高慢らしい顔しアがるんだろう、と仰しゃるお客様もありましょうが、中々もって左様(そう)いうわけではございません。早い譬(たと)えが幽霊でございます、私(わたくし)などが考えましても何うしても有るべき道理がないと存じます。先(ま)ず当今のところでは誰方(どなた)でも之には御賛成遊ばすだろうと存じますが、扨(さ)てこゝでございます、お客様方も御承知で居らせられる幽霊博士(はかせ)……では恐れ入りまするが、あの井上圓了(いのうええんりょう)先生でございます。この先生の仰しゃるには幽霊というものは必ず無い物でない、世の中には理外に理のあるもので、それを研究するのが哲学の蘊奥(うんおう)だとやら申されますそうでございます、そうして見ると離魂病と申し人間の身体が二個(ふたつ)になって、そして別々に思い/\の事が出来るというような不思議な病気も一概にないとは申されません、斯(こ)ういう誠に便利な病気には私(わたくし)どもは是非一度罹(かゝ)りとうございます、まア考えて御覧遊ばせ、一人の私が遊んで居りまして、もう一人の私がせッせと稼いで居りますれば、まア米櫃(こめびつ)の心配はないようなもので、誠に結構な訳なんですが、何うも左様(そう)は問屋(といや)で卸してはくれず致し方がございません。 さてお若でございますが、恋こがれている伊之助が尋ねて来たので、伯父晋齋の目を掠(かす)め危うい逢瀬に密会を遂げ、懐妊までした男は真実(まこと)の伊之助でなく、見るも怖しき狸でありましたから、身の淫奔(いたずら)を悔いて唯々(たゞ/\)歎(なげ)きに月日を送り、十二ヶ月目で産みおとしたは世間でいう畜生腹。男と女の双児(ふたご)でございますので、いよ/\其の身の因果と諦め、浮世のことはプッヽリ思い切って仕舞いました。伯父もお若の様子を見て可愛そうでなりませんが、何うも仕様がないので困り切って居ります。何(なん)ぼ狸の胤だからッて人間に生れて来た二人に名を付けずにも置かれぬから、男は伊之吉(いのきち)女はお米(よね)と名を付ける事になりました。茲(こゝ)に一つ不思議なことには伊之吉お米で、双児というものは身体の好格(かっこう)から顔立までが似ているものだそうで、他人の空似とか申して能く似ているものを見ると、あゝ彼(あ)の人は双児のようだと申しますから、真物(ほんもの)の双児は似る筈ではございますが、男と女のお印が違っているばかり、一寸(ちょっと)見ると何方(どちら)が何方かさっぱり分りかねるくらい、瓜二つとは斯(こ)ういうのを云うだろうと思われ、其の上両児(ふたり)とも左の眼尻にぽッつり黒痣(ほくろ)が寸分違わぬ所にあります。これが泣き黒痣という奴で、この黒痣があるものは何うも末が好(よ)くないと仰しゃる方もあり、親が子の行末を案じるは人情左様(そう)ありそうな事で、お若はそんなこんなで大層両児(ふたり)を可愛がりますから、伯父の晋齋はます/\心を痛め、或日(あるひ)お若が前に来て、 晋「赤児(あか)は何うしたね」 若「はい、今すや/\寝つきましたよ、伯父さん本当(ほんと)に妙ですことねえ、この児達は、泣き出すと両児一緒に泣きますし、また斯うやって寝るときもおんなしように寝るんですもの、双児てえものア斯ういうもんでしょうか、私ゃ不思議でならないんですわ」 晋「そうさな、己も双児を手にかけたこともなし、人から聞いたこともないから知らないよハヽヽヽヽ、赤児(あか)が寝ているこそ丁度幸いだ、今日はお前に些(ちっ)と相談することがあるがの、それも外のことじゃアない矢ッ張赤児の事に就(つい)てな、此様(こんな)事を云ったら己を薄情なものと思うだろうが、決して悪くとられちゃア困るよ、それもこれもお前の為を思うから云うのだからね」 若「ハイ、何うしまして飛(とん)でもない心得違いから、いろ/\伯父様(さん)に御苦労をかけ、ほんとに申し訳がないんですわ、それに私の為を思って仰しゃることを何(なん)でまア悪く思うなんッて」 晋「イヤお前が左様(そう)思ってゝ呉れゝば己も安心というものだがの、斯(こ)う云ったら心持が悪かろうが、その赤児だッて……、あの通りな訳で生れたもので見れば、何うもお前の手で育てさせては為になるまいし、今一時(いっとき)は可愛そうな気もしようが、却(かえ)って他人の手に育つが子供等(ら)の為にもなろうと思われるよ、仮令(よし)何様(どんな)訳で出来たからってお前の子に違いないものだから、手放して他人(ひと)に遣(や)るは人情として仕悪(しにく)かろう、それは己も能(よ)く察してはいるが……、此の子供等が独り遊びでもするようになって見な、直(す)ぐ世間の人に後指さゝれて何(なん)と云われるだろうか、其の時のお前が心持は何うだろう、お前ばかりじゃないよ、お父様(とっさん)お母様(っかさん)をはじめ縁に繋がるこの己までが世間の口にかゝらんけりゃならんのだ、さア其の苦(くるし)みをするよりは今のうち……な、それにお前とて若い身そら、是なり朽ちて仕舞うにも及ばない、江戸は広いところだから、今度の噂も知らないものが九分九厘あるよ、ナニ決して心配する事はないからね」 と晋齋がシンミリとした意見に、お若は我身に過(あやま)りのあることですから、何(なん)とも返答することが出来ません。