文福茶がま
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:楠山正雄 

     一

 むかし、上野国(こうずけのくに)館林(たてばやし)に、茂林寺(もりんじ)というお寺(てら)がありました。このお寺(てら)の和尚(おしょう)さんはたいそうお茶(ちゃ)の湯(ゆ)がすきで、いろいろとかわったお茶(ちゃ)道具(どうぐ)を集(あつ)めてまいにち、それをいじっては楽(たの)しみにしていました。
 ある日和尚(おしょう)さんは用事(ようじ)があって町(まち)へ行った帰(かえ)りに、一軒(けん)の道具屋(どうぐや)で、気(き)に入(い)った形(かたち)の茶(ちゃ)がまを見(み)つけました。和尚(おしょう)さんはさっそくそれを買(か)って帰(かえ)って、自分(じぶん)のお部屋(へや)に飾(かざ)って、
「どうです、なかなかいい茶(ちゃ)がまでしょう。」
 と、来(く)る人ごとに見(み)せて、じまんしていました。
 ある晩(ばん)和尚(おしょう)さんはいつものとおりお居間(いま)に茶(ちゃ)がまを飾(かざ)ったまま、そのそばでうとうと居眠(いねむ)りをしていました。そのうちほんとうにぐっすり、寝込(ねこ)んでしまいました。
 和尚(おしょう)さんのお部屋(へや)があんまり静(しず)かなので、小僧(こぞう)さんたちは、どうしたのかと思(おも)って、そっと障子(しょうじ)の透(す)き間(ま)から中をのぞいてみました。すると和尚(おしょう)さんのそばに布団(ふとん)をしいて座(すわ)っていた茶(ちゃ)がまが、ひとりでにむくむくと動(うご)き出(だ)しました。「おや。」と思(おも)ううちに、茶(ちゃ)がまからひょっこり頭(あたま)が出て、太(ふと)いしっぽがはえて、四本(ほん)の足(あし)が出て、やがてのそのそとお部屋(へや)の中を歩(ある)き出(だ)しました。
 小僧(こぞう)さんたちはびっくりして、お部屋(へや)の中へとび込(こ)んで来(き)て、
「やあ、たいへんだ。茶(ちゃ)がまが化(ば)けた。」
「和尚(おしょう)さん、和尚(おしょう)さん。茶(ちゃ)がまが歩(ある)き出(だ)しましたよ。」
 と、てんでんにとんきょうな声(こえ)を立(た)ててさわぎ出(だ)しました。その音(おと)に和尚(おしょう)さんは目をさまして、
「やかましい、何(なに)をさわぐのだ。」
 と目をこすりながらしかりました。
「でも和尚(おしょう)さん、ごらんなさい。ほら、あのとおり茶(ちゃ)がまが歩(ある)きますよ。」
 こうてんでんに言(い)うので、和尚(おしょう)さんも小僧(こぞう)さんたちの指(ゆび)さす方(ほう)を見(み)ますと、茶(ちゃ)がまにはもう頭(あたま)も足(あし)もしっぽもありません。ちゃんともとの茶(ちゃ)がまになって、いつの間(ま)にか布団(ふとん)の上にのって、すましていました。和尚(おしょう)さんはおこって、
「何(なん)だ。ばかなことを言(い)うにもほどがある。」
「でもへんだなあ。たしかに歩(ある)いていたのに。」
 こう言(い)いながら小僧(こぞう)さんたちはふしぎそうに、寄(よ)って来(き)て茶(ちゃ)がまをたたいてみました。茶(ちゃ)がまは「かん。」と鳴(な)りました。
「それみろ。やっぱりただの茶(ちゃ)がまだ。くだらないことを言(い)って、せっかくいい心持(こころも)ちに寝(ね)ているところを起(お)こしてしまった。」
 和尚(おしょう)さんにひどくしかられて、小僧(こぞう)さんたちはしょげて、ぶつぶつ口こごとを言(い)いながら引(ひ)っ込(こ)んでいきました。
 そのあくる日和尚(おしょう)さんは、
「せっかく茶(ちゃ)がまを買(か)って来(き)て、ながめてばかりいてもつまらない。今日(きょう)はひとつ使(つか)いだめしをしてやろう。」
 と言(い)って、茶(ちゃ)がまに水をくみ入(い)れました。すると小さな茶(ちゃ)がまのくせに、いきなり手(て)おけに一ぱいの水をがぶりと飲(の)んでしまいました。
