さびしい人生興奮
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著者名:尾形亀之助 

 詩集「雨になる朝」は去年の今頃出版する筈であつたのが一年ほど遅れた。これらの作品は一昨年のもので、去年は妙に困つたことばかりのあつた年で、詩は一つか二つしか書きつけなかつた。そして、今年は頭が重い。

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 私はこの詩集をいそいで読んでほしくないと思つてゐる。本箱のすみへでもほうり込んで置いて、思ひ出したら見るといふことにしてもらひたい。

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 親父の手前、少しは売りたい。
 自分としては、九月に出版する短篇集のために読んでおいて欲しいと思ふ。

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 私は三十になつたし、子供は六つになつた。そして、子供には母親がなく、私は今年愛人を得た。私はかうしたことが何を意味するのかはつきりわからない。きつとこんなことはどうでもいゝことなのだらう。子供に母親があつて、私には妻がないといふやうなことだつてあり得ることなのだらう。だが、子供がうつかり歌ひ出して「恋しや古里なつかし父は(ママ)」のところで突然歌をやめるのは、どうにもたまらない。

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 この詩集の作品は、家の中で一番よい部屋を書斎にして書かれたものである。そして、子供の笑ひ声や泣き声をうるさいとどなつたりしたのだつた。三年前の生活を思ひ出すことはかなり恥ず(ママ)かしい。そして、自分の作品がそれほどのかちがあるかどうかを考へることはかなりさびしい。

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「軍艦茉莉」安西冬衛はすばらしい詩集を出した。去年の暮は、草野心平が「第百階級」を出した。
 どうすればよい詩が書けるか。といふことの方が、詩型のことや形式のことなどよりもはるかに詩作者にとつて大切ではなからうか。
 今朝も鶯が庭へ来てゐた。桐の葉がのびた。ノミが子供をせめ初(ママ)めた。
(詩と詩論第四冊 昭和4年6月発行)



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