只ジッと差し俯伏(うつむ)いて思案にくれて居ります。伯父の晋齋はお若が挨拶をしないのは不得心であるのか知らんと思われる処から、 晋「お若、何うだね、得心が行かぬ様子だが、己はお前の身の為また子供等の為を思うから云うんだよ、能く考えて御覧、決して無理を云って困らせようなんかッて云うんじゃないから……」 若「何うしまして決して其様(そんな)こたア思やしません、そりゃ最(も)う伯父様(さん)の仰しゃる通り……」 と云い掛けてほろりと涙をこぼしましたが、晋齋に覚(さと)られまいと思いますので、俄(にわか)に一層下を向きますと、頬のあたりまで半襟に隠れ、襟足の通った真白(まっしろ)な頸筋はずッと表われました。お若の胸中を察し晋齋も不愍(ふびん)には思いますが、ぐず/\に済しておいては為になりませんことですから、眼をパチクリ/\致しながら、少しく膝を進ませました。 世の中に何が辛いって義理ほど辛いものはないんで、我が身を思い生れた子供のことを心配してくれる伯父の親切を察しては、それでも私は斯うしたいの彼(あゝ)したいのと、勝手な熱を吹くことは出来ませんから、お若も是非がない、義理にせめられて、 若「何うか伯父様(さん)の好(よ)いようにして下さいませ、こんなに御苦労かけましたんですから……」 と申して居るうち潤(うる)み声になって参ります。晋齋もお若が何(なん)というであろうか、若(も)しや恩愛の絆にからまれてダヾを捏(こ)ねはせまいかと心配致し、ジッと顔をながめ挙動(ようす)をうかゞって居りましたが、伯父様のよいようにと思い切った模様ですから、まアよかった得心して呉れて、と胸を撫で、 晋「あゝそれがいゝよ、己に任しておきな、悪いようにはしないからね、お前が左様(そう)諦めてくれゝば結構な訳というもんで……、実はな、大阪の商人(あきんど)で越前屋佐兵衞(えちぜんやさへえ)さんてえのが、御夫婦連で江戸見物に来ていなさるそうでの、何(なん)でも馬喰町(ばくろちょう)に泊ってると聞いたよ、この方がの最(も)う四十の坂を越えなすったそうだが、まだ子供が一人もないから、何うか好(い)い女の児(こ)があったら貰って帰りたいと探していなさるそうだよ、大阪(あっち)で越佐(えつさ)さんと云っては大した御身代で在(いら)っしゃるんだからね、土地で貰おうと仰(おっし)ゃれば、網の目から手の出るほど呉れ人(て)はあるがの、佐兵衞さんてえのは江戸の生れなんで、越前屋へ養子にへえッた方だから、生れ故郷が恋しいッてえところでの、江戸から子供を貰って帰ろうと仰しゃるんだとさ、それにお内儀(かみ)さんというのも飛んだ気の優しい方だと云うことだから、米もそんなとこへ貰われて行けば僥倖(しあわせ)というもんだろうと思われるし、世話するものがお前もよく知っているあの鳶頭(かしら)だからの、周旋口(なこうどぐち)をきいてお弁茶羅(べんちゃら)で瞞(ごまか)す男でもないよ、勝五郎も随分そゝっかしい事はあの通りだが、今度のことア珍しく念を入れて聞いてきたよ、あゝ、そりゃ間違いはないよ、こんな口は又とないからの、お前さえよくば直ぐ話しをさせて、貰って頂こうと思うんだがね」 若「はい、伯父様さえよいと思召したら、何うかよいように遊ばして……」 晋「よし/\、それでは承知だね、ナニ心配することはないよ」 と晋齋は直ぐ勝五郎を呼びに遣りました。さて鳶頭の勝五郎でございますが、今町内の折れ口から帰って如輪目(じょりんもく)の長火鉢の前にドッカリ胡坐(あぐら)をかき、煙草吸っているところへ、高根のおさんどんが、 婢「鳶頭お在(いで)ですか、旦那様が急御用があるんだから直ぐ来ておくんなさいッて……」 勝「何うも御苦労さま、直ぐ参(めえ)りやす、お鍋どんまア好(い)いじゃねえか、お茶でも飲んでいきねえな、敵(かたき)の家(うち)へ来ても口は濡らすもんだわな、そんなに逃げてく事アねえや、己(おい)ら口説(くどき)アしねえからよ」 女「お鍋さんまアお掛けなさいな、今丁度お煮花(にばな)を入れたとこですから、好いじゃありませんかねえ、お使いが遅いなんかと仰ゃる家(うち)じゃアなしさ、お小言が出りゃア良人(うちのひと)からお詫させまさアね、ホヽヽヽヽ、まア緩(ゆっ)くりお茶でも召上って入(いら)っしゃいってえば、そうですか、未だお使(つかい)がおあんなさるの、それじゃアお止め申しては却って御迷惑、またその中(うち)にお遊びにおいでなさいよ、その時ア御馳走しますからね、左様(さよ)なら何うもおそうそさまで、何うか旦那様へもよろしく、何うも御苦労さまで」 とお出入先の女中と思えば女房までがチヤホヤ致し、勝五郎は早々支度をしまして根岸へやって参り、高根晋齋の勝手口から小腰をかゞめ、つッと這入ろうとしましたが、突掛草履(つッかけぞうり)でパタ/\と急いで参ったんですから、紺足袋も股引の下の方もカラ真ッ白に塵埃(ほこり)がたかッております。