 和尚(おしょう)さんは少(すこ)し「へんだ。」と思(おも)いましたが、ほかに変(か)わったこともないので、安心(あんしん)してまた水を入(い)れて、いろりにかけました。すると、しばらくしてお尻(しり)があたたまってくると、茶(ちゃ)がまはだしぬけに、「あつい。」と言(い)って、いろりの外(そと)へとび出(だ)しました。おやと思(おも)う間(ま)にたぬきの頭(あたま)が出て、四本(ほん)の足(あし)が出て、太(ふと)いしっぽがはえて、のこのことおざしきの中を歩(ある)き出(だ)しましたから、和尚(おしょう)さんは、「わあッ。」と言(い)って、思(おも)わずとび上(あ)がりました。
「たいへん、たいへん。茶(ちゃ)がまが化(ば)けた。だれか来(き)てくれ。」
 和尚(おしょう)さんがびっくりして大きな声(こえ)で呼(よ)び立(た)てますと、小僧(こぞう)さんたちは、
「そら来(き)た。」
 というので、向(む)こう鉢巻(はちま)きで、ほうきやはたきを持(も)ってとび込(こ)んで来(き)ました。でももうその時分(じぶん)にはもとの茶(ちゃ)がまになって、布団(ふとん)の上にすましていました。たたけばまた「かん。かん。」と鳴(な)りました。
 和尚(おしょう)さんはまだびっくりしたような顔(かお)をしながら、
「どうもいい茶(ちゃ)がまを手(て)に入(い)れたと思(おも)ったら、とんだものをしょい込(こ)んだ。どうしたものだろう。」
 と考(かんが)えていますと、門(もん)の外(そと)で、
「くずい、くずい。」
 という声(こえ)がしました。
「ああ、いいところへくず屋(や)が来(き)た。こんな茶(ちゃ)がまはいっそくず屋(や)に売(う)ってしまおう。」
 和尚(おしょう)さんはこう言(い)って、さっそくくず屋(や)を呼(よ)ばせました。
 くず屋(や)は和尚(おしょう)さんの出(だ)した茶(ちゃ)がまを手(て)に取(と)って、なでてみたり、たたいてみたり、底(そこ)をかえしてみたりしたあとで、
「これはけっこうな品物(しなもの)です。」
 と言(い)って、茶(ちゃ)がまを買(か)って、くずかごの中に入(い)れて持(も)って行きました。

     二

 茶(ちゃ)がまを買(か)ったくず屋(や)は、うちへ帰(かえ)ってもまだにこにこして、
「これはこのごろにない掘(ほ)り出(だ)しものだ。どうかして道具(どうぐ)ずきなお金持(かねも)ちをつかまえて、いい価(ね)に売(う)らなければならない。」
 こう独(ひと)り言(ごと)を言(い)いながら、その晩(ばん)はだいじそうに茶(ちゃ)がまをまくら元(もと)に飾(かざ)って、ぐっすり寝(ね)ました。すると真夜中(まよなか)すぎになって、どこかで、
「もしもしくず屋(や)さん、くず屋(や)さん。」
 と呼(よ)ぶ声(こえ)がしました。はっとして目をさましますと、まくら元(もと)にさっきの茶(ちゃ)がまがいつの間(ま)にか毛(け)むくじゃらな頭(あたま)と太(ふと)いしっぽを出(だ)して、ちょこなんと座(すわ)っていました。くず屋(や)はびっくりして、はね起(お)きました。
「やあ、たいへん。茶(ちゃ)がまが化(ば)けたぞ。」
「くず屋(や)さん、そんなにおどろかないでもいいよ。」
「だっておどろかずにいられるものかい。茶(ちゃ)がまに毛(け)がはえて歩(ある)き出(だ)せば、だれだっておどろくだろうじゃないか。いったいお前(まえ)は何(なん)だい。」
