長い名
著者名:楠山正雄
一
ちょんきりのちょんさんのほんとうの名(な)をだれも知(し)りませんでした。何(なん)でも亡(な)くなったこの子のおかあさんが、この子の運(うん)がいいように何(なに)かいい名前(なまえ)をつけようと、三日(みっか)三晩(みばん)考(かんが)えぬいて、病気(びょうき)になって、いよいよ目をつぶるというときに、かすかな声(こえ)で、
「ああ、やっと考(かんが)えつきました。この子の名(な)はちょん。」
といいかけたなり、もう口が利(き)けなくなってしまったのです。そこでみんなはしかたがないので、「ちょん」きりで、名前(なまえ)が切(き)れて無(な)くなってしまったというので、「ちょんきりのちょんさん」とあだ名(な)を呼(よ)ぶようになりました。そのあだ名(な)がほんとうの名前(なまえ)になって、いつまでたっても、その子はちょんきりのちょんさんでした。
しばらくたって、ちょんきりのちょんさんのおとうさんが、二度(ど)めのおかあさんをもらいました。間(ま)もなくこのおかあさんにも子供(こども)が生(う)まれて、ちょんきりのちょんさんにも弟(おとうと)が出来(でき)ました。するとある人がおかあさんに、子供(こども)に短(みじか)い名前(なまえ)をつけると、その子の命(いのち)は短(みじか)いし、長(なが)い名前(なまえ)をつけるほど、その子の寿命(じゅみょう)は長(なが)いものだといって聞(き)かせました。そこでおかあさんは、かわいい子に、せいぜい長(なが)い名前(なまえ)をつけてやりたいと考(かんが)えて、とうとうつけもつけたり、
「ちょうにん、ちょうにん、ちょうじゅうろう、まんまる入道(にゅうどう)、ひら入道(にゅうどう)、せいたか入道(にゅうどう)、へいがのこ、いっちょうぎりの、ちょうぎりの、ちょうのちょうのちょうぎりの、あの山の、この山の、そのまた向(む)こうのあの山越(こ)えて、この山越(こ)えて、桜(さくら)は咲(さ)いたか、まだ咲(さ)かぬ、花(はな)より団子(だんご)でお茶(ちゃ)上(あ)がれ、お茶(ちゃ)がすんだら三遍(べん)回(まわ)って煙草(たばこ)に庄助(しょうすけ)。」
という、すてきもない長(なが)い名前(なまえ)をつけました。
二
兄弟(きょうだい)はだんだん大きくなって、よくけんかをしました。すると弟(おとうと)はにいさんにさんざん悪(わる)いいたずらをしては、逃(に)げて行(い)って、遠(とお)くの方(ほう)でまだからかっていました。
「ちょんきな、ちょんきな、ちょんちょん、きなきな。」
こういわれると、ちょんさんはくやしがって、負(ま)けずに弟(おとうと)の名前(なまえ)を呼(よ)んで、からかい返(かえ)してやろうとしましたが、
「ちょうにん、ちょうにん、ちょうじゅうろう、まんまる入道(にゅうどう)、ひら入道(にゅうどう)、せいたか入道(にゅうどう)、へいがのこ、いっちょうぎりの、ちょうぎりの。」
と早口(はやくち)にやっているうちに、舌(した)がもつれて、かんしゃくばかり起(お)こってきました。その間(ま)に弟(おとうと)の方(ほう)はどこかへ逃(に)げて行ってしまいました。
ちょんさんのおとうさんはまた、ちょんさん、ちょんさんと、にいさんの方(ほう)が名前(なまえ)が呼(よ)びいいので、何(なに)かにつけて、
「これをしろ、ちょんさん。あれをしろ、ちょんさん。」
と、ちょんさんばかりひどく使(つか)いました。いたずらをしても、
「これ、ちょんさん、ここへ来(こ)い。ごつん。」
とすぐやられますが、弟(おとうと)の方(ほう)は、「まんまる入道(にゅうどう)、ひら入道(にゅうどう)、せいたか入道(にゅうどう)、へいがのこ、いっちょうぎりの、ちょうぎりの。」をやっているうちに、くたびれてしまって、おとうさんも小言(こごと)をいうのが、めんどうくさくなりました。
おかあさんは、「やはりあの子に長(なが)い名(な)をつけて、いいことをした。」と思(おも)いました。
三
ある日ちょんさんは、お友達(ともだち)といっしょに裏(うら)で遊(あそ)んでいました。するうち、どうかしたはずみで、ちょんさんは井戸(いど)に落(お)ちました。
「ちょんさんや、ちょんさんや。ちょんさんやい。」
みんなは口々(くちぐち)にこう名前(なまえ)を呼(よ)んで、縄(なわ)を下(お)ろしたり、はしごをかけたりして、やっとちょんさんを助(たす)け出(だ)しました。
おかあさんは、「やはり、短(みじか)い名前(なまえ)の子は運(うん)が悪(わる)いというのは、ほんとうだ。」と思(おも)っていました。
それから二三日(にち)たって後(のち)、子供(こども)たちはまた裏(うら)で遊(あそ)んでいました。
ちょんさんの弟(おとうと)は、「ちょんさんの落(お)ちたのは名前(なまえ)が短(みじか)くって、運(うん)が悪(わる)いからだ。おれなんかどんなことをしたって落(お)ちやしない。」といばりかえって、わざと井戸側(いどがわ)にぶら下(さ)がったり、つるべを引(ひ)っぱったりしているうちに、はずみでぽかんと井戸(いど)の中へ落(お)ちてしまいました。大ぜいのお友達(ともだち)はびっくりして、ちょんさんのうちへ駆(か)けつけて、
「大へんです。今(いま)、ちょうにん、ちょうにん、ちょうじゅうろう、まんまる入道(にゅうどう)、ひら入道(にゅうどう)、せいたか入道(にゅうどう)、へいがのこ、いっちょうぎりの、ちょうぎりの、ちょうのちょうのちょうぎりの、あの山の、この山の、そのまた向(む)こうのあの山越(こ)えて、この山越(こ)えて、桜(さくら)が咲(さ)いて、お山のからすが団子(だんご)ほしいとないた、ではない、花(はな)より団子(だんご)でお茶(ちゃ)上(あ)がれ、お茶(ちゃ)がすんだら三遍(べん)回(まわ)って煙草(たばこ)に庄助(しょうすけ)さんが、井戸(いど)にはまりました。」
と知(し)らせました。
「それは大(たい)へんだ。」
とみんなで駆(か)けつけるうちに、あんまり手間(てま)がとれたので、長(なが)い名(な)の庄助(しょうすけ)さんは、とうとう水(みず)に溺(おぼ)れて死(し)にました。
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