無遠慮(むえんりょ)な男でございますが、この塵埃を見ますとまさかに其の儘にも這入りかねましたと見え、腰にはさんでおります手拭でポン/\とはたき。 勝「エー、只今はお使を下せえまして」 婢「鳶頭旦那様がお待ちかねですから、さアお上りなさい、お奥の離座敷(はなれ)に在(いら)っしゃるんですよ」 とお爨(さん)どんが案内に連れられ、奥へ参りますと、晋齋は四畳半の茶座敷で庭をながめて、勝五郎の参るのを待って入っしゃるところでございますから、 晋「おゝ鳶頭か、よく早速来てくれたね」 勝「只今はわざ/\のお使で、直ぐ飛んでめえりやした、ヘイ/\/\、何(なん)か急御用が出来たんでげすか、また伊之の野郎が参(めえ)ったんじゃアげえすめえな」 晋「ハヽヽヽヽ気の早い男だな、左様(そう)来られて堪るものか、昨日(きのう)お出(いで)のときにお話であった事で、些(ちっ)とお頼み申したいから急に呼びに上げたのだよ」 勝「ヘイ、じゃ何(なん)ですか、昨日私(わっち)がお話し仕(し)やした一件……、ヘヽヽヽヽ憚(はゞか)りながら先生、左様(そう)申すと口巾(くちはゞ)ッてえ言草(いいぐさ)でげすが、ごろッちゃらして居アがる野郎の二三人引摺(ひきず)って来りゃア訳のねえことでさア、宜うごす、明日(あす)アポン/\と打壊(ぶっこわ)しやしょう」 晋「おい/\お前は何を言ってるんだよ、私(わし)は何処(どこ)も壊してくれなんかッてえ事言(いい)やしない」 勝「いけねえや、先生、昨日仰ゃったあの狸の伊之をドーンとお遣(や)んなすったお座敷を毀(こわ)すんでげしょう、あんな事のあったお座敷は居心が良くねえから、ナニ外の仕事は何うでも押ッ付けてえて遣っ付けまさア」 晋「困るな早呑込みをしては、左様(そう)じゃないのだよ、あの座敷も建直すことは建直すがの、それより先に始末を付けなくてはならないものがあるんだ」 勝「ヘー、違(ちげ)えましたか、ヘー」 晋「そら大阪の方で子供を貰おうと仰ゃる方な」 勝「ウムヽヽヽヽ、違えねえあの一件か、良うがすとも大丈夫(でえじょうぶ)でげす、御心配(ごしんぺえ)なせえますな、ナニ訳アねえや直ぐ」 晋「まア待ってくんな、其様(そんな)に慌てなくても宜(よ)い」 おいそれ者の勝五郎が飛出そうとするを引止め、高根の晋齋は懇々(こん/\)と依頼しました。そこで鳶頭も先生様があゝ云って、己(おい)らのようなものにお頼みなさるんだから、早く両児(ふたり)を片付けて上げようと存じまする親切で、直ぐ越佐さんの方へ参りまして斡旋(とりもち)を致すと、先方(さき)でも子供が欲(ほし)いと思ってるところなんでございますから、相談は直ぐに纒(まとま)りまして、お米は越佐の養女に貰われ、夫婦も大層喜び、乳母をかゝえるなど大騒ぎでございます。さてこれで女の方は片付いたがまだ一人いるんで、勝五郎は逢う人ごとに子供はいらねえかと云ってますんで、口の悪い友達なんかは、 ○「オイ勝ウ、手前(てめえ)な、そんなに子供々々と己達(おれだち)にいうより、好(い)いことがあらア」 勝「なんだ、誰か貰ってくれるんか……」 ○「うんにゃア、逆上(のぼせ)ていやがるなア此奴(こいつ)は余っぽど、そんなに荷厄介するならよ、捨(うっち)ゃって仕舞やア一番世話なしだぜ、ハヽヽヽヽ」 勝「こん畜生(ちきしょう)、手前(てめえ)のような野郎が捨児(すてご)をするんだ、薄情の頭抜(ずぬ)けッてえば」 ○「勝さん怒(おこ)ったって仕方がねえや、それじゃアお前(めえ)売って歩きねえな、江戸は広(ひれ)えとこだ、買人(かいて)があるかも知れねえ、子供やこども、子供はよろしゅうございッて」 勝「こいつが又馬鹿を吐(こ)きやがる、最(も)う承知がならねえ、野郎何うするか見アがれッ」 と拳をふり上げますから、傍(そば)にいるものも笑って見てもいられません。 △「まア何うしたんだ、勝も余(あん)まり大人気ねえじゃねえか、熊の悪口(わるくち)は知ッてながら、廃(よ)せッてえば、下(くだ)らねえ喧嘩するが外見(みえ)じゃアあるめえ」 と仲裁をする騒ぎでございます。勝五郎は友達が笑いものになるまでに熱心になって、何うか晋齋の依頼(たのみ)を果そうと心懸けて居りまする。すると深川の森下に大芳(だいよし)と申して、大層巾のきく大工の棟梁がございますが、仲間うちでは芳太郎(よしたろう)と云うものはない。