「わたしは文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまといって、ほんとうはたぬきの化(ば)けた茶(ちゃ)がまですよ。じつはある日野原(のはら)へ出て遊(あそ)んでいるところを五、六人(にん)の男(おとこ)に追(お)いまわされて、しかたなしに茶(ちゃ)がまに化(ば)けて草(くさ)の中にころがっていると、またその男(おとこ)たちが見(み)つけて、こんどは茶(ちゃ)がまだ、茶(ちゃ)がまだ、いいものが手(て)に入(はい)った。これをどこかへ売(う)りとばして、みんなでうまいものを買(か)って食(た)べようと言(い)いました。それでわたしは古道具屋(ふるどうぐや)に売(う)られて、店先(みせさき)にさらされて、さんざん窮屈(きゅうくつ)な目にあいました。その上何(なに)も食(た)べさせてくれないので、おなかがすいて死(し)にそうになったところを、お寺(てら)の和尚(おしょう)さんに買(か)われて行(い)きました。お寺(てら)では、やっと手(て)おけに一ぱいの水をもらって、一口(ひとくち)にがぶ飲(の)みしてほっと息(いき)をついたところを、いきなりいろりにのせられて、お尻(しり)から火あぶりにされたのにはさすがにおどろきました。もうもうあんな所(ところ)はこりこりです。あなたは人のいい、しんせつな方(かた)らしいから、どうぞしばらくわたしをうちに置(お)いて養(やしな)って下(くだ)さいませんか。きっとお礼(れい)はしますから。」
「うん、うん、置(お)いてやるぐらいわけのないことだ。だがお礼(れい)をするってどんなことをするつもりだい。」
「へえ。見世物(みせもの)でいろいろおもしろい芸当(げいとう)をして見(み)せて、あなたにたんとお金(かね)もうけをさせて上(あ)げますよ。」
「ふん、芸当(げいとう)っていったいどんなことをするのだい。」
「さあ、さし当(あ)たり綱渡(つなわた)りの軽(かる)わざに、文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまの浮(う)かれ踊(おど)りをやりましょう。もうくず屋(や)なんかやめてしまって、見世物師(みせものし)におなんなさい。あしたからたんとお金(かね)がもうかりますよ。」
 こう言(い)われてくず屋(や)はすっかり乗(の)り気(き)になってしまいました。そして茶(ちゃ)がまのすすめるとおりくず屋(や)をやめてしまいました。
 そのあくる日夜(よ)が明(あ)けると、くず屋(や)はさっそく見世物(みせもの)のしたくにかかりました。まず町(まち)の盛(さか)り場(ば)に一軒(けん)見世物小屋(みせものごや)をこしらえて、文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまの綱渡(つなわた)りと浮(う)かれ踊(おど)りの絵(え)をかいた大看板(おおかんばん)を上(あ)げ、太夫元(たゆうもと)と木戸番(きどばん)と口上(こうじょう)言(い)いを自分(じぶん)一人(ひとり)で兼(か)ねました。そして木戸口(きどぐち)に座(すわ)って大きな声(こえ)で、
「さあ、さあ、大評判(おおひょうばん)の文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまに毛(け)が生(は)えて、手足(てあし)が生(は)えて、綱渡(つなわた)りの軽(かる)わざから、浮(う)かれ踊(おど)りのふしぎな芸当(げいとう)、評判(ひょうばん)じゃ、評判(ひょうばん)じゃ。」
 と呼(よ)び立(た)てました。
 往来(おうらい)の人たちは、ふしぎな看板(かんばん)とおもしろそうな口上(こうじょう)に釣(つ)られて、ぞろぞろ見世物小屋(みせものごや)へ詰(つ)めかけて来(き)て、たちまち、まんいんになってしまいました。
 やがて拍子木(ひょうしぎ)が鳴(な)って、幕(まく)が上(あ)がりますと、文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまが、のこのこ楽屋(がくや)から出て来(き)て、お目見(めみ)えのごあいさつをしました。見(み)るとそれは思(おも)いもつかない、大きな茶(ちゃ)がまに手足(てあし)の生(は)えた化(ば)け物(もの)でしたから、見物(けんぶつ)はみんな「あっ。」と言(い)って目をまるくしました。
