新緑の庭
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:芥川竜之介 

 桜 さつぱりした雨上りです。尤(もつと)も花の萼(がく)は赤いなりについてゐますが。

 椎 わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。

 竹 わたしは未だに黄疸(わうだん)ですよ。…………

 芭蕉 おつと、この緑のランプの火屋(ほや)を風に吹き折られる所だつた。

 梅 何だか寒気がすると思つたら、もう毛虫がたかつてゐるんだよ。

 八つ手 痒(かゆ)いなあ、この茶色の産毛(うぶげ)のあるうちは。

 百日紅(さるすべり) 何、まだ早うござんさあね。わたしなどは御覧の通り枯枝ばかりさ。

 霧島躑躅(つつじ) 常――常談云つちやいけない。わたしなどはあんまり忙しいもんだから、今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。

 覇王樹(サボテン) どうでも勝手にするが好いや。おれの知つたことぢやなし。

 石榴(ざくろ) ちよいと枝一面に蚤のたかつたやうでせう。

 苔 起きないこと?
 石 うんもう少し。

 楓 「若楓茶色になるも一盛り」――ほんたうにひと盛りですね。もう今は世間並みに唯水々しい鶸色(ひはいろ)です。おや、障子に灯がともりました。




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:1110 Bytes

担当:undef