深川の天神様で通っている男で頗(すこぶ)る変人でげす。何事でも芸に秀でて名人上手と云われるものは何うも変人が多いようで、それも決して無理のない訳だろうと思われるんでございます。私(わたくし)どもが浅慮(あさはか)な考えから思って見ますると、早い例(たとえ)が、我々どもでも何か考えごとをして居りますときは、側で他人様(ひとさま)から話を仕掛けられましても精神が外(ほか)へ走(は)せて居りますので、その話が判然(はっきり)聞とれませんと申すようなもの、そこで御挨拶がトンチンカンとなる。そうすると彼奴(あいつ)まだ年も若いに耄碌(もうろく)しやがッたな、若耄碌なんかと仰ゃるような次第でげす。一寸(ちょっと)いたしたことが之(こ)れでございますから、物の上手とか名人とか立てられる人は必ずその技芸に熱心していろ/\の工夫を凝らしているもので、技芸に精神を奪われていますから、他(ほか)の事にはお留守になるがこりゃ当然(あたりまえ)の道理でござりましょうかと存じます。それで物事に茫然(ぼんやり)するように見えるんで、そこで変人様の名も起る訳であろうかと推量もいたされるでげす。大芳棟梁も矢張(やはり)この名人上手の中(うち)に数えらるゝ人ですから、何うも一風流変っておりますが、仕事にかけたら何(ど)んな大工さんが鯱鉾立(しゃちほこだち)して張り合っても叶(かな)いません。今では人呼んで今甚五郎と申す位の腕前でございます。それほどのお人ですから弟子は申すまでもなく多くある。何処(どこ)の棟梁手合でも大芳といえば一目(もく)も二目もおいているほどで、江戸中の大工さんで此家(こゝ)へ来ないものはない。そんなに持囃(もてはや)されて居りますが大芳さん少しも高慢な顔をしない。どんな叩き大工が来ても、棟梁株のいゝ人達(てあい)が来てもおんなしように扱っているんで、中には勃然(むっ)とする者もありますが、下廻りのものは自分達を丁寧にしてくれる嬉しさからワイ/\囃しています。この人の女房は、柳橋(やなぎばし)で左褄(ひだりづま)とったおしゅん[#「おしゅん」に傍点]という婀娜物(あだもの)ではあるが、今はすっかり世帯染(しょたいじ)みた小意気な姐御(あねご)で、その上心掛の至極いゝ質(たち)で、弟子や出入(ではい)るものに目をかけますから誰も悪くいうものがない。一家まことに睦(むつま)しく暮していますが、子供というものが一人もないにおしゅんは大層淋しがって居(お)るんで、大芳さんも好児(いゝこ)があったら貰って育てるが宜(い)いと云ってる。或日でござります。大芳棟梁の弟子達が寄って頻(しき)りに勝五郎の噂をしているのを姐御のおしゅんがちらりときいて、鳶頭の勝さんなら此家(こちら)へも来る人、そゝっかしい人ではあるが正直な面白い男、そんな人が肩を入れてる子供なら万更なことはあるまいと思いますので、大芳さんに此の事をはなすと、 大「お前(めえ)が好(い)いと思ったら貰いねえな、何うせ己(おいら)が世話するんじゃねえから」 と云うんで、おしゅんは直ぐ弟子を勝五郎の家(うち)へ迎えにやる。勝五郎は深川へ来て話をきくと雀躍(こおどり)して喜び、伊之吉もまた大芳のとこへ貰われて来ましたが、実に可愛(かあい)らしい好児(いゝこ)でげすから、おしゅんさんは些(ちっ)とも膝を下(おろ)しません。それ乳の粉(こ)だの水飴だのと云って育てゝ居ります。伊之吉もいつか大芳夫婦に馴染んで片言交りにお話しをするようになって、夫婦はいよ/\可愛くなりますが人情でござります。只(た)だ伊之や/\とから最(も)う[#「最う」は底本では「最も」と誤記]気狂(きちがい)のようで、実の親でもなか/\斯うは参らぬもので、伊之吉はまことに僥倖(しあわせ)ものでげす。高根晋齋は勝五郎の世話で両児(ふたり)を漸(ようよ)う片附けましたから、是れよりお若の身を落付けるようにして遣ろうと心配いたして、彼方此方(あっちこっち)へ縁談を頼んでおきますと、江戸は広いとこでげすから、お若が狸の伊之と怪しいことのあったを知らずに、嫁に貰おうと申すものが網の目から手の出る程でございますが、当人のお若は何うあってもお嫁に行(ゆ)くは嫌だと申し、いっかな受けひきません。晋齋もいろ/\勧めて見ますが何うも承知しないんであぐねております。するとお若は世を味気(あじき)なく思いましたやら、房々(ふさ/\)した丈(たけ)の黒髪根元からプッヽリ惜気(おしげ)もなく切って仕舞いました。        三 我身(わがみ)の因果を歎(かこ)ち、黒髪をたち切って、生涯を尼法師で暮す心を示したお若の胸中を察します伯父は、一層に不愍(ふびん)が増して参り、あゝ可愛そうだ、まだ裏若い身であんなにまで恥ているは……あゝこれも因縁ずくだ、前(さき)の世からの約束ごとだから仕方がない、と晋齋もお若のするが儘にさせておきました。