 それだけでもふしぎなのに、その茶(ちゃ)がまの化(ば)け物(もの)が両方(りょうほう)の手(て)に唐傘(からかさ)をさして扇(おうぎ)を開(ひら)いて、綱(つな)の上に両足(りょうあし)をかけました。そして重(おも)い体(からだ)を器用(きよう)に調子(ちょうし)をとりながら、綱渡(つなわた)りの一曲(きょく)を首尾(しゅび)よくやってのけましたから、見物(けんぶつ)はいよいよ感心(かんしん)して、小屋(こや)もわれるほどのかっさいをあびせかけました。
 それからは何(なに)をしても、文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまが変(か)わった芸当(げいとう)をやって見(み)せるたんびに、見物(けんぶつ)は大喜(おおよろこ)びで、
「こんなおもしろい見世物(みせもの)は生(う)まれてはじめて見(み)た。」
 とてんでんに言(い)いあって、またぞろぞろ帰(かえ)っていきました。それからは文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまの評判(ひょうばん)は、方々(ほうぼう)にひろがって、近所(きんじょ)の人はいうまでもなく、遠国(えんごく)からもわざわざわらじがけで見(み)に来(く)る人で毎日(まいにち)毎晩(まいばん)たいへんな大入(おおい)りでしたから、わずかの間(ま)にくず屋(や)は大金持(おおがねも)ちになりました。
 そのうちにくず屋(や)は、「こうやって文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまのおかげでいつまでもお金(かね)もうけをしていても際限(さいげん)のないことだから、ここらで休(やす)ませてやりましょう。」と考(かんが)えました。そこである日文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまを呼(よ)んで、
「お前(まえ)をこれまで随分(ずいぶん)働(はたら)かせるだけ働(はたら)かして、おかげでわたしも大(たい)したお金持(かねも)ちになった。人間(にんげん)の欲(よく)には限(かぎ)りがないといいながら、そうそう欲(よく)ばるのは悪(わる)いことだから、今日(きょう)限(かぎ)りお前(まえ)を見世物(みせもの)に出(だ)すことはやめて、もとのとおり茂林寺(もりんじ)に納(おさ)めることにしよう。その代(か)わりこんどは和尚(おしょう)さんに頼(たの)んで、ただの茶(ちゃ)がまのようにいろりにかけて、火あぶりになんぞしないようにして、大切(たいせつ)にお寺(てら)の宝物(ほうもつ)にして、錦(にしき)の布団(ふとん)にのせて、しごく安楽(あんらく)な御隠居(ごいんきょ)の身分(みぶん)にして上(あ)げるがどうだね。」
 こう言(い)いますと、文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまは、
「そうですね。わたしもくたびれましたから、ここらで少(すこ)し休(やす)ませてもらいましょうか。」
 と言(い)いました。
 そこでくず屋(や)は文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまに、見世物(みせもの)でもうけたお金(かね)を半分(はんぶん)そえて、茂林寺(もりんじ)の和尚(おしょう)さんの所(ところ)へ持(も)って行きました。
 和尚(おしょう)さんは、
「ほい、ほい、それは奇特(きどく)な。」
 と言(い)いながら、茶(ちゃ)がまとお金(かね)を受(う)け取(と)りました。
 文福(ぶんぶく)茶(ちゃ)がまもそれなりくたびれて寝込(ねこ)んででもしまったのか、それからは別段(べつだん)手足(てあし)が生(は)えて踊(おど)り出(だ)すというようなこともなく、このお寺(てら)の宝物(ほうもつ)になって、今日(こんにち)まで伝(つた)わっているそうです。




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:12 KB

担当:undef