その年も何時(いつ)しか暮れて、また来る春に草木(くさき)も萌(も)え出(いだ)しまする弥生(やよい)、世間では上野の花が咲いたの向島が芽ぐんで来たのと徐々(そろ/\)騒がしくなって参りまする。何うもこの花の頃になりますと人間の心が浮いて来るもので、兎角に間違の起る根ざしは春にあるそうでございます。殊に色事の出入(でいり)が夏の始めから秋口にかけて多いのは、矢ッ張り春まいた種が芽をふき葉を出して到頭世間へパッとするのでもござりましょうか。能く気を注(つ)けて御覧遊ばせ。まア左様(そう)した順に参っております。これは私(わたくし)が一箇(いっこ)の考えではござりません、統計学をお遣り遊ばした御仁は熟(よく)知ってお出(いで)なさる事で、何も珍しい説でも何(なん)でもないんでございます、と申すと私も大層学者らしい口吻(くちぶり)でげすが、実は何うもはやお恥かしい訳なんで、みんな御贔屓の旦那方から教えて頂く耳学問、附焼刄でげすから時々化(ばけ)の皮が剥(は)げてな、とんだ面目玉を踏みつぶすことが御座いまする、ハヽヽヽヽ。扨(さ)て世捨人になったお若さんでげすが、伯父の晋齋に頼みまして西念寺(さいねんじ)の傍(わき)に庵室とでも申すような、膝を容(い)れるばかりな小家(こいえ)を借り、此処(こゝ)へ独りで住んで行いすまして居りまする。尤も伯父の家(うち)は直(じ)き近くでございますから、晋齋も毎日見廻ってくれるし、三食とも運んでくれるので自分で煮炊(にたき)するにも及ばない、唯仏壇に向ってその身の懺悔のみいたして日を送っております。花で人が浮れても、お若は面白いこともなくて毎日勤行を怠らず後世(ごせ)安楽を祈っているので、近所ではお若の尼が殊勝(けなげ)なのを感心して、中にはその美しい顔に野心を抱(いだ)き、あれを還俗(げんぞく)させて島田に結(ゆわ)せたなら何様(どんな)であろう、なんかと碌でもない考えを起すものなどもござりました。丁度お若さんがこの庵(いおり)に籠(こも)る様になった頃より、毎日々々チャンと時間を極(きめ)て廻って来る門付(かどづけ)の物貰いがございまして、衣服(なり)も余り見苦しくはなく、洗いざらし物ではありますが双子(ふたこ)の着物におんなし羽織を引掛(ひっか)け、紺足袋に麻裏草履をはいております、顔は手拭で頬冠(ほゝかぶり)をした上へ編笠をかぶッてますから能くは見えませんが、何(なん)でも美男(いゝおとこ)だという評判が立ちますと、浮気ッぽい女なんかはあつかましくも編笠のうちを覗(のぞ)き、ワイ/\という噂が次第に高くなって参り、顔を見ようというあだじけない心からお鳥目を呉れる婦人が多いので、根岸へ来れば相応に貰いがあるから、それで毎日此方(こっち)へ遣って参るというような訳になる。物貰とは申しますが、この美男はソッと人の門口に立ってお手元は御面倒さまなどとは云わないんで、お鳥目を貰う道具がござります。それは別に新発明の舶来機械でもなんでもないんで、唯一挺の三味線と咽喉(のど)を資本(もと)の門付という物貰いでございますが、昔は門付と申すとまア新内(しんない)に限ったように云いますし、また新内が一等いゝようでげすが、此の男の謡(うた)って来るものは門付には誠に移りの悪い一中節ですから、裏店(うらだな)小店(こだな)の神さん達が耳を喜ばせることはとても出来ませんが、美男と申すので惣菜(そうざい)のお銭(あし)をはしけて門付に施すという、とんだ不了簡な山の神なんかゞ出来て、井戸端の集会にも門付の噂が出ないことがないくらい。斯ういう不心得な女が多く姦通(まおとこ)なんかという道ならぬことを致すのでございましょう。一中節の門付はそんなことには些(ちっ)とも頓着(とんじゃく)はしませんで、時間を違(ちが)えず毎日廻ってまいり、お若さんの閉籠(とじこも)っている草庵(そうあん)の前に立って三味線弾くこともありますが、或日の事でございました、お若さんが生垣のうちで掃除をして居りますと、件(くだん)の門付は三味線を抱えて例(いつも)の通り遣って参り、不審そうに垣の内をのぞきこんで、頻(しき)りと首をかたげて思案をいたして居りましたが、また伸上って一生懸命に見ています。此方(こちら)のお若はそんな事は少しも知りませんで、セッセと掃除を了(おわ)り、ごみを塵取りに盛りながら、通りの賑(にぎや)かなのに気が注(つ)いてフイト顧盻(みかえ)りますと、此の頃美男(びなん)と評判のはげしい一中節の門付が我を忘れて見ておりますから、尼さんにこそ成っていますものゝ未だ年も若く、修業の積んだ身というでもありませんから、パッと顔に紅葉(もみじ)を散らし※々(そう/\)庵室に逃げこみました。左様(そう)すると門付も立去ったらしく三味線の音色が遠く聞えるようになりましたんで、お若の尼はドキン/\とうつ動悸(どうき)がやっと鎮まるにつけても、胸に手をおき考えれば考えるほど不思議で堪りません。何うも訝(おか)しいじゃないかあの門付、あんなに私を見ているというは訳がわからない、此方(こちら)の気のせいか知らんが、顔立といい年格好といい伊之助さんに悉皆(そっくり)なんだから、イヤ/\左様(そう)であるまい、あの人があんな門付に出るまで零落(おちぶれ)るということはない筈、あゝ怖(おそろ)しや/\又も狸か狐にだまされた日にゃア、再び伯父様に顔合せることが出来ないというもの、それにしても訝しい、あの時は此方(こっち)で伊之さんの事ばかり思っていて逢度(あいたい)々々とそればかりに気を揉んでいたから、畜生なんかに魅入られたんだけれど、今度はそうでない、私も心に懸らない事はないが、あゝいう事があっては、伊之助さんも愛想をつかしたろうと諦めちまったから[#「諦め〜」は底本では「締め〜」と誤記]、些(ちっ)ともそんな気はないに、今日のあの門付、何う考えて見ても不思議でならない、と悶え苦しんで居りましたが、あゝ左様(そう)だ、仮令(たとえ)どんな者が来ようと身を堅固にしていさえすれば恐いことも怖しいこともない、若(も)し明日(あした)来たら疾(と)くと見てやろう、此方(こちら)からお鳥目でもやる振(ふり)をして、と待っておりましたが、丁度その時刻になりますと、チンツンチヽンという撥(ばち)あたりで三味線の音(ね)が聞え、次第に近く成って参りました。あゝ来たなと思いますから、お若さんはお捻(ひねり)をこしらえ待っております、例の門付は門口にたって三味線は弾いておりますが唄はうたいません、上手な師匠がやっても何うも眠気のさすが一中節でげすから、素人衆……エー旦那方が我れ面白の人困らせ……斯ういうことを申しますと暗(やみ)の夜(よ)がおっかないんでげす。ナニあの野郎生意気をいいアがって、向う脛(ずね)ぶっぱらえなんかと仰しゃるお気早(きばや)な方もございますが、正直に申すとまア左様(そう)言ったようなもので、扨(さ)て門外(おもて)にたちました一中節の門付屋さんでげすが、頻(しき)りに家(うち)の内(なか)をのぞいて居ります。お若もこのようすが如何(いか)にも訝(おか)しいと思うんで障子の破れから覗いております、其の中(うち)門付屋さんは冠(かぶ)ってまする編笠に斯う手をかけまして、グッとあげ、家(うち)を見ますときお若さんは顔をはっきり見ました。すると驚いて障子をがらり開けたんで、門付屋も恟(びっく)りして顔を隠しまする。 若「もしやあなたは伊之助様じゃなくって」 伊「そう仰しゃるはお若さんでげすね、何うしてそんな風におなんなされました」 若「まアお珍らしい、貴方こそ何うしてそんな事を遊ばしまするのでござります」 伊「これには種々(いろ/\)の理由(わけ)があって……今じゃアこんなお恥かしい形(なり)をしていますよ、あなたこそなんだってお比丘(びく)さんにはお成んなさったのでげす」 若「私にもいろんな災難が重なりましてね、到頭斯ういう姿になりましたんですよ、それじゃア私がとんだ目にあった事をまだ御存知ないんですか」 伊「些(ちっ)とも知らないから、実に恟りしましたよ」 若「おやまア左様(そう)ですか、此処(こゝ)には誰もいないんですから遠慮するものはありません、お上(あが)りなさい」 とお若さんは伊之助を奥へ引張りあげました。段々様子をきいて見ると、お若が狸を伊之助と心得て不所存をいたしたことも知らぬようでげす、初めは私に気の毒だと思ってシラを切っているのだろうと思ってましたが、何うも左様でないらしいとこがございますから、お若さんは根どい葉どいを致す、伊之助もきかれて見れば話さない訳にも参らぬところから、 伊「エー斯うなんですよ、あのお前さんとの一件がばれたんで、鳶頭(かしら)から手切の相談さ、ところで私(わし)もダヾを捏(こ)ねようとア思ったんだが、イヤ/\左様でない、私ら風情で大家(たいけ)の嬢様(じょうさん)と一緒になろうなんかッてえのは間違っている……こりゃア今切れた方が先方様(さきさま)のお為と思ったもんだからね、鳶頭の言うなり次第になって目を眠っていたんでげす、その後(のち)のことで……左様さ二月(ふたつき)も経ってからだッたでしょうよ、鳶頭が慌(あわ)てくさッて飛びこみ、私がお前さんのいなさる根岸へ毎晩忍んで逢いに行(ゆ)くてえじゃないか、あんまり馬鹿々々しいんで鳶頭をおいやらかしてやッたんでげす」 と云われてお若は深く恥いりましたか、俄(にわか)に真赤(まっか)になってさし俯(うつむ)いております。伊之助はそんなことは知りませんから、 伊「ほんとにあの鳶頭のあわてものにも困る……」 と一寸(ちょい)とお若を見ますると変な様子でげすから、伊之助も何(なん)となく白けて見え、手持無沙汰でおりますので、お若さんも漸(ようよ)う気が注(つ)いて、 若「それはそうとして何うして其様(そんな)ことを……」 伊「イヤ何うも面目次第もない、恥をお話し申さないと解らないんで、丁度あの鳶頭が来た翌日(あくるひ)でした、吉原(なか)の彼女(やつ)と駈落(かけおち)と出懸けやしたがね、一年足らず野州(やしゅう)足利(あしかゞ)で潜んでいるうちに嚊(かゝあ)は梅毒がふき出し、それが原因(もと)で到頭お目出度(めでたく)なっちまったんで、何時(いつ)まで田舎に燻(くすぶ)ってたって仕方がねえもんだから、此方(こっち)へ帰りは帰ったものゝ、一日でも食べずに居られねえところから、拠(よんどこ)ろないこの始末、芸が身を助けるほどの不仕合とアよく云う口ですが、今度はつく/″\感心してますよ」 若「それは/\さぞお力落し、御愁傷さまで……」 伊「悔みをいわれちゃ、穴へでも這入(へえ)りてえくれえでげすが、それにしてもお前さんこそ何うして其様(そんな)お姿におなんなすったんですえ」 場数ふんでまいった蓮葉者(はすッぱもの)でございましたなら、我が身の恥辱(はじ)はおし包んで……私(わし)は一旦極めた殿御にお別れ申すからは二度と再び男に見(まみ)えぬ所存で…これこの通り仏に誓う世捨人になりました、伊之さん何うか察して下さいとほろりとさせる処でげすが、其様(そんな)ケレン手管(てくだ)なんどは些(ちっ)ともないお若さんですから、実は斯々云々(かく/\しか/″\)の訳あってと真実(まこと)を話します。伊之助も恟(びっく)り仰天いたして、暫らくの間は口も利きませんでしたが、それも矢っ張り因縁というものでしょうから心配なさることはないと慰さめ、此の日は何事もなく帰りまする。次の日もまたお若さんの家(うち)へ寄って行(ゆ)く、その次の日もまた寄るというようになると、お若さんも元々厭(いや)な者が来るんでないから其の時刻を待つ、伊之助も屹度(きっと)来る、何時(いつ)何ういう約束をするというでもなく、何方(どちら)から言出すというでもなく、再び焼棒杭(やけぼっくい)に火がつくことゝ相成りましたが、扨(さて)これからは何うなりましょうか、一寸(ちょいと)一服いたし次席でたっぷり申し上げましょう。        四 さて引続き申上げておりまする離魂病のお話で……因果だの応報だのと申すと何(なん)だか天保度のおはなしめいて、当今のお客様に誠に向きが悪いようでげすが、今日(こんにち)だって因果の輪回(りんね)しないという理由(わけ)はないんで、なんかんと申しますると丸で御法談でも致すようで、チーン……南無阿弥陀仏といい度(たく)なり、お話がめいって参ります。と云ってこのお話を開化ぶりに申上げようと思っても中々左様(そう)はお喋りが出来ません。全体が因果という仏くさいことから組立られて世の中に出たんでげすからね。何も私(わたくし)が好(すき)このんで斯様(かよう)なことを申すんではありません。段々とまア御辛抱遊ばして聴いて御覧(ごろう)じろ、成程と御合点なさるは屹度(きっと)お請合申しまする。エーお若伊之助の二人は悪縁のつきぬところでござりましょうか、再び腐れ縁が結ばりますると人目を隠れては互に逢引をいたす。お若さんの家(うち)は夜分になると伯父の晋齋が偶(たま)さか来るぐらいで、誰も参るものはございません、尤(もっと)も当座は若いお比丘さん独りで嘸(さぞ)お淋しかろうなぞと味なことを申して話しに押掛けて参った経師屋(きょうじや)もないでもなかったが、日が暮れると決して人を入れないので、左ほど執心して百夜通(もゝよがよ)いをするものもなかったんでしょう。只今も申しまする通り夜分になれば伯父の目さえ除(よ)ければ憚(はゞか)るものはないんでげすから、お若さんも伊之助も好事(いゝこと)にして引きいれる、のめずり込むというような訳になって……伊之助は大抵お若さんのとこを塒(ねぐら)にしておりました。始めのうちこそお互いに人に見られまいと注意いたすから、夜が明けはなれると伊之助は飛び出すので、近所でも知らなかったが、左様(そう)都合のいゝことばかりはないものでな。惚(ほれ)た同士が二人きりで外(ほか)に誰もいないのでげすから、偶(たま)には痴話や口説(くぜつ)で夜更しをして思わぬ朝寝もしましょうし、また雨なんかゞ降るときはまだ夜が明けないと存じて、 伊「もうおきる時分だろう、雨戸のすき間があかるくなって来た」 若「ナニまだ早いよ、大丈夫だから……お月夜であかるいんだわ、今から帰らなくッてもいゝッてえば、私アねむくって仕様がないじゃないかね、モガ/\おしでないてえば」 とお若が起しませんから、伊之助とて丁度寝心のいゝ時節、飛起きたくはありますまいて。すると……、毎朝照っても降っても欠かさずに屹度(きっと)参る納豆屋の爺さん、 納「納豆ーなっとー……お早うさまで」 若「おや大変おそいよ、納豆やのお爺さんが来るようでは……とんだ寝坊をしたね」 伊「それ御覧な、仕様がないじゃないか、伯父さんのとこから御飯でも持って来る人に見付(みつか)っちゃア大変だ、近所の人は皆(みん)な起きてるだろう……あゝ弱ったね、本当(ほんと)に困っちまった」 若「私だって全く夜が明けないと思ったからだわ、何うするの伊之さん……今日は此家(こゝ)においでな、こんなに雨が降ってるから伯父様(さん)も来やアしまい、お前だッたって帰るも大変だわ」 伊「そりゃ己(おい)らの方にゃア願ったり叶ったりだけれどな、若(も)し来られた日にゃアそれこそ大変なわけ、一旦手切まで貰って分れたんだから」 若「それも左様(そう)だねえ……中々頑固だから六ヶ敷(むずかし)いことを云うかも知れないから、困ったね」 と云っているうちに伊之助は起あがりて帯を〆(し)めておりますると、表をトン/\/\と叩くものがございますんで、二人は恟(びっく)りいたして、お若さんは手早く床をあげ、伊之助を戸棚へ隠し、やっと心を落付け、表の戸をたゝくを聞えぬ振して態(わざ)と縁側の戸をガラ/\明けております。表では頻(しき)りにトン/\/\/\と叩いて、 吉「オイお若さん何うしたんだい、こんな寝坊することがあるもんか、早く開けて下さいよ」 若「おや吉澤(よしざわ)さんですか……何うも御苦労でしたことねえ、今朝はとんだ寝坊をしましてねえ……大層おたゝかせ申しましたか、ほんとにすみませんこと」 吉「ハヽア珍らしいですな、あなたがこんなに朝寝をするは……ハヽヽヽ」 例(いつも)の通り飯櫃(おはち)と鍋を置いて帰ったので、まア好(よ)かったと胸なで下(おろ)しまして、それから伊之助も戸棚より這出して参り、直ぐに帰ろうというを、お若は丁度あったかい御飯が来たとこだからと、無理に止めまして少し冷めた味噌汁(おみおつけ)をあっため、差向いで朝飯(あさはん)を仕舞まする。 若「伊之さんこんなに降って来たから……大丈夫来やしないわ、帰るにしても些(ちっ)と小止(こやみ)になるまで見合(みあわ)してお出(いで)でないとビショ濡になっちまうわ」 伊「まさか此の降りに伯父様(さん)が見廻りもなさるまいとア思うがね、あんな人ではあるし、今朝来た使いが変だと思やアそう云うだろうから油断はしていられないよ、見付(みつか)って仕舞ってから幾ら悔しがっても取って返しが付かないから」 若「そうねえ」 とは申しますものゝ、ドシ/\雨の降ってる最中に可愛い情夫(おとこ)を出してやるは、何うも人情仕悪(しにく)いものでございますんで、お若さんは頻りに止めますから、伊之助もそれではと小歇(こやみ)になるまで見合すことにいたし、立膝をおろして煙草を呑もうといたすと、ざア/″\/″\という音が庭でするは、丁度傘をさして人の立(たっ)てゞもいるように思われますんで、疵もつ足の二人は驚きあわて顔見合せましたが、がらりと障子をあけて誰が来たと確めることが出来ません。そうかと申して伊之助が今逃げ出してはます/\疑われる種とおもいますから、うかといたした事をして毛を吹いて疵を求めるも馬鹿々々しいと、只二人ともはら/\と胸を痛めて居りますると、暫くして縁先で咳ばらいをいたすものがある。お若も伊之助も最(も)う堪らなくなりましたから、先(ま)ず伊之助が逃げ出しにかゝるを、 ○「二人とも逃げるにゃア及ばねえ」 とがらり障子をあけて這入ってまいったは別人ではございません、そゝっかしやの鳶頭(とびがしら)勝五郎でげすから、ハッと驚きましたが、まだしも伯父の晋齋でないだけが幾らか心に感じ方が少ないと申すようなものではあるが、何(なん)にいたせ二人とも面目ない始末……とんだところへと赤面の体(てい)で差しうつぶいて居ります。勝五郎も驚きましたね、まさか伊之助が此処(こゝ)へ来ていようとは夢にも思いませんから、暫くはじろり/\二人の様子を見ておりましたが、 勝「師匠……いやさ伊之さん、まア何うしたんだ……何うして此処に来ているんだ」 と申して膝を伊之助の方へすゝめますが、何(なん)とも返答をいたす事が出来ないんで……矢ッ張黙ってモジ/\と臀(いしき)ばかりを動かし、まるで猫に紙袋(かんぶくろ)をきせましたように後(あと)ずさりをいたしますんで、勝五郎は弥々(いよ/\)急(せ)きたちまして、 勝「エ、何うしたんだな、お前(めえ)さんがこんな戯(ふざ)けた真似をしちゃア済むめえが、お前さんばかりじゃねえや、私(わっち)が第一(でえいち)お店(たな)に申訳がねえ、手切金までとって立派に別れておきながら……何(なん)てえこったアな、オイ伊之さん何うしたんだ」 と今にも掴(つか)みかゝらんとする権幕でげすから、お若さんも恟(びっく)り、黙